第六章 下準備(8)
長くなりましたが楽しんでくれれば幸いです。
最初に目覚めた少女にあ~んをした後、俺は何故かミリアとクリスにボコボコに殴られた。殴られた理由も分からないままに、それでも抵抗しない方がいいと即座に感じ取った俺はミリアたちの理不尽な暴力を甘んじて受け入れていた。
顔の原型が分からなくなるほどに殴られた俺は、ようやく満足したミリアとクリスから解放されると、毛布を頭まで被って少しも身動ぎもしない少女へと話しかける。
「あ~、その、まぁなんだ。君に許可を取らないでお粥を食べさせたのは悪かったな。寝たままじゃ食いにくいと思っての事であって、決してのその下心とかはなく・・・・・・」
何言い訳してんだ俺。でもこう言わないとあいつらの誤解は解けなさそうもないし、このまま誤解されて険悪な雰囲気なのも勘弁願いたい。
俺の弁明を聞いていた少女はおずおずと毛布を顔の下部までずり下げると、どこか憂いを含んだ鳶色の瞳をこちらに向ける。その潤んだ瞳に見つめられると、何だかいけない気持ちを抱いてしまうので、どうにか自然な感じで視線を逸らそうと試みるが―――――――――、あぁ、駄目だ。
少なくとも俺は妹に近い女の子を無碍に扱うことは出来ない。これがシスコンと蔑まれる所以か。今更ながら俺という人間を把握できた瞬間であった。
そんな俺のシスコン魂を揺さぶるロリ声で、
「・・・・・・お兄さま。私はその気にしてはいませんよ、むしろ感謝しております」
ぐぉおおおおお!!!!! 止めろ!!!!! そんな声で俺を兄と呼ぶんじゃない!!!!! と思わずそう怒鳴りそうになるが、やはり自身を兄と慕ってくれるいたいけな少女にそんな惨たらしい事言えない。
というか、お兄さまと呼んだ時点で俺はこの少女をこの世界での”妹”として接することに決めた。誰が何と言おうとだ。それほどまでに俺の妹に対する愛情は深いのだ。
決して、あの子の代りなんかじゃない。
何というか、放っておけないのだ。この世界にいる子たちは全員。年場も行かない少女というのもあるが、こうなんというか。俺と同等の、いや俺たち以上の絶望や悲しみを背負っている彼女たちを見捨てるなんてことはこの俺には出来やしない。何とかして助けてあげたい気持ちに駆られる。
だからこそ俺はこの子たちを助けようと奔走したのだと思う。少なくとも地球にいたころでは他人を助けようなどとは微塵も考えなかった。
だからかな。俺はむしろいい傾向だと思う。このままこの世界で頑張ればいつか俺は失った”感情”を取り戻せるような気がするのだ。
その為には俺自身が変わろうとする努力をしなければいけない。これはその為の第一歩なのだ。
そう思うとだいぶ気が楽になるのを感じた俺は、こちらを不安そうに見つめる少女の頭を再び優しく撫でてあげた。
恐らく相当怖い思いをしたのであろう。その道中で辛い別離もあったのであろう。
他の少女達より最年長に思える彼女は、恐らく他の子たちを不安にさせないために気丈に振る舞っていたのだと思う。それでも彼女はまだまだ幼い事には変わりない。十代前半なんて俺からすればまだ子供だ。
そんな子が悲しんでいる。それでもう十分じゃないか。彼女はよく頑張ったと思う。
そんな俺の気持ちが通じたのが、少女は端正な顔を悲しみに歪め、泣き声を漏らさないように必死に堪えながら一人静かに涙を流す。そんな少女を見たミリアとクリスも先ほどの怒りも忘れて女の子が泣き止むのを黙って見守り始めた。
俺もそんな少女の気持ちを落ち着かせようとポンポンと優しく腹の上を叩く。昔妹によくしてあげたもんだと思い出に浸っていると、不意に前方からとてつもない殺気が放たれているの気づいた俺は、一体何ごとだろうと訝しむと殺気が放たれている方へと視線を向ける。
するといつの間にか目を覚ましていた四人の女の子たちが、普段は愛らしいであろう可愛らしい顔を怒りに歪ませ、餓狼の如く歯をむき出しにしながら俺の方を睨みつけていた。
いや、正確にはさめざめと泣きいている少女へと視線を向け、ついでその少女をあやしている最中の俺へと流れるような自然な動きで向ける。それですべてを悟った女の子たちは各々の背後に阿修羅の如き覇気を纏わせると、唸り声を上げながら俺の方へと飛びかかって来た。
「お姉さまを泣かしたわね!!!!!」
「お前魔女の手先でしょ!!!!!」
「ゆるさない」
「ぐるるるるるる」
一人野獣みたいな子がいるんですけど、あっ、ちょっと待って、そこは・・・・・・、あ~~~~~!
