第四章 魔女(6)
この章で連続更新は終了となります。あとは他の作品と並行しつつ投稿していきたいと思いますので、
よろしくお願いします。
拙作ではありますが、温かい目で見てくれれば幸いに存じます。
そう吐き捨てたヴァレンシアに、ヴァネロペを除けた全員が息をのみ、ついで身を焦がすような怒りに我を忘れて打ち震えていた。
流石のルーシアもヴァレンシアの発言には耳を疑った様子で、その端正な顔を驚きに歪ませていた。
自分たちが敬愛する主君を否定された魔女たちは、先ほどの怯えもどこへ行ったのか、やる気に満ち満ちた表情を浮かべて、最早排除すべき敵へとなり下がったヴァレンシアへと対峙する。
しかし、魔法の扱いに長けたヴァレンシアの相手をするのは少々骨が折れるので、いったいどう対処すれば善戦できるのかと思案していると、一人の魔女がその他の魔女たちを押しのけるようにして前へと躍り出た。
その人物とは、雪の様に綺麗な白髪とオッドアイが印象的な美少女―――――リラであった。彼女はクラーラと同じヴァネロペの側近を務めている腕利きの魔女としても有名であり、唯一ヴァレンシアと真面にやり合える存在でもあった。
なら何故先ほどからだんまりを決め込んでいたのかというと、リラはめんどくさがりでも有名であり、余程のことがなければ手出しはせず静観するのが常であった。勿論今回もなるべく大人しくしていようと決めていたのだが、流石に主を否定されてまで静観を決め込むほど薄情でもなかった。
この場にいる魔女たちよりずっと小柄なリラであったが、その身に宿る魔力は他の追随を許さないほどに強力かつ洗練されていた。
「――――――ヴァレンシア、先ほどの言葉を撤回して」
「嫌よ、私は自分に嘘をつくのが嫌いなの」
「そう。なら……、考えが変わる様に少々痛めつける必要があるわね」
スッと無表情のまま腰に下げた一振りのカットラスを引き抜き、身に宿る莫大な魔力を糧に己が属性である“氷”の魔法を刀身に纏わせる。
「私はお前と相性の悪い“氷”の魔法を得意とする。さぁ、どう対処する?」
「そう、ね。確かに貴女とは公式試合で引き分けてばかりだった。けど、それは“試合”だったからよ」
フフフフ、と不敵に笑みを浮かべると、
「――――――だけど、今は魔女同士が暇つぶしに行う“お遊戯”なんかじゃなく、力のある者同士が行う“死合”なのだから」
勢いよく頭上にレイピアを掲げたヴァレンシアは拳二個分ほどの火球を作り出し、指揮者がタクトを振る様に軽くレイピアを払うと、火球はゴォと周囲に熱をまき散らしながら、真っ直ぐにリラへと飛んでいく。
自身へと向かってくる火球に全く動じずに、カットラスを胸の前に構えたリラは、一番得意とする呪文を詠唱する。
「息吹を吹け。我に仇なす敵を吹き飛ばせ(エルジョ・ディ・ラダナス・スキーティア・フルンダナス・アク・シオル・ガランスデォル)」
一息に詠唱を唱えると、リラを護るかのように分厚い氷の壁が幾重にも立ちはだかる。氷壁から身も凍えそうなほどの冷気が放出され、季節は冬でもないのに生物を除くあらゆる物にうっすらと霜がつきはじめる。
その光景を見るだけでいかにリラが優秀な魔女であるかが窺える。“生物”だけを除く全ての“無生物”だけを凍らせるなどという芸風は二流の魔女には出来ず、それを涼しい表情で事も無げに行えるリラは正しく“一流”であろう。
魔法の精錬さではヴァレンシアにも引けを取らないと自負していたリラの作り出した氷壁は、見事ヴァレンシアの放った火球を受け止めて見せた。
ジュワ~~~~~~、と激しい蒸気が立ち上がる音が聞こえ、温度差の違う“炎”と“氷”の衝突による白くて濃靄が辺りに立ち込め始めた。
数センチ先の光景も目視できなくなる中、誰も悲鳴を挙げずに静観の構えで両者の出方を窺っていた。
先に動いたのはリラであった。
彼女は辺りに立ち込めた濃霧をカットラスの一振りで振り払うと、一瞬にして霧は胡散した。
「さぁ、次はどうする? 何回も言う様で悪いけど、私の魔法とアンタの魔法では相性悪くて話にならないわよ」
