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幕間 蠢動

 思ったより長くなってしまいましたが、楽しんでいただけたら幸いです。

 黄昏の森。


 そこにはすべてに絶望した、とある少女が一人で暮らしていた。


 彼女はかつて国を救った聖女として人々から讃えられていたが、それから数年後に異端者として信じていた人々から蔑まれ疎まれて、最期には火炙りに処せられた数奇な運命を辿った少女でもあった。


 少女の名は――――――――――ジャンヌ・ダルク。


 地球上でこの名を知らぬ者はいないとまで豪語できるほどの、悲運な運命を辿った女性偉人として歴史上にその名を記している。


 神の声が聞けるとされたジャンヌではあったが、自分の末路までは知りえなかったようで、深い悲しみと絶望に支配されつつ、19歳という短い生涯に終止符を打つ。火刑という理不尽極まりない処刑で。


 少女は騎士であった。誇り高き騎士としてジャンヌは戦場で華々しく散りたかった。元より普通の生き方はとうに捨てた身であった。王のため国のため民のため、自分の命を捧げる覚悟で課せられた責務を果たしてきたのであったが・・・・・・・、所詮自分は体の良い”捨て駒”であったのだ。


 戦場で戦果を取る。それはとても名誉な事であり、同時に誇らしいものであった。それは王に仕える騎士であれば誰もが抱く気持ちであろう。そこには男も女もない。


 しかし、結局のところ・・・・・・、私が処刑された原因は”性別”にあったのであろう。


 あの当時では”女性蔑視”は当たり前のことで・・・・・・。王や民に”英雄”や”聖乙女”と崇められる女の私が目障りになったのであろう。


 女の私が目立つと、男の沽券が損なわれる。女など大人しく男の欲望を満たす道具であればいいのに、女の分際で王に気に入られる私が疎ましくなったのであろう。


 だけど、そんなカスでも私は殺される瞬間までは”仲間”として信じていた。必ず助けてくれると、この裁判は不当であると。


 しかし、私の信頼や希望は全て打ち砕かれる結果になった。


 火刑に処される私を待っていたのは耐え難い事実。仲間である騎士たちによる罵倒や嘲り、今ままで”英雄”などと崇めてきた民からの嘲笑。そして全身全霊を捧げてきた王から下される処刑の合図。


 私は、今ままで信じてきたもの全てが根本から破壊されていくのを感じた。


 最後とばかりに、私は神へと祈った。


 ”どうかこの身を助けてください”と。しかし、返事はなかった。


 私は今ままで信じてきた神にまでも見放され、深い深い絶望という名の奈落に落ち込むのを感じた。


 迫りくる火と煙。焼けつくような痛みに喘ぐ口に容赦なく飛び込んでくる煙に、段々と意識が遠のくのを感じた。霞む目に映ったのは、自分の体を燃やし尽くそうとオレンジ色に燃え盛る火に映る”もう一人の自分の姿”であった。


 彼女は気を失う寸前の私にある言葉を囁いてきた。


『―――――――ねぇ、憎い? ここにいる人間がみんな憎い?』


(――――――――に、くい。憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!!!!!!!!!!!)


 私の中にあった愛国心や忠誠心などの感情はすっかり黒く染まってしまい、今や全身を苛むのはとてつもないほどの怒りや憎しみの感情であった。今まで感じたこともない激しい感情の渦に飲み込まれていく私に、炎の中に佇む自分にそっくりの少女はまるで私の身に起きた異変に気付いているかのように、


『そう、憎いのね。なら、私たちの世界に来なさい。そこで貴女を裏切った人間に復讐しましょう』


 こんなところで死んでもいいの? と、自分へと差し出された手を、私は最後の望みとばかりにその手を取るのであった。





 そこからはよく覚えていない。


 気づいたら私は燃え盛る業火の中ではなく、黄金色に染まった林の中であった。怒号や嘲笑が行き交う処刑場ではなく、見も知らない林の中に自分は立っていた。


 衣服は処刑時のままのボロ布一枚に素足、それと抵抗できないようにと付けられた鎖付きの手枷。体のあちこちに火傷を負ってしまったが、そんな些末事より今自分が生きているという事実に歓喜する。


