第六章 下準備(4)
短いですが楽しんでいただければ幸いです。
ゆっくりゆっくりとなるべく足音を立てないようにして、俺は倒れている少女達の傍へと歩み寄る。勿論何かあった時の為に槍は手にしているが。襲ってきた場合は棒の部分で軽く殴らせて気絶させるつもりだ。何せここは魔法が息づく異世界。この少女達だって生身の人間であるという保証はないわけで。
(もしかしたら魔女派の魔女が放った先兵かもしれない。例えばゾンビ的な? 確かゾンビって日中は動きが鈍くなるって小説で書いてあったような気がするし・・・・・・)
そうではないことを心から願う俺であるが、まぁ、そればかりは調べてみないことには分からない。そうこうしている間に件の少女達の元へと辿り着いてしまった。
俺は少女たちが息しているかを確かめてみる為に、先頭に倒れている少女の口元に手をかざそうとしたその時、
「―――――――――――ッ!!!!!!!」
ガシィ!!!!! と先ほどまでピクリとも動いていなかった少女が突如目を見開いて、かざそうとした俺の手首を凄まじい握力で握って来たのだ。倒れていた人間とは思えないほどの握力に驚きその場にへたり込んでしまう。
そんな俺に気づいていないか、少女は焦点の定まっていない綺麗な鳶色の瞳をこちらに向け、
「おね、がい。―――――――ぁ、すけて、くだ、ぁい」
こちらの顔など見えていないのであろう。けれど久方ぶりに感じた人間の気配に安堵したのか、ろれつの回ってない口で必死に助けを乞う。ボロボロになりながらも必死に生きようとしている少女たちを見た俺は、かつて理不尽な事故によって大けがを負いながら懸命に生きようとしていた妹の姿と重なる。
懸命に生きようとしている少女を放っていけるなんて、俺には出来ない。仮にこの少女たちがもしも魔女派の魔女たちの罠だとしてもだ。
俺はドングリが入った紐が付いた麻袋を首にかけると、倒れた少女たちを村まで運ぶべく行動に移すことにした。見たところ倒れている少女の数は5人ほど。さっき俺の腕を掴んだ少女が最年長らしく体も他の娘たちに比べて大きかったが、それでも二人ずつ担いで運べないことはない。
何か道具を作って運ぶ手もあるにはあるが、素手で作るとなるととてつもない時間がかかることは明らかだ。そんな悠長なことをしている時間はない。
とりあえず試しに少女たちの体を担いでみることにした。気絶している女の子の体を触るのは些か問題ではあるが、ここはそんなことを言っている場合ではないので、心の中で女の子に一応ではあるが謝罪する。
そして邪念を払いつつ、壊れ物を扱うかの如くなるべく優しく少女の胴に腕を回す。あまりの細さと肉付きの無さに驚愕しつつ、よっこらせの掛け声と共に立ち上がる。多少の重さはあるものの余裕で運べるくらいに女の子たちは軽かった。
一体どれだけ飲食しなかったらこんな体つきになるのであろうか。とりあえず元の世界でも食うには困ってなかった俺は、少女たちの貧相な体つきに涙しそうになる。これはもう重度の栄養失調状態だ。早くミリアたちに見せないと手遅れになる。
俺は慣れない山道ではあったが、それでも裸足なのが功を奏したのか。何とか滑り落ちる事もなく駆け足で村へと辿り着くことが出来た。
村の門前で俺の帰りを待っていたのか、ナタリアとアンリが対照的な態度で立っていた。アンリはイライラが募ったように足踏みをしながら、ナタリアは心配そうに眉根を寄せつつ俺の姿を捉えようと首を伸ばしながら。
ちょうどいい所に、と俺は少女たちを小脇に抱えつつ二人の元へと走り寄った。まだ森の中には少女たちがいるので一刻も早く助けに戻りたい。あのように無防備なままでは肉食動物の餌食なることは確実である。
二人は俺の姿を目視すると安心した表情を浮かべるも、すぐさま怪訝そうな面構えになる。理由は明白。俺が小脇抱えている少女の存在故にだ。
「ちょっとアラタ。なんでドングリ拾いに行っただけなのに、女の子を連れてきているワケ?」
「説明は後にする!!!! 一刻も早くこの子たちをミリアたちに診せてやってくれ!!!! 俺はまだ森に倒れている子たちを連れてこなきゃいけねぇから!!!!!」
戸惑う二人に半ば押し付けるようにして少女たちを預け、再び森の中へと姿を消す俺の背にアンリの怒鳴り声が投げかけられた。
二人には申し訳ない事をしたなと反省するが、事は一刻も争うのだ。ナタリアとアンリにはあとで謝ると心に決め、俺は少女たちが待つ場所へと駆け足で戻る。
二日間寝たきりだった体はもう悲鳴を挙げているが、俺はそんな体の不調もお構いなく逸る気持ちのままに体に無理を強いながら林の中を駆け抜ける。
もう足の感覚もなくなってきていたが、そんなの事を気にする余裕は今の俺にはない。
