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第三十六話 チート列車

 


 僕からナイデン宰相が沢山の竜の事を思い浮かべていたと聞いたアレックは、すぐにレイナへ問いかけた。

 

「レイナ。黒いマナを作った時の事を思い出して欲しい」


「黒いマナさんを作って、おじちゃんが鳥さんに飲ませたんだよ」


 レイナは王の間で今しがた起こった告発劇の意味をまったく解かっていない。メイデン宰相が自分の父であると言うことも理解していない。

 

「他のマナは作らなかったかい?」


「うん、この前は違うマナさんを作ったよ」


 レイナは人の顔は覚えられなくても、マナの事は良く覚えているようだ。僕が今世での走る事や力を使った事を良く覚えているように。

 

「どんなマナを作ったんだい?」


「うんとね~、マナさん変わって! ……このマナさんだよ」


 アレックの質問に、レイナは纏っているマナを変化させた。

 

 変化させたマナは感じられない。通常のマナでは無いな。

 

「そのマナさんは、どんなマナさんなの?」


 僕は聞いてみた。


「このマナさんはね、気づかれないマナさんなの。このマナさんをい~っぱい作ったの」


「どうやら、このマナを纏っていると魔法での位置の探知が出来なくなるようだな」


 アレックは理解したようだ。

 

「おい、アレックや。其方らが話しているのは、ナイデンが其方らの暗殺の他に何らかの計画を進めておったと言う事なのか?」


 魔王様は僕らのやり取りと聞いて質問した。

 

「はい。チートがナイデン宰相の心から沢山の竜が読めたというのです。竜を使った何らかの計画を進めていたのだと思われます。竜達を竜の地から連れて来て帝国を攻めさせると言うのが有力です」


 そんな事が出来る物なのか? 魔法で位置の探知が出来なくなるというマナを纏えば、竜達にも気づかれにくくなりそうな気もするが……それで、どうやって竜達に帝国を攻めさせるのか?

 

 アレックはジュリアを見つめる。

 ジュリアは言いにくそうに語りだした。

 

「その~……ね。どうも私がナイデン宰相に竜達を動かす方法を教えたかもしれないわ。私が以前、内政や新しい武器を作る事なんかに熱中していた時に物語に出てくる、大きな強い動物を怒らせて、敵国を攻撃する武器にする話をした事があるの。その動物の子供を捉えて、それをエサにおびき寄せる方法……」


「なんと! そんなおぞましい方法があるのか! 竜の子供と言うと……捕らえる事が出来るのかの……卵になるのか」


「魔王様。俺も、その物語はジュリア嬢ちゃんから聞きましたが、なかなか悪どい戦術ですな」


 どうも前世の日本で考えられた物語での方法なのだろうか、随分評判の悪い戦術なのだな。


 竜の卵を盗んで帝国へ運ぶナイデン宰相の手の者。そうか、気づかれないマナは、卵を盗む時に竜達に気づかれない為の物だったのか。

 卵を追う、沢山の怒り狂った竜達。ナイデン宰相が心に思い描いていた光景はこれだな。

 竜の地で泊まった時にジュリアが話した物語にあった光景でもあるな。

 

「帝国が竜達に攻め込まれて、それが王国の手の者によると解かれば、すぐさま戦争ではないか!」


「それだけでは無いでしょう。ジュリア様かブリア様のどちらか、もしくはお二人共を暗殺……いや帝国の者が殺害すると言う筋書きもある物と思われます」 


「なぜじゃ、アレック」


「竜達だけでは弱いのです。帝国に竜達を攻め込ませたのが王国の者だとしても、魔王様が本気で釈明されれば戦争を止める事が出来るかもしれません。メイデン宰相はその目も潰そうとしたはずです」


「魔王様。俺が帝国の大使と話してきますぞ。アレックの予想では帝国の者でジュリア嬢ちゃんや、ブリア坊ちゃんを殺めようとする者が潜り込んでいるはず」


「解かった。で竜達はどうすればよい、アレックよ」


「ナイデン宰相がレイナにマナを細工させたのが、ブリア様の結婚の頃。手の者を派遣しても、竜の地まで一ヶ月以上かかりましょう。そこから竜の卵を奪って、竜達に追わせながら帝国領まで行くのは、少し早くなるでしょうから一ヶ月ですか……まだ余裕は有ります。チート車に車両を連結して騎士団を乗せるのです。チートなら四千の騎士団を一日で王国の南西の端にある帝国との国境付近まで運べるでしょう。途中ゲラアリウス辺境連隊も合流させられます」



