第三十四話 『神の子』レイナ
「お~ヨシヨシ、治ってよかったの~。ルールー、かわいい奴じゃのう~」
魔王様がルールーの頭を撫でようとした、躱されて魔王様の頭をパクリとルールーが甘噛みしたぞ。
「うひょひょひょ! ほんにルールーはかわいいの~」
魔王様に謁見の為に僕とパパンとタルタリムト導師は、王の間に来ている。ルールーもだ。
「魔王様。タルタリムト導師に教会への捜査の権限を与えるように、ウッドムト最高導師への口ぞえをお願い出来ませぬでしょうか」
「しかしの~ジョージ。教会の大部分が王国の中にあるとは言え、独立した組織。口を出すのはの~」
「これは口外して居りませぬが、今回の事件……いや前魔王様御夫婦の殺害にも使われた恐ろしい魔法は、『神の子』しか使えぬ類の魔法であると言うのが、王都大学の図書館で大量の本を読み、得た知見であるとアレックが申します。『神の子』は教会の領分。魔王様がもしその気さえあれば命令する事も出来るのではありませんか?」
ルールーを撫でていた魔王様は手を止めて真剣な顔になる。
「教会と王国の誓約の事を言っているのか? あれは王国存亡の危機に瀕した場合の事だぞ。その時は教会は魔王の指示に従うという誓約だぞ」
「まさに。前魔王様は、魔王様で在られる時に殺されたのですぞ。王国存亡の危機と言っても良いのでは?」
「……解かった。ウッドムト最高導師に口ぞえしてみよう。断るようなら、誓約に基づいて命令する」
「あれがとうございます」
パパンの説得は成功したようだ。
「……『神の子』が関わっている事はナイデンには言って居らぬのか」
「はっ。はっきりせぬ内は儂達だけで調べてからと……」
「のうジョージ。この事件には儂の重臣が関わっているのか?」
パパンは黙る。
「そうか。もし疑っている者がおっても、儂に名前を言うな。証拠が出た時に報告せよ」
「ははっ」
魔王様は寂しそうだった。信じる者の誰かが裏切っているのは辛い事だろう。
−−−−
僕とタルタリムト導師は聖堂に赴いてウッドムト最高導師に会っている。
「久しゅうございます、ウッドムト最高導師」
「暫くですな、タルタリムト導師」
二人は僕が『神の子』から降りる時に対立して、それ以来会っていないはずだ。最終的にママンやパパンに説得された魔王様が、僕とダレナの結婚を認めるようにウッドムト最高導師に掛け合って、僕は『神の子』から降りる事が出来た。しかしその為にウッドムト最高導師の顔を立てる必要上、僕とダレナの結婚式には魔王様を始め王国の重臣達は誰一人参加していないそうなのだ。
「おうこれはこれは、勇者チート様ですかな。私の祝福は利きましたようですな」
「はい、先日はありがとうございました。祝福のお陰で、僕達への暗殺を未遂に終わらせることが出来ました」
ウッドムト最高導師の眉がつり上がる。皮肉と感じているようだ。その通り皮肉だ。
「で、タルタリムト導師。魔王様に誓約を仄めかさせる手まで使わせて、何を調べたいのですかな」
「はっ。ウッドムト最高導師の協力に感謝致します。『神の子』について調べたいのです」
「『神の子』? チート様達への攻撃についての調査では無いのですかな。教会が抱える魔法の達者な者達への調査と違うのですか?」
「いえ、教会が把握している『神の子』についてお教え願いたいのです」
僕はじっとウッドムト最高導師の表情を見ている。
「そうですか……。現在王国には『神の子』が五人います。全て女の子ですな。以前はもう一人男の子が居たのですがな」
ウッドムト最高導師は僕をチラリとみる。
「マナを自然と操れるような、神の恩寵を持った『神の子』は、以前居った男の子くらいでしてな、後の女の子達は、神の恩寵は持っていませんな。いや、マナが多く集まってくるという子が一人居りましたかな……。それにしても神の恩寵を与えたもうた神の御心にそむいて『神の子』から降りるなど……今思い出しても……ぬぬぬ!」
う~ん。よっぽど恨まれているな。
僕とタルタリムト導師は顔を見合って、ため息を吐く。
ただ、ウッドムト最高導師がメイデン宰相と繋がっている事はなさそうだ。心を読んで確信が持てた。
「そのマナが多く集まってくるという『神の子』の事をお教え下さい」
僕が『神の子』から降りた事に、怒りが蘇りつつあるウッドムト最高導師に聞く。
「……んっ。あ、ああ、あれは確かレイナでしたかな。王国東部教会のレイナですな」
それが聞ければ十分なので、僕とタルタリムト導師はすぐに聖堂をおいとました。
ウッドムト最高導師は僕の顔を見ていると『神の子』を降りた時の事が思い出されて腹が立って来るようだ。それだけ僕の能力を教会の為に役立てて欲しかったのかもしれない。
でもねえ、去勢されてしまう所だったんだよな。
ダレナの事を考える。あ~よかった。今更ながら、家族やタルタリムト導師、魔王様にも感謝だな。
−−−−
王国東部教会へレイナという女の子に会う為に向かっている。
女の子が相手という事で、ダレナを連れて行こうと思ったら、姉ちゃとジュリアも一緒に付いて来た。
姉ちゃを肩車して、両肩にジュリアとタルタリムト導師を乗せ、ダレナは右手で抱っこして走っている。
王国東部教会は王国直轄領の東端にある。メイデンさんやナイデン宰相の出身地であるフラーノ領の近くだ。
−−−−
