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第七章 出立(4)

 少々長くなりましたが、楽しんでいただけたら幸いです。

 ―――――――ここはどこだ? そうか、ここは”いつもの場所”だ。


 俺は慣れた手つきで白塗りの横開きの扉を開ける。開けた先には半分に起こしたベットの背にもたれ掛るようにして座った最愛の妹である――――――瑠璃音がいつもと変わらぬ様子で病室の窓から外の光景を見つめていた。


 彼女は病室に入って来た俺の存在に気づいたのか、満面の笑みを浮かべて俺の方へと振り向いた。


『お兄ちゃん!! 遅かったね、待っていたんだよ”ずっと”』


「あぁ、悪いな」


『ねぇ、どうしたの? いつもより顔色が悪いよ?』


「瑠璃音。お前は俺の心配より自分の心配をしろよ。俺は、大丈夫だから」


 だから、瑠璃音。そんな心配そうな顔をしないでくれ。お前にはいつも笑っていてほしい。


 俺は暗い雰囲気になりつつあるのを打ち払うべく、別の話題を持ち出して瑠璃音の気を引こうとした。


「ほら、瑠璃音。今日はお前の好きなクッキーを作って来たぞ。今日の味はお前の好きなアップルシナモン味だぞ」


 そう言って俺は上着のポケットからクッキーの入った袋を取り出そうとしたが、いくらまさぐっても袋は見当たらない。やけになってもっと念入りにまさぐっていると、


『ねぇ、お兄ちゃん。もっと”他に何かすべきこと”があるんじゃない?』


 不意にそう投げかけられた瑠璃音の言葉に、俺は慌てて顔を上げて妹の言葉を否定しようと口を開くも、そこには瑠璃音の姿はなく――――――――、いつしか俺は見慣れた病室ではなく真っ暗闇の中に所在気なく佇んでいた。


 突然の事に脳がついていかず、ぼんやりとしていた俺の視線の先にうっすらと浮かんだその人影は、やがて遠目で視認できるほどくっきりとその輪郭を鮮明に浮かび上がらせていた。


 その人影は――――――――、瑠璃音ではなく、もっと幼い小さな少女であった。その少女はこちらに背を向け四つん這いの姿勢で何やら地面に書いているようだった。暗闇によく映える金色のフワフワな髪を肩越しまで伸ばし、服装ははっきりとは分からなかったが古めかしい作りの白色ワンピースを着用していた。


 何故だろうか? 初対面であろうに俺は目の前にいる少女の事を知っているような気がした。


 俺はそんな錯覚を確かめに行くべく、ゆっくりとその少女へと近づく。少女は自身へと近づく俺の気配に気づいたのか、書く手を止めて立ち上がり体ごとこちらへと振り向ける。


 その少女の顔に痛々しく残る火傷の痕を見て、俺はぎょっと驚きに目を剥いた。よく見れば顔だけでは手にも首にも凄惨な火傷の痕が生々しく残っていた。


 その少女は――――――――、俺の青白くなった顔をしばし見つめた後、どこか愉快そうな笑みを浮かべて、



『――――――――待っていたわ。お前が私の次の”遊び相手”?』



 ゾクリと背筋が恐怖心で粟立つと同時に、俺の周囲を炎の壁が取り囲み、あまりにもリアルすぎる熱さに俺は半狂乱になって体にまとわりつく炎を払おうと試みるが、一向に火が消える気配もない。それどころかどんどんと火の勢いは増すばかりだ。


 肌が焼けるような痛みと皮膚がただれるような熱さに意識が刈り取られるのを感じながら、俺は炎の壁に隠れて見えなくなった少女に向かって叫んだところで、意識がブッツリと途切れたのを直感的に感じたのであった。




「――――――――――――――――ッ!!!!!!!!!!」



 ガバァ!! と悲鳴とも怒号とも取れる声を発しながら勢いよく跳ね起きた俺は、今自分が置かれている状況を判断すべく辺りの様子を忙しなく見渡す。


 自分が今いる場所は最後にいた診療所近くの家屋の玄関先ではなく、どこかの一室に置かれたベットの上であった。何だか妙に頭がズキズキする。これが噂の二日酔いか・・・・・・、あんまりいいものじゃないな。