−−−−



「帝国の大使に知らせたぞ。大使から帝国から来ておる商人達の居場所を聞いて一人一人に素性を問いただしておったら騎士団に対して斬りかかって逃げようとした者が多数。今、捕らえて詳しく尋問している」


「ゼットブ様。魔王様は騎士団に竜達を帝国に攻め込ませないように命じられました。いまアレックがチート車にあるだけの馬車を連結させています。僕が引いて南東の端まで行きますから、そこからは大森林の中を進んで竜達を探しましょう」


「チート、儂達も一緒に行くぞ」


「そうよ。竜達を止めないとね」


「ええ、留守番ばかりはいやだわ。チートと一緒に行きたいわ。私も王都大学で剣も弓も魔法も学んでいるのよ」


「行きましょうぞ。竜の卵を盗んで、それをエサにおびき寄せるとは……神をも恐れぬ所業。許せるものではございません」


 パパン、姉ちゃ、ダレナ、タルタリムト導師。

 

「みんな一緒に行こう。みんなで戦争を止めるんだ!」


「私も行くわよ。なんか、私がナイデン宰相に……あの物語を教えたからみたいだし……。止めるわよ戦争なんて」


 ジュリアも責任を感じているみたいだな。

 


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 一夜明けて、チート車の連結も完了したようだ。もうチート車と言うよりチート列車だ。数十両編成の列車だ。

 全ての車両にゼットブ様率いる騎士団が乗り込んでいる。騎乗して戦うのが騎士団だが、火急の為、致し方ない。

 ゲラアリウスの者達も乗り込んだ。ジュリアも付いて来るようだ。レイナも連れて行く。

 

 よし。行くぞ。

 

 この数十両の馬車を引くのは難しい。なんと言っても物理学的におかしい。二つの足で引ける訳がないのだ。

 そこはマナの力なのだが、僕にはマナがどうやって必要な力を出してくれているのかはよく解からない。

 

 じっくりと足を踏み出すと数十両の車両は僕に引っ張られる。足が滑らないのはマナのお陰だ。

 

 街道をひた走る。

 速度を増していく。

 だんだん高速になる。全速力の半分ほどの速度を出す。

 すでに前世の新幹線の速度は越えている。

 これだけの車両だと前方の障害物を躱すのは至難の業だ。なのだが、障害物が無い。まったく無い。

 きっとマナの力で僕の進行方向に障害物が入らないようにブロックされているのだろう。マナは相当優秀なのだ。僕が制御を意識しなくとも、それほどの事をしてくれる。

 

 前世の記憶のある僕には、自分がどれほどの事をしているかは、解かっている。四千人の人間を引っ張って移動しているのだ。それも新幹線より速く。有り得ない……。それでも現実は現実なのだ。

 

 僕が感じているのは、ただただ楽しい! と言う事。とにかく嬉しい! 力を使って、沢山の人を運んでいる。速い速度で運んでいる。楽しいのだ。嬉しいのだ。僕の体は喜んでいる。楽しんでいる。帝国との戦争を阻止しようとしている今ではあるのだが、僕は楽しんでしまっているのだ。

 あ~、走るのは素晴らしい。人を運んで走るのは何と気持ちの良い事なのだろう。

 ルールーも隣で走っている。今の速度ではルールーには遅すぎる位だろう。この頃、走る時には常にルールーが隣にいる。僕と速い速度で走る喜びを分かち合えるのがルールーだ。

 ルールーは少し一緒に走った後、速度を上げて一足先にゲラアリウスの城に向かう。経緯を知らせる手紙を運ぶのだ。ゲラアリウス辺境連隊に準備を促さなければならない。

 

