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ナイトキラー  作者: 高菜あやめ
第六部
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(12) 約束

「ただいまー」

 部屋に戻るなり誰に言うでもなく声を上げると、寝室へ直行してベッドにダイブした。

「姫様、せめてお着替え済ませてくださいませ」

「んー……ヨリ、今日は疲れたよ」

 心配そうにしつつも、私の言動に苦笑を漏らすヨリは、ベッドで腹這いになったままの私からテキパキと上着を剥ぎ取ってくれた。

「今日は早朝からずっと、休みなくご公務が詰まってましたものね」

「五つだよ、五つ。過去最高記録だなあ」

 元々の予定では三つだったんだけど、レオノーラ姫が季節性の風邪を引いて寝込んだ為、代理公務が二つ追加されてしまったのだ。まあ、この辺りはお互い様で、協力し合うものだから仕方ない。それでも疲れたものは疲れた。

「ほら姫様、起きてくださいまし」

「うーん、もうちょっとだけ……」

 困らせてるのは分かるけど、あと五分、いや十分だけ寝かせて欲しい。

「……姫様、起きてください」

 耳元で囁かれた低音ボイスに、私は文字通り飛び起きた。

「びっ……くり、した。ディルク、もう帰ったんじゃなかったの!?」

「こんな事だろうと思って、引き返して参りました……ヨリ、後は私に任せて下がって構わない」

「かしこまりました」

「明日は予定より三十分遅く、姫様をお起こしするように。お支度を手伝う侍女がもう一名いるな……早番の侍女の中から見繕って、帰る前に声を掛けておいてくれ」

「ならばリリーに頼んでおきますわ。何度か姫様のお支度を手伝ってもらったことがございますから」

「ああ、頼む」

 最近、私はおかしい。こんな風にディルクがヨリたちに指示を出している姿を、これまで幾度となく見てきたわけだけど。

(……なんで、こんな気持ちになるんだろ?)

 チーム内の仲が良い事は、ありがたい。お互い協力し合って、みんなで公務を成功させるのだから、阿吽(あうん)の呼吸も大切だ。でも……ディルクが専属騎士に復帰してから、彼らのやり取りを目にする度になんだかモヤモヤしてしまう。

「姫様、さあお着替えを」

「……ディルクがいて、できるわけないじゃん」

「では、隣の部屋でお待ちしております」

 そう言ってディルクは寝室を出て行った。部屋に一人残されて、ようやく息がつくことができる。ヨリたちに手伝ってもらった方が早いかもしれないけど、そうすると彼らの帰りが遅くなってしまう。もう皆、休んだ方がいいもの……私も含めて、だけど。だからこのまま寝ちゃいたいんだけど、そうはいかない公務用ドレスを着ているからなあ。

(仕方ない、着替えるか……)

 私が着替え終わらないと、ディルクが帰れない。うまい説得方法だよな、と半分感心しながらノロノロ部屋着に着替えると、ガウンを羽織って客間から顔を出した。

「着替えたから、もう帰っていいよ」

「湯浴みはいかがされますか」

「眠いから、明日にする」

「承知しました、ではゆっくりお休みください。明日は八時半にお迎えに上がります」

 明日はたしか三十分遅めに起きていいんだよな。午前中に公務がひとつあるだけで、午後は休みだからちょっとうれしい。

「ディルクは明日の午後どうするの」

「そうですね、姫様が外出なさるならお供いたします」

 つまり、これと言った仕事の予定は無いのね。

「じゃあお供とか言わないで、一緒に遊びに行こうよ。久しぶりに城下町へ行ってみたい」

 ディルクは特に反論せず、少し考える素振りを見せる。

「では時計塔はいかがですか。たしか行ってみたいと、ヨリたちに話されていたでしょう」






 時計塔の天辺(てっぺん)へ向かって、何十段の階段をようやく上り切ると、ご褒美のような景色が広がっていた。

(風、強っ……!)

 扉を開けた途端、突風にあおられて危うく転倒しそうになったところを、難なくディルクに支えられた。

「ありがと……」

「もう少し、こちらへお寄りください」

 そう言って引き寄せられると、体が密着するようで恥ずかしい。だって高い柵が張り巡らされた展望台には、見張らしき兵士の姿がポツポツと見えるから……まあ、誰も気にしてないと思うけど。

 ディルクと私が姿を表すと、皆さんにこやかに挨拶をしてくれた。驚いてない様子から、きっと私がここへやってくるのを、あらかじめ知らされていたに違いない。

「ここからだと、景色がよく見えますよ」

 ディルクに導かれて柵の端まで移動すると、そこから城下町一帯がよく見渡せた。頭上に広がる青空が、地平線まで扇状に広がっている。その真下には赤やオレンジ色の屋根が行儀よく連なっていて、街道には多くの人が歩いているのが見えた。

「すごいね……皆ちっちゃい! それに比べて、空は大きくて広いなあ……向こうの山まで見えるよ」

 間違いなく人気の観光スポットになりそうな景色だけど、残念ながら防衛の意味もあって一般公開はできないそうだ。

「寒くないですか」

「ううん、別に平気……」

 ディルクの両手が背後から伸びて、柵を握った。まるで私を囲い込むような体勢に、なんだか落ち着かない気持ちになる。

(いやでも、馬に相乗りしたら、普通にこのくらいの距離だし!)

