第七章 出立(3)
短いですが楽しんでいただけたら幸いです。
「あれ? もう帰るの?」
と、他の子の給仕をしていたクリスが、俺が席を立ったのに気付きそう声をかける。
「あぁ、もう腹も膨れてきたし。それに、寝る前に寄りたいところもあるしな」
俺は料理二品と葡萄酒二杯でいっぱいになった腹を擦りながら、クリスへの問いかけにそう答える。あんまり満腹になっても寝る時に苦しいだけだし、こんなのは腹八分目がちょうどいいのだ。
そういやこの世界の女の子たちは日本にいた女の子たちより、はるかによく食べていることに気づく。現代の女の子たちはダイエットだなんだの言ってあんまり食べない。炭水化物抜きダイエットとかの流行りのダイエット方法をを教室でよく喋っていたのを思い出す。
それと比べてここの女の子たちはバランスよく何でも食べる。特段ダイエットとかしてなさそうなのに、向こうの女子たちより体つきがほっそりとしている。余分な肉がついてないというか、無駄のない均整の取れた体つきだ。
まぁ、考えられるのはバランスのとれた食事に程よい肉体労働かな。現代みたいに科学が発達してないから、やること為すことはみな人力で行われる。機械がやっているようなことも全てだ。
車も自転車もないだろうから、移動は徒歩か籠か、はたまた馬に乗るくらいか。そうすると消費カロリーも半端ないだろうし、自然と筋肉もつくであろう。
それは昔の人の暮らし方と現代の暮らし方を照らし合わせてみたら一目瞭然だ。過去の人は現代の人ほど太っていない。
つまり普通に生活しているだけで痩せるということだ。
それに今ほど甘いお菓子ほどもないし、だから太らず健康的に過ごせるのだろうけど。
って、また余計なこと考えちまったなと頭を搔きながら、レジらしき机が置いてある場所まで歩いていく。そこにはいつもの見慣れたレジスターらしき機械はなく、何の変哲もない机のように見える。
そこまで歩いてきて俺は一番重要な事を思い出す。
(そういやここの貨幣ってなんだ? ユーロ・・・・・・とは違うよな? あぁ、どうしよう。もしかしてやらかしちゃったか?)
そう。中世ヨーロッパの貨幣価値なんて分かるはずもなく、例え分かっていたとしてもそんな古代のお金なんて持っている筈もない。つまりどういうことかというと・・・・・・、これは歴とした無銭飲食であった。
どうしようかと頭を抱えていると、
「? あれ、どうしたの? ・・・・・・あっ、もしかして飲み過ぎたの? ゴメンね、アタシが酒なんか勧めたから」
「いや、違うんだ。俺、言うの忘れてたんだけど金持ってないんだった」
こいつの気遣いが胸にしみる。それ故にこの事実を言うのが心苦しい。しかし、正直にない物はないと言わないと。
だが、俺の告白を聞いたクリスは一瞬訳の分からないという風にキョトンした表情を浮かべていたが、すぐに合点の言ったという様に手を叩いた。
「あぁ、そんなこと? アンリから聞いてなかった? ここは物々交換で売買しているの。それと今回は特別という事でタダでいいから」
「えっ!? いいのか!!」
何というお言葉・・・・・・。貴女は女神か。
俺は信じてもいない神に今初めて感謝した。これで無銭飲食の罪は免れたからである。
「まぁ、次回からはそうね・・・・・・。ウチで飲食をする際には何か食材を持ってきて頂戴」
「食材? 例えばどんなのだ。食材なら何でもいいのか?」
物々交換というのをした事が無いので、一体どれくらいの物がどんな物と交換できるのかの価値が分からないので、素直にクリスに尋ねることにした。知らないことを知らないままでいるよりは懸命だと判断したからである。
「基本なんでもいいんだけど。例えばさっきアラタが飲んだ葡萄酒一杯は果物一個と交換するの。それで鴨肉のソテーとセットにするなら、さっき上げた果物一個に加えて12~20cmほどの大きさの魚を二匹ほどと交換かしら」
「よく分かんないけど・・・・・・。それは高いのか安いのか?」
「多分安いとは思うけど・・・・・・、詳しい価値までは分かんないわ。というか、ルーシア様が貨幣での取引を一切禁じたから、もうお金の価値とか覚えてないし」
「そうなのか。ちなみになんで貨幣取引を禁止にしたんだ?」
そっちの方がだいぶん楽だと思うけどと思ったが、あえてそれは口にするのを止めた。
俺がそう尋ねるとクリスは腕を組んで悩ましげな声を上げる。
「・・・・・恐らくみんなを”平等”な関係にしたかったからじゃないかな」
「平等?」
