第六章 下準備(7)
短いですが楽しんでいただけたら幸いです。
鍋の中でグツグツと煮える粥に小さじ二杯ほどの塩を入れながら、俺はふとした疑問を抱く。そういえばヨーロッパにもミルク粥とかいうのがあったよな? 味としてはリゾットに近いのだろうか? 給食のお陰で米と牛乳を同時に食すことは出来るが、粥に牛乳というと日本人としては若干躊躇いを抱いてしまうのだが・・・・・・。
もしミルク粥を食し慣れているのなら、今からでもミルク粥に変更してもいいのだけど、一応クリスに確認しておくか。
「なぁ、ちなみになんだけど、ミルク粥って知っているか?」
「みるくかゆ? ううん、知らない。というか、ミルクって牛の乳の事だよね? そんなのをコメに混ぜたって美味しくないでしょ」
あぁ、そう・・・・・・。まだ中世ヨーロッパではミルク粥は食べてなかったのかな? いや、こいつが知らないだけでもしかしたら他の人は知っているかも。
しかし、クリスの口ぶりから鑑みるにその可能性も低いと思われる。日本と違って牛乳は飲んでいそうだけど。あぁ~、もう少し勉強してくればよかった。こんなところで文化の違いを痛感するとは思ってもみなかった。
けれど、まぁミルク粥を知らないなら今回は普通のお粥でいいか。もう少し体力が回復したら卵粥とかいいかもしんない。ネギとかがあればいうことないのだが、後でクリス達に聞いてみることにしよう。もしかしたらネギに似た野菜を教えてくれるかもしんないし。
そんなことを考えつつ、木で出来た匙で粥を一口分ほど掬い上げ、フゥーと息を吹きかけて人肌ほどに冷ますと味がちょうどいいか確かめるため食べてみる。
この味見作業で腹が膨れることもままあったが、お粥程度なら味見一回で済むのでその心配はない。
少し薄味のような気もするが、お粥ならこんなものであろう。本来なら梅干しとかあった方がより旨くなるのだけど、流石に異世界にそれを求めるのは少々酷というものか。
一応味がしないと言われた時の為に予備の塩を小瓶に入れて準備万端だ。それと忘れないように竈の火を消火用に置かれた砂をかけて鎮火する。案外砂をかけても消えるもんだな、と感心しつつ、お粥が多量に入った鍋を慎重に持ち上げる。
本当ならばお椀に入れて運びたいのが、ラップもない異世界でそれをすると、折角の熱々のお粥が冷めてしまう恐れがある。なのでこうやって鍋ごと運ぶしかなく。こけたら全部パーだ。
俺はいつになく真剣な面持ちで鍋を持ち上げながら慎重に歩く。そんな俺をサポートしてくれるのか、クリスが先に行って玄関の扉を開けてくれた。
その気配りの良さに感動しつつ、俺は目的地まで無事にたどり着くまでクリスに助けてもらうことにした。その事を告げるとクリスは一も二もなく引き受けてくれた。
その気前の良さに感服する一方で、コック長なのに夕飯の仕込みとかをしなくてもいいのかと逆に不安にもなった。後でみんなに文句言われないだろうか。実に食べ物の恨みは恐ろしいものだ。特に中世時代ならその文言が的確に当てはまるであろう。食べ物はある意味純金と同じくらいの価値があっただろうから。食い物の為なら人殺しも平気でやっていた時代だ。
そんな時代を生きていた人間に夕ご飯抜きと知られたら・・・・・・・、寒気がしてきたので深く考えるのを止めにした。それを危惧するのは全ての事が終わってからにしよう。それからでも遅くないはずだ。
にしても、手ぶらの時はあまり気にしなかったけど・・・・・・、やっぱりきちんと舗装されていない道を歩くのは実に歩きづらいな。しかも今回は重たいものを持って歩いているから尚更であった。
フラフラと方々によろめきながら、遅々とした速度で診療所へと進んでいく。度重なる疲労のせいか腕の筋肉が痙攣し始め、鍋を持つ手からも少しずつ握力が失われつつあった。
しかし、ここですべてパーにするわけにはいかない。もうひと踏ん張りと俺は己の体に鼓舞を入れる。するとどうにか持ち直したので診療所への旅を再開する。
