決戦の時〈13〉
アルギロス・ゲインズは、やがて戦争が起こることを知っていた。
あるいは彼が底辺冒険者であった時から、ずっと。
迷宮都市の頭は古の権力者たちに押さえつけられている。
その基盤を揺るがそうとすれば、戦争が起こるのは不可避なのだ。
その不可避のプロセスを経て権力者を殺さない限り、この街が真に花開くことはない。
彼はそう信じている。
……アルギロス・ゲインズは、間違いなく迷宮都市を愛していた。
「貴様は冒険者失格だ! 失せろ、足手まとい!」
愛しているがゆえに、拒絶は深く心を傷付けた。
彼はかつて冒険者だった。
十六歳の時に資格を取り、八年後に資格を取り消されるまで。
……アルギロス・ゲインズには、才能がなかった。
ステータスはほぼ最低値。それでもなんとか〈ファイター〉のクラスを刻めたものの、前衛としては使い物にならない。
彼はパーティを転々とした。加入しては蹴り出されることの繰り返し。
それでも、入るパーティには事欠かなかった。
彼は変幻自在の話術で自らを売り込めたからだ。だが、実力不足は隠せない。
「何が失格だ! 日銭を稼いで遊ぶばかりのお前らが、そんなことを言えた立場か!」
繰り返される追放の末に、ゲインズは乱闘騒ぎを起こした。
そして、彼だけが冒険者資格を取り消された。
冒険者ギルドは弱者に冷たい。弱ければ、些細な問題でも資格は取り消される。
「どうしてだ?」
降りしきる夜雨の中を、彼は彷徨っていた。
「どうして僕は……? いったい何のために……」
霧にぼやけて幽玄と浮かぶ迷宮都市の光が、彼を街の奥深くへと誘う。
気付けば、彼は危険な通りに入り込んでいた。
裏社会の住人たちからの視線にすら気づかず、ふらふらと彼は進む。
……当然のごとく彼は襲われ、金目のものをまとめて剥がれた。
どころか、命までも狙われた。
人間の死体には、値段がつく。値段がつくならば、売ろうとするものは必ずいる。
彼を狙うのは、死体を売りさばく〈部品商〉という名の集団だった。
必死に逃げ続けたゲインズは、やがて屋根の上へと追い詰められた。
深い霧に覆われて、正確な高さは分からない。
だが、遠くにぼやけた光の調子からすれば、落ちれば助からないことは明らかだ。
アルギロス・ゲインズは、その霧の向こうへ身を投げようとした。
……その瞬間、雨が止み、霧が晴れた。
彼が見たものは、煌々と輝く迷宮都市の夜景だった。
その光は、桁外れの金が燃える経済の光だ。人が生きている証だ。
それは欲望の光だ。
「……美しい……」
魔法のような迷宮都市の光に照らし出されて、彼の瞳に炎が灯る。
「そうか……僕は……僕が愛していたものは。僕は、これのために……」
彼を囲んでいる〈部品商〉の男たちが後ずさる。
それは死に瀕した人間が狂気を宿す瞬間だった。
「……君たち。僕の死体は幾らだ? まともな稼ぎになるのか?」
アルギロス・ゲインズは振り返る。笑顔と共に。
「二束三文だろう? 一向に、生活だって楽にならないはずだ。必死に苦労して働いているっていうのに、それに見合わない見返りしか貰えないんだろう? わかるよ。僕も君たちと同じ、回し車に閉じ込められたネズミだった。”世界の秘密”を知るまではね」
彼の話術は冴え渡っていた。無条件に人を信頼させるような力がある。
「でも、そこから脱出するのは簡単なんだ。強さも、知恵も、努力だって要らない。世界の秘密さえ知れば、楽に良い思いができる。ただ、僕がこれから言う三つの原則さえ守れば良いんだ。三つ。たった三つだよ。心配いらないさ……」
冒険者としての才能は無くとも、アルギロス・ゲインズには違う才能があったのだ。
「いいかい、これは君たちの人生を変えるチャンスだ。だから、集中してよーく聞くんだよ。僕の言葉を覚えるだけで、成功への切符が掴めるんだから。まずは……」
それから一ヶ月後。
〈部品商〉を率いるアルギロス・ゲインズは、裏社会の一角をなわばりとした。
半年後には周辺一帯を治めた。
一年後には〈ゲインズ商会〉と名を変え、巨大なビジネスを仕切りはじめた。
そして二年後、開戦直前。
巨大なカジノ〈リゾーティア〉を握るアルギロス・ゲインズは、その全精力を戦争に費やしている。
迷宮都市のあの輝きを、全て自らの物とするために。
