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第三十章 貴方に会いたくて(80)

楽しんでいただけたら幸いです。

(マリ・ド・サンスside)


視界が赤く染まる。耳鳴りが絶えず鳴り続ける。


うるさい、うるさい、うるさい!!


私を、私を煩わすな!!


全てが煩わしくてたまらない。


内側から膨れ上がる憎しみと殺意の誘惑に、私は抗うことなく大人しく従う。


取り敢えずは目の前に立ちふさがる女だ。先程から幾度も私の邪魔をしてくる目障りな女だ。


人間の癖に魔女である私の邪魔をする、殺すに値する女だ。


「・・・・・・」


静かなる殺意を周囲に拡散させ、私はすぐ目の前へと迫り襲いかかる女傭兵へと攻撃魔法を容赦なく浴びせることにした。


ここは私の庭だ。私の家だ。


私の許可なく、私の家を土足で踏みにじる愚か者は死ねばいい。


ここで私に敵う者など誰一人として存在しないのだから。


死にかけとはいえ、こんな人間の女に負けるわけない。


(ーーーーーーねぇ、見てて。お姉ちゃん、必ず貴方の元へと帰ってみせるから。だから待っていてて)


私のこの命が尽きるまでに、この女を必ず殺してみせる!!


私たちの居場所には何人たりとも入れはしないから。


先程から敵の攻撃が散漫なのが気になるがーーーーーー、本気の殺しあいにはそんなのは些細な問題に過ぎない。


とはいえ私には悠長に戦う時間はない。この命が尽きる前に決着をつけなければ。


なので私は最後の賭けに打って出る事にした。


我が一族に伝わる禁断の魔法。


未だかつてこの魔法を喰らって生き残った者はあとにも先にも誰もいない。


人間どころか魔女すらもだ。


最上級魔法の一つに数えられる水魔法の極意。


生きとし生ける者全ての命を凍らせ奪う、正に一撃必殺の魔法。


今の私の力では人一人の命を奪うことしか出来ないが、それで十分だ。


私の悲願達成を妨害したこの女を道連れにあの世へ旅立ってやる。


ははっ、あの女にはふさわしい末路よ。


何かあの女とは別に私へとみみちい攻撃をしてくる人間がいるけど・・・・・・、そんな矮小な存在など最早どうでも良かった。


今の私の望みはただ一つだけ。


この女傭兵の息の根を完全に止めること。


ただその一点のみだ。


「ーーーーーー死になさい」


この魔法には呪文などいらない。必要なのは私の感情ただ一つ。


怒りと憎しみの感情さえあれば、それだけで発動する。


あの女の表情が絶望と恐怖に染まるその瞬間だけを心の拠り所にして。


私は体内で練りに練り上げた魔法を解き放とうとしたその時。


ドスン、と背中に重い衝撃が伝わった。


それは鈍く、重く、思わず私は内に燻らせていた負の感情を散らしてしまう。


声が出ない。一体どうしたというのか。


訳も分からず戸惑っている私の背後から荒々しくもどこか悲しさを含んだ吐息が聞こえてきてーーーーーー、私は全てを悟り、その吐息に導かれるようにして振り向いた。


視界に映った、一人の少年の顔を見た時に、私は涙を流す代わりに体内からせり上がってきた真紅の血を唇の端から垂れ流し、


「ーーーーーーあぁ、貴方だったの」


万感の思いをのせて呟く。


じんわりとした背中から広がる痛みは、私の心の痛みか。


苦しくて、悲しくて、切なくて、愛しくて、そして憎たらしい。


本当はこんなことをしたくない。


けれどーーーーーー、もう止められないのよ。


「・・・・・・ごめんね、アータ」


最期に貴方の顔を見れて良かった。


貴方を認識できるだけの理性が残っていて良かった。


だけど、それでも私の憎しみの炎は消せなかった。


もう、後戻りはできない。


私は再び視線を前方へと戻すと、流れるような動作で手の平を差し出す。


