第三十章 貴方に、会いたくて(30)
楽しんでいただけたら幸いです。
ネウマの墓場の最深部へと到達したケティとクラリス率いる奪還隊はーーーーー、大口開けて見上げた視線の先に。
「・・・・・・これは、一体」
クラリスは呆然とした面持ちで呟く。
自身の記憶に残る光景と、目の前に広がる光景は完全に一致しなかった。
あまりにも衝撃が大きすぎて二の句が継げない。誰しもが自身と同じ状態に陥ると思う。
このような奇妙キテレツで理解不能な光景を前にしたらーーーーー。
その現象はクラリスだけでなく、この場にいる他の娘たちにも起きているようで。
勿論、魔女たちの間で”狂犬”と怖れられた歴戦の女傭兵も例外ではなく。
「・・・・・・これは、私も予想していなかったな」
口をポッカリと開けて目の前の光景を見つめるケティ。何を見ても、何が起きてもあまり感情の起伏が感じられない彼女であったが、今回ばかりはーーーーー、そうもいかなったのだろう。
人はみな自身の予想の斜め上の事に遭遇すると、クラリスやケティたちのように呆気に取られて行動不能に陥ってしまう。
さて、みなが固まってしまう光景とは、一体どんな光景か?
それはーーーーー。
「・・・・・・私の記憶には、ここにこんな建物はなかったはずだけど」
「? ハッキリしないな。お前の記憶などアテになるのか」
「・・・・・・案外ヒドイこと言うのね。まぁ、自分で言うのも何だけどーーーーー、この墓場にはあまり足を踏み入れたことないし。そもそもここが使われなくなってから、軽く見積もっても数百年経っているしね」
肩を竦めるクラリス。
あまりにも役に立たないクラリスに、ケティはやれやれと呆れた風に首を振って、
「ーーーーーったく、何て無責任な女だ。まぁ、元より期待はしていなかったが」
「ならあまり文句言わないで。ブーブーと文句を言う暇があったら、今現在直面している問題と向き合わなきゃ」
「はいはい、仰せのままに」
嫌味たっぷりにケティ。未だに衝撃から抜け出せない少女たちの間をすり抜けて、件の場所へと一人勇ましく向かう。
向かった先にあるはーーーーー、ボロボロに朽ちた小さな小屋。
一瞬物置か何かと錯覚してしまうような粗末な造りのボロ小屋だ。雨風に晒されたその小さな家は、ここに建っているのも不思議なほどにボロボロに傷んでいてーーーーー。
ケティは注意深く、慎重に小屋へと近づいていく。手には腰から提げたポーチから投げナイフを数本ほど握り締めていた。
物陰から誰かしらが飛び出して来たり、斬りかかって来たとしてもすぐに応戦できるように、とケティは投げナイフの柄を握る力を強める。
ソロリ、ソロリと忍び足で小屋へと接近し、風が吹く度にキィキィと音を立てて、微かに揺れる木扉の裏へと素早く移動する。
風雨に晒され、あまり手入れが行き届いていないせいか、扉の腐食も著しく背中に感じるささくれがチクチクと痛む。
フゥー、と体内に溜まった二酸化炭素を吐き出し、ドクンドクンと煩いくらいに激しく脈動する心臓を落ち着かせようと試みる。
どこにいるやも分からぬ敵を相手にするのは苦手だ。姿が見えている方が幾分か楽だ。
まぁ、自分に限らず誰しもがそうであろうが、とセルフツッコミをこなすケティであった。
あ~、ダメだ。思ったよりテンパっているようだ。手のひらに滲んだ汗をズボンに擦り付ける。
墓場内に漂うジメッとした空気が肌にまとわりつき、ケティの体力と気力をごっそりと奪っていく。
一瞬の油断すら命取りになる。
ケティはタイミングを見計らって、扉の裏から一息に身を乗り出す。
その弾みで扉がハデに吹き飛んでしまったがーーーーー、元よりボロ小屋だ。壊れてしまったとしても誰も文句は言わないであろう。
転がるようにしてケティは小屋の中へと突入する。長らく人の出入りはなかったのかーーーーー、ゴロゴロと転がった拍子にモワァッと埃や砂埃が舞い上がる。
ゴホッ、ゴホッと噎せながら、ケティは手にした投げナイフを一本威嚇するために投擲する。
数秒ほど待ってみたが、何かが襲い掛かってくる気配はない。いくら視界不良だとしても流石に投げナイフを投げつけたのはやり過ぎたか。
モウモウと小屋中に充満する埃や砂埃に耐えきれなくなって、ケティはシパシパする目を何度も瞬きしながら外へと飛び出す。
ゴホッゴホッと咳き込みながら、外の新鮮な空気を貪るケティに、
「ーーーーーどうなの? 中に誰がいた? 魔物とか?」
恐る恐るといった具合にクラリスたちが歩み寄ってくる。
ったく、私の心配は無しか、と若干拗ねながらもケティは彼女たちの問いかけに応じる。
「・・・・・・あぁ、何もいなかったよ。人も、魔物も、動物も、それこそ幽霊すらもな」
冗談も交えながら、ケティ。ハァッと大きく息を吐き出し、ダラリと身体を弛緩させる。
あ~、緊張した。寿命が数年縮む思いがした。
だがまぁ、これで気が済んだ。
ケティは満足した表情を浮かべて、青白いを通り越して真っ白になってプルプルと震えているクラリスたちへと視線を向ける。
こいつらを眺めつつ、小屋中に充満している砂埃らが雲散するまで待つのもいいであろう。
ケティは手にしたナイフを器用に指で回しつつ、ほんの一時の休息を楽しむのであった。