第一の策謀は、五海商会のPRを逆手に取った転写石版での配信だ。
「これで分かってくれたよね? 僕たちを貶めるために、策謀を練ってる黒幕がいるんだ。その黒幕は……」
水晶へと向け、彼は五海商会を名指しした。
まずは一ポイント。
世間の風向きは変わり、間違いなくゲインズ商会を後押しする。
「僕も、クオウくんの言っていることには共感できるよ。夢があるんだ。この商会を育てて、迷宮都市に貢献するっていう夢がね。そのために僕は……」
水晶の隣に灯っていた光が消える。
大型の転写石版を狙ったハッキングは妨害された。
だが、既に目的は果たした後だ。むしろ効果が増した。
『仕事はした』
「よくやった。落ち着き次第、すぐに成功報酬の七十億イェンを帝国銀行へ送金する」
『落ち着き次第?』
通信相手の声色が、明らかに苛立った。
相手は裏社会で有名な工作屋だ。ナメられれば黙ってはいない。
『……約定を違えたな。後悔するぞ』
「落ち着きなよ。心配しなくても、すぐにカタを付けて手続きを進める。……だいたい、どうせ迷宮ギルドと五海商会から逃げるんだ。しばらくは金を引き出す余裕なんて無いだろう?」
返事もせずに、通信はぶつりと切れた。
……成功報酬の七十億イェン。
今のゲインズ商会には、七十億イェンもの余剰資金は存在しない。
薬物を主とする莫大な稼ぎは、更に莫大なカジノ建造時の借金返済に使われている。
彼の夢を実現するためには、足場を固めるような時間的余裕がない。
他勢力を圧倒する勢いで拡大しなければ、迷宮都市を手中に収めるなど夢のまた夢だ。
そして同時に、無茶な投資をせざるをえない理由もある。
もしもゲインズ商会の拡大が鈍れば、その瞬間にゲインズの求心力が落ちる。
そうなれば内ゲバだ。カルト宗教じみた統率にも限界がある。
足を止めた瞬間に、アルギロス・ゲインズは綱から落ちる。進むしかない。
『やりましたよ! ゲインズ様! 〈ランドシップ〉と五海商会の本隊は、迷宮化現象でまとめて消えました!』
「……そうか! よし!」
部下からの通信を受けて、ゲインズの顔に余裕が戻った。
主力は潰した。これでニポイント目。
……だが、時間的な猶予はない。〈ゴブリンズ・トレイル〉の事件と同じだろう。
迷宮を攻略すれば、元の世界に戻ってこれる。それまでに決着を付ける必要がある。
「地下通路でホテルへ移動するぞ! 急げ!」
ゆえに、ゲインズは映像をカジノのオフィスで撮影した。
自分はここにいる、と示し、クオウを誘い込む必要がある。
「……君なら気付くはずだ……」
彼はクオウのことを知っている。
当然だ。〈ミストチェイサー〉の借金を引き受けたときに調べている。
結ばれた契約の中には、〈夢幻迷宮〉を狙った合同作戦への資金提供を確約する条項と引き換えにして、借金返済が滞ったなら設立者の身柄をゲインズ商会が握る、という条項が含まれているぐらいだ。
ゆえに、今でも彼はクオウが追放されたことを苦々しく思っている。
共同設立者であるカエイとクオウを、両方とも手中に収めるつもりでいたからだ。
二人の関係は深い。互いを人質にすれば、精神を縛らずともコントロールできる。
〈ミストチェイサー〉へ手を出した時は、それが彼のプランだった。
……だが、あの二人の仲は悪化してしまった。
完全に冷え切った敵同士だ。人質にすることはできない。
苦肉の策でカエイに〈魂縛術式〉を使ったが……戦闘力は落ちた。
ゲインズ商会の人材不足を補うには、足りない。
「……冒険者なんてくだらないものにこだわってる男なら、絶対に自ら来る」
だが結果的に、ゲインズは大きな手札を得た。
五海商会の駒であるクオウへの特効薬だ。
「冒険者という夢が君の命取りだ、クオウ・ノール……!」
ホテルへ通じる隠された地下通路の非常照明が、ゲインズの顔を照らす。
そこに余裕はない。自分の読みに命を賭けた勝負師の、張り詰めた顔だ。
「待て」
ホテルのロビーへと通じる出口を前にして、護衛のラクートが鋭く制する。
隠されたドアをわずかに開いた先で、戦闘が発生していた。
高価な装備を身に着けた男たちがロビーを制圧している。
冒険者というより兵士の動きだ。五海商会の手勢に違いない。
ゲインズの額を冷や汗が伝う。
ホテルの側に用意していた指揮所は、まさか既に潰されたのか?