 俺は痛む頭を押さえながら、未だふらつく足でどうにかベットから起き上がる。


 どうやらこの部屋の主は若い女のようだ。部屋に置いてある調度品も女子が好きそうな物だし、それに立ち上がった際にふんわりと匂ってきた甘い香りから部屋の主は女性と判断したのだ(そもそもこの村には俺以外に男はいないことは知っていたが)。


 にしても不甲斐ないたった二杯の葡萄酒――――――しかも水で薄めたの―――――を飲んだくらいで、酔っぱらって他人に迷惑をかけた挙句、派手にぶっ倒れて部屋まで運んでこうやってベットに寝かされている始末。


 穴があったら入りたいとは正にこの事である。


 俺はまず介抱してくれたであろうこの部屋の主に礼を言おうと思い立ち、ひとまず一旦この部屋から出ようと部屋の片隅に見える扉まで歩こうとするも、意志に反して足が言う事を聞かない。


 まだ俺の意識はあの”悪夢”の中に取り残されているのだろうか。最初は瑠璃音との変わらない日常であったのだが、場所は暗転し禍々しい雰囲気の少女との邂逅の後に、あっという間に俺の体を包み込んだ炎の壁による苦しみに痛み。


 あの痛みは夢での出来事とは思えないほどに生々しい感触であった。


 それほどまでにあの夢は現実と出来事と勘違いしてしまうほどにリアルであったのだ。


 そうして俺は瑠璃音が最後に発した言葉の意味を考える。


「―――――――もっと他にすべきことがあるんじゃない? か。正直に言ってありまくるよ瑠璃音」


 妹は俺の深層心理を見透かしていたのか。それとも無意識のうちに瑠璃音の口から言わせていたのか。どちらにせよ、あの瑠璃音は俺の記憶が見せたまやかしであったことは間違いない。


 この世界に来てから初めて思い浮かべた妹の姿に、俺は本格的に精神的に参っているのかもしれない。それにもうしばらく瑠璃音にも会っていないのも一つの原因にあると悟る。


 良くも悪くも俺たち兄妹は常につかず離れずの関係であった。それゆえの夢か、と自嘲する。


 やはり、俺は早くこの世界から妹の元へと帰らなければいけない。勿論、望みを叶えてからだ、と俺は動かない両足にそう言い聞かせると、あれほど硬く固まっていた足が嘘のように動き始めたのを見て安堵した俺は、今度こそこの部屋の主を探すべく部屋を後にしたのであった。


 部屋を抜けると、そこはどうやら見慣れない場所ではなく、俺もよく知っている診療所内のちょうどエントラスにあたる場所に俺は立っていた。


 俺が寝ていた部屋は個室病室のようなものなのかな、と俺は一人でそう納得するが、疑問に思う部分もあるにはある。


 診療所なら俺の自室へと運び入れればいいと思うのだが、俺の部屋はそういや二階に位置していたのを思い出し、いくら現代の女子より力が強いといっても脱力した男の体を二階まで運び入れるのは女の子には少々酷かと考え直した。


 まぁ、でも親切に運んでくれたのだから、やっぱりお礼は言うべきだよなと、診療所内をくまなく探してみることにする、と。何やら一階奥の厨房付近で物音がしているのに気付き、俺は音の正体を確認すべく厨房へと足音を極力立てず向かうことにした。


 近づくごとに音が鮮明になり、何やらふんわりとした甘い香りが漂って来るのを感じた。この香りは――――――――、紅茶か? それもミルクをたっぷりと入れた。


 ソォと物陰から中の様子を窺うと、厨房内にいたのはミリアであった。彼女は手慣れた様子で竈に火を灯してお湯を沸かしている最中であった。傍らには牛乳が入った瓶と紅茶の茶葉が入れられたポットにカップが二個が置かれており、誰が見てもお茶の準備をしていることは明白であった。


