第七章 暗躍(5)
楽しんでいただけたら幸いです。
※幕間の時とちょっとジャンヌとクラリスの会話が違う気がしますが、
あまり気にしないで読んでくださると嬉しいです。
クラリスは極力足音を消すため、腰を下げて中腰の姿勢を保ちつつ、ジャンヌが潜んでいると思われる家屋のすぐ傍まで忍び寄る。この中腰の体勢は正直言ってキツイものがあるが、相手はかの百年戦争時に活躍した英傑である女なのだから用心するに越したことはない。
それに家屋の横壁四方には割と大きめの窓が備え付けられていたので、その窓に自身の姿が映りこまないようにするには、この中腰体勢が一番最適であると気づいたからだ。
どうやら上手くいったようだ。ジャンヌは気づく気配もなく、依然と静かなままだ。この近距離ならば僅かな音も聞き逃しはしないので、本当にジャンヌはこちらの気配に気づいていない様子なのを壁に耳を当て確認した。
ここでの暮らしが長いので戦士としての勘が鈍ったのか。
まぁ、こちらとしては好都合、とクラリスは己の杖を取り出し、いつでも交戦できるように微かな魔力を纏わせつつ、ゆっくりゆっくりと表玄関へと回り込むと、木製の扉の前でしゃがみ込み突入のタイミングを計る。
ここは一気に突入すべきか、それとも慎重に行くべきか。
相手の出方が分からない以上、一気に突入するのは早計過ぎる気がするが、かと言って今更どんな顔をして会えばいいのだろうか。向こうだってこっちのことを認識しているだろうから、初対面のフリするのも何だか白々しいし。
ここは・・・・・・、やっぱり強行突入しかないかしら、とクラリスは決断し、念のために防刃の呪文を唱えて己が全身に纏わせる。数回ほどの斬撃ならこの呪文の効果で傷一つつかないであろうが、ジャンヌほどの武の才がある者が放つ斬撃ならば一~二回防げるくらいか。
それでも初刃が防げるのならば十分、とクラリスはゴクリと唾を嚥下し、やや緊迫した面持ちでジャンヌと接触するべく、ありったけの力を込めて扉を蹴破る。強い衝撃によって扉の木材が粉々に粉砕されて散らばるのと同時に大きく跳躍して部屋の中へと突入する。
すると、こちらの動きなどすべてお見通しであったのが。クラリスが跳躍したそのタイミングを見計らってジャンヌは手にした長剣で下段の構えから切り上げてきた。
跳躍中のクラリスはその斬撃を避けられず真面に食らってしまう。正直に言って防刃の呪文を施してなければ命はなかったであろう。何せ防刃の呪文を施術しているというのに、この斬撃をその身に食らった瞬間あまりの痛さに心の臓が止まるかと錯覚してしまったくらいだ。
それほどまでジャンヌの斬撃の威力はすさまじいものがあった。
クラリスは斬撃を食らった衝撃でバランスを崩してしまい、部屋の右端に置いてあったテーブルの上に墜落してしまう。硬い木のテーブルに背中をしこたま打ち付けてしまい、クラリスはその重すぎる衝撃に「カハッ!!」と息を漏らしてしまう。
背中を強打したから、上手く呼吸が出来ず、何度も何度も浅い呼吸を繰り返し、どうにか身体に酸素を取り込もうと試みるが一向に酸素が吸えず、クラリスは段々酸欠のせいで意識が遠のいていくのを感じた。
いくら防刃の呪文を施術しているからといっても、流石に刃物以外の物理的な痛みなどは緩和されないので、ダイレクトに痛みが脳に体に伝わるのだ。
しかし、ここはいわば敵陣の中。呑気に気を失っている場合ではない、とクラリスは薄れゆく意識の中、自分が扱える中でも最高難度である回復呪文を略式詠唱で唱える。
すると、先ほどの痛みや気分の悪さなどが嘘のように消え去り、どうにか持ち直したクラリスはすぐさま机の上から飛びのく。先ほど攻撃を食らった際の衝撃で落としてしまった杖を手に取りつつ、ジャンヌから放たれる次の斬撃へと備える。
眼前には相も変わらず目深にフードを被った女―――――――ジャンヌ・ダルクが、こちらへと手にした長剣の切っ先を向けながら、まるで挑発しているかのようにクルクルと慣れた手捌きで回していた。
どうやら完全に私の事を取るに足らない敵と認識したようだ。それは彼女の態度にも表れている。しかしその怠慢が原因で後の勝敗を決めるのよ。
クラリスは極力平静さを装いながら、ジャンヌへのファーストコンタクトを試みる。
「――――――――手厚い歓迎をありがとう。確か、お前はジャンヌ・ダルクだったかしら?」
「・・・・・・何しに来た? それに、何故お前は私の斬撃を受けて生きている?」
心底不思議そうにそう尋ねるジャンヌ。というか、こちらの問いかけは完全無視か。
それにしても外見には似つかわしくない幼稚な喋り方・・・・・・・、一体どういうことなのかしら。
疑問は残るが、今はそんな些末事を気にかけている場合ではないので、クラリスは早速ではあるが本題を口にするのであった。
「それはおいおい説明するわ。ともかく、ジャンヌ・ダルク。私たち”過激派”に手を貸しなさい」
「・・・・・・いや。だって私には何の得もない」
まぁ、そうよね。
流石にすぐにOKがでるとは思っていないので、ここまでは想定済みだったクラリスは次なる手を打つことにした。
「ふ~ん、そう。まぁ、私はいいのだけれど、知っている? 最近この世界にお前の嫌いな”男”がやって来たというのを」
「!?」
”男”という単語を聞いた瞬間。余裕綽綽だったジャンヌの表情が見る見るうちに青ざめていった。それはフードに隠れていてもハッキリと分かるほどで、彼女の動揺の大きさを暗に物語っていた。