『……様! ゲインズ様! ホテルのロビーで戦闘が!』
「分かっているよ。指揮所の様子は?」
『こっちですか? 何も……泊まってる貴族連中への説明も終わってます!』
「ロビーの連中はどこから来た? 監視用の映像に映ってるはずだけど」
『そ、それが……全部まとめて暗転しました! 故障みたいで……』
ゲインズが舌打ちして、奥歯を噛みしめる。
「バカにも程があるだろうに。それは敵の妨害だよ。……君、名前は?」
『あ……ええと……』
「いや、いい。思い出した。死にたくなければ成果を出すことだね」
「ふむ。外からの侵入ではないな」
隠しドアの隙間から様子を伺うラクートが言った。
「戦闘の痕跡はエレベーター付近に集中している。エレベーターからだ」
「……中に入り込まれてた? 冗談じゃない、宿泊客の調査と荷物の検査は二重に行う指示を出したはず……何がどうなれば武装集団を見逃すんだ……!」
「十中八九、スパイだ。急速に組織が拡大したならば、よからぬ者も紛れ込むというものだろう」
「くそっ……はっ」
ゲインズは、自らを見つめている部下たちの視線に気がついた。
そうだ。ただ勝つだけでは足りない。
絶対者としての権威を保って勝たないかぎり、ゲインズ商会はいずれ崩壊する。
「……まあ……苦しいけど、読みの範囲内だ。上に行かずロビーを制圧しているなら、ホテル上階の指揮所には気づかれていない。それに、あの程度の戦力はラクートにかかれば敵じゃない」
「然り」
「……けれど……下手に攻撃を弾いてしまうと、クオウが罠に掛からない恐れがある。このままだ。僕たちはこのまま待つ」
ゲインズは余裕を装ったが、内心は揺れ動いていた。
ホテルの中に拠点が作られている可能性がある。掃討するのは手間だ。
手間が掛かれば、五海商会の本隊が間に合う可能性がある……。
お前はどこまで読んでいる? ゲインズは、心のなかで考える。
どこまでが計画通りで、どこまでが計画外だ?
全てが計画通りなのか? あるいは全てが計画外なのか?
……戦場の混沌に覆われた盤面は、まるで見通しが効かない。
当然だ。五海商会もゲインズ商会も、携えた策を次々とぶちまけた。
状況の全貌は誰にも分からない。分かるはずがない。
『ゲインズ様! た、大変です! ホテルの中から、外へ向けての狙撃が続いているそうで……あっ! そ、それは本当なのか!?』
「どうした」
さりげなく冷や汗をぬぐいながら、ゲインズが聞いた。
『北東側から外郭団体の防御線へと、五海商会の軍隊が攻めてきています!』
「なに?」
南西側にいた五海商会の主力とは正反対の方角。
ということは別働隊だろう。牽制と補助のための戦力か。
ならば問題はない、とゲインズは見切った。
主力がない状態で別働隊が単独で動いたところで、防御を突破できるはずがない。
このまま全周を固めつつ、近くから援軍を出しての対処で十分だ。
「よし……狙い通り! 指揮系統が死んでいるな……!」
五海商会はよく組織されている。
ピラミッド状の組織図は〈ランドシップ〉の一点に収束し、そこからの命令が全軍を動かすための指揮系統が確立している。
その頭を潰した。別働隊は状況が分からないまま、事前計画に従っている状態だろう。
「そして……別働隊の動きが、ホテル側の動きより遅かったということは……」
最初から、別の指揮系統で動いている。
間違いない。ロビー制圧の指示を出したのはクオウ・ノールだ。
その狙いはおそらく、本命からの狙いを逸らすため。
……囮に食いついた! カジノに来る!
『ゲインズ様! カジノの空調システムから異常値のアラームが!』
「来たか! 遮断するな、そのままでいい!」
同時に、ロビーの制圧を終えたクオウ側の戦力が外へと飛び出していった。
城壁を抑えに行ったのだ。カジノへの援軍を防ぐために。
だが……アルギロス・ゲインズは、カジノへ援軍を出す必要などない。
カジノ内のシェルターには毒を仕掛けてある。
そこに閉じ込め仕掛けを遠隔で起動すれば、数十分後には死んでいる!
