第八章 黄昏の森へ(6)
楽しんでくれれば幸いです。
―――――――――これならいける。
そういう慢心があったのは確かだ。
加護を付与した武器を手に魔物と戦うというシチュエーションは、誰もが一度は憧れるものではないであろうか。
両親が事故死し、妹の看病と勉学に明け暮れる日々を送っていた俺であったが、それ以前は年相応にゲームや漫画を嗜んでいた記憶もある。
その当時はゲームや漫画に登場するヒーローに憧れ、自分もこの物語の主人公になれたらいいのにと空想する毎日であった。大好きだった漫画がアニメ化して、その主人公が愛用していた武器などが玩具として発売されると親に強請って買ってもらい、よく近所の友達と一緒に公園で主人公に成りきって”ごっこ遊び”に興じていた。
今流行りのVRだって小さな頃に思い描いた夢の延長線上であり、具体化したものであると考えていた。閉じていた瞼を開けると、いつもの見慣れた景色と打って変わって映るその景色は、かつては幼少時の自分が思い描いていたファンタジーそのもの世界。
それに興奮しない人間が果たしているであろうか。自分がそのゲームの主役になれる。腕を振れば剣が触れて、腕を引けば弓矢の弦を引く動作になる。今はそれが限界であるが、そのうち五感全てを使ってゲームや漫画の世界にどっぷりと浸れるようになるであろう。
そんな時代がいずれやって来るであろう。その時代が数年後かそれとも百年後かは分からないが、もしそんな時代が来たら夢のようだと、サブカルチャーを好む人ならば誰しもがそう思うであろう。
もしかしたら、ベットの上から動けない妹にも”新しい世界”を見せることが出来るかもしれない、とこの世界に来る前の俺ならば好転的に受け止めていたであろう。
しかし、今ならはっきりとVRの発展は止めた方がいいと口にするであろう。
何故ならば・・・・・・・、
「―――――――――――――グァッ!!」
現実はゲームや漫画のようにいい事ばかりとは限らないからだ。
テレビ画面の前ならば攻撃を受けたって痛くも痒くもない。怪我や病気になったって薬を飲めば全快し、最悪攻撃を受けて死んだとしてもコンテニューすれば何の問題もない。
しかし、もし五感が発達したら? 攻撃を受けた際の激痛でショック死する人が出るやもしれない。
まぁ、何が言いたいかというと――――――――、無茶苦茶痛いという事だ。
やはりいきなりにはゲームの主人公のようにはなれないのだ。剣を適当に振ったって当たるはずもない。案の定というか必然というか、俺の振り上げた剣の斬撃は敵に当たることもなく空振りし、むなしく虚空を切ると同時にスライムの触手攻撃が俺の横腹を掠る。
どうやら狙いが外れたようで、運よく上の服を切り裂いただけであるが、あと数ミリほどずれていれば、俺の素肌はこの攻撃によって切り裂かれた上に、このスライムの特性である強酸によって肌が焼け立たれて重傷を負っていたであろう。
しかし、攻撃が外れたことによる動揺と、攻撃を食らったことによる衝撃で頭が真っ白になり、俺は受け身を取ることも忘れて剣を振り下ろした体勢のまま、無様に地面へとスライドするように墜落し、殺しきれなかった勢いのまま地面の上を転げまわる。
草原だったせいか、あまり砂埃も上がらず、ケティたちには俺が無様に転げまわる姿が見えている事であろう。幻想を砕いたかもしれないが、これが”本来”の俺の姿だ。
人は、そんなに簡単に”英雄”にはなれないのだから。
それでも、と俺は最後まで足掻いてみせようとばかりに、ふらつきながらもどうにか立ち上がると、先ほど地面に墜落した際に取り落とした剣を拾い上げる。手にした剣を再び構え直すと、地面を転げた際に思い切り擦ってしまったのか。むき出しになった腕には皮が捲れるほどの擦り傷を負ってしまい、そこから滲む血を乱雑に服に擦り付ける。血で上着が若干汚れてしまったが、これも男の勲章と思えば気にはならない。
この程度の敵にやられるようでは、とてもじゃないが魔女になんか太刀打ちできない。
例えズタボロになってでも、あのスライムには勝ってみせる。
俺は柄を握り締めた手のひらから血が滲むほど強く握りしめると、俺を完全に舐めきっているスライムへと駆け出す。その俺の動きを敏感に察知したスライムは、自身へと攻撃を加えようとする俺へと狙いを定めて目にも留まらぬ速さで、触手を切り離してまるで弾丸のようにぶっ飛ばしてきた。
物凄い速さで飛んできたスライム弾を剣を振り回すことで叩き落としつつ、スライムとの距離を徐々に詰めていく。先ほどの俺とは気迫が段違いであることに気づいたのか、スライムはどこか怯えた様子で闇雲に触手弾を連射する。
流石にすべてを避けることは出来ず、いくつかの弾を体に食らい、ジュワ~と掠った部分が皮膚が溶ける嫌な音と焼けつくような不快な臭いが辺りに響くが、そんなこともお構いなしに、俺は今度こそスライムに攻撃を与えるべく渾身の力でもって剣を横薙ぎに振るう。