−−−−



 途中ゲラアリウスの城に寄る。

 ゲラアリウス辺境連隊も連れて行く為にチート列車に更に車両を追加する。

 パパンは城に残る。僕らと一緒に竜達を止めたかったパパンだが兄ちゃに止められた。兄ちゃと共に僕らが竜達を止められなかった時に起こる混乱に備えるのだ。

 ブレッド連隊長が辺境連隊を率いる。

 

「チートちゃん。王国の……いえ世界の未来が掛っている戦いよ。しっかり働いてくるのよ。アリちゃんアレちゃん、ダレナちゃん。しっかりね」


 僕ら家族は抱き合う。

 

 さあ行くぞ。

 

 総勢六千人の兵達を引いて僕は走り出す。

 


−−−−



 日が暮れる前に、ゲラアリウス領の南西の端に到着した。

 西側は大森林を挟んで帝国領だ。南側には大森林、その先に竜の地がある。

 

 今日はこの場所で休む事となった。

 

「ҐՓҡʞҭ ҤɕՂҥҭɦҪҸʒԻՎՓԲɕՓʋʋɦɳՂɯՖʝҭɯҥɰ」


 アレックが竜を探知する魔法を唱えた。目の上の何も無い空間をじっと眺めている。

 範囲を相当に広げているようで、アレックでも読み取るのが難しそうだ。

 

 ジュリアと目が合う。

 

「一刻刻杖の範囲を探索しているのよ。こんなに範囲を広げたら、読み取るのは無理なのよ……普通なら」


 ジュリアは王都大学では、魔法の学科も、魔法科学の学科も優秀な成績で単位を修めたのだ。魔法に関しては王国でもトップレベルなのだ。

 

「解かったぞ」


 う~ん、やっぱりアレックは解かるんだな。

 

 ゼットブ様、ブレッド連隊長、タルタリムト導師。その他にも騎士団の大将校やゲラアリウス辺境連隊の中隊長達も集まって作戦会議をする。

 

「竜達は帝国領まで直線で六百刻杖、大森林の中です。ここからだと八百刻杖。数は約三千、その内で大きな竜は約百」


 低いうなり声が上がる。

 三千の竜。とんでもない数だ。

 四十年前にゲラアリウス領の四分の一の命を奪った『千竜の戦い』ですら千の竜なのだ。それでも記録に無いぐらいの竜の大群だったのだ。

 

「竜達の速度では速くて十日、遅くとも十五日で帝国領まで届きます。それまでに止めなければなりません」


「我らは馬を連れて来ていないので、大森林の中を行軍して十日の内に八百刻杖も進めぬぞ。チートの列車は街道が無いから走れぬであろうし」


 ゼットブ様が問題点を指摘する。

 

「チートの列車の中の一番小さい馬車に兵を出来るだけ詰め込んで、チートがそれを持ち上げて運べばいいのです。何十回も往復すれば十日も掛りません」


 なるほど。僕は一番小さい馬車を探す。……あれなら持ち上げて走れば、大森林の中の巨木にぶつからずに走れるかな。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 翌朝から兵達の輸送が始まった。

 アレックも乗った最初に輸送する馬車には八十人程度の辺境連隊の兵達がぎゅうぎゅう詰めだ。

 

 僕は馬車の下に潜って、背中に乗せて持ち上げる。鉄の紐で馬車を結んでいるので、上手く背中に乗る。

 

 よし。

 

 ダッ!!!

 

 大森林の中を馬車を担いで疾走する。ルールーを横に従えて疾走する。

 

 馬車の引き手に座っているアレックが、方向を指示する。竜達の進行方向と帝国領の直線上の位置でそれほど精度はいらない。

 


−−−−



 着いた。

 帝国領に近い大森林の中に馬車を止めた。

 三刻(四十三分十二秒)程度の時間しか掛からなかった。

 

「俺は、ここに残って竜達の進行方向に気をつける。移動もするから、俺の位置を目指して来るんだ」


 僕とアレックは心の絆を持っていて、僕とルールーと同じように、お互いの存在する位置が解かるのだ。

 

 

−−−−



 日没までに十往復できた。

 ほぼ朝から走りっぱなしだ。

 ほど良い疲れでぐっすり眠る。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 八日目の昼にやっと全ての兵を運び終えた。

 

 これから竜達に向かって行軍だ。

 

 