「見えた……!」
これに成功すれば、ようやくゲインズ商会は停戦の決め手を手に入れる。
……クオウを殺すだけでは意味がないのだ。
むしろ五海商会にとっては都合がよくなる。
生者より死人のほうが英雄に祭り上げやすいからだ。
だいたい、五海商会ならば一時の風評ぐらい便所に洗い流して上書きできる。
黒幕だと名指しすることで世間は傾いたが、”傾いた”止まりの状況だ。
だが……クオウの死体を握っていれば、死霊術師を使ってさらなる醜聞を作り出せる。
決定的に弱らせ、五海商会の弱り目を狙うハイエナが集りだすところまで持っていかなければ、五海商会を確実に撃退することはできない。
「……苦しい戦いだが……!」
ここまでもこれからも、ぎりぎりの綱渡りだ。
だとしても、彼は自らの勝利を信じている。
迷宮都市の支配という夢のために、あらゆる商品を売ってきた。
武力も武器も、人も薬も。
その実績は、ゲインズ商会とカジノ〈リゾーティア〉が証明している。
……”冒険者”なんかに負けることだけは、絶対にない。
『ゲインズ様!』
「今度はどうした!」
『北東側の守りが! 一瞬で破られました!』
「……何!?」
たかだか別働隊ごときが、外郭団体で固めた守りを突破できるはずがない。
多少の援軍で十分なはずだった。そう見切ったはずが。
今からでも北東に戦力を向かわせるしかない。彼は通信機で指示を出す。
他が手薄になって侵入される危険はあっても、対処しなくては負けだ。
「ほう。策謀ではアルギロス、戦術ではクオウというわけか」
ラクートが言った。
「興味深い。一手の違いが勝敗を分ける戦いになる。特等席から見物できて幸運だ」
「……見物料は払ってくれよ」
「無論」
ラクートがロビーへ通じる扉を開く。
一陣の風が吹いた。細剣を鞘に収める音と共に、五海商会の戦力が倒れる。
「……少ない。城壁を抑えに行ったか」
「まずい」
北東側から突破してきた戦力と合流されれば、状況は苦しくなる。
カジノに籠もっていれば多少は耐えれたが、ホテルでは無理だ。
「今すぐに指揮所の予備兵力をエレベーターで下げて、裏口から城壁に向かわせろ。入れ替わりで僕たちが乗って上に行く」
『了解です、ゲインズ様!』
「エレベーターを使うのか? 工作の危険性が高いぞ。ホテル内に狙撃手がいるのを忘れたか」
「大丈夫。何か細工されていたとしても、予備兵力が死ぬだけだから」
時間に余裕がない。取るべきリスクだ、と彼は判断した。
その判断は正解だった。何事もなく予備兵力は下へ降り、ゲインズたちはホテル最上階へ登る。
廊下で待機している指揮所防衛の冒険者くずれを割って、彼は指揮所に入室した。
薄暗い部屋の壁一面に、高価な転写石版がずらりと並ぶ。
並んだデスクでは、通信機を握った部下たちが現場の情報をまとめている。
軍隊に及ぶべくもないが、十分に上等なシステムだ。
すぐさまゲインズは自ら通信機を握り、各方面に指示を飛ばしていった。
すると、戦況は好転した。北東の別働隊は援軍で足止めされ、予備兵力の投入で城壁上の戦いも優位に進みつつある。
やはり敵方は指揮系統が麻痺している状況だ、とゲインズは確信した。
監視用の水晶映像システムの復旧も間に合った。
壁の転写石版が一斉に光を放つ。
カジノやホテルの各所に備えた水晶から伝う配線が、水道配管スペースから地下通路を通りホテルの指揮所まで映像を届けてくる。
だが、カジノの映像は半数以上が真っ暗のままだ。クオウが壊しているのだろう。
……その破壊の具合から、逆に居場所が推定できる。
クオウは網に掛かった。
あとは簡単だ。彼はカエイを隠れさせ、奇襲を狙う。
優秀な〈ローグ〉のカエイと〈ポーター〉をぶつければ、まず瞬殺のはずだ。
もう一人は冒険者としての歴も浅い。戦力にはならないだろう。
が。意外なことに、むしろカエイが押し負けている。
「なに!? なぜそんな雑魚に負ける!? 大金に見合うだけの働きはしろ!」
苛立つゲインズが何を言っても、攻撃はかすりもしない。
「〈ポーター〉だぞ! なぜ仕留められない!?」
〈魂縛術式〉による戦力低下は予想以上のようだった。
……だが、それでも問題はない。
カエイで誘い込んでシェルターに閉じ込めればいいのだ。
毒殺すると死霊術の手間が増えるものの、ゲインズの知ったことではない。
彼が指示を飛ばすと、あっさりクオウは罠に掛かった。