 俺はつい今さっき来た風を装って、なるべく自然な感じで厨房内へと足を踏み入れて、


「―――――――よぉ、何してるんだ?」


「!? あぁ、もう目が覚めたのですか?」


 と、俺の声に一瞬ビクンと肩を跳ね上がらすも、すぐさまいつもの淡々とした表情でそう返すミリア。どうやら俺を介抱してくれたのは彼女のようで、恐らくこの紅茶も俺の為に淹れてくれてあろう事は、その用意してあるカップの個数とセリフから分かった。


「あぁ、お陰様でな。それで俺を運んでくれたのはミリアなのか?」


「いいえ、私ではとても運べはしませんので。貴方を運んでくれたのはナタリアたちですよ。彼女たちの家の前で騒いだ挙句、かってに倒れたとか」


「いや、あれは俺も悪いとは思うけど・・・・・・。あいつらが怒り任せに開けたドアの角が額に当たったせいで倒れたのも要因の一つだぞ」


「そうも聞いてはいます。ですので、ナタリアたちも責任を感じたのでしょう。貴方を診療所の個室病室まで運び入れた後、”わざわざ”就寝中の私を叩き起こしてまで、貴方の介抱をするようにと言付けていきましたとも」


 やばい。こいつ表情には出してないけど、めっちゃ怒っている。


 こういうタイプが怒るとめんどくさいんだよな。ここは素直に謝っておくのが賢明か。俺は感謝の意も込めてミリアに頭を下げて謝罪する。


「寝てたところを起こして悪かった。これからは気を付けるよ」


「―――――――別に素直に謝ってくれたから、この件はもう不問にします。にしても、何故こんな夜分遅くにナタリアとアンリの元へ向かったのですか?」


「えっ? あぁ、明日の為の準備はほとんど終わったんだけど。まだちょっと持っていく品物とかに不安を覚えてな。考えてみたら薬とかの類を一つも持っていないことを思い出して、少し分けてもらおうと思って言ったんだけど」


「・・・・・・それで何で夜遅くに行く必要が?」


「いや、だっていつでも来ていいって言ったから。それにまだ20時過ぎだろ? 全然時間的には大丈夫かな~って」


 と、俺の言い分を黙って聞いていたミリアは、ハァ~と呆れを含んだ溜息を洩らしジト目で睨みつけて、たった一言。


「――――――――貴方、馬鹿なんですか?」


 んな、こうもナチュラルに馬鹿発言されると精神的にくるものがある。しかも、こんな年端もいかない少女に言われると尚更であった。


 ともかくその馬鹿発言の理由を聞いてみるべく、俺は動揺で震える唇を開いてミリアに問うてみる。


「ば、馬鹿発言した理由を聞いてみていいか?」


「そんなことも分からないんですか。話になりませんね」


「そこをなんとか。この際馬鹿でもいいから」


 必死に拝み倒すと、ミリアも何だか哀れに思ったのか再度溜息を吐いて、


「いいですか。20時なんていうのは深夜にも等しい時間帯です。貴方の暮らしていた場所ではどうかは知りませんが、ここでは訪問する時間帯は家族以外の訪問者は6時~17時までと決められています。それを貴方は”いつでも来ていい”という社交辞令を厚かましくも勘違いして、あのような常識知らずな行いを敢行したわけです。これで、分かりましたか?」


「―――――――はい」


 項垂れながらもかろうじてミリアへとそう返答する。


 そうか。ここでは夜の概念というのも現代人と違うわけか。酔っていたからあまり深く考える頭はなかったな、と独り言ちる。


 けれどもうやってしまったことは取り消せないのだ。大事なのは二度としないという気持ちである。


 ミリアは俺が痛く反省しているのに気付ぎ、これ以上責めるのは止めてくれたようで、


「――――――――もういいですから。さぁ、これを飲んで気を休ませてください」


 俺の前にミルクティーらしき薄茶色の液体を注いだカップを、項垂れる俺の目の前へと差し出す。匂いや色合いから見るに、これは本物のミルクティーであった。


 まさか、この世界にミルクティーがあるとは露ほども思っていなかった俺は、若干感動しながらもミリアから直接カップを受け取る。触れたカップの表面はほんのりと暖かった。


 湯気が立つミルクティーを息をかけて冷ますと、カップの縁に口を付けてあまり音を立てないで啜る。ミルクの優しい甘さと紅茶の渋味が上手い具合にマッチして、とても美味しかった。いつも自宅で飲んでいた安価のティーバックの味ではなく、本格的なそれこそ喫茶店とかで飲むような上等な味がした。