全く何を驚いているのか。余所見は命取りになるというのに。


「さよなら哀れな人間。さぁ、私と共に地獄に堕ちるが良い!!」


手の平に凝縮した魔法を女傭兵に向けて解き放つ。氷漬けになったところを眺めて死ぬのも乙か。いや、やはり二度と甦らないように粉々に割った方がいいか。


この女は何故か殺しても殺しても生き返るらしい。だか身体を木っ端微塵に破壊されたらそれも無理であろう。


同胞を殺した外道のお前にこそ、同じ外道の私の死出の旅のお供に相応しい。


私は待った。あの女の死に行く様を。


しかし、その時はいつまで待ってもやってこない。


どうして。


答えは明白だ。


私の魔法の発動を邪魔をしてくるのは私を刺しているアータでも、目の前で驚きのあまり身を固くしている女傭兵でもないーーーーーー、その相手は私と同じ魔女であり、確か名は。



「・・・・・・クラリス。クラリス・ヴァヴァン」



そう。


かつて“放浪商人”として何度も訪れた魔女たちの終の棲家である都で見た、あのヴァネロペの右腕としてその名を轟かせていた女が、この私の前に明確な“敵”として立ちはだかっていた。


皮肉なものだ。


人間を生涯の仇敵とみなし、敵対している魔女がこともあろうに人間と手を組んで味方であるはずの魔女に牙を剥くとは。


まぁ、もとより私はネロが死んでからは、私以外の存在を信じていない。同胞意識というのが希薄なのだ。


なので私の心に浮かんだ感情は悲しみでも、怒りでも、驚きでも、疎外感でもなかった。


ただ目の前で起こった燦然たる事実を受け入れるという淡々とした感情一点のみであった。


とはいえ、このまま戦うのは分が悪いのは明らかだ。


最悪なことにクラリスの得意な魔法は火系統と雷系統のようだし、この女傭兵から食らった毒に加え、つい先ほどアータからお見舞いされた一撃により私の命の灯火は尽きかけていた。


唯一残った道連れ作戦は想定外の出来事により失敗に終わった。

その上残された魔力も残りわずかだ。


正直いってネロ以外の存在がどうなろうと構わない。構わないのだがーーーーーー。


「・・・・・・」


私は私の背中に刃を突きつけたまま身じろぎ一つせず固まっているアータへと視線を向ける。


一度は情をかけた少年だ。生け贄にしようとしたこともあったが、それも無に帰った今彼は完全に被害者だ。


彼にやられたのも私の自業自得であり、当然の結果であった。


アータにネロの姿を見たのも事実。


ならばこのまま終わる世界に留まらせるより、外の世界に出してあげた方が彼の為になるのではないか。


「ーーーーーーーーっ」


本当は悔しいし、敵であった女に任せたくはない。


だけど他に方法がない。


私はわずかに残った理性を総動員して、己の恨みを果たすために使おうとした僅かな命をかの少年を生かす方向へとシフトさせた。


きっとネロも望んでいるだろうから、そう信じんる事にしたのだ。


元々、この魔法はそう数は放てない。自滅も覚悟の上で放とうとしていたくらいなのだからーーーーーーー、今さら使うのを出し渋る道理はない。


それに丁度私の魔法に対抗できる力を持つ魔女もいるし、きっと大丈夫。必ず成功する。


彼女ならばアータをきっと救い、あの輝く外の世界へと連れ出してくれる。


あれだ。女の直感というやつね。


私は最期に微笑を浮かべると、一世一代の大芝居を演じるべく声を張り上げた。


お母様やネロが望んだ魔女にはなれなかったが、けれど命が尽きかける前に私は人として正しい行いを出来る事に満足した。


間違いだらけの人生だったが、これだけは胸を張って言える。



(ーーーーーーネロを、家族を愛した気持ちに偽りはない)



と。






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