第八章 黄昏の森へ(7)
楽しんでいただけたら幸いです。
どうにか無事にスライムを撃破した俺は、負傷したところを貰った回復薬を使用し治そうと、戦う際に邪魔だからとケティに預かってもらっていた荷物から薬瓶を取り出そうとするも、
「待てアラタ。貴重な薬をスライム如きで使用するのは勿体ないぞ」
との制止の言葉がケティの口から飛び出す。
しかし、一刻も早く強酸でやられた肌を治したい一心で、彼女の忠告に反論する。
「何でだよ。言わせてもらうが、この傷はただの切り傷やかすり傷じゃないんだぞ。強酸で皮膚が軽く溶けてるんだ。こんなの薬でも使わなきゃ治んないって」
はっきり言って強酸をもろに浴びたら、日本にいたころならば手術ものであることは確実だ。程度にもよるが、溶け切った皮膚は恐らく自己再生しないであろうし、その皮膚を外科手術で新しい皮膚を移植しなきゃいけない。
そんな怪我を薬を使わないでどう治癒しろというのか、と俺はケティの身勝手な発言に憤慨した。
憤慨する俺を前にしてもケティは己の発言を取り下げる気はないようで・・・・・・、俺に薬瓶を渡さない代わりに、自身の腰に提げたポーチから何やら別の小さな瓶を取り出す。
彼女の中指ほどのサイズにも満たない小さな瓶の中には、何やらドロリとした緑色の液体が入っていて、遠目にも何かの草の汁であろうことは把握できた。
「これは水にさらした”ナロバーニュ草”をすり下ろして抽出された汁で、強酸性スライムに受けた傷によく効く。この汁を患部に塗り込むがいい」
と、ケティは俺が尋ねるまでもなく勝手に説明し始めたが、正直に言って今の俺には彼女の説明など耳に入って来ておらず、視線はずっと彼女の持っている小瓶に注がれていた。
というかケティも人が悪い。そんなにいい物があったならさっさっと出してくれればいいのに。
「分かったから、早く渡してくれよ。今になってやられたところが痛くなってきたよ」
火傷を負った時のような痛痒さが、負傷した患部を襲い始めた。先ほどまでは初戦闘による興奮で痛みなど感じている余裕はなかったが、いざ高ぶっていた身体や気が静まった途端に麻痺していた五感の感覚が復活してしまったようで・・・・・・。
なんだか立っているのも辛くなってきて、俺は力なく地面へと膝をついて項垂れてしまう。気を抜いてしまえば倒れこんでしまいそうなほどであった。それほどまでにスライム戦での体力消耗は激しかったようである。
まぁ、それもそうか。一度も手にした事のない真剣による、モノホンの戦いを経験したのだから、この疲労具合は当たり前で、そもそも戦いなんて初めての俺が今思えばよくあんなに善戦できたものだと、今更ながら疑問に思う。
いくらスライムの倒し方を知っていたとしても、あんなのはゲーム世界での話であって、俺はテレビ画面の前に座りコントローラーを用いて自分自身の分身であるキャラを操っていただけに過ぎない。
実際に倒すのは俺ではなく、俺が操っていたキャラに他ならない。
なのに、俺は初めての戦闘だというのに、まるで”戦い慣れている”ように立ちまわっていた。
例えるならば、そうだな。
まるで”第三者”にでも操られていたように・・・・・・・、って、そんなわけないか。
仮にもし”第三者”に操られていたならば、スライムの攻撃を食らう必要もなく、もっと華麗な身のこなしで倒せれたはずだ。しかし、実際はスライムの攻撃を幾度も食らい、無様という言葉が当てはまるほどの、見ていて実に”美しくない”戦い方であった。
だが、それでも身体能力は跳ね上がったように感じる。そうでなければあんなに高く跳躍できるはずもない(あの時飛び跳ねた高さは3メートルはゆうに超えていた)。
とすれば、あの時の俺には何らかしらの力が働いていた可能性がある。俺はそこまで考えてある一つの可能性に気づく。
それは――――――――――――、先ほどのスライム戦で大変活躍してくれた、ケティから譲渡された中振りの剣である。どうもこの剣を握ってからなのだ。俺の身体機能が向上したのは。
俺はもしやと思い、小瓶の蓋を開けている最中のケティと尋ねてみる。
「なぁ、ケティ。つかぬことを聞くけどさぁ・・・・・・」
