第六章 下準備(5)
長かったので二回に分けました。
いつも読んで下さる皆様には感謝しかありません。
これからもよろしくお願いします。
「えっ? この子たちのこと知っているのか?」
俺はルーシアのただならぬ様子に、烈火のような怒りも忘れてそう彼女に問う。すると、ルーシアは何とも形容しがたい微妙な表情で、
「えぇ、よぉ~く知っているわ。話せば長くなるから、そうね。私も一緒に診療所に行くわ。そこで彼女たちの素性を話すから」
と、すっかり酔いも醒めたようで、先ほどの千鳥足とは一転してシャンとした足取りで診療所へと向かうルーシア。その後を慌てて俺は追いすがる。
というか、ルーシアが引き止めなければもうとっくに着いていたのに。本当に勝手だなぁ、とさりげなく悪態をつくことも忘れずに。
やっとのことで診療所へと辿り着くことが出来た俺はというと。
「―――――――ぜぇ、はぁ、ぜぇ。あ~~~~~、もう駄目。キッツ~」
全身汗まみれで地面にへたり込んでいた。汗が目に入って来てものすごく沁みて痛く、腕で何度も擦り上げるも全く効果がない。それどころか腕にこびりついた泥が目に入って来てもっと痛くなった。
よくよく考えたら俺怪我人じゃん。無理したから負傷したところがズキズキと痛み始め、汗をかいたことにより包帯を巻いたところが蒸れて痒くなってきた。
ここは一風呂浴びたいところではあるが、何と言ってもここは中世時代の生活様式が現在進行形で続いている世界だ。たしかあの時代の欧州は風呂とかに入らなかったんだろ? 日本人にしてみたら最悪な環境であり、そんな生活一週間も耐えられない。
風呂問題は早急に執りかかるとして、一先ず彼女たちをミリアたち診せなければ。先に預けた少女たちはどうなっているのだろうか? 気にはなるがそれおいおい確かめることにして、俺は玄関横の壁にもたれ掛けるようにして座らせた少女たちの体を一人ずつ丁寧に持ち上げ、診療所一階にある診察室へと順に運び込む。
どこから持ってきたのであろうか。俺が連れてきた少女の人数と同じ台数のベットが室内に所狭しと並んでおり、先に運び込んだ二人は処置も済んだようで穏やかな表情を浮かべて眠っていた。
見たところ大した怪我もないようで一安心だ。
最後の少女を診察室に運び終えた俺は、部屋の片隅で待機していたアンリたちに詰め寄られ、その気迫に思わずたじろいでしまう。
「な、なんだよ」
「はぁ? 何だよじゃないわよ。何の説明もなしにあの子たちを押し付けてきて、本当に大変だったんだからね!!!! 村の皆にも協力してもらってどうにか部屋に運び入れたんだから」
「・・・・・・みんなに説明するの大変だったよ」
と、怒り心頭のアンリと疲れ気味のナタリアの責めに、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。本当はきちんと説明したかったけど、そんな余裕もなくついつい勢いに任せて後を全部任せてしまった。
俺は慌ててアンリとナタリアに礼を述べる。女は怒らせたら始末に悪いので、ここは早くに謝っておいた方が吉だと判断したからである(勿論、そんな打算ばかりではなく感謝の意も込めてである)。
「悪かったって!! 後でちゃんとお礼するから!! ここは俺の顔に免じて引いてはくれないか。な、頼むよ」
付き合いの浅い彼女たちに向かってこの言い方はないと思うが、他に思い当たる言葉がなかったのである。正直に言ってこんな台詞で怒りは収まらないと思いきや、案外あっさりと怒りを治めてくれた様子。
「はぁ~、分かったわよ。けれど、次回からはちゃんと説明すること。それが義理というものよ」
「あぁ、肝に銘じておくよ」
「・・・・・・なら、いいわ。ほら、行くわよナタリア」
「えっ、でもアンリ」
「いいから。ここからは私たちはお邪魔なようだから」
「・・・・・・うん、分かったよ」
と、渋るナタリアを伴って診察室を後にするアンリ。その彼女たちと入れ違いに入って来たのは白衣を身に着けたミリアである。どうやら彼女は治療に使用する際の薬瓶やら包帯を補充しに行っていたようだ。
それらを診察机に並べ終えると、そこではじめて俺の存在に気づいたらしく、