 その事実が私はとてつもなく嬉しかった。しかし、その嬉しさの感情も束の間の事であった。すぐさまその感情を上塗りするように”負”の感情が私の体を覆いつくす。


 気づいたら私は人ならざる力を得ていた。ここに来る前に人間たちが”異端”と呼んでいた未知なる能力。その力を得た瞬間、私は今までの自分の生き方はなんて馬鹿らしいことなんだと悟った。


 これからは、自分の好きなように生きてやる。誰にも縛られず、誰も愛さず、誰も信じず。


 私は今まで感じなかったほどの清々しい気分で、空を仰ぎ見る。視界に映るのは今まで見たことのない異界の空であった。


 ここが私の世界。誰にも干渉できない、私だけの世界。


 今の私は自由だ。自由な鳥だ。


 もう私を止められるものは誰もいない。そう王でさえも、まして神ですらも。


 私は胸元で光っている十字架を忌々しそうに見下ろすと、今まで信じてきた神へと決別するために、大事に大事に祈りをささげてきた十字架を粉々に砕くと、もう見るのも嫌というようにその破片を遠くに放り投げた。


 十字架を捨てた瞬間、私は自身の全てが失われていくのを感じた。


 喪失感? むしろ何でこんなものに縛られていたのかと疑問を抱いたくらいだ。


 満足そうな笑みを受かると、私は森の奥へと姿を消し、森の最深部に小屋を建てて誰とも接することもなく、数百年ほど時が止まったこの世界で愚かな人間どもを見下ろし過ごしてきた。


 人間というのは愚かな生物で、それは何百年経とうとも変わりはない。


 そんな下等生物を相手にするのも馬鹿らしい。


 私はこの世界に来た当初の目的そっちのけで、この世界でゆったりとした日々を送っていた。


 いつまでもこの平和な日々が続けばいい。そう願っていた。


 そう、つい数時間ほど前までは―――――――――――――――。







「―――――――――ジャンヌ・ダルク。数百年ぶりの約束を果たしてもらう時が来たわ。我が”魔女派”へと手を貸しなさい」


 この少女。名はクラリスといったか。いきなり人の家に押しかけてきて挨拶もなしに、事もあろうにこの私にそう指図してきたのだ。

 

 見ず知らずの少女から放たれる高圧的な物言いに、私は目を細めて一蹴する。


「断るわ。そもそも、私は”私以外”を信じないことにしているの。それに―――――――、気安くその名を呼ぶな!!!!!!!」


 その名前を呼ぶことは誰だろうとも許さない。


 この名を呼んでいいのは、もう生きてはいないであろう自分の家族だけだ。その他は何があっても呼ぶことを許さない。


 私は目の前の女を”敵”と認識し、速やかに抹殺することにする。久しく手にしていない騎士時代から愛用していた剣を魔法で錬成すると、小生意気な笑みを浮かべている少女の首を切り飛ばすべく、横なぎに県の切っ先を振り払おうとするが、


「―――――――――いいの? お前の嫌いな”男”がこの世界に来ているのよ。そう、お前のすぐ近くにね」


「!?」


 その言葉を聞いた瞬間に、私は過去の凄惨な記憶が呼び起され、あまりのトラウマに剣を振り払う態勢のまま動けなくなってしまう。


 そんな私に追い打ちをかけるように、その少女は私のすぐそばまで歩み寄り、


「――――――――怖いのならば、私に手を貸しなさい。ジャンヌ・ダルク。また”犯されたくはない”でしょう?」


 トラウマを抉るようにねっとりとした口調で囁く少女。


 その瞬間、私は牢屋でされた仕打ちを思い出し、みるみるうちに全身から血の気が引くのを感じた。手にした剣を握っていられなくなり、床に落ちた剣が耳障りな音を立てて転がる様を見やりながら、


「・・・・・・・なんで、なんで、今になって」


 同じことを繰り返す言うしか能のない鸚鵡のように、自身の胸中を占める感情のままに嘆きの言葉を延々と続けるのであった。

 

 幕間を書くのはなかなか難しいですね。

 ジャンヌが生きてほしいと思うのは私の願望です。

 彼女には幸せになってほしいと思います。

 では次回に。

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