「そう。お金ってさ明確に貧富の差が分かるじゃない。けれど物々交換なら、多少の能力差によって採れる量は違うけど、基本は同じスタートラインじゃない。それにね、ルーシア様はたくさん食材が取れる子は、あまり取れない子に分けてあげるようにとの通達もあって、この村では貧富の差は全然ないの。皆協力して日々の生活を営んでいるのよ」
なるほど。確かにルーシアの言いたいことは分かる気がする。お金なら他人にあげるなんて気持ちはそうわかないだろうし、それにお金が絡むと人間関係に亀裂が生じる。しかし、それが食材ならばお金ほど深刻な状況にならないであろうし、きちんとした協力体制が形成されているのなら何の問題もない。
思ったほど考えているんだな、とルーシアの策士ぶりに感嘆する。
それに今更金が要ると言われても困るしな、と内心安堵したのは内緒だ。
「じゃあ次からはそうするよ。あ、けど店によって物々交換の品は変わるのか?」
「うん、そうだよ。例えば鍛冶屋は剣とかの材料になる鉱石や粘土土とかで、薬草医は薬の材料になる薬草や木の実とかかな。まぁ、どうしても品がない時は労働で支払うことになっているの。薪割とか水くみとかね」
「なるほど。それくらいなら俺にでも出来そうだ」
つうか薬になりそうな薬草とか言われてもよく分かんねぇから、正直俺には肉体労働が性に合っているというか。昔から体を動かすのは嫌いじゃないしな。
しばらくはこれで生活していこう。物々交換はおいおいとして・・・・・・、今回はタダという事なのでお言葉に甘えさせていただくことにした。
俺はクリス達に別れを告げて、次なる目的地へと出向く。
電灯も何もない暗闇に包まれた村道を歩く。唯一の明かりと言えば空に浮かぶ月の光であろうか。それでもほんの気休めほどの光源しかなく、正直に言って歩くには少々酷ではある。だがそのうちに目が慣れてきたのか、ぼんやりとであるが周りの光景が見えてくるようになった。
流石にはっきりくっきりとは判別できないが、それでも人か家の区別はつくようになったので、俺はどうにかほろ酔いの為かふらつく足取りで目的地までの道を歩いていく。
どうやら歩いているうちに酔いが回ってきたようだ。
暗いと家々の外観がみな同じに見えてきて、どれが向かうべき家だったか分からなくなるが、確か診療所近くの家に住んでいると言っていたのを思い出したので、とりあえず診療所付近まで戻ることに決める。
さて、数分かけて診療所へと戻って来たのはいいのだが・・・・・・。
困ったことになった。診療所近くに建てられた家は三軒ほどあったのだ。流石に家の詳しい特徴は聞かなかったので、もうこれは扉を叩いて確かめるしかない。
酔っ払いというのは周りの迷惑を鑑みない行動をよく取る。アルコール摂取時に起きる異様な高揚感によって脳の機能が通常時より麻痺しているので、素面の時は絶対しないであろうはた迷惑な行いも平気で行ってしまう人も多々いて――――――――――、最悪な事に俺もそのうちの一人だったようだ。
初めての飲酒に気を大きくしていたのか、俺は家主の迷惑も顧みずにとりあえず目についた家の戸口を思いっきり叩き付け、
「お~~~~~~~~い!!!!! 俺だよ、開けてくれよ~~~~~~!!!!!」
と、大きい声で何度も何度も叫ぶ始末。
それを数回ほど繰り返していると、何やら家の中からドスドスと荒い足音が響き、それがこちらへと近づいてきている。
酔いのせいで思考判断が鈍っている俺は、ヘラヘラと陽気な笑みを浮かべて、これから出迎えてくれるであろう人物に向かって挨拶をするべく口を開いたと同時に、
「あ~~~~~~~~~!!!!! うっさいわね!!!!!!! もう今日の営業は終わったってーの!!!!!!!」
との怒鳴り声と共に勢いよく開け放たれる扉。
何だかこのセリフと光景前にもあったような、とぼんやりと思い浮かべていた俺の脳天に扉の角が直撃し、あまりの激痛に視界が真っ白になるのを感じつつ、俺はゆっくりと意識を手放したのであった。
意識を手放す前に、俺は自身の身に起きた出来事をこう振り返る。
――――――――――”二度あることは三度ある”と(正確には一回だけど)。
次回で主人公sideが終わり、その次からは魔女派sideを書いていきたいと思います。
余談ですが、中世ヨーロッパの食生活ってどんなものだったんでしょうかね。
きっと今みたいにいろんな味の食べ物はなかったと思います(胡椒とかスパイス系は特に)。
では、次回に。