「あぁ、ご苦労様です。アラタが早く発見し連れてきてくれたお陰で軽い処置で済みました。けれど、薬の在庫が切れてしまったので、アンリたちに頼んでおいてください」
「あぁ、それは良いけど・・・・・・。結局彼女たちは一体――――――」
俺は治療を再開したミリアにそう問いかけるも、その問いに応えたのはミリアではなく、
「――――――――ハインリッヒの侍女たちよ」
と、いつの間にか俺の背後に立つルーシアが問いに応えた。急に背後から聞こえた声にビックリした俺は慌ててその場から飛びのき、驚きで激しく脈動する心臓の存在を痛いくらい感じながら、まるで幽霊のように気配もなく入って来たルーシアを睨みつける。
というか、こいつ俺より早く帰ってきてなかったか? そんな疑問を抱くが、ルーシアはフラフラと覚束ない足取りで壁際に設置された背もたれ付きの椅子に腰かけ、胸元から取り出したパイプに火をつけて慣れた手つきでそれを口に運ぶ。
それを暫く吹かしていたルーシアであったが、徐に加えていたパイプを外し、吸っていた煙を空中に吹き捨てる。白い煙が空中を揺蕩うようにして部屋中に広がる様を、ぼんやりとした目つきで眺めていたルーシアであったが、
「・・・・・・ハインリッヒとは魔女派に属していたころからの友人だったの。彼女は私たちと同じ考えを持つ魔女だったけど、結局人間派には加入しなかったわ。あの子は妙に義理堅いところがあるから、ヴァネロペを裏切れなかったんでしょうね」
突然にそう話し始める。淡々と過去を語るルーシアの様子はとても普通には見えなかった。
それから再びパイプを咥え、煙を吐くという動作を繰り返しつつ、
「・・・・・・それでも、ハインリッヒとは今でも親交を続けてきたわ。彼女は魔女派の中でも最穏健派として有名な子だったから。いつかは私たちの元へと来ると信じてね。けれど、その子たちが私の村近くの森で倒れていたとなると・・・・・・・」
ルーシアは最後まで言う事はなく、手にしたパイプの柄を真っ二つにへし折った。折れた際に生じた木の破片が指に刺さるのもお構いなしに、ルーシアは抑えきれないほどの怒りと悲しみのままに折れたパイプの柄を、手の甲に青筋が浮き上がるほどに握り続けていた。
俺も最後まで聞かなくとも何となくルーシアの言いたいことが分かる気がした。恐らく、そのハインリッヒとかいう魔女はもう―――――――――。
「まぁ、暗い話はここまでにしましょ。第三者が憶測し合っても仕方ない事。当事者たちが回復するまで待つことにしましょう」
「お、おい!!」
「それじゃあ、ミリア。後は頼んだわよ」
「――――――――はい、わかりました」
と、俺の呼び止める声も無視して、未だ治療に専念するミリアの背に声掛けをした後、足早に診療室から退散したルーシア。
一方的にやって来て、勝手に話だし、そしてまた一方的に去って行くルーシアに腹を立てていると、
「・・・・・・あまり怒らないでやってください」
「えっ?」
ふとミリアからのルーシアを庇うセリフを耳にした俺は、思わず声を漏らして聞き返す。だってあのミリアがルーシアをフォローするなんて滅多にない事だろうから。その真意が聞きたいのもあった。
「ルーシア様は複雑な立場のお方ですから。魔女派の魔女からは”裏切り者”と蔑まれ、未だ”人間派”の魔女の一人であるバーバラ様には”間諜”ではないかと疑われていますから、非常に肩身が狭いのですよ。ここに来てからなんですよ酒と煙草を嗜むようになったのは」
「ふ~ん、気楽そうに見えて結構大変なんだな」
「あの方はヴァネロペの幼馴染という立場でもあったし、その辺りからも来ているのでしょうね。いつ裏切るか分からないって。バーバラ様はヴァネロペの事が大嫌いと常日頃から言っておりますし。そんな中でも対等に口をきいてくれたのは他でもないハインリッヒ様だったそうで、よくこっそり皆の目を盗んで会っていたそうです」
だから、彼女の侍女の顔も知っていたのですよ、とも付け加える。
そうだったのか・・・・・・・、と俺は彼女の悲しみや戸惑い、やるせなさに同調する。大事な人が死んだと知れば尚更だ。