クラリスは彼女の表情が変わったのを見逃さずここぞとばかりに追撃する。
「いいの? 風の噂で聞いたのだけれど、その男は”お前”に会いに来るために、この森へとやって来るみたいよ。拒否するということは―――――――――、また男から”犯されたい”のかしら?」
「―――――――――!? 違う!!!!!!!!! 私は、私は!!!!!!!!」
やはり、トラウマを刺激する作戦は有効だったようだ。
ジャンヌは先ほどの余裕さもかなぐり捨てて、クラリスの発した言葉を全力で否定する。
今ならば彼女は私たちに手を貸すことに賛成するであろう。その隙を見逃さずクラリスは混乱のあまり正常な判断が出来なくなったジャンヌへと、甘い声音を意識しつつ悪魔のような提案を口にする。
「――――――――さぁ、協力しなさいジャンヌ・ダルク。貴女の”聖域”を共に護りましょう」
その為には貴女の力が必要なのよ、とも付け加えると、ジャンヌ・ダルクは初めて目深に被っていたフードを外し、隠していた素顔を露にする。
クラリスはジャンヌの素顔を初めて目にした瞬間、あまりの衝撃に思わず目を見開いて言葉を失う。
眼前に立つジャンヌは高身長で均整の取れた体つき。その体つきは女の私から見ても惚れ惚れするほどだ。残念なのは胸が身長の割に平らであることか。いや、本当にそれ以外は抜群なプロポーションなのだが・・・・・・・。一番目を引くと言ったらやはり顔の右半分を覆う火傷の痕であろうか。
白い肌には目立ちまくる赤黒い火傷の痕――――――――、顔は美少女そのものの端正な顔つきなのに、顔に残る火傷の痕のせいでその美貌も半減してしまっている。
もう長い事髪を切っていないのか、太ももの裏まで伸びたプラチナブロンドの髪はフードを被っていたせいかボサボサであった。
切れ長の大きな碧眼はこちらを警戒そうに見つめ続けていて、まだこちらを完全に信用していない感じであったが、それでも素顔をさらしたという事はこちらに協力するという心の表れなのであろう。
これは僥倖とばかりに、クラリスはなおも言葉を続けようと口を開く。
「恐れることはないのよ。私たちは同じ魔女同士。それに、安心して。此度の件が片付いたら、再びこの森で好きに暮らしたらいいわ」
「・・・・・・何で、何で、今になって―――――――」
まだ答えは出てはいないのであろう。
それも仕方のない事。彼女の困惑も動揺も理解はできる。
しかし、事は悠長に構えていられないのだ。
あと数週間ほどであの人間の少年はこの森へとやって来るであろう。
だが、未だ混乱している彼女にこれ以上詰め寄るのは少々酷というものか。
クラリスはある一つの条件だけを述べるだけに留めた。
それは―――――――――、
「じゃあ、こうしましょう。貴女はただ人間の男だけを森から追い出すか、排除だけしなさい。あぁ、言っておくけど男の方は殺しちゃダメよ。出来るならば捕縛して私に差し出しなさい」
「・・・・・・・分かった。じゃあ、他とは”遊んでもいい”?」
「? えぇ、好きになさい」
遊ぶの意味はよく分からなかったが、どうやらジャンヌはやる気になったようだ。
ならば、もうここにいる必要はない。
クラリスは一旦街へと帰るべく、ジャンヌに背を向けて転移魔法を唱えようとするが、不意に背中に県の切っ先が軽く当てられた感触に気づき、
「――――――――これは、どういう意味かしら?」
「―――――――――あまり気やすく私の名前を呼ばないで。この名を呼んでいいのは、家族か最も信頼できる人だけ。それ以外は名前を呼ぶことは許さないわ」
「分かったわ。なるべく善処するから、その剣を外してくれないかしら?」
「―――――――――分かった」
と、素直に剣はどけてくれたが、それでも背中に向けられる圧は変わらなかった。
まだ信用はしてくれてないらしいが、それはこれから築いていけばいいのだ。
「ありがとう。じゃあ、私は一度帰るから、男たちが来たら後はよろしく」
「・・・・・・・」
無言で返されるが、文句がないところを見ると、一応了承はしてくれたようだ。
そのことに安堵するとクラリスは帰還の呪文を唱えて、ジャンヌの目の前から姿を消した。
ジャンヌは突然の来訪者であるクラリスが目前で消える様を見届けると、完全に彼女の気配も何もかも感じないことを確認すると、一旦考えを整理するために家の外に出てみることにした。
新鮮な外の空気をめいっぱい肺に送り込むと、何だか混乱している頭の中がすっきりしていくのを感じた。
あの女の意図を探るために幼い少女のフリ――――――と思っているのは自分だけ――――――をしていたが、何も裏はなかったように感じる。それどころかこちらにとって有益な情報を教えてもくれた。
やっと見つけた安寧の地を侵されて堪るかと、ジャンヌは侵入者の対策を考えるべく周囲に視線を向けると、視線の片隅に何やら小さな人影が映ったのに気付き、よく目を凝らしてみるとどうやら幼い複数人の少女であった。
ジャンヌは少女の姿を視界に収めた瞬間、ある作戦を思いついた。
この作戦で――――――――――――、男の本性を露にしてやる。
ジャンヌは狡猾そうな笑みを浮かべて、森をさ迷い歩く少女らの元へと向かうのであった。
この回でこの章は終わり、次回から新章が始まります。
ジャンヌは自分が気づいてないだけで、新たな人格を形成してしまっています。
その人格が主人公が見てしまった少女なのか?
それは次の新章でということで。
では、次回に。