「ん~? どうしたんだ? あっ、エマ。そこのヘラを取ってくれないか?」
「これ?」
「そうそう。この汁は素手で触るとかぶれるからな。患部に塗り込む際にはこのヘラが欠かせないんだ。・・・・・・それで何の用なんだ?」
と、エマに指示しながら負傷している俺の為に準備してくれているケティ。ヘラに少し粘り気のある草汁を取りながら尋ね返してきた。
「いや、その・・・・・・・。この剣の加護っていったいどんな効果があんのかな~って」
「あぁ、確か”身体能力向上”に”状態異常無効”だったと思う。ちなみに強酸性スライムの攻撃で剣が溶けないのもその加護の効力のお陰だ。並みの剣ならばあっという間に溶かされて使い物にならなくなるからな」
「そうなのか。けど、本当にこんな良い剣を貰ってよかったのか?」
なんだか思ったよりずっといい剣を貰ってしまい、何だか申し訳なくなってしまい、思わず彼女へと貰った剣を返しそうになるが。
「いいんだ。その手の代物は家に帰ったらごまんとあるから。それにアラタも武器の一つもないと困るであろう。丸腰では威厳もへったくれもないからな」
「そういうものなのか?」
「あぁ、もちろんだ。いいか? 魔法を扱えぬ我らにとって”武具”とは、唯一”魔女”に対抗できる術なのだ。動物が”牙”や”爪”を持つように、私たちは”武具”を活用して魔女に抗う術を得たのだ。お前もこれから魔女とやり合う気でいるならば、剣の一つも持っていないと様にはならないであろう」
それに、丸腰ならば相手に舐められるぞ、とも付け加えて、ケティは手にしたヘラを俺が負傷した患部へと当てる。
すると、飛び上がるほどの激痛が全身を貫き、俺は情けない悲鳴を上げて悶えてしまう。この痛みを例えるならば金玉を金槌で数十回叩いた後に、腫れあがった急所へと唐辛子で作った薬を塗りたくるような――――――――、要するに無茶苦茶痛いというわけで。
この痛みは恐らく経験してみないと共感は出来ないであろう。ともかく、記憶のある中では”二番目”に味わう痛みであった。
あまりの痛さに喚く俺を塗り薬をヘラで塗ってくれていたケティは、
「おい、お前は男であろう。このくらいの痛みで泣き喚くな」
呆れたように目を細めてそう言い放った。
俺はそんなケティの一言を耳にした瞬間、思わず耳を疑ってしまった。
―――――――――何なのコイツ!? 鬼ですか!?
目を剥いて固まっている俺を置いて、ケティは尚も俺を咎める発言を口にする。
「私が思うにお前は忍耐力というのが欠けている。私の知っている男たちは例え足が吹っ飛び、内臓が外に飛び出すほどの大怪我を負っても泣き言一つ口にしなかったぞ」
「いや、そんな化け物みたいなのと一般人を一括りにしないでほしいかなと」
そいつ絶対人間じゃないだろ。というか、足は分かるけど、内臓系は即死のパターンだよ。それで生きているなんて絶対人間じゃないと思う。
しかし、思わず口をついて出た俺のツッコミに目敏く反応したケティは、
「部隊長殿を化け物呼ばわりするか!!!!」
何故か激高し、俺に言われても分からない名前を口にする始末。というか誰だよ部隊長って。
まぁ、彼女の口ぶりからして浅からぬ関係であったことは明白であるが。
「わぁ~ったって!! ともかくそれ以上塗りたくるのは止めれ!!!!!」
何回も言うが汁を塗り過ぎだ!! 逆に塗り過ぎて痛さが倍増した気がする!!
俺の嘆願も今のケティには聞こえてないようで・・・・・・・、彼女は腹立ち紛れに力任せにヘラで皮膚をこそぎ落とさんばかりに擦りつける。
「お前が詫びを入れるまで、私は止めない!!」
ちょ、それ完全に八つ当たり!! 理不尽すぎるケティの蛮行に、流石にやり過ぎだと思ったのか、今まで素知らぬふりを貫いていたエマがケティの暴走を止めに入るまで続いたのであった。
この時、俺は悟った。
この女―――――――――――、ケティを怒らせてはいけないと。
強酸を浴びたら人間どうなるのでしょうか?
程度にもよるんでしょうけど、外科手術でどうにかなるんでしょうかね。
まぁ、日常生活を普通に送っていればそんな機会はないでしょうけど。
では、次回に。




