決戦の時〈14〉
「くそっ! クソッ、クソォッ!」
特製爆弾で凹んだシェルターの壁を、〈無銘剣〉で斬りつける。
ビクともしない。ポーションの力を合わせても、足りない。
〈風撃の指輪〉による反動加速の”居合”でも、まるでだめだ。
「……畜生ッ!」
力が足りない。
甘かった。何もかも見立てが甘かった!
五海商会と通信が繋がらなかった時点で諦めるべきだった!
ダメージコントロールに徹していれば、あるいは……。
いや、こんなことを考えてはだめだ。
後ろを向くな。打開の方法だけを考えるんだ。未来だけを。
「せめて通信が通じれば……!」
念の為に通信機の送信スイッチは入れたままだが、通じている様子はない。
呼びかけてスイッチを切っても返事はない。
……あるいは。既に全滅しているから返事がないのか。
シャッターの壁に背中を預け、僕は通信機を握りしめた。
打開の方法なんか、ありはしない。
今の僕は、もはや”信じて全力を尽くす”ことすら不可能な状況だ。
そういうものだ。現実は強く、非情で、びくともしない。
……希望が見えたかと思えば、また絶望に叩き落される。
この決戦はずっとその繰り返しだった。
おそらくきっと、僕とゲインズの戦いは拮抗していたんだろう。
あともう少しだけ特製爆弾に威力があれば、まだ拮抗していたのかも。
「クオウさん」
絶望的な状況にあってなお揺るがないリルが、僕の肩を叩く。
「残された者に出来ることは……せめてその死が無駄にならないよう、全力を尽くすことだけなのですよ」
彼女は強靭な精神を静かに燃やしている。
……僕には勿体ないぐらいの仲間だ。
「それに、まだ死んだとも限らない。……特にフェイナは。あの女なら、死にかけた瞬間に体がパカッと割れて、中から触手の怪物が出てきてもおかしくないのです」
「確かに」
その光景が妙に生々しく想像できてしまった。
だが実際は、マイザとブレーザーと合わせてラクートに一瞬で葬られるだろう。
「クオウさん! だから、何とか……何か考えてください! クオウさんなら、絶対、なにか逆転できるような策略の一つぐらい!」
「無理だよ」
五海商会のバックアップがあれば、いくらでも手はあった。
けれど通信は通じない。僕のプロパガンダがゲインズのそれに負けたんだろう。
おそらく、そのせいで見捨てられた。他に説明は思いつかない。
脱出さえできればまだ可能性はあるけれど……。
「自力ではどうしようもない」
「今まで何度も、ギリギリの状況を乗り越えてきたのですよ!?」
「分かってる。でも、無理なものは無理だ。君はなにか浮かぶかい、リル」
「……わたしを〈バイター〉で斬って、吸収した力で全力の一撃を!」
意外とまっとうなアイデアだった。
傷をつけることにはなるけれど、背に腹は代えられない。
〈バイター〉から伸びる管を自らに突き刺して、リルの腕を軽く切る。
くらくら来るほどの莫大な魔力が流れ込んできた。今までとは桁違いだ。
それでもシェルターの壁には歯が立たなかった。
打つ手なしだ。
「め、迷宮化現象を起こしてカジノごと脱出とか……!」
そう簡単に起こせるものなら、前から世界中で迷宮化現象が多発してるはずだ。
「じ、地面を掘る!」
下も強固な金属で補強されている。ゲインズはそこまでバカじゃない。
「ゲインズの言ってたことは、正しいのかもしれない」
「……え?」
「冒険者に夢を見たところで、何の意味もない。そこに夢を見た時点で、僕は負けていたのかもしれない」