「そうね、確かに自然界の“氷”と魔法で生成されたものでは錬度が違うから、流石の私でも完全に溶かしきることは不可能に近い。だから、客観的に見れば貴女に勝つのは分が悪い。けれど、貴女の主人がこの戦いを中断せたとしたら話は別になるわ」
「……何を馬鹿な。ヴァネロペ様はむしろ応援してくれる。止める理由なんてどこにもない」
リラは呆れた表情を浮かべて、突拍子もないことを宣ったヴァレンシアを見つめる。リラの背後に控えた魔女たちも同意見の様子で、皆一様に眉を顰めてコソコソと内緒話を繰り広げていた。
勿論、そんな魔女たちの中心に置かれた車椅子に腰掛ける実妹ですらも、困惑した表情を浮かべつつ、実姉の真意を探るべく口を開き言葉を紡いだ。
「――――――ヴァレンシア、貴女なにを企んでいるの?」
「何も。けれど、不可抗力というのはいつ何時起こってしまう分からないものね」
と、実妹の問いに曖昧に返しつつ、自然な動きで視線を頭上へと向けた。視線の先は屋敷の二階部分の左端に備えられている円形の窓であった。
その動きに誘われるようにして、ヴァネロペを含むその場にいた人物全てが視線を窓の方へと向ける。
その視線の先にいたのは、予想外の人物であった。窓ガラスに手を置いて怯えた表情を浮かべてこちらを見下ろしている、一人の少年。
その姿を視界に入れた者の内、異変が起きた人物がただ一人だけいた。
それは―――――――。
「……あ、アータ。どうして、どうしてそんな顔で私を見るの?」
まるで世界の終わりとでもいうように、これ以上の恐怖はないと顔面蒼白になったヴァネロペであった。ろくに動かない下半身をもどかしそうにバタつかせながら、それでも懸命に自分を見下ろす少年に車椅子を繰って少しでも近づこうとする。
しかし、世の中は非情なもので、あと少しといったところで地面の窪みに車椅子の車輪が嵌ってしまい、その衝撃でバランスを下したヴァネロペは車椅子と共に真横に倒れてしまう。
ガッシャーンと耳障りな音が響いたと同時に、ヴァネロペの配下でもある魔女たちが悲鳴を挙げて、倒れたままピクリとも動かない彼女の安否を確かめるべく駆け寄った。
「ヴァネロペ様、大丈夫ですか!?」
「どこかお怪我は!?」
どの娘も一様にヴァネロペの容体を気にしており、魔女の中には水魔法の一つである“治癒”を唱えるべく準備を開始する者もいた。
彼女を見たら分かる様に、ヴァネロペは体があまり丈夫ではなく、少しの病気も怪我も彼女にとっては命取りになる。
だから彼女の配下である魔女たちは必ず水魔法を習得しているのだが……、この水魔法は習得するのが難しく、クラーラをはじめ数人しか完璧に扱える魔女がいない。
特にクラーラは水魔法のエキスパートであり、その治癒魔法は他の追随を許さないほどの精錬されているのだが……、今や彼女はのびていて使い物にならない。
こうなると、魔女たちが取るべく道は一つ。
「姫様、ご無礼をお許し下さい」
と、一人の魔女が恐縮そうに未だ錯乱し続けるヴァネロペへと即効性の“眠り”の魔法を
かける。すると、あれだけ騒ぎ立てていたヴァネロペが音もなく静かに地に倒れ伏せた。
その体をまるで壊れ物でも抱くかのように優しく抱きかかえると、ソッと掻き起した車椅子の上に降ろし、体が冷えぬようにと己たちの外衣をかける。
「……今回は引き上げる。だけど、次からは容赦しない。我ら“魔女派”に楯突いたことを後悔させてあげる」
と、ヴァネロペが腰掛ける車椅子の手すりに手をかけたリアの憎々しげな一言を合図に、魔女派の魔女たちは転移魔法を唱えてヴァレンシアの前から跡形もなく姿を消した。
その場に残されたルーシアは、ヴァレンシアがヴァネロペたちを退けた方法が分からず戸惑いの表情を浮かべていたが、そんな愛弟子を安心させるかのように、
「―――――――大丈夫。貴女の大事なものは無事よ」
と、先ほどまで見せていた冷徹な表情から一転して温和な笑みを浮かべたのであった。
次回からは魔女派と人間派に属する魔女たちを書いていきたいと思います。
何故同じ魔女なのに二つに分かれてしまったのか?
少しずつですが書けていけたらいいなと思いますので、気長に待ってくだされば幸いです。