その間にも俺のサポート役として付いて来たクリスが周りをウロチョロするので、正直なところすごく邪魔であった。いや、確かに変に手伝おうとして鍋をひっくり返さないだけマシだけど、もう少しだけ大人しくしてほしい。
手ぶらの時でさえ目立っていたのに、大きな鍋を手に持ったことやクリスがウロチョロするせいで、先ほどの比でないほどに悪目立ちしていた。穴があったら入りたいとはこのことか。この件が片付いたらしばらくこいつと関わるのを止めにしよう、と密かに決意しつつ、俺は診療所へと急ぐのであった。
「ふぅ~、どうにか到着したぜ」
ドスンと粥が入ったことによる重量感のある鍋を診察室に置かれた机の上に置くと、俺は額から流れ落ちる汗を手の甲で拭いつつ、どうにかこけずに無事にたどり着いたことに安堵した。
大変ではあったけど心地よい疲労と達成感に、俺は何だか誇らしい気持ちになった。
こうなんか大仕事を完遂出来た清々しさに、俺は疲れも羞恥心も忘れて全身を包み込む暖かい何かに浸っていた。
そんな俺を他所にクリスはというと、
「え~と、食事は目が覚めた順でいいとして。あっ、ねぇねぇ。ミリアちょうどいい所に」
「・・・・・・何ですかクリス。貴女仕事はどうしました? もうすぐ夕飯の時間ですが」
「まぁまぁ今は置いておいて。それよりこのくらいの大きさの器ってないかな?」
「器ですか? 一体何を作ったの?」
「え~と、オカユ?」
「オカユ? なんですかそれは。初めて聞く名前ですね」
いつの間にか診察室へと戻って来たミリアと雑談を繰り広げていた。当初クリスから話を聞いていたミリアは聞きなれない料理名が出た瞬間、思いっきり怪訝そうに眉を顰めた。
彼女の気持ちも分からないでもない。そんな得体のしれない料理を食わすなんて、仮にも医者見習いの身としてあまり許可したくないのであろう。
しかし実物を見もしないで反論するのは彼女の性格上あり得ないようで、机の上に鎮座する鍋の中身を確かめるべく恐る恐るといった体で鍋蓋を持ち上げる。
鍋いっぱいに出来上がったホカホカと湯気を上げる白い液状の物体を、しばし無言で見下ろしたミリアは、
「・・・・・・これがオカユですか。主材料はなんですか?」
「えっとね~、確かコメとかいう小さな穀物みたいなのだよ」
「コメ? あぁ、そう言えば以前ブロウビート商会の者が持ってきた。あの穀物がこんな風になるのですね・・・・・・。食べても害はないのですか?」
「あぁ、俺も味見したし問題ないよ。少しだけ味が薄いくらいかな。本当は薬味があれば文句なしなんだけど」
クリスの代りにそう付け足すと、ミリアはふむと顎に手を当て逡巡する。どうやら俺のこしらえた粥を少女たちに食わすか考えているようだ。
その検討は案外早く結論が出たようで、
「まぁ、アラタが食べても平気なら大丈夫でしょう。そのカユとやらを食べさすのを許可します」
「おぉ!! 本当か!!」
ミリアの許可を頂いたことに年甲斐もなく喜ぶ。苦労して作った甲斐があったものだ。
「えぇ、嘘は申しません。ただこのカユを食べて少しでも体調面に影響が出たならば、全て飼育している豚の餌に回しますが、それでも構いませんか?」
「あぁ、それは勿論」
確かにこの粥が少女たちの体に合うか分からないし、ミリアの判断は賢明だと思う。
それに豚の餌になろうが下手に破棄されるよりかはマシだしな。
「では、器を持ってきますのでしばらく待っていてください」
と、ミリアはお粥を注ぐ器を探すべく診療所内に併殺された炊事場へと向かう。ミリアを手伝うべくクレアもその後に続く。
によって診察室に残されたのは俺と五人の少女達だけになった。やることも特にないので少々手持ち無沙汰さも感じつつ、ぼんやりと窓の外の景色を眺めていると、
「ぅ、うぅ~ん」