早く、早く、一刻も早く行かなければ。
なんかよくない胸騒ぎがするのだ。
それで大体その予感は的中する。先ほどの狩りに誘われた時の予感とは違う、もっと嫌な、そう例えるならば虫の知らせ的な。
生い茂る木々を掻き分け、ようやく先ほどの場所へと辿り着いた俺の瞳に映ったのは、倒れた少女たちの肉を狙いにやって来た一頭の大型犬サイズの灰色の毛並みをした狼と、まるで少女たちを守るかのように立ち塞がり、自身の倍もある体躯の狼に全身の毛を逆立てさせながら威嚇する黒猫の姿であった。
俺が発見した時にはあんな猫見当たらなかったけど、けれどまぁあの猫が狼の気を引いている間に、俺は用心のために持ってきた槍を手に取ると、バレないように背後に回り込むと狼の頭部目掛けて槍を思い切り振り下ろした。
すると振り下ろした槍は見事命中し、手痛い一撃を真面に食らった狼は「キャンキャン!!!」と、負け犬のように情けない悲鳴を挙げつつ脱兎のごとくその場から逃げ出した。
その姿を見届けた俺は手にした槍を地面を放り、猫に自分は敵ではないことを告げると、威嚇していた猫は俺の姿をちらりと一瞥した後、すぐさま威嚇モードを解除して何処かへと走り去って行った。
あの猫の正体が気になるも、また狼が戻ってこられると面倒なのでさっさっと残りの少女たちを担いで森を抜けることにしたのであった。
そんな彼の姿を遠く離れた場所に生える木の上から眺める一匹の猫がいた。
その猫は興味深そうに彼の行いを見つめると、「ニャアン」と小さく鳴いて、今度こそ本当にその場から音もなく姿を消したのであった。
まるでその鳴き声はどこか安堵したようにも聞こえ、その鳴き声が聞こえたのか少年の背に担がれた少女の一人が人知れずにその鳴き声に応えるかのように涙を流したのであった。
さて、場所は変わり、どうにか何事もなく村へと辿り着くことが出来た俺は、先に診療所へと行ってもらっているアンリたちに合流すべく、疲れた体に鞭を打って俺も診療所へと足早に向かう。
すると、診療所に向かう道すがら不意に背後からある人物に声をかけられ、俺は急いでいた足を一旦止めて振り向くと、
「あれ~、アラタじゃん。もう狩りは終えたの?」
と、干し肉片手に昼間から酒盛りを楽しんでいたルーシアの姿があった。全く気楽なもんだよと心中で悪態をつきつつも、それをおくびにも出さずににこやかに会釈しその場から退散しようとするが、
「何よ~、えらく愛想悪いじゃない。ねぇ、アタシに付き合ってよ。みんな今日はお酒は飲まないって言っていてだ~れもアタシと飲んでくれないし~」
げに酔っぱらいは鬱陶しい。
こちとら急いでいるのに、これ以上余計な手間を増やすんじゃねぇと、俺は疲労も相まっていつもより若干沸点が低いことに気づいておらず、いつもなら余裕でスルー出来るのにこの時ばかりはいとも簡単にキレてしまったのだ。
「あ~~~~!!!!! もう!!!!!!! しつけぇーな!!!!! 暇なアンタと違ってこっちは忙しんだよ!!!! 一人で酒でも飲んでろ!!!!!」
しかし、ルーシアはキレている俺にもお構いなくべたべたと絡んできて、やがて俺の抱えている少女たちの存在に気づいたのだ。しばし少女と俺の顔を交互に見つめていたルーシアは、アルコールのせいでほんのり赤く染めた麗しい顔を、ずずぃと俺の顔面へと近づかせ、
「ねぇ、もしかしてこの少女――――――、アラタが誘拐してきたの?」
「んなっ!? 何言ってんだよ!!!!!」
ほんのり葡萄酒の匂いがする甘い口臭にくらくらしつつ、とんでもない爆弾発言には聞き捨てならず、思い切り動揺した声音でルーシアの発言に異を唱えるが、
「誤魔化しても無駄よ。私は仮にもこの村の代表なのよ。村に暮らす女の子の顔は全員覚えているわ。その私が見たことのない少女を連れているのだから、もうあれね。誘拐しか残っていないでしょう」
「だから~、違うっての!!!! 俺は森で行き倒れていたのを助けただけで・・・・・・」
「またまた~!!!!! ほら、よくその顔を見せてみなさい!!!! やましい事をしていないなら大丈夫でしょう~」
と、ヒックヒックとしゃっくりを上げながら、ルーシアは俺が背中に担いでいる少女の顔をよく見ようと、その顎に手を当てて持ち上げる。
すると、ルーシアは手にしていた葡萄酒のビンを地面に落とし、すっかり酔いも覚めた表情で、
「うそ・・・・・・。何でアリスがここにいるのよ」
と、信じられないものを見るかのように、思い切り動揺した表情と声音で呟くのであった。
この章は少し長くなるかもです。
次回は料理回にしたいと思います。少女たちの口から語れる事とは?
それでは次回に。