大丈夫、スライムの倒し方はゲームでやっていて覚えている。ジェル状の体の中に埋没している”核”を破壊したら退治できるはずだ。この核を破壊しないと何度でも攻撃を加えても、明確な肉体を持たないスライムは簡単に蘇ってしまう。
だからこそ俺は余計な小手先は考えずに、シンプルな攻撃で確実にスライムを撃破する事だけを考えた。そもそも戦いに関して素人の俺が他人に魅せる技を披露できるはずもない。
余計なことは考えずに、俺はただただ敵に攻撃を与えることだけを考えたらいいのだ。それにそういうことは戦うことに慣れてからだと割り切ることにした。
さて、見栄もプライドの一切を取っ払った俺の斬撃は見事スライムを直撃し、的確に核ごとスライムの体を両断し、本来声帯もないスライムから悲鳴の声など聞こえる筈もないのだが―――――――、俺の耳には撃破したスライムの叫び声が聞こえたような気がした。
剣の刀身に水色のジェルがまとわりつくと、それがまるでスライムの血しぶきのように見え、心なしか説明のしようもない高揚感を抱いた俺は、魔物ではあるが己が手にした武器で生き物を殺したことによる罪悪感や、生死を賭けた勝負事に無事勝利した達成感に酔いしれる。
全身から立ち込める熱気とは対照的に、戦いを終えた俺を待っていたのはヒンヤリと感じるほどの冷え切ったバトル後の情景であった。あれほど白熱した勝負であっても、終わってみたらただただ虚しいだけであった。
それに盛り上がっていたのは、俺とスライムだけでこの戦いを、俺たちからだいぶ離れたところから見守っていたケティたちは静まり返ったままだ。
この戦いに勝利した俺に対して歓声を上げるでもなく、労いの言葉をかけるわけでもなく、ただただ黙っているだけであった。
まぁ、現実はこんなもんだよ。
魔物とのバトルだって、ようは生きている同士の殺し合いだもんな。見ていて気持ちの良いもんではないであろう。
と、どこか冷めた風に俺は刀身に付いたスライムの残骸を取り払うべく軽く振って、ある程度除去できた後、そこら辺に生えていた草を数枚ほどむしり取って刀身を軽く拭うと鞘にしまう。
そして、危ない場面もあったがどうにか無事にスライムを撃退したことをケティたちに報告するべく、彼女たちの方へと振り向いた俺の視界に映ったのは、
「・・・・・・? 一体どうしたんだ?」
と、えらく感極まった表情で俺の方を見つめるケティと、どこか見惚れる様にうっとりとした表情を浮かべるエマがいた。
俺の問いかけに反応するかのようにして、ケティは素早い動きで俺の元へと駆け寄ると、咄嗟の事に反応できずに固まっている俺の手を取り、
「アラタ!!!! 私は貴殿の戦い方を見ていたく感動したぞ!!!!!」
「えっ、でもあんなに苦戦したし、無様だっただろ?」
「何を言うか!! 例え初撃が外れた上に地面に転げても、全然無様ではないぞ!! それに攻撃を食らっても果敢に敵に向かっていくアラタの勇気には敬意を表するほどである!! 私だってあの強酸属性のスライムには手を焼いたものだ。それを初めての戦闘で退治したのだから、流石の一言に尽きる!!」
え~、すっげぇ過大評価だよケティさん。それに俺があのスライムを撃破できたのは、スライムの構造を把握していただけの事だし、多分運の要素も大きいと思う。
正直に言って勝てる確率は五分もなかったと思うし、いやぁ~。あの時は本当に勝てて良かったと今になって恐怖が全身を襲い、今生きていることが不思議に思えてくる。
もし、あの強酸をもろに食らっていたら、俺はもうこの世にはいないであろう。体に大穴が開いて即死なんてのも冗談では済まない可能性があった。
だから、そんな手放しで褒められるとむず痒いというか、こそばゆいというか。
どうにかエマにも助け船を求めようと視線を向けるも、彼女と視線が合わさったと同時にエマですら俺の方へと駆け寄って来て、
「すごいねアラタ!!!! 昔、お姉さまに聞いていた騎士様みたいで、すっごく格好良かったよ!!!!!」
何故かものすごいラブ視線を送ってくるエマ。
まさか、あの無様すぎる戦い方を見て、俺に惚れてしまったとか?
いやいや、まさかそんな。それにエマは見たところまだ十前か、よくて十代前半といったところ。そんな色恋を抱くような年齢でも・・・・・・、しかし、彼女は中世時代の人間なのを思い出す。
たしかあの当時の成人年齢は十四~十五歳くらいだとされるので、エマも十二分に恋愛感情を抱く可能性はある。
そして、俺の嫌な予感は的中し、それは現実のものになってしまう。
ケティと誉め言葉と、エマのラブ視線を一身に浴びながら、俺は自身の身に起きた出来事を受け入れられずに、感情の全てを欠如させた能面のような表情を浮かべると、現実逃避するかの如く、どこまでも青く澄み渡る空を見上げるのであった。
真剣って重いんでしょうか? そういえば純銀のナイフもフォークも重いですし、
それが剣とかの武器になるときっとナイフとかの比じゃないくらい重いんでしょうね。
ですので、昔の人はすごい筋肉ムキムキだったんでしょうか?
そうでもないと、重たい武器を振り回せるはずもないでしょうし。
では、次回に。