と、手前のベットに横たわる少女が唸り声を上げて、モゾモゾと身動ぎしたのを視界の端に映ったのに気づいた俺は慌てて彼女が横たわるベットの傍まで駆け寄る。
そろそろ意識が回復しそうなのか瞼がピクピクと痙攣しており、包帯を巻かれた痛々しい身体もわずかにではあるが動き始めていた。しかし、身体の節々が痛むのか動かす度にその端正な顔を苦痛に歪ませていた。
だが、徐々に意識がクリアになりつつあるのか、微かに声を漏らしながら何度か浅い呼吸を繰り返していた少女は、やがてゆっくりと瞼を上げて焦点の定まらない鳶色の瞳で辺りを見渡し始めた。
辺りを見渡しているうちに焦点が安定してきたのか、少女は自分が今いる場所に気づき静かに涙を流した。どうやら自分たちが助かったことに気づいたようで、彼女の涙は安堵と嬉しさからくるものだと察した俺は少女の頭を優しく撫でる。
昔ぐずる妹を落ち着かせようとしてこうやって撫でていたのを思い出しながら。何度も何度も、彼女が満足するまで撫でてやることにした。
当初は恥ずかしそうに白い頬を染めていた少女であったが、その内恥ずかしさよりも撫でてくれる嬉しさの方が勝ったのであろうか大人しく甘んじていた。
意識が回復したのもあるのあろうか、内臓の機能も徐々に回復してきたのであろう。クゥ~と可愛らしい音が少女のお腹から響いてきた。
こんな状況でもお腹は普通に空くらしい。
自身のお腹が鳴ったことに羞恥心を覚え顔を赤く染める少女。しかし、何も恥ずかしがることはない。お腹が空くってことは生きている証なのだから。
俺は苦笑しつつ恥ずかしがる少女の頭を優しく撫でると、鍋の中で食べられるのを今か今かと待っている粥を食べさせてあげようとするも、
「あぁ、そういや器がまだないんだっけ。どうしようかな・・・・・・」
と、困り果てていると。
「お待たせしました。中々見当たらなくて苦労しましたよ」
「というか埃まみれで洗わないと使えなかったじゃん。どんだけ使ってないの?」
「・・・・・・なんのことやら」
などと言い訳をしながら戻って来たミリアとクリス。その手には人数分の器と匙が握られていた。
正しくグッドタイミングであったため、この際彼女たちの小芝居には触れないでおくことにし、俺はミリアたちから器とスプーン一組を受け取り、お腹を空かしている彼女のためにホカホカと湯気の立つお粥を器に盛る。
しかし、盛ったはいいものの寝たままじゃ食えないよなぁ。とすれば方法は一つしかないか。俺は窓の傍に置いてある椅子を少女が横たわるベットの傍まで運ぶとそこに腰を下ろし、左手にはお粥入りの器、右手には匙を持つと慣れた手つきでお粥を軽く匙でよそう。
そして火傷しないようにフゥーフゥーと丹念に息を吹きかけお粥の温度を冷ますと、それを少女の口元に運ぶ。
俗に言う”あ~ん”だ。
恋人にしてもらったらこれ以上にない幸せなのだが、生憎の所俺は実の妹にしかしたことがない。だからか別にときめくこともなくいつものようにしてしまったのだが・・・・・・・。何だろう、周りが何だか気まずい空気に包まれていた。
俺何かまずったか? もしかしてこのあ~んか? あ~んがいけなかったのか!?
と、周りの痛い視線に今更ながらとんでもないことをしでかしたと焦る俺。そんな俺の心情を察してか差し出されたお粥が乗った匙と俺の顔を交互に見つめた少女は、何やら覚悟を決めたのか勢いよく口元に差し出されたままで固まった匙へと食いついたのだ。
それをモゴモゴと暫く咀嚼していた少女であったが、お粥を喉の奥に流し終えるとようやく匙から口を離し、赤く染まった美少女顔をこちらに向けてパニック状態に陥っている俺に向かって一言。
「―――――――美味しかったです。あの、その有難うございます。お、お兄さま」
などと爆弾発言をかまし、すぐさま顔を毛布で隠すのであった。
次回でこの章は終わります。
イチャイチャ回というのは難しいですね。もっと精進したいです。
それでは次回に。