最初から。……北の最果てにある村の外れで、カエイと夢を語っていた時から。
その時から、僕は負けていたのかもしれない。
冒険者の時代はとっくに終わっていた。
五海商会もゲインズ商会も、勢いのある勢力は”冒険者”なんかではない。
「夢を信じて努力した結果が……冒険者としての力を人生の片割れに証明しようとした結果が、このざまだ」
「わたしを助けたのも無駄なのですか? クオウさんを信じた皆の全ても?」
「実際、これから全滅するところじゃないか」
「……それはすこし、冷たすぎる見方なのです」
「まあね。僕はちょっと、アツさと勢いに欠ける部分はあるよ」
だからこそ、隣にアツくて勢い任せの人間がいると僕の欠点を補ってくれる。
「あいつが挑発してきたのも、そういうことなんだろうな」
「……?」
「まあ……結局、僕が冒険者を目指した努力は、無駄だったわけだけど」
「だ、だから! 無駄なんかじゃ……!」
「無駄じゃないって? それを示すものがどこにある?」
僕は立ち上がり、シェルターを手で軽く叩いた。
「これが現実だ。どうあがいたって、夢は現実に勝てな……」
ガコン、と仕掛けの動く音がした。
金属音と共に、シェルターの壁が上がっていく。
「何が無駄だって? 村を丸ごと救っておいて、もう忘れたのか?」
「……ど、どうしてここに?」
「決まってるでしょ? 鈍いわね」
「助けにきたのですわ! 受けた恩を返さないのでは、お嬢様の名がすたりますわ!」
ソブラン・スノウ・ザーラの三人が、そこに立っていた。
「だいたい、街中の転写石版で助けを求めたのはあなたでしょう?」
「君の”無駄”な努力に心を動かされた人間が、来ないわけないじゃないか」
「わたくしの妹も無事ですわね! よし!」
「……ぼ、僕は夢でも見てるのか? こんな都合のいいことが……」
「それは違うのですよ、クオウさん」
リルが僕の肩を叩いた。
「だから言ってるのです。無駄なんかじゃない。そこに心を動かされる人間がいるなら、絶対に無駄なんかじゃないのですよ」
「ぜぇ、はぁ……うむ! そういうことだ、クオウ君!」
「ピルスキーまで」
従業員用の扉から、息を切らしたピルスキーが出てきた。
おそらく、彼が仕掛けを動かしてシェルターを解除したんだろう。
「どうして微妙にテンションが低いのだね!? そこは私に感謝感激大落涙するべきところだろう! まったく!」
「……あ! そんなことより大変なんだ、ゲインズの主力がフェイナたちのいるフロアに向かってて!」
『心配ご無用!』
ピルスキーの持つ水晶から、ピンク髪の少女が手を振っている。
「……ど、どうして無事なの!? どうやって!?」
『ふっふっふ! よくぞ聞いてくれましたダーリン! 説明しよう!』
- - -
クオウがカエイと交戦していたタイミングまで、時は戻り。
ゲインズがカエイへと命令を出すために使っている魔力の波長を、フェイナは完全に掴んでいた。
同時に、カエイがゲインズへ返事をするための波長もまた。
〈魂縛術式〉は古い。
元は人間ではなく、魔法を使える他種族の間に伝わっていたものだ。
迷宮都市よりも古く、魔法諜報(MAGINT)や作戦保全(OPSEC)の考え方が生まれるよりも遥かに古い。
ゆえに、主と奴隷の間で交わされる魔法の通信は暗号化されていない。
そのため、二人の間で交わされる通信を完全な形で盗聴出来た。
……だが、盗聴できるという事実は奇妙だった。
なぜクオウからの通信は届かないのに、この通信だけは届くのか?
