エピローグ
迷宮都市を舞台にした戦争は終わり、後始末も滑らかに進んでいった。
あらかじめ決まっていたかのようにゲインズ商会の残骸が切り取られていく。
数日もしないうちに、迷宮都市は元の平穏を取り戻した。
……僕は大手のメディアから”英雄”として祭り上げられている。
悪のゲインズ商会に立ち向かった、正義の男として。
だが、他の場所では盛んに陰口を叩かれている。”五海商会の犬”だとか。
実力のないお荷物のくせに……だとか。
どこまでいっても、結局はそういうものだ。
「読むんじゃなかった」
三文雑誌を投げ捨てて、病室の窓から外を眺める。
……あまりに暇すぎて、僕はまた三文雑誌を手にとった。
少なくとも、暇は潰れる。
「おう、調子はどうだ?」
病室にうさみみのおっさんが現れた。
五海商会の商館長、フージェンことウィレムだ。
「今すぐ迷宮に潜りたい気分だね」
「落ち着けよ、おい。魔力回路がぐちゃぐちゃになってたんだぞ? 精密検査の結果が出るまでは、うちの病院でゆっくりしとけ……」
「お前と違って僕はのんびりしてないんだよ、フージェン。のんびり遅れてくるのは〈ランドシップ〉だけで十分」
「う……」
結局、フージェンの乗った〈ランドシップ〉が戻ってきたのは決着がついた後だった。
おかげで僕たちは大変な苦労を強いられたんだ。
せめて、もっと分散された指揮と連絡の系統があれば、北東の主力と連携して楽に戦えていた。
あだ名の乞食で呼び捨てて嫌味を言う権利ぐらい、ある。
「……それより報酬の話だがよ、決まったか?」
「みんなに相談して決めたよ」
この件で報酬は一切受け取らないつもりでいた。
……のだけど、パーティの皆に猛反対された。
当然だろう。僕たちが果たした役割の大きさを考えれば。
そもそも僕たちには金がない。今回の戦争でまた資産がマイナスに突入した。
「僕たちが五海商会に”貸し”を作れる範囲内での報酬なら、受け取る」
大勢力に関わるのは危険だ。飲み込まれる。
けれどさすがに、恩を作っておけば強引な手段には出にくいだろう。
「そうか」
フージェンは小切手を取り出した。
書かれている数字は1,0000,0000Y。
一億イェン。一人頭二千万イェン。
格安だ。強い冒険者パーティに命を張らせようと思ったら、この額では効かない。
これなら貸しの残る範囲だろう。
「受取人の名義は? 個人だと税金が高くなるぞ?」
「ああ……確かに。そろそろパーティを設立しないとなあ……」
「作ってなかったのかよ? なら、待ってやるとするか」
フージェンは立ち上がった。
「……今更だがよ、ありがとうな、クオウ。お前のおかげで助かった」
「別に、五海商会のために戦ったわけじゃない。自分のためだ」
「だとしても、色んな人が感謝してるはずだぜ。ゲインズ商会が居なくなって、この街の治安も少しはマシになったからよ」
「……だといいね」
フージェンが病室から消えた。
暇だ。仕方がないので、三文雑誌に目を通した。
キャッチーで性格の悪くて安っぽい記事が並んでいる。
……時間の無駄だ。また投げ捨てる。
「……ああ、そうそう、クオウ。忘れてたんだが」
うさみみのおっさんが戻ってきた。
「何?」
「ゲインズ商会の倉庫から、〈ミストチェイサー〉の資産らしきもんが出てきたんだ」
「資産っていうと?」
「大したものは残ってない。金になりそうな物はぜんぶ換金されちまった後でな。だが、私物っぽいのがまとめて片隅に転がされてたんだ」
フージェンの秘書が、木箱をベッドのそばに置いた。
「お前の荷物も残ってたぜ」
……中身を確認する。コーヒーセット。古い服。棚の切れ端。
使い古された装備の修理用品に、戦術学の専門書。
それと、ボロボロになった数冊の本。
夢幻迷宮奇譚。英雄アレックス物語。迷宮無職の下剋上。
どれも、迷宮都市で繰り広げられる英雄たちの物語だ。
”捨てるなよ。オレたちは、その夢のために生き残るんだ”
懐かしい声が、聞こえた気がした。
「……一人にしてほしい……」
「ああ」
思い出を抱きしめて、僕は少しだけ涙を流した。
- - -
工場と工場の隙間にある、暗渠の流れる小さな小道。
その半ばに隠された出入り口から地下へ降り、ベルを鳴らす。
「クオウさん!」
満面の笑顔で、リルが僕を出迎えた。
「体は大丈夫なのですか!?」
「絶好調だよ。今からだって迷宮に潜れる」
少し見ない間にリビングが更に改装されていた。
壁には飾り布が垂らされて、無骨だった内装は影も形もない。
むき出しだった歯車やシャフト類は透明な仕切り壁で保護されている。
「……また地下工房の改装だけで大金を使い切ったりしてないよね、マイザ?」
「ま、まさか」
マイザが目を逸らした。こいつ……。
「だいぶ使ったっちゃあ使ったけど、まだ残ってるって……」
「ならいいけど。さて、会議をはじめようか」
五人で集まって、円形のテーブルを囲む。
「で。パーティ名の件だけど」
「まだ決まってなかったのですか?」
「僕一人で決めないほうがいいと思って……」
「クオウちゃんが決めたほうがよくねえ?」
ブレーザーが、主にフェイナの方向へちらちらと目線を送っている。
「なに!? あたしの天才的ネーミングセンスに文句でもある!?」
「だってお前ペットの触手に”触手ちゃん”って名付けてんじゃん」
「いい名前でしょ!? 呼びたくなる名前だもん! 触手ちゃん!」
ペットの触手……?