いかにスパイが紛れていても、シェルターシステムの情報は無かったのだろう。
当然だ、とゲインズは笑みを深める。
機密保持のために図面と書類と工事者をまとめて始末した甲斐はあった。
「ほう。アルギロス、斬られた直後のカエイを見たか?」
「……何か喋っていたね。それがどうかした?」
「気にならないのか?」
「因縁のある相手に会って、〈魂縛術式〉が一時的に揺らいだんだろうね。揺らいだところで不可逆の術式だし、何も問題はないよ」
それからゲインズはカエイに指示を出す。
「説明通りに。制御室まで行って、隠しスイッチを押すんだ」
『わかった』
制御室から来ている映像に、何かを操作するカエイの背中が映る。
これで無色無臭の毒ガスが出るはずだ。平坦な声色で通信が帰ってきた。
『おした』
「ほらね?」
ゲインズは勝ちを確信した笑みを浮かべた。あとは放っておいても毒で死ぬ。
確実にすべく、シェルター内部のクオウと直接話して時間を……。
「ゲインズ様!」
「何だ!?」
「北東の守りが! 援軍もろとも突破されました!」
「……そんな馬鹿な! 援軍は送ったぞ!? 事前に戦力の情報は集めてるんだ、主力でもなければこうあっさり突破してくるはずが……」
「主力なのだろうな」
ラクートが呟く。ゲインズが思わず口をぽかんと開けた。
「そんな馬鹿な……! 何を考えてれば、〈ランドシップ〉のない北東側に主力を置くんだ!? まさか……クオウ・ノールのやつ! 迷宮化現象まで読みきったのか!?」
「可能性は否定できないが。純粋に戦術的判断の可能性もまた、否定できない。戦ほど情報が不完全なゲームはないものだな。戦場の霧は濃い」
「非合理的だ! 五海商会の指揮系統が集約された〈ランドシップ〉から主力を離すなんて、指揮系統が……いや、くそ、一本取られたのは事実なんだ……!」
前提が変わった。クオウを追い込んだつもりが、逆に追い込まれている。
焦りを取り繕う余裕すらなくなった彼は、必死で頭を振り絞った。
指揮所に集まっている部下たちが困惑している。
絶対者として恐怖政治を敷くあのアルギロス・ゲインズが、苦戦しているのか、と。
「何を見ている!? 仕事に戻れ!」
やるべきことは明らかだ。
北東から攻めてくる戦力が合流してくる前に、まずは中に潜んでいる戦力を叩く。
その上で、全戦力を城壁上に並べて主力を迎撃する。
時間との戦いだ。防御を犠牲にしてでも急ぐ必要がある。
……だが、最上は戦わずしてケリを付けること。
麻痺した敵方の指揮系統を活かし、降伏に追い込めれば、それがいい。
「……落ち着け。まだ勝てる……。落ち着け……よし! クオウと通信を繋げ!」
アルギロス・ゲインズは必死に圧倒的優位を演じながら、交渉に挑んだ。
勝っているのはこちらだ、という余裕を見せつけることには成功した。
ホテルの戦力をダシに使い脅迫することにも成功した。
二人の映る水晶を握った部下が、エレベーターの中でゲインズの指示を待っている。
「何やら盛り上がっているようだけれど。もし君たちが僕に降参したのならば、全員の命を助けることは保証するよ。信じて欲しい。僕は嘘だけはつかない男なんだ」
……だが、決定的な降伏交渉にだけは失敗した。
映像の中に映る二人が、爆弾でシェルターの壁を破ろうとする。
爆風に隠れているのをいいことに、ゲインズは険しい表情に戻った。
準備の時間すら惜しんでエレベーターで向かわせるのは本当に正解か?
階段は完全に封鎖されている以上、エレベーターも封鎖されているはずだ。
罠もあるだろう。だが、ラクートならば強引に突破できるはず。
それともラクートの言う通り、時間をかけて窓の外から強襲すべきだったか?
「ふ……ふふふ。ははは!」
爆風が晴れた瞬間、彼は勝ち誇った笑みに戻る。
「その爆弾では! シェルターは破れなかったかい!」
半分は演技で、半分は本物の笑みだ。
……クオウとリルは、シェルターからの脱出に失敗した。
二人は凹みの出来た壁を絶望的な表情で見つめている。
「今からでも遅くない! 降伏は受け付けるよ!」
「……黙れ!」
水晶に映っていた映像が暗転する。転写石版を壊されたか。
「見ての通り、交渉は決裂だ。行け!」
エレベーターの扉が閉まり、ラクートたちが拠点へと向かっていく。
ホテル内の拠点が落ちることは確実。問題は時間だけだ。




