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ポーターの可能性〈2〉

「クオウさん! 朝ご飯ができたみたいなのですよ!」

「ん……早いな……」

「すっかり太陽も登ってますよ? だらしない生活態度は良くないのです」


 リルに起こされて目を覚ます。

 錆びついた歯車みたいにぎこちなく、僕の頭が回り始めた。


「いやあ……どうせ早起きしても転移門やってないしさ……」


 ベッドからぐにゃぐにゃ降りて、普段通りベッドサイドのコーヒーサーバーに手を伸ばそうとする。

 が、そこには何もない。それはそうだ。

 もう僕は自分の部屋から追い出されたんだから。


「あの……コーヒーってあるかな」

「ないと思うのです」

「そっか……」


 眠たい眼をこすりながら、ドタドタ進むリルについていく。

 ここは〈エイプリル〉のクランハウスらしいが、どう見てもただの民家だ。

 どこも綺麗に整頓されているが、調度品は最低限。

 まるで人間の住んだ形跡そのものがないようにも思える家だ。まるで売家だな。

 質素に暮らす元シスターの家、と考えれば不思議でもないか?


「おっと、起きてきましたか。おはようございます」

「はい……どうも……」


 にょろっとだらしない動きで、食卓の席につく。

 用意された皿には、白い食パンと潰された芋。


「おおー、豪華なのです!」


 この街にしてはシンプルな朝食だけれど、リルは感激した様子でそう言った。


「ん。リル、この街には来たばかりなのか?」

「はい!」

「なるほど」


 木のスプーンで芋をすくい、口に運ぶ。

 やたらめったら甘い上に、乳製品のなりそこないみたいな味がする。

 何かしらバターの代用品を使っているようだ。この街は畜産あんまやってないしな。


「あっ! 行儀が悪いのですよ、クオウさん! 食前の祈りもなしに!」

「ああ……そういうのもあったっけね……」


 冒険者やってると、行儀なんか気にしてる余裕はなくなるからなあ。


「では、祈りましょうか、皆さん」


 元シスターのサリーが目を閉じて、両手を組み祈る。

 リルはだいぶ違う形で祈った。宗教が違う。

 出身地の違いだ。迷宮都市では珍しくない。


 二人が祈っている間に、食パンをかじった。

 こっちも甘い。


「あっまい! 芋が甘い! あっ、パンも甘い! なぜなのですか!?」


 リルが顔をほころばせた。

 この娘も、僕と同じく貧乏な田舎から出てきた類かな。


「養液栽培だからね」

「ヨウエキ?」

「魔法養液。リル、この街に入ってきたとき、周辺の景色を見て違和感がなかった?」

「え……っと、荒野にぽつんとすっごい街あって……大きかったです」


 確かにサイズは印象に残るだろう。

 迷宮都市エルフィンゲートはとんでもない大都市だ。背の高い建物も多い。

 作られてから五十年も経たないのに、もうとっくに人口百万人を越えてるらしい。

 発展が急速すぎて、誰にも正確なところは分からないらしいけど。


「リル、街の外に農地は見えた?」

「え? ……あっ! そういえば、ずっと荒野で畑がありませんでした!」

「そう。この街は普通の農業をやってないんだ。事情は色々あるけど、何より迷宮から魔石を取り放題なのが大きくてさ。畑よりも効率よく育てる方法があるんだ」

「それがヨウエキなのですか?」

「その通り。各種の養分と豊富な魔力を溶かした養液の上で、土を使わずに育てるのが養液栽培。この養液に細工をしてやると、こういう甘い味が付くらしいよ」


 単純に育つのが早いし、立体的な工場を作ることもできる。

 人間が多すぎるうえ、荒れ地に囲まれていて農地のない迷宮都市〈エルフィンゲート〉においては最適な栽培方法だ。


「はぁー、最高ですねえ迷宮都市! あっまい! おいしい! ああっ、パンに芋を乗せると二倍あまい! 二倍おいしい!」


 苦笑いしながら、芋をまとめて口に放り込む。甘すぎて嫌になる味だ。

 子供の時は甘い物なんて食べれなかったし、僕も最初は感激してたけれど。

 ずっと食べてるとウンザリしてくるよな。甘くない奴のほうがいい。


「それでサリーさん。今夜の予定は?」

「南門から、危険度の低い迷宮に向かう予定よ」

「具体的には」

「危険度F、獣型魔獣の出る森林世界ね。もう攻略済みで、奥に宝はないわ。迷宮が崩壊するのは推定で日付を回るころ。使う転移門は〈南門〉で、時間は夜の八時ね」


 攻略済みか。迷宮の奥に必ずある宝がもう取られてるんなら、人は少ない。

 単に宝の魅力がないっていうだけじゃない。

 宝が取られてしばらく経てば、その迷宮は消えてなくなる。

 消失時に迷宮の中に居ると、もちろん装備は全ロストだ。

 中で死んだ時と同じく、帰還用の場所に裸で放り出される羽目になる。

 危険だけ増えて旨味は減るから、攻略済みの迷宮へ潜ろうとする人は少ない。


「人の少ない場所を選んで、リルを鍛えるわけ?」

「……そんなところよ」

「魔剣の実戦テストなのです」

「なるほど」


 僕は朝食の残りを腹に入れた。

 ……他の二人はまだ半分以上も残ってる。

 じっくり食べたつもりだけど、冒険者じゃない世間一般的には早食いか。


「夜までに何か予定は?」


 みんなが食事を終えたころ、僕は尋ねた。


「特にありませんわ」

「なら、ちょっと買い物に出てきます。いくらかポーションを揃えておきますよ」

「……いえ、そこまでしていただくわけには」

「いやあ、ストックしておいて損はありませんからね」

「ですが……」

「それに、転移門の費用のほうがずっと高いですよ?」


 人工的に作れる最下級のポーションなら一瓶で数千イェンぐらいだ。

 瓶を持参すれば千イェン以下で売ってくれる安売り店もある。

 それに、僕が使うポーションは効果時間の短すぎるものが多い。

 五秒だとか十秒だとかの代物を使うのは僕ぐらいだ。ジャンク扱いで相当安い。

 僕は投げて使う〈スプラッシュ・ポーション〉がメインだから、うまく飛散して効果が出るようになってる瓶を大量に割り捨てる必要があるけど、大した費用でもない。


 一方、転移費用の方はというと。

 リルみたいな初心者なら、いろいろ優遇措置が入るから……まあ、迷宮ギルドに一回数万イェンぐらい払えば済むかな。

 多少の実力があれば元は取れるけれど、実力不足だと平日にバイトにしては休日ごとに赤字を出すことになる。そういう冒険者見習いは迷宮都市にゴロゴロいる。


 僕は高危険度の迷宮を攻略した実績もあって割引皆無なので、一回使うだけで数十万イェンだ。そりゃ、転移門が凄い技術なのは分かるけど。

 にしたってボッタクリ価格だ。迷宮ギルドめ。


「そこをこちらで負担しているんだから、今更です」

「そ、それもそうね……」


 うふふ、と笑ってごまかしながら、サリーさんが食卓から皿を下げた。


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