……気にしないことにしよう。
「とりあえず、名前の案を全員に出してもらおうかと。まずリルから」
「え!? ぽ、ポーションズ」
「また!? 自分でもその名前は嫌だって言ってたのに!?」
「……だって、いきなり振られても思いつかないのです!」
「考えておいて、って言ったのに……。次、マイザ」
彼女は持参した紙を掲げた。
「✝漆黒の翼✝」
「せ……センスが若々しいね……」
「だろ?」
「つ、次! ブレーザー!」
「〈名誉の旅団/エーレ・ディヴィジ〉」
「……まともだ……それっぽい……!」
「で、クオウちゃんの案は?」
「〈メイズチェイサー〉とか……」
あんまりしっくり来ない名前だ。
けれど、他に浮かぶ名前がない。
「とりあえず案が揃ったけど、皆はどれがいいと思う?」
「え!? あたしは無視なの!?」
「……はあ……仕方ないな」
どうせろくな名前じゃないんだろうけど、一応聞いておくか。
「〈アンヴェイラー〉。謎を払い、解き明かすもの」
「あれ?」
随分まともな名前だ。
「だいたいダーリン、”チェイサー”なんて……追う者なんてパーティ名として弱気だよ! 追っかけるんじゃなく、未知の霧をガシッと掴んで取り払うのは俺だ! ぐらいの気概で行くべきだもん、絶対!」
「……た、確かに」
もう、背中を追いかけてるだけじゃ駄目なんだよな。
「いい名前だ」
僕一人で決めなくてよかった。
アンヴェイラー。除幕者。
霧を追いかけたその先で、秘密を明かす者。
「決まり、かな」
異論は出なかった。
それから僕たちは迷宮ギルドへ向かい、正式にパーティを設立した。
〈アンヴェイラー〉のリーダーとして歩む日々が、今日から始まる。
かつて、僕は現実を知らない子供だった。
知恵も知識も、身につけた達人の技もない。
けれど夢だけは不相応に大きかった。
そして、完膚なきまで現実に叩きのめされた。
それでも僕は諦めなかった。
先へ。もっと先へ。
そうして歩み続けたからこそ、背中を押してくれる者がいた。
きっとこの道なき道は、遥かな遠くの夢幻まで続いている。
「行こう! 迷宮へ!」
「はい!」
そして、僕たちは迷宮へ向かう。
新たな仲間と共に。未知なる夢を、そこに求めて。
〈第一部 了〉
ここまで五十万字近くもお付き合いくださりありがとうございました。
分厚いハードカバーでも二冊分以上になりますね。こんなに書いたのは初めてです。
この小説はひたすら作者が好きなように書いていたので、まったく誰にも読まれなかったり、読者からどんどん罵声を浴びせられたりする覚悟でいましたが、思ったよりも多くの方に読んでいただけたので満足しています。
さて、第二部についてなのですが……。
大雑把な構想ぐらいはありますが、今のところ執筆の予定はありません。
いくつか伏線が残ったままの状態ではありますが、大きな区切りが付きましたので、ここで完結とさせて頂きます。
この小説を書き続けるより、将来的にもっと面白い小説を生み出せる可能性に賭けたいので。
改めて、ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
機会があれば、また会いましょう。




