第十章 共同生活(5)
楽しんでいただけたら幸いです。
俺はジャンヌに教えられた場所へと向かう。そこはどうやら敷地内に併設された独房らしく、許可なく勝手に森へと侵入してきた不法侵入者を捕らえる為に作ったようである。
その独房は視界に入らないように地下に作っていて、その入り口は作物を植えてある畑脇にひっそりと設けられていた。中は薄暗く松明とかランタンとかの灯りがないと、とてもじゃないが進めるようなものではなかった。それにどことなく黴臭いし、地下から吹き上げる気流から運ぶ空気は湿気ていた。
こんな所にケティは捕らえられているのか。怪我人なのにこんな不衛生な所に監禁されていたら、傷口から菌が入って病気になって死んでしまうではないか。
俺はジャンヌの人を人を思わないような態度にとてつもない怒りを感じたが、かつて彼女も同じような目に遭った事を思い出し溜飲を下げることにしたのであった。
それに当時では捕虜に対する人権など皆無であっただろうし、これが恐らく捕虜の扱いとして”当たり前”なのであろう。
犯罪者にも人権を、などと言っているのはここ数十年ほどなのだから、中世時代に生きていた彼女たちがそれを知らないのも無理はなかった。
そんなことより俺は一刻も早くケティの安否を知りたかったのもあり、――――――邪魔になるからと一先ず地面に突き刺していた――――――ジャンヌから受けとった火の点いた松明を手に取ると、入り口にかけれられた縄梯子をおっかなびっくりな手つきでもって地下へと下って行くのであった。
今にも千切れそうな縄梯子を伝って地下へと無事に到達すると、俺は手にした松明をゆっくりと左右に振って周囲を把握すべく照らしてみる。
薄暗くはあったが、それでも移動する際に支障はないであろうと判断し、俺はケティが収監されている独房を探すべく埃臭くジメッとした空気漂う地下を歩き回る。
ざっと見た限り独房の数はさほど多くなさそうだ。全部で五部屋くらいか? このぶんならばケティを探すのも容易であろう。
俺は独房の一つ一つを丁寧に目を凝らして見渡す。恐らくケティは眠らされているはず。この暗がりでは彼女の姿を発見するのも一苦労なのに加え、上記のようにもしケティが横になっていたらその苦労は倍になるのは確実だ。
それに捕らえれる際に暴行を加えられているかもしれない。あのケティの事だから大人しく捕まるなんて腹はないであろう。その際に折角薬で傷を塞いだというのに・・・・・・、もしかしたら傷が開いているかもしれない。
その可能性も視野に入れていた俺はジャンヌに頼み込み、傷口を手当てするための包帯やら薬草の汁を染み込ませた布を貰ってくることに成功した。
薬はないのかと聞いたのだが、ジャンヌ曰く「あの薬は強力だからダメ」とにべもなく却下された。まぁ、確かに俺も思うところがあったし、それにあまり無理難題言ってジャンヌの気分を損ねたら元も子もないし、と俺は一人そう納得してこれ以上ジャンヌの厚意を損ねる言動を控えることにした。
それにだ。一応傷を手当てできる医療品をくれたことだしな。これ以上を望むのは贅沢か。
と、どうやら考え事をしている間にケティが収監されている独房を発見したようだ。俺の予測通りケティは独房の床に力なく四肢を伸ばして横たわっており、微かな息遣いが無ければ死んでいるのかと錯覚するくらいにピクリとも動かなかった。
俺は事前に渡されていた独房の鍵を取り出して震える手でソレを鍵穴に差し込む。だが中々に鍵が回らなくて、その原因は俺の気持ちが逸んでいるからであった。
俺は逸る気を静めようと深く息を吐くと、鍵穴に差し込んだ鍵をゆっくりと回す、と。カチャリとした小気味よい音と共に扉の施錠が解除され、俺は鍵穴から鍵を抜くのも惜しむように扉を乱雑に開け放つと、満身創痍であろうケティの元へと駆け寄る。
だが、松明を持ったままではケティに近づくのも危ないと思い止まると、俺は独房内の壁に設置されている突出し燭台に松明を挿して独房内の光源を確保する。
すると薄ぼんやりではあるが、独房内の様子が分かるくらいまでの灯りは確保できたので、俺は今度こそと横たわるケティの元へと駆け寄ると、もっとよく彼女の容体を確かめるべく跪くとケティの肢体へと目を凝らして視診してみる。
これといって目立った外傷はないが・・・・・・、それでも満足な食事とかは与えられていないことは明白であった。それはケティの体の衰弱度からも見て取れる。
目立った外傷がないことからもケティが臥せっている原因は、どうやら栄養不良からくる衰弱であると当たりを付けた俺は、ジャンヌにケティへと満足な食事を与えるように交渉する必要があると判断する。
俺は消えかけそうな呼吸を繰り返し、衰弱した体で必死に生きようと奮闘するケティの手を強く握りしめると、
「―――――――――――ケティ、生きてくれ。俺は、お前が助けに来てくれるのを待ってる」
との励ましのエールを送るだけに留め、俺は彼女の目を覚まさないようにソッと音もなく立ち上がると、ゆっくりと慎重な手つきで独房の扉を閉め施錠すると、行きと同じように縄梯子を上って薄暗い地下から脱出したのであった。
本当ならば彼女の目が覚めるまで傍にいてやりたかったが、あまり時間をかけるとジャンヌにケティとの仲を疑われる可能性があるので、俺は泣く泣くケティへと背を向けたのだ。
せっかく上手く事が運んだのに、俺のせいで台無しにするわけにはいかなかった。
モヤモヤする気持ちを引きずりながら、縄梯子を上って地下から出てきた俺を迎えたのは、怪訝そうな表情を浮かべているジャンヌであった。
どうやら彼女は俺の帰りが遅い事が気に食わないようで、まるで夫の浮気を疑う主婦のような鋭い眼光で俺を見据える。
俺はどこか気まずい気持ちでジャンヌへと向き直る。心境は正に浮気を疑われる夫そのものであった。
「・・・・・・どうして捕虜の様子を見るだけなのに五分も時間がかかるの? 兄さん、本当はあの捕虜と―――――――――」
ドスの利いた声でジャンヌは俺を問い詰める。
正しくジャンヌの想像通りの関係なのだが(恋仲ではないけど)、それを彼女に悟られるわけにはいかないので、俺は努めて冷静な態度でもって彼女の言葉を否定する。
「冗談言うなよ。俺はあんな女知らない。ただ・・・・・・、生きているのかなって気になっただけだ」
「・・・・・・でも」
「あぁ、それと・・・・・・、捕虜が衰弱しているようだから、どうにか村に辿り着けるまでの体力は付けさせた方がいいと思う」
優しい妹ならばそのくらい容易だろう、と付け足すと、ジャンヌは満更でもないのか、先ほどまでの鋭い眼光もどこへやら。俺の指示に大人しく従う姿勢を見せた。
俺は背を向けてどこかへと去っていたジャンヌの後姿を見送りながら、本当にあれがルーシアたちが危惧していたジャンヌ・ダルクなのかと疑い始めるも、あのように扱いやすいジャンヌならば大賛成なので深く追求することはなく、俺もジャンヌの向かった方へと後追いするのであった。
ジャンヌとの生活は次回まで持ち越しです。
思ったより長くなってしまったので・・・・・・・、本当にすみません。
では、次回に。




