第四章 魔女(3)
さて、望まざる客人の相手をすべく部屋を退出したルーシアはというと。
室内では遠慮していた愛用のキセルを吹かしながら、庭先にズラリと並ぶ“ヴァネロペ一派”の魔女たちを眼前に見据えていた。
「ルーシア。貴女が少年を匿っているのは分かっているのよ」
と、先に口火を切ったのは、ヴァネロペのお気に入りの魔女であるクラーラ・ルーガスである。白色のリボンで右サイドに結い上げた金髪に、利発そうな美少女顔が印象的な彼女は、普段は愛らしい顔を、激しい憤怒に染めながらルーシアを睨みつけていた。
「さて、何のことやらさっぱり。私はアンタたちに糾弾される覚えはないはずだけど」
わざとらしく肩をすくませて言うと、クラーラの背後に控えた魔女たちから批判の声が上がる。
「ふざけないで!!」
「アンタのところの人間が連れ込んだのを、アタシの使い魔が見ているのよ!!」
「“人間派”のお前の事よ!! どうせ嘘を言っているのでしょう!!」
女が集まれば姦しい。
その言葉通りに五月蝿くてたまらない。
フゥ、と心底ウンザリと溜め息をついたルーシアは、
「いい加減にしなさいよ。いいの? この事がヴァネロペに知れても? 彼は怪我を負って森の中で倒れていたのよ。アンタたちの不手際のせいで。だから、感謝こそされて非難される覚えはないと思うけどなぁ~、私のしたことは」
「そ、それは……」
クラーラたちの間にざわめきが上がり、俄かにだが動揺の気配が表情に浮き上がっていた。
しかし、それでも自身の非を認めないのが、“魔女派”に属する彼女たちである。
「私たちだって、彼を怪我させるつもりじゃなかったわよ!! けど、その男が逃げ出すからつい追いかけ回しちゃって……」
そうよそうよ、とクラーラに同調する声が庭先に響き渡る。
ったく、揃いもそろって……、と軽く舌打ちをしながら、ルーシアは典型的な自己中心的な集団に苛立ちを隠さずに睨みつける。
その体の周りにはルーシアの怒りに呼応するように、ブワァと紅色の魔力の帯が渦を巻くように纏わり始める。
「――――――どういうつもり?」
ルーシアの魔力にいち早く感知したクラーラは密かに眉を顰めながら、自身も翡翠色の魔力の帯をその身に纏わせ始める。魔女派の中でも実力派であるクラーラは、ルーシアの発した微かな魔力の気配を鋭敏に察知したようだ。
「どういうつもり? それはアンタが思っている通りの意味よ」
「お前……!? 姫様の意志に背くつもり?」
「背くも何も。私はヴァネロペの配下じゃないし。従う気は毛頭ないわ」
ルーシアの物言いにクラーラをはじめ、ヴァネロペに心酔している魔女たちから強烈な殺気が立ち上り始める。
「裏切り者の癖に!!」
「魔女の風上にも置けない恥さらしめ!!」
「ヴェラ(あの女)について行った売女の癖に!!」
と、数々の暴言を吐き捨てる。
よくそんなに罵詈雑言のレパートリーが思いつくものだと感心しながら、仰々しい仕草で指を一鳴らしする。
パチンという小気味よい音と共に、自身の体を纏っていた魔力を雲散させる。
ルーシアの魔力を感知しなくなったクラーラも自身の魔力の放出を止める。それと同時にルーシアへと罵詈雑言を吐き捨てていた魔女たちも口を閉じるが、その表情からは依然と怒りの色を浮かべていた。
クラーラはルーシアがいきなり魔力の放出を止めたことに疑問を抱き、彼女の腹の内を探るつもりで口を開いた。
「どういうつもり? アンタ、アタシと一戦交える気じゃなかったの?」
「そんな気はないわ。私がそんな見え透いた挑発に乗ると思う?」
「じゃあ、何で……。ま、まさか!! お前!!」
ルーシアの表情で何やら気づいたようなクラーラに、意地の悪い笑みを浮かべて彼女の導き出した答えが合っていることを教える。
「そうよ。アンタとのやり取りは単なるブラフ。本当の目的は――――――」
「――――――私をここへと誘き出す事ね、ルーシア」
と、魔女派の魔女たちが作る壁の後ろから、凛とした鈴を転がすような清涼な声が聞こえたのと同時に、その壁が自動的に両側へと声の主の為に開く。
さも当たり前の様に左右に列を作り、自分たちが拵えた道を車椅子に乗って進む少女の為に跪き頭を垂れる少女たち。
まるで統率された軍隊のようだと、その光景を醒めた表情で見下ろすルーシアに、車椅子を己が魔力で操りながら、
「手間をかけましたね、ルーシア。私のモノが起こした不祥事に深く詫びを入れるのと同時に、貴女の厚意に感謝の意を表します。さぁ、アータをこちらに渡してくれませんか?」
「えらく下手に出るね、ヴァネロペ。なんか気持ち悪いよ、いつもの高慢ちきで高圧的なアンタはどうしたのかな?」
「それは……、どういうつもりなのかしら?」
ルーシアの分かりやすい挑発にまんまと引っかかったヴァネロペは、微かな怒気を声に乗せながら問いかけてくる。
「どういうつもりも何も。その言葉通りの意味よ。さぁ、いつもみたいに本性を曝け出したらどう?」
「―――――ルーシア、この阿婆擦れ女!!」
ルーシアの言葉を皮切りに、ヴァネロペは今までのお淑やかな表情を打ち消し、身に宿す激情をその細見に纏わらせながら、孤高の狼が威嚇するように吠え付いた。
「ふふふ、ようやくいつものヴァネロペに戻ったようね。何? 好きな男の前だから猫でも被っていた訳? ほんとガラでもないことするわね、そこまであの子が大事?」
「アンタには分からないでしょうね。彼は、私の体の一部といっても差しさわりの無い唯一無二の存在なの。この身に迸る甘い疼きと高鳴りを理解しろとは言わない」
どこか恍惚とした表情を浮かべながら、頬に走る契約の紋章を指でなぞるヴァネロペ。“人間派”であるルーシアは、魔女たちが理不尽な呪いをかけて契約する“下界の人間”との契約の証でもある紋章を良く思っておらず、心底気分が悪いという風に眉を顰めながら口を開いた。
「……趣味が悪いわね。人間の大切な物を奪うだなんて。アンタは他の魔女とは違うと思っていたのに」
「そう。私もね、最初は馬鹿らしいと思っていたわ。けれど、いいものよ。アータと出会ってからここ十年間は充実な毎日を過ごせたわ。けれど、アータの姿を見るだけなのはもうウンザリ。だから――――――」
大輪の花が開いたと錯覚させるような華々しい笑みを浮かべたヴァネロペは、渦中の少年が寝ているだろう部屋の窓に手を伸ばし、
「――――――私の元に来てもらったのよ。ず~~~~~~~~~~~~っと、私と遊んでもらうためにね」
その様子はまるで無邪気な子供そのもので、でもどこか常軌を逸した行為にも見えて、ルーシアは寒くもない気候なのに思わずその身を震わせるような寒気を感じてしまった。
「――――――前の貴女はそうじゃなかったはず。なにがアンタをそうさせたの」
「……アンタに私の何が分かるっていうのよ」
「ヴァネロペ……」
「――――――五月蝿い!! アタシを裏切った癖に、今更親友面しないでちょうだい!!」
慟哭にも似た咆哮がむなしく庭先に響き渡るのと同時に、彼女の胸の内を現したかのような黒い魔力の帯が、ヴァネロペを中心にしてその威力を増進させていく。