「中継器だ」
「なんて?」
「中継器! 魔力増幅器! ホテルからカジノへ通信を中継してる何かがある!」
魔力の波長さえ分かっていれば、その信号だけを逆探知するのは難しくない。
ブレーザーが杖を大雑把に動かすだけで、場所はすぐに分かった。
カジノとホテルを結ぶ地点の地下だ。
次に、フェイナはその中継機を利用した。
〈魂縛術式〉は平文で通信をやり取りしている。
魔力の解析が得意な魔女であるフェイナが、その意味に気づかないわけがない。
セキュリティホールだ。任意の術式を実行する隙がある。
人間相手に”ハッキング”をかければ流石に気付かれるが、中継機なら心配はない。
そしてフェイナは、中継機から自分にも魔力を転送するよう命令した。
結果。中継機を通っている魔力通信は一種類ではなかった。
転写石版や水晶映像の監視システムの信号も、全て中継機を経由している。
「杜撰だねっ……!」
フェイナの言に反して、それはまったくもって杜撰ではない。
空間に強力な魔力を放って傍受されることを嫌い、部分的にケーブルと中継機を使っているというだけでも、現代では十分以上どころか最高レベルのセキュリティ対策である。
並の魔術師では、おそらくこのシステム自体が理解できないだろう。
AランクやSランクの魔術師ですら理解できている者は少ない。
こういう魔力の細やかな操作にまつわる知識は、直接的な強さと関係がないからだ。
だがフェイナは研究者であり、魔女だった。
ゲインズにとって、それはまったく想定外の不幸な事故だ。
「よし! 映像を掴んだ!」
フェイナは自分に転送した魔力を更に魔術書へ流し、映像・音声に変化が生じたものだけを選ぶような術式を扱い、必要な監視映像と音声を手に入れた。
それはまさに、ゲインズとクオウが直接会話を交わしている場面だった。
ゲインズが兵力をエレベーターに乗せて脅しをかけている。
それを見たマイザが、悪い笑みを浮かべた。
「グラインダー、持ってきてるぜ?」
「あの回る工具だっけか?」
「なに? それ使って襲いかかるとか?」
「エレベーターの仕組みぐらい知ってんだろ? あれは錘とケーブルで吊ってるんだよ」
機械のオタクであるマイザの存在も、またゲインズにとって不幸な偶然だった。
最新式設備のエレベーターの弱点を知っている者は、そう多くない。
「分かるだろ? グラインダーでケーブル切っちまおう」
「……いいね」
フェイナは映像を切り替えた。水晶にエレベーターの中が映る。
「こええ発想すんなあ。こういうことするやつが敵じゃなくてよかったわマジ」
すぐさまブレーザーが部屋から飛び出して、エレベーターの扉をこじ開け始めた。
そこにマイザが続く。
「動き出すよ! やっちゃえーっ!」
「おらよっ!」
回転音に続き、ばつんっ、と鋭い切断音。
エレベーターからの映像で、中にいる人々がふわりと浮かび上がった。
廊下で、ごうっ、とエレベーターの落ちていく風の音が通り過ぎる。
ガラの悪い冒険者くずれたちが混乱し、腕を振り回して叫んでいる。
ただ一人だけ冷静なラクートが、エレベーターの天井へ斬撃を放った。
「あぶねっ!」
「反撃してくんのかよっ!?」
その煽りで水晶が壊れたか、映像が暗転した。
……エレベーターが箱に叩きつけられる音が、上階まで届いてくる。
少なくとも、大多数は即死か重症だろう。
万が一無事だったとしても、上がってくるのは一苦労だ。
「はっはー、大成功ーっ!」
「無邪気に喜べるお前がちょっと怖いよ、俺……」
「やったね!」
「お前も……いや、そりゃそうか……」
二人が部屋に戻ってきた。
一息つく間もなくブレーザーが通信機を握る。
五海商会の護衛は今、ホテルのロビーに籠城している最中だ。
彼らは一階に落ちたエレベーターの様子を確かめられる位置にいる。
同時にフェイナも水晶へピルスキーを映し、合図を出した。
カジノの外に待機している四人とは情報を共有済みだ。
シェルターの解除方法も割り出してある。制御室からコードを入れるだけでいい。
「ダーリンが変にこだわらず頼んでれば、最初から手伝ってくれたのにねえ」
呟きながら、彼女は水晶の映像を切り替える。
ありあわせの材料で要塞化されたホテルロビーは、交戦を経てボロボロだ。
外を取り囲むゲインズ商会と魔法や弓矢の撃ち合いを演じている。
『……もう、お前だけが頼りだ! 今すぐに二十一階へ向かえ!』
ゲインズからカエイへの通信だ。
すぐにブレーザーが情報を中継する。
エレベーターに寄っていた人々が、出入り口の防御に戻った。
『ふう、はあ……シェルターは解除したぞ!』
息を切らしたピルスキーが言った。
『なぜ私が肉体労働を! 高みの見物と洒落込むはずが!』
ピルスキーがまた必死に走る。
その先に、クオウたちの姿があった。
「だから言ってるのです。無駄なんかじゃない。そこに心を動かされる人間がいるなら、絶対に無駄なんかじゃないのですよ」
「ぜぇ、はぁ……うむ! そういうことだ、クオウ君!」
「ピルスキーまで」