王国東部教会に到着すると、すぐに教会を任されている導師にタルタリムト導師が話しを通す。教会の導師はジュリアを見て驚いているようだ。王女様は見知っているんだな。
「レイナという女の子は三十六歳の子で、三歳の時に教会に預けられたそうです。孤児だとの事。神の恩寵は、チート様ほどの物では無くて、ただ体に沢山のマナが纏えるという物だそうです。会いに行って見ましょう」
会いに行くと羊顔の美しい女性が居た。獣族の血が濃いようだ。
「こんにちは~。レイナちゃん。私はアリアっていうの。よろしくね~」
小さい時から『神の子』の扱いに慣れている姉ちゃがレイナに話しかける。扱いに慣れてる『神の子』って僕の事なんだけどね。
「こんにちは! ワタシ、レイナよ。こんにちは!」
言葉は話せるようだ。
表情を読む。あ~本当に天使のようだ。何と言うか……透明で純粋と言うのか、美しい心なんだ。
「レイナちゃんはマナを沢山集める事ができるの?」
「こんにちは! マナさん達を集めてほしいの?」
「うん、集めて見てくれるかしら」
「こんにちは! マナさん、こんにちは!」
マナの流れがレイナに向かっている。
「レイナ。皆さんにマナを躍らせて見せて上げなさい」
「は~い! 導師様~」
レイナが自然とマナに命じているのだろう。マナがレイナの周りを動いている。マナを感知できる者が見ると、まるでマナが踊っているようだ。
「レイナは、このような事ができるのです。ただ、何かの役に立つような事では無いのですがね」
この導師は大した事じゃないように言う。みんなの顔を見ると、やはり大した事では無いと思っているようだ。ただ、ジュリアだけは違う。
「レイナちゃん。私はジュリアよ。どうやってマナを動かしてるの?」
「こんにちは! マナさんに踊ってってお願いしてるの~」
ジュリアは僕と同じ違和感を持っているようだ。この世界以外の記憶がある僕らだけが持つのかもしれない違和感。
マナとは何なのだ?
マナと意思の疎通が出来る物なのか?
レイナの心を読むと、確かにマナに踊ってと頼んでいる。
「レイナちゃん、マナさんに他にお願いできる事があるの?」
「マナさんに変わってもらえるよ!」
「レイナが言ってる事は良く解からんのですが、集まったマナを感じさせなくしたり、また戻したり出来るんですよ」
導師が説明する。
「レイナちゃん。マナさんに変わってもらえるかな」
ジュリアが頼む。
「マナさん変わって!」
レイナが纏っていたマナが無くなった。
「マナさん変わって!」
んっ。竜のマナだ! どう言う事だ!?
「マナさん変わって!」
またマナが無くなった……違う。マナが変化しているのだ。竜のマナは感じ取れた。僕の知らないマナに変化しているのだ。
「マナさん変わって!」
「ありがとう。もういいわよ。元のマナさんに戻して」
「マナさん変わって!」
レイナが纏っていたマナがまた感じられるようになった。
すごい能力だ。竜のマナを感じられない人では解からなかった能力かもしれない。竜のマナの探知の魔法を掛けなければマナが竜のマナに変化した事を見つけられなかったはずだ。
「レイナちゃんは、王都に行った事はありますか?」
僕は教会の導師に聞いてみた。
「ええ、何回か……この前のブリア様の婚礼の時に参りましたし、それ以前にかなり昔に行きましたな……」
「前魔王様御夫婦が亡くなった頃ではありませんか」
「おう、そう、その頃でした。その時も、この前も王都で魔法の為にレイナが必要とかで。マナを集めるような事で何かのお役に立てるのですかな」
「レイナちゃん、王都に行って何をしたか覚えている?」
僕は聞いてみる。
「こんにちは! おじちゃんと黒いマナさんを作って遊んだの。黒いマナさんは、他のマナさんも黒いマナさんにしちゃうのよ!」
「ずっと前に王都へ行った時もそうなの?」
「うん、そうよ。おじちゃんは黒いマナさんを鳥さんに食べさせたのよ」
ナイデン宰相の屋敷に招かれた時、鳥の料理が出た。
「レイナはこんな事ばかり言うのですよ。王都に呼ばれて役に立った物なのか……」
「レイナちゃん、そのおじちゃんの名前は解かる?」
姉ちゃが聞く。姉ちゃもレイナが暗殺の道具にされたのが解かったようだ。
「おじちゃんよ!」
「レイナちゃん、そのおじちゃんをもう一度見たら解かる?」
「う~ん、このおじちゃんと同じ顔!」
タルタリムト導師を指差す。……そんな訳がない。タルタリムト導師とナイデン宰相は似ても似つかない。レイナは以前の僕のように人の顔を覚えられないのだ。
「チート様、この子は証拠に成りませんぞ。しかし、このまま、この地に居ると襲われるかも知れませんな」
タルタリムト導師が言う。もっともだ。
「レイナちゃんを王都まで連れていきます」
ジュリアが命ずる。
「え、ええ。レイナが何か巻き込まれている事でもあるのでしょうか?」
教会の導師が心配している。良い人のようだな。
「大丈夫。王都で少し遊ぶとでも思って、私にまかせておきなさい。おーほっほっほっほっほ!!」
「レイナちゃん、王都へ行くわよ」
「黒いマナさんを作って遊ぶの?」
「いえ、それはしないで遊びましょうね」
−−−−
王都への帰りは、姉ちゃを肩車して、両肩にジュリアとタルタリムト導師を乗せ、ダレナは右手で抱っこして、左手ではレイナを抱っこして走っている。
レイナは僕の疾走に怖がりもせず喜んでいた。