俺は飛びかかれた少女たちに揉みくちゃにされながら、診察室の床を激しく転がり続ける。というか君たちさっきまで眠りこけていたのに元気だね。いや、大したことなくてよかったけど。
「ご、誤解だって!!!! 俺はただその子をあやしているだけで」
「うそ!! お姉さまは滅多に泣かないのよ!!」
「そうよ!! お前がいやらしいことをしたに違いないわ!!」
「昔ハインリッヒお姉さまが言っていたもの!! 男はみんな獣って!!!」
「ヴ~~~~~~~~~~!!!!」
口々に好き放題言ってくれるね。というか、ハインリッヒさん何という事を吹き込んでいるのやら。まだ見ぬハインリッヒとかいう人物に軽い怒りを覚えながら、
「それ大きな誤解だ。俺は獣じゃないぞ。というかすでに獣のような子が一人いるけど・・・・・・」
「まぁ!!!! 酷い!!!! リリィの事を獣と言ってのけたわこの男!!!!!」
「酷いね」
「最低」
「・・・・・・キュウウウウウ」
あれ? なにこの雰囲気。ねぇ、もしかして俺が悪いの? ねぇ、俺が悪いの?
つうか俺被害者じゃん!!!! 何も悪いことしてないし!!!!!
そんな俺に追い打ちをかけるように、
「・・・・・・アラタ見損ないましたよ」
「そうだよ。こんな可愛い子を犬畜生だなんて」
さりげなくミリアとクリスにまで糾弾される始末。というか何気にクリスの方が酷くない? 俺そこまで言ってないんだけど。
しかし、女たちを一度敵に回すと後が怖いので、なんか納得はいかなかったがここは俺が全面的に悪い事として素直に己が非を改めて彼女たち向かって頭を下げるのであった。
「その、スミマセンでした。ちょっと調子に乗っていたです」
「反省しているのなら、許してあげるわ」
「そうね、素直な人は大歓迎だもの」
「反省しなよアラタ」
口々にそう宣う少女たちとプラスα。
お前が言うなお前がとつい口に出しそうになるが、ここは言わないでおく方が平和だとどうにか喉の奥に押し込むと、極力温厚そうな笑みを浮かべて、
「さぁ、君たちのためにお粥を作ったんだ。よかったら食べてくれよ。君たちのお姉さんもさっき食べたんだ」
と、たくさんのお粥が入った鍋を指差し、お粥を食べるように勧めると、案の定お腹を空かせた女の子たちが砂糖に群がる蟻の如く鍋の方へと突進する。
よほどお腹が空いていたのだろうか。クリスたちが器と匙を差し出す前に、直に鍋に手を突っ込んでお粥を食べている始末。
そう言えば昔のヨーロッパでは手掴みはざらだったと本に書いてあったような気がする。まぁ、現代でもインド人とかは手で食べるし、それほど嫌悪感はないけど・・・・・・。できたらスプーンで食べてほしかったな。
少女たちはお粥を食べながら、
「お兄さん名前はなんていうの? アタシはエマ」
「私はリリーナ」
「僕はトール」
「ググルル」
「あっ、この子はリリィって言ってます」
右から順にエマ、リリーナ、トール、、リリィね。エマが金髪碧眼、リリーナが茶髪碧眼、トールが銀髪碧眼、リリィが灰色髪碧眼ね。髪の長さは大体肩くらいまでで髪型は・・・・・・、今はボサボサと。
まぁ、まだ見分けがつくからいいか。彼女たちより体つきが幼い子はこの村にいないし。
それにさっきまで泣いていた少女は泣き疲れたのか、今は安らかな寝息を立てて深い眠りについていた。彼女の方が怪我の具合や疲労の度合いもこの少女たちに比べたら酷かったし。逆に寝てくれた方が安心する。泣かれたままだと辛いものがあるしな。
「そうか、俺はアラタっていうんだ。それでご飯食べながらでもいいからさ、何があったのか話してくれないか」
自己紹介も済み、俺はいよいよ事の本題へと取りかかるべく、食事に夢中のエマたちに問いかけると、エマたちは互いの顔を見合わせてしばし無言。
やがて腹が決まったのか、この四人組の中でも中心人物であるエマが、これまでの経緯を俺たちに分かる範囲ではあるが語ってくれた。
なんでも突然の事で分からなかったらしい。気づいたら魔女派の魔女たちがハインリッヒの邸宅周辺を徘徊し、自分たちは邸宅の中で息を殺して隠れているしかなかったと。
「・・・・・・ハインリッヒお姉様は魔女派に属していて、何も不安な事はないと。自分は穏健派の代表だけど、魔女派に属している限り決してエマたちに危険な事は起きないって」
しかし、約束は反故になった。恐れていたことが現実に起きてしまった。
