叔父への頼み
「で、何用だ」
賑やかな食事が始まってしばらくして、唐突にかけられた言葉に三藤は、慌てて口の中の魚を飲み込んだ。空気も一緒に飲み込んでしまい、喉が変に痛くなる。
茶を飲んで痛みを紛らわせている間にも、隣からの声は続く。
「いつもなら、お前は義姉者達の近くに座って、ちび共に飯を食わせる手伝いをしているだろう。わざわざ俺の隣を選んだからには、何か話したいことがあるのか。話せ」
「……うぃ、世二郎叔父上」
鋭い眼光でじろりと横目で睨まれ、三藤は小さく頷いた。
世二郎の赤みがかった長い黒髪は世一郎と違い真っすぐで、後頭部で一つに結っている。体躯は世一郎よりも細いものの、着物から見える腕には、武人特有の筋肉がしっかりとついていた。
早く話せ、と黒い瞳が三藤をせっついた。
家族水入らずの和気藹々とした夕食中であっても、世二郎はよく砥がれた刀のような雰囲気を醸し出していた。しかし他者を近づけまいという類のものではなく、その証拠に世一郎の側室と先ほどまで話が弾んでいた。
「まあ、はい。……でも叔父上は、忙しいじゃないですか」
頭をかきながらそう続ける。
世二郎は、世一郎の異母弟だ。落とし胤である義兄と違い、先代と正室の間に生まれた正式な子だが、「兄者は阿呆だからな。近くに叱咤する者がおらんと」と跡目争いから自ら降り、今は赤津軍の大将軍の座にいる。
赤津軍の主力たる騎馬、飛物、槍、歩の四綱合わせておよそ三万、これ全てを統括しており、日々忙しない。赤津国内の各地に出向いているから、日中に姿を見る事は稀で、食事の時くらいしか顔を合わせて話をする暇が無いのだ。
「まあ、だから今しかないと思って」
世二郎は片眉を軽く上げた。義兄に似た精悍な顔に、呆れの色がじわりと浮かぶ。
「兄者とは別の意味で阿呆だなお前は。俺は兄者とは違い、仕事が早い。甥と会う時間などいくらでも取れるのだから、童が余計な気遣いをするな」
「童って……俺今年で二十なんですが」
「そうか、俺は四十だ。二十も年下は童で十分」
きっぱり切り捨てられた。
「……じゃあもう、子どもでいいですけど……」
実は、と口を開こうとするその前に。「あぁーっ!」と大声が上がった。
「おじ様、それはなんですか!?」
目敏さにかけては一番の妹が、向かいの卓から世二郎を指さしている。指の先を思わず三藤が辿ると、世二郎の刺身皿の隣に見覚えのある青があった。
「……海ぜりぃ?」
精巧な海中の風景を閉じ込めた海ぜりぃが六つ。まるで主役は自分達なのだというように、三角形に積み上げられていた。世二郎の前だけに。
無言で世二郎が手を伸ばし、海ぜりぃを自分の膝の上に引き寄せる。幼い子どもが、好物を取られまいとするかのように腕全体で隠すのを見て、妹が頬を大きく膨らませた。
「ずるいわ! おじ様、また自分だけおかしを用意するなんて! わたくし達にもちょうだい!」
他の弟妹達も、そうだそうだと座卓を叩く。
「やらん」
不服の声が座敷を揺らした。世二郎は騒ぐ甥姪達を、顔色一つ変えずに睥睨し黙らせる。
「いいか。これは俺が使いに買わせたものであり、金を出したのは俺だ。己で金を出して買ったものを、なぜお前達にやらねばならんのだ。欲しければ自分で買え」
使い、という単語に三藤は首をかしげる。海ぜりぃの中には、鯨、蟹、珊瑚、海月、海蛇、鮫。それ全部に見覚えがあった。
「俺のぜりぃに指一本でも触れてみろ、一本残さずへし折るぞ」
「……俺が買った奴、だよな?」
甥姪相手に大人げなく恫喝する世二郎を横目に、小さく呟く。
海ぜりぃの中身は、全部で十種類あった。折角なら全部違う方が楽しかろうと、別々のものを選んだのだ。一つ二つ被るならともかく、六つとも同じなのは流石に偶然ではないだろう。
ならば、世二郎の言う「使い」とはギグのことだろうか。確かにギグは、誰かに頼まれたと言っていた。もしそうだとしたら、ギグと世二郎には繋がりがある。しかしそんな話は、両者から聞いた覚えが無い。
「叔父上のとこには、甘味専用の使いとかいそうだし、そういうのか……?」
毅然を絵に描いたような叔父であるが、甘味が絡むと阿呆になる。気に入りの店で新作が出たとなれば、仕事を全てほっぽりだし前日から店頭に並び、新しい甘味処が出来たと聞けば一番に入るような男なのだ。そんな存在がいてもおかしくない。
ギグは祓い屋として評判が高く、赤津国のあちこちに出かける。その評判を耳にした世二郎が、目を付けて依頼したのかもしれない。
そう考える三藤を余所に、世一郎が眉を吊り上げていた。いつの間にか、叔父対甥姪の喧嘩が兄弟喧嘩に変わっている。
「世二郎! 子どもらに渡す気が無いなら、自分の部屋で食えい!」
「嫌だ。俺が何をどこで食おうが俺の勝手だ。兄者に指図される謂れなぞない」
「儂の子らがみーんな泣いとるんぞ!? 可哀想とは思わんのか!」
「思わん」
また不服の声が座敷を揺らした。母に泣きついて、あれが欲しい食べたいとねだる妹もいる。後で買ってきてやろう。