 そう自分に言い聞かせても、ここは馬上じゃなくて時計塔の上だから、まったく状況が違う。さらに付け加えるなら、今やただの専属騎士ではなく婚約者でもあるのだから。

(婚約かあ……)

 ディルクとお見合いした後で初めて知ったんだけど、婚約者が決まらない限りずっとお見合いを続けなきゃならないらしい。

 これから夏へ向かって、公務は忙しさを増す一方、お見合いも定期的にやらなきゃならないのは正直キツい。困ったなあ、とぼやくと、傍に居た騎士様がクスリと笑って意表を突く提案をしてきた。

「ですから、姫様は私と婚約してしまえばいいのです」

 およそロマンティックからほど遠いプロポーズ?に、うちの騎士様らしいなあと妙に納得してしまった。後からヨリに教えると、ものすごく不本意な表情を浮かべながらも、やっぱり納得していた。私たちは伊達に長い付き合いじゃないのだ。

(でも婚約の先って、本当にあるのかなあ)

 ディルクの気持ちは、ちゃんと伝わってくる。専属騎士としてとか、仕事としてとか、そういった義務感だけじゃなくて、ちゃんと気持ちを込めて大事にされているのも分かる。きっと、これ以上望んだらバチが当たる。

「姫様、何か悩み事でもございますか」

「へっ……?」

「近頃、今のような憂いた表情をよくされる……ため息も増えました」

 顔を上げると、頭一つ分高い騎士様の心配そうな顔が見下ろしている。こんな逃げ場の無い場所とタイミングで、こんな表情を浮かべて聞かれたら、本音を言いたくない私は困ってしまう。

「別に、大した事は無いよ」

「大した事はございます。姫様の事ですから」

 柵を掴んでいる大きな手に、ギュッと力が入ったのが見えた。

「私には、お話できない事でしょうか……」

「いや、そのう」

 風に吹かれたディルクの金色の髪が、冷たくなった頬をサラリと撫でた。首元に顔を埋められ、背中から伸びた両手が柵から手を離れて、私の体の前にフワリと回された。

「私は、ただ……姫様のお力になりたいのです」

 声のトーンが異様に暗い。まさか、こんな深刻になるなんて思わなかった。誤解を解かなければと、慌てて口を開く。

「違うんだって、ただちょっと、私がすねてただけだから!」

「……すねて……何に、とうかがっても?」

「えーと……」

 両腕に力を込められてギュッと抱きしめられると、もう観念するしかなかった。

「ただちょっと、ヨリたちが……うらやましかっただけ、です……」

「ヨリたちが?」

 困惑気味の声に、私はきまり悪くなってしまう。実にくだらない事だから、口にするのも恥ずかしい。

「ディルクがヨリたちに、その、気軽に話してるって言うか、仲良さそうでいいなあって」

「……」

「ほらだって、私に対しては敬語だからさ。なんていうか、距離感じるっていうか……よそよそしい、というか」

「つまり……」

「そう、つまり、しょうもない事でモヤモヤしてただけ! ヨリたちも、もちろんディルクも悪くないよ」

「いえ、私が悪い」

 ゆらりと影が動いて、ディルクが顔を上げた。その憂いを帯びた表情に、焦った私の心臓が大きく跳ねた。

「あなたを不安にさせてしまった……これでは婚約者として失格ですね」

「え、あ、いやその」

 伏し目がちな瞳には長い金色のまつ毛が縁どり、風に乱された一筋の金糸のような髪が高い鼻梁にかかってる。こんなディルクは知らないし、あまり想像したこともなかったから、何というか心臓に悪い。

「そ、そんな婚約者としてとか、大げさな……」

「まさか婚約を破棄されたいなどとは」

「言ってない、言ってない! それは無いから!」

「無いのですか」

 顔がぐっと寄せられて、私の視線はついつい泳いでしまう。それが相手を不安にさせていると分かっていても、直視できそうにないくらい……綺麗で、ちょっと迫力があり過ぎる。

「ないない、絶対無い! ありえないから!」

「ありえない……つまり、その先もあると?」

 ん?

「ようやく決心してくださったのですね」

 何の話だ? 視線を戻すと、真っ直ぐに向けられた視線とまともにぶつかった。

(ま、まさか……)

 ディルクの顔に喜色が浮かんだと思ったら、影がぐんぐんと近づいてくる。うわっと思った時には唇に柔らかい感触があった。

「私だけの、姫様……」

 すごい台詞を囁かれながら何度も繰り返しキスをされる。まさかの展開に驚きがすごいけど、それ以上に……うれしかった。

「あの、結婚したら敬語をやめてくれる?」

「夫婦二人きりの時ならば、考えましょう」

 そう囁いた騎士様の緩んだ口元に、私は約束だからね、と勇気を出して自ら唇を寄せたのだった。






(おわり)

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