 それを一息に飲み干すと、俺は目を瞑って紅茶の味を堪能しているミリアへと空になったカップを返しつつ、


「ミリア、ありがとうな。おかげで落ち着いて来たよ。これなら安心して眠ることが出来るよ」


「そうですか。それは良かったです」


 と、こちらを向くことなくそう返すミリア。


 相変わらずの彼女に苦笑しながら、もう部屋に戻って寝ようと踵を返した俺に、


「あぁ、そうそう。言い忘れていましたが、アンリが貴方にと渡してきた物を部屋に置いておきました。一応望んでいた物か確認してみてください。礼は明日村を立つときでも結構だそうです」


 なんだろう? まぁ、ミリアの言う通り確認してからでも遅くはないか。


 俺はもう一度ミリアへと礼を述べ、お休みの挨拶を述べると、今度こそ自室へと戻るべく厨房を後にしたのであった。


 二階にある自室へと戻った俺はテーブルの上の燭台に火を灯す。種火は厨房の窯の火を厚手の紙に燃やしたものだ。部屋に仄かな明かりが灯ったのを確認すると、燭台のすぐそばに置いてあった布袋へと視線をやり、中身を確認するべく口を縛っていた紐をゆっくりと解く。


 紐を解いた後、大きく口を開いた袋の中へと手を突っ込んで中をまさぐっていると、何やら硬い物に手が触れたので、その中の一つを袋から取り出してみることにする。


 それは手のひらサイズほどの小瓶で、ビンの中には青色の液体が入っており、ビンにはラベルみたいなものが張ってあった。生憎ではあるが俺にはラベルに書いてある字は読めないので、ビンの中身が何なのかは分からなかったが・・・・・・。


 見た感じ何かの薬品であろうか? と、俺は他にも入っていないかと袋の中に入っていたビンを全部出してみる。同じ大きさの瓶が十本ほど出てきて、中身の液体はみな色が違っていたので、どうやら効果は全部違うようである。


 全く何の効果があるのか分からないため、明日アンリたちにお礼を言うのと一緒に何の効能があるのか聞くことに決めると、俺は持っていくのを忘れないようにと瓶をすべて袋の中にしまい入れ、食堂に行く前に準備していた布袋に入れる。


 しかし、これで黄昏の森に行く準備は出来たというものだ。


 後は、明日になるのを待つだけか・・・・・・、と俺は窓際に置かれた寝台の上に横たわると、妙にはやる気持ちを静めようと、眠くもないのに瞼を閉じてやがて訪れるであろう微睡みの世界へと旅立つ準備をするのであった。




 そんな彼の姿を向かいの屋根に腰掛けて見つめる一人の少女の姿があった。


 いや、少女に見えたのはどうやら錯覚のようだ。正確には一匹の黒猫が屋根に座っていただけであったが、何だろうか。黒猫の背後に理知的な少女の姿が垣間見えた気がしたのだ。


 その黒猫はアラタが森で見た黒猫であり、どうやら彼の後を追ってこの村までやって来たようだ。黒猫は興味深そうにベットの上で横になっている少年の姿を金の両目で見つめて、


「――――――――あれが、アラタという少年か。どう立ち回るのか、お手並み拝見ね」


 と、凛々しさ感じる少女の声でそう呟いた後、再びその黒い肢体を夜の闇に紛らわせて姿を消したのであった。


 次回からは魔女派sideへと移ります。

 クラリスの暗躍が少しずつですが明らかになります。

 では、次回に。

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