「この子たちは魔女派の巣窟に暮らしていても平穏に生きていけるほど、大切に大切に育てられていたのでしょうね。傷跡が一つもないのがその証拠です」
と、女の子たちの衣服を開けながらそう冷静に診断するミリア。俺は慌てて目を閉じて後ろを向く。チラリと白い肌が見えたのはご愛嬌という事にしておいた。
「そ、そうなのか? 俺彼女たちを担いだ時にすごい軽かったなって思ったんだけど。栄養失調じゃないのか?」
「まさか、これくらいが普通ですよ。まぁ、少しやせぎすではありますが、体調面ではどこも異常はなし。きちんと食事が与えられている証拠です。それに身に着けている着衣も、まぁ、今はボロボロですが・・・・・・、絹を使った上等な服です。こんな生地は魔女派の中でも幹部クラスしか着れない逸品ですよ」
「そうなのか。ハインリッヒとかいう魔女は、よっぽどその子たちを大切に育ててきたんだな」
「えぇ、羨ましいくらいに。私もこの方に拾っていただけたら良かったですが、そのおかげで今の私があるので、不平は言いませんが」
シュルシュルと衣擦れの音が微かにだか聞こえてきた。どうやら包帯を巻いているようだ。とういうことは診察は無事に完了したという事かな?
俺はタイミングを見計らってゆっくりと正面へと向き直る。するとジャストタイミングだったようだ。無事に包帯も巻き終えたようで、ミリアは開けさせていた衣服のボタンを戻している最中であった。
しかし、汚れたままでベットに寝かすのも衛生的にどうなのであろうか。せめて水に濡らした布で体を拭いてあげた方がいいんじゃないか、とそうミリアに助言するも。
「水に濡らす? とんでもない。水には悪魔が宿るのですよ。それにまだ傷が塞がっていないので、そこから悪魔が入り込む恐れがあります」
「いや、悪魔って・・・・・・、マジで言ってるのか?」
「マジが何かは存じませんが、えぇ。本当に言っていますよ。昔からの言い伝えですから。それにまだ意識が戻ってもいない相手を無視するのもどうかと思いますので、必要最低限の治療しか行っておりません」
「にしても、不衛生じゃないか。傷口を消毒しないと黴菌が入ってそこから化膿して、下手したら壊死する可能性だってあるんだぞ」
と、考えを改めようとするも、ミリアは頑として譲らないようで。
「駄目です。それにその点は問題はありません。あとでルーシア様に魔法で体を清潔にしてもらいますから」
と、思いもよらぬ解決案を口にしたのだ。
何だよ、そんな便利なものがあるなら先に言えよ、と力が抜けるのを感じた。
そんな俺を変なものでも見るかのような視線を向けた後、何事もなかったかのように部屋を後にするミリア。その背中をぼんやりと見つめた後、俺は疲れがドッと噴き出すのを感じたので、先ほどルーシアが腰掛けていた椅子へと腰を下ろす。
「ったく、心配して損したぜ。にしても俺が心配した通り風呂はないようだな。まさか体を拭くことも拒否されるとは。暖かい湯につからないと疲れが取れた気しないしな~」
日本人の性は辛いもので。シャワーなどではイマイチ入った気がしないので、昔まだ両親が生きていたころに行った旅行先で泊まったホテルにて苦労したものだ。ユニットバスなんて不便以外の何物でもなかった。
やはり風呂は独立してないと、本当に不便だ。便器がすぐ横にあるなんて、日本じゃ考えれないもんな。まぁ、何が言いたいかというと、それほどまでに風呂は重要という事だ。
妥協案として今日はタオルで体を拭うか。頭は洗えないが仕方ない。
にしても、と俺は手前のベットに横たわる、俺に助けを求めた少女へと視線を向ける。見た限りでは五人いた少女の中でもこの子が一番怪我が深かったようで、よくそんな怪我をして意識が失わずにいたと感心する。
今は安らかな顔を浮かべ、微かな寝息を立てて眠っている少女を見つめながら、俺は彼女たちに早く元気になってもらうために、妹の体を思って作っていた看病食を調理しようと思い立ち、その為の下準備をするべく診察室を後にした。
料理は次回に持ち越しです。申し訳ありません。
この章はあと二~三回ほどで終わりの予定ですので、よろしくお願いします。
それでは次回に。