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 行軍三日目で、竜の卵を盗んで帝国領に向かう一団を発見した。探知の魔法に見つからないマナをレイナから授けられた一団はアレックの探知にも掛らなかったのだ。

 僕達が竜の卵を奪い返して、竜の地まで戻せば、竜達も就いて来るなら良いのだが、ここまで大森林を進むと、卵を追いかけずに、そのまま帝国領……つまり人間の世界に攻め入るだろうというのがアレックの考えだ。

 竜達は殲滅しなければ止まらないのだろう。

 

「奴らを斬るぞ。チート、俺を奴らに投げ込め」


 竜の卵を持つ一団までの距離は五刻杖ほどだ。

 

 僕は義手義足を外し四肢剣を光らせているゼットブ様を助走を付けて投げた。

 

 すごい勢いで飛び出したゼットブ様は、百人は下らない一団の前に四肢剣を回転させながら舞い降りる。

 

 突然現れたゼットブ様に驚きうろたえる一団。それでもゼットブ様に斬り掛る。

 

 一方的な惨殺だった。

 

 百人以上の一団は剣のぶつかる音をさせる事もなく、あっと言う間にゼットブ様に斬られてしまった。


 僕らが側に寄ると、百人以上の一団の死体の中で、大小さまざまな竜の卵を眺めているゼットブ様がつぶやいた。

 

「どうも俺は強く成りすぎたようだ。俺やアレックやチートが居る王国は、帝国のみか世界中のどの国と戦争しても圧倒的に勝つぞ。三千の竜と聞いても恐怖がまったく無い」


 ゼットブ様とアレックと僕の三人で剣の稽古をしている時に、そう考えた事がある。僕ら一人一人が前世での核兵器に相当するんじゃないかと……。他の国が持っていない核兵器を王国だけが持っているような物じゃないかと。

 

「どうも、みんな竜達を倒す自信が有るようね。でも追い返せれば、それに越した事は無いのよね」


 ジュリアが言う。その通りだ。竜達を竜の地へ追い返せれば一番だ。

 

「私にまかせて! みんな下がって、竜の卵と私だけを残して! 上手く行く気がするの!」


「お~! なるほど! ジュリア嬢ちゃんに試させてみよう!」


 何がなるほどなのだろう? ジュリアが一人で何をするんだ? なぜゼットブ様が納得しているのだ?

 

「ジュリア様、某にはよく解かりませんが、何か王族に伝わる秘法でもあるのですかな?」


 ブレッド連隊長が聞く。

 

「う~ん……まあ、そうとも言えるかしら……」


「ジュリア。何度も言うが、この世界は物語の世界では無い。竜の地で泊まった時にジュリアが話していた物語のように話は進まない。だが、ジュリアにまかせる。理由は、この件が片付いたら、ゆっくり説明する」


 アレックの言う物語りって、子供の竜を攫って怒らせた竜達を、なだめようとする少女の話だよな。寝てしまって最後がどうなったか知らないが。

 

「アレックがそう言うなら、ジュリアにまかせるのがいいのかな」


 僕は今ひとつ納得がいかない。

  

「おーほっほっほっほっほ!! まかせておきなさい!!」


「ジュリア様! お一人で竜達に立ち向かわれるとは! 何と神々しい!」


 ダレナはジュリアの決意に感極まっている。ジュリアが前世の記憶を持っていて悪役令嬢を演じていると解かっても、そのジュリアの悪役令嬢が好きなようだ。

 

「ジュリア様。何がなんだか解からないけど頑張って!」


「ジュリア! ジュリア! がんばれ~! がんばれ~! 」


 姉ちゃと、この十日以上行動を共にした事で親しくなったレイナが応援する。レイナはジュリアの名前を覚えられたようだ。

 

 僕らは全員、一人残したジュリアの遥か後ろに下がる。

 タルタリムト導師が神に祈る声が聞こえる。

 

 ジュリアは扇子をユラユラさせながら悠然と竜達を待ち構えている。

 

 何だか僕もジュリアが上手くやりそうな気がしてきた。ジュリアの物語に巻き込まれているのだろうか。

 

 暫くすると竜達の姿が見え、一直線にジュリア目掛けて突っ込んでくる。

 

 ドドドドドドッ!!!!!




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