「それで気づいたらお姉さまは大怪我を負って庭先に倒れていて、エマたちはアリスお姉さまに連れられて街を逃げ出したの」
「どうやって逃げれたんだ?」
「屋敷には秘密の抜け道があって、そこを通って」
そのハインリッヒとかいう魔女はこうなることを予感していたのでないであろうか。そうでなければ屋敷に秘密の抜け道なんか作らないであろうから。
「最初はエマたちの他にもたくさんいたけど・・・・・・、途中ではぐれちゃって。残ったのはアリスお姉さまとあたしたちだけになっちゃった」
「はぐれた? どこではぐれたのですか?」
沈黙を貫いていたミリアがここで初めてエマに質問する。エマたちは再び顔を見合わせると、何やら言いにくそうにモゴモゴと口を動かすも、やがて痺れを切らしたのかエマのすぐ右隣の少女――――――トールが口を開いた。
「黄昏の森の近くで・・・・・・」
「こら、トール!!!! 言っちゃダメでしょ!!!!!」
「ご、ごめんエマ!!!!」
うっかり口を滑らしたトールを叱りつけるエマ。
俺はというとトールの漏らした地名に聞き覚えがあった。
それは・・・・・・、
「――――――――絶好のタイミングねアラタ」
と、扉近くからルーシアの声が投げかけられた。
いつの間に来たのであろうか。音もなく診察室にやって来たルーシアは新しく新調したパイプを吹かせながら、こちらの方へとゆっくりと歩み寄る。
「絶好のタイミングって何がだよ」
「言わなきゃわからない? アンタが最初に調略する相手はその黄昏の森に住む女なのよ」
「まさか、はぐれた女の子たちを救出しつつ、ジャンヌ・ダルクも調略しろ、と」
「えぇ、一石二鳥でしょう。予定が少々早まったけど、ちょうどいい機会じゃない。一度その場所へ行ってみるといいわ。あなたも興味あるでしょう?」
ジャンヌ・ダルクの生きている姿にね、とこちらの胸の内を見透かしたような口調のルーシア。正しくその通りである。
あの伝説の聖乙女であるジャンヌ・ダルクを、生で見れるなんて機会そうそうあるものではない。それに一度どんな人物かどうか観察することも大事だしなと、無理やりそう自分に言い聞かせる。
「・・・・・・やるしかないか」
「えぇ、それと――――――――」
ルーシアは口に咥えていたパイプを外し、チラリとお粥を食しているエマたちに視線を這わすと、緊張と恐怖で固まっているエマたちに歩み寄って行く。
あまりの恐怖さに失禁一歩手前のエマたちの目線に合わせるようにしゃがみ込んだルーシアは、己の衣服が泥で汚れるのも構わずに四人の体をそっと抱きしめた。
突然の抱擁に戸惑っていたエマたちであったが、久しぶりに感じる他者の温もりに緊張の糸が切れたのか、可愛らしい相貌を崩して大声で泣き始めた。そんな彼女たちをあやすようにルーシアは、
「よく頑張ったね。安心して。今度はハインリッヒの代りに私が守ってあげる」
と彼女たちの背を何度も何度も優しく撫でさするルーシアであった。
そんな主を暖かい目で見守るミリアと、人知れず診察室を後にするクリス。俺はそんなクリスの後を悟られないように気配を消して追う。
「もう帰るのか?」
「うん、もう大丈夫そうだし。アタシも仕事があるしね」
玄関先でそう呼び止める。
クリスはこちらを向くことなく、素っ気なくそう告げる。
表情は見えなかったが、彼女が抱いている憤りは手に取るように分かった。
勿論、俺もその憤りを共感する一人だ。
「・・・・・・あんな小さな子たちを泣かすなんて。魔女って本当に嫌いよ」
「クリス」
「・・・・・・ゴメン。けれど、アタシは自分の言葉を撤回する気はないわ。勿論、ルーシア様たち人間派の魔女は別だけどね」
それだけを言い残し、クリスは診療所の扉を潜って去って行った。
確かに彼女の言い分も分かる。魔女は本当に勝手な存在だ。
けれど、憎しみ合うだけなのも悲しいものだ。
どうにか歩み寄れる道はないのかと模索しながら、俺は取りあえず目の前にある目標を一つずつ片づけていくべく、未だエマたちを抱きしめているであろうルーシアと作戦を練るべく診察室へと戻ったのであった。
この回でこの章は終わりになります。
次回は短い幕間を挟んで、新章に移りたいと思います。
一度人物紹介を入れていこうかなと思います(私も誰が誰やら把握しにくくなったので)。
それでは次回に。