暁一が注意しようとしたのか開こうとした口に、桂二が刺身を突っ込んで黙らせている。流石けい兄。素晴らしい。ここで暁一が参戦したら面倒だった。
「時に兄者、緋和義姉者に何を横流ししとるのだ。それでよく童らに『嫌いなものも残さず食べるのだぞ』と言えたものだな」
さっきまで子どものように海ぜりぃを見せびらかしていた男が、何を言うのか。
思わず胡乱な目で見つめるが、世二郎は三藤の視線をすっぱり黙殺している。
「いやだって、甘醤油の味の中にほんのり香る人参の青臭さがどうにも無理なんぞ!」
「ほーう。己が不味いと思うものをわざわざ渡すのか。毎日一度は愛しいと義姉者に宣う癖に。ほーう」
「あーあー、うるさいのう、お前は! もー、ほんっとうに儂の弟は可愛くない!」
「ほう。本当に?」
くり、と世二郎が首をかしげる。世一郎が突っ伏した。
「小憎らし可愛いぃ……!」
父と叔父の喧嘩という名のじゃれ合いはいつものことで、父が負けるのもいつものこと。国主と大将軍が子どものようにじゃれ合うのも、あまり見られない光景だろう。
三藤がお櫃からお代わりをよそっていると、緋和が「いい加減にしなさい、二人共」と眉を吊り上げてじゃれ合いを強制終了させた。
ちなみにご飯とすまし汁はおかわりができるよう、大きな櫃と鍋が上座に置かれている。おかわりは自分達で盛るのが決まりだ。これもまた、他国では見られないものである。
「で、話したいこととは一体なんだ、三藤」
「切り替え早ぇー……」
さっきまで大人げなかったのに、と思わず呟くと、鼻を鳴らされた。
「あれらは、兄者や義姉者達が甘やかしておるからな。……他人を蹴落とせとまでは言わんが、多少なりとも闘争心というものは持ってもらわんと、今の世は渡っていけん」
だから俺が鞭役を買っているのだ、と騒ぐ弟妹達に聞こえないよう、小声で世二郎は言う。
三藤は、聞き返した。
「本気で自慢したい気持ちと、叔父心の比率ってどんくらいですか」
「爪の先程度だな」
「そっすか」
爪の先程度しかないのは、叔父心の方だろう。
しかし、これ以上突っ込んでも良い事は無いので、三藤は本題に入る事にした。
政に関する話や重大案件を、食事の場に持ち込む事は家訓で禁止されているので、気づかれないようひそひそと小声で説明する。
「ほう、青髪の西人の子どもか。……ここ数年、西人は流れてきていないから、西の間は閉めている。保護印は無かったのなら、お前の言うように別の国から来たか、あるいはここに流れてから生まれた子か」
「ああ、その可能性もありましたね」
「俺の知る限り、青髪に赤紫の瞳の西人は記録に無いな。漁れば出てくるかもしれんが」
「記録を探すくらいは俺がやりますよ」
三藤は片手を挙げた。元々は自分が持ち込んだ件だ。
「あー、んで、その子が……」
かくかくしかじかと説明していると、奇声が上がった。向かいの座卓で、一番年下の弟が味噌汁に手を突っ込み、笑っている。
「当たり屋相手に幟をな。成程、己の腕力では大した痛痒を与える事ができんからと、武器を使おうとするのは良い手だな。己で使えるものを探し、即座に選ぶというのも、その年の童にしては中々できるものではない」
「ですよね」
弟が甲高い声できゃあきゃあ喚きながら箸を持って走り出そうとし、義母に止められた。正座させられて叱られているが、意味をよく理解していないようで、首をきょとんとかしげている。……昼間に会ったヴィリスも、大体あのくらいの年だった。やはり、あの賢さは異常だ。
「んでまあ、礼代わりなんですかね。そのちびの兄貴に、これ渡されたんですよ」
「ふむ。その子どもの世話にかかった分を払ったにしては、釣りが多いな」
「ね。この辺の相場が分からなくて渡したっていう可能性もありますけど、そんな風にも見えなかったんですよね」
「確かに少し引っかかるな。分かった、この件は俺が預かろう。それを寄越せ」
「はい」
すっかり自分の体温が移り、温くなった帯留めを渡す。世二郎はそれを無造作に懐に突っ込み、食事に戻った。
叔父に無事この件を預けることができて、ほっと三藤も胸を撫で下ろす。世二郎は忍組の統括もしている。すぐに忍を動かして調べてくれるだろう。自分で調べようとは、ハナから思っていない。三藤は忍ではない。できないことを無理にやるなと、父や叔父からも口酸っぱく言われている。
己の手に余ることを抱え込んだ結果、家族を危険に晒すのは馬鹿のやる事だ。それで真っ先に巻き込まれるのは三藤ではなく、力の無い母や義母、弟妹達なのだから。
「ま、町歩きも良いがあんまり変な事に首を突っ込まんようにな、三藤」
自分と世二郎の会話をどこから聞いていたものか、世一郎が口を挟んできた。
「へいへい」
片手をひらりと振り、おざなりに答える。親の心配というのはありがた半分、鬱陶しさ半分だ。
それを見た長兄が、またまた眉を吊り上げたので、「わぁーってるよ、んな睨むなよ!」と三藤は怒鳴った。




