第四章 魔女(4)
ユートピアにいる魔女の中でも別格な強さを誇る二強の片割れであるヴァネロペ。その彼女の強さの秘密は魔力の多さと濃さにある。
ユートピアを創造したとされるその魔力の強さは、多くの魔女たちから“神の奇跡”と呼称されるほどで、数百年経った今でもその魔力に衰えは現れていない。
そんな彼女の魔力を素にして詠唱された魔法を真面に食らえば……、どうなるかは想像に難くない。
しかし、ただやられるだけでは自らが“師”と崇めるお姉さまに申し訳が立たない。
ルーシアは凶悪なオーラを放つ“元”親友に真っ向から立ち向かうべく、己が出せる全て魔力を放出させながら、どうにか背後に建つ己が家とその界隈に点在する家々の被害を抑えようと智謀を巡らせる。
(正面からやり合っても良くて五分五分、悪くて撃ち負けるのは目に見えている。ならばここは正攻法ではなく搦め手でやり過ごすのが最善策か)
しかし、搦め手といってもあまり策はないように思える。数もそうだが、こちらには無抵抗な人質を相手側に捕られているようなものだ。あまり派手な呪文や威力の高い呪文をぶっ放すわけにもいかない。
ただでさえ“人間派”の魔女は自分も含めて片手で数えられるほどの人数しかいない。かたやヴァネロペが率いる“魔女派”は百人ほど占めている大派閥だ。
今日連れているのは少ないほうだけど、それでもゆうに十人は超えている。それにどの娘も大所帯の“魔女派”の中でも指折りの精鋭たちだ。流石の私でもこの人数を相手取るのは少々火力不足である。
(けど、ここはやるしかないよね……)
本音を言えばあと一人くらい助人が欲しいところだけど、ここから近くに住む魔女の村まで山一つ分の距離があるのに加えて、あの女の性分からこんな面倒事を進んで引き受けるはずもない。
だから来るはずもない助人を当てにするより、今は自分自身でこの緊迫した状況を打破するしか方法はない。
ジジジジジッと、半開きにした手のひらに高純度までに高められた魔力が解放の時を今か今かと待つかのように、じんわりとした熱を伴って燻り続ける。それは火傷にも似た痛みであってが、ヴァネロペたちに悟られぬようにルーシアは痛みなど露ほども感じていないフリを演じ続けた。
この勝負はどちらかが動けば負けなのだ。要は根気比べというやつで、どちらかがこの空気に耐えきれずに動けば敗北を喫するという、至極単純なゲームなのだ。
いかにも、精神面が幼稚なヴァネロペが考えそうなことだ。
“動けばハチの巣、動かねば甘い蜜”
昔、人間だったころ二人でよくやった遊びだったのを思い出し、ルーシアは皮肉と戸惑いが入り混じった笑みを浮かべた。
(……これは、私に対するあてつけのつもり? 本当、アンタは昔のまま。何も進歩していない)
親友だったころによくやった遊びを、“元”親友に成り下がった自分にあえて“遊ばせる”という意趣返しに、ルーシアは何も言えなくなってしまった。
彼女なりにヴァネロペを裏切ったことについて胸を痛めていたのだ。本当は、彼女を裏切るつもりなどなかったのに……。
しかし、今となってはどんな言葉も誤魔化しにしか過ぎない。
ならば、自分は自分で選んだ道を突き進むしか、自分の信念を貫き通すしか、彼女を裏切ったことに対する贖罪にならないからだ。
だから、私は。
「――――――馬鹿みたい。今更、こんな遊び下らなくてやる奴なんていないわよ。これの答えはそう」
スッと手のひらを突き出し、手の内に圧縮させていた魔力を感情のままにぶっ放した。呪文詠唱も何もない、ただ純粋な魔力で生成された一本の槍だ。
ギュオと空気を切り裂くようにして、紅淡色の光彩を放つ魔力の槍はヴァネロペに向かって突き進んでいく。
「“進んでハチの巣になる”よ」
彼女の望む“敵役”を見事に演じ切ってやろう。
もう、考えるのにも疲れた。
ここはユートピア。
誰も傷つかない、“不老不死の世界”なのだから。
ならば、この際我を忘れて暴れまくるのも一考か。
理性も倫理観も何もかも吹き飛ばした野生じみた殺気を鋭敏に感じ取ったヴァネロペは、最高に楽しい玩具を見つけた子供のような満面の笑みを浮かべて、ルーシアの放った魔力の槍と同等の魔力を放出させる。
「そうよ、ルーシア。貴女はやはり私たち“魔女派”の一員よ。さぁ、一緒に遊びましょう。大丈夫、貴女の大事な玩具は私が後で元に戻してあげる」
狂気すら感じる言動であるが、この場にいる者は皆疑問も違和感もなく聞き流している。そう、これが彼女たちにとっての真実であり、この世界の理なのだ。
そうルーシアはまんまとヴァネロペの下策に嵌ってしまったのだ。このまま暴れれば、彼女は我に返った時、自分のしたことに絶望し、再びヴァネロペの元に下るか、両派閥にも属せずひっそりと姿を晦ますかの二択を選択するに違いない。
ヴァネロペとしてはどちらかと言えば前述の方が好ましいが、ルーシアがどちらの選択を選んでも反対するつもりもなかった。
今の彼女にとって最も優先すべきなのはアータであって、他の有象無象はどうでもよく、
彼女にちょっかいをかけたのは、アータの元に行くのに邪魔だったから。
ただ、それだけのことなのである。
ヴァネロペは自分の目論み通り事が運んだことに満足しつつ、これからルーシアと遊ぶべく新たに呪文を唱えるべく魔力を生成しようとしたその時。
「……ルーシア、駄目よ。愚妹の口車に乗っては」
頭上から最も気に食わない人物の声が降り注いだことに気づいたヴァネロペは、
「――――――ヴァレンシア。何故、ここにいるの」
呪文を唱えるのを中断し、ルーシアの背後に建つ屋敷の屋根に腰掛ける一人の少女へと、心底忌々しいという風に声を投げかけた。
ヴァレンシアと呼ばれた少女は、よく見てみるとヴァネロペと瓜二つの容姿をしていたが、纏う雰囲気は全く別物で二目見れば違う少女であると判別できた。
「さぁ、風の吹くまま気の向くままってね。私は自分の好きな場所へ好きな時に出かけるのが好きなのよ。今日はたまたまここだっただけのこと」
「……フン、白々しい。ヴァレンシア、ホラ吹きのお前の言い分を誰が信じると思う?
忌々しいことに私はお前の事を嫌というほど理解しているから」
「ホラ吹き、ね。まぁ、私もそれを否定する気はさらさらないけど。だけど、流石にやり過ぎたのではないのかしら? たった一人を相手にこんな大勢で寄ってたかるなんて、高尚な魔女として恥ずべき行為なのでは?」
「…………」
ヴァレンシアの言葉に無言で返すヴァネロペ。両者の間には第三者には感じ取れない雰囲気が漂っており、それを間近で感じていた者は思わず身も凍るほどの寒気を感じるほどであった。




