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決戦の時〈12〉



 念の為に通信機へ状況をささやきながら、周囲を見回す。

 大きな噴水や天井から吊り下がった巨大な転写石版(タブレット)の掲示板を含め、それなりの空間がシェルターの内側にあった。

 範囲内にはバーカウンターすら存在している。

 つまり、中で時間を過ごすことが考慮されている。時間稼ぎ用ではない。

 ならば、壁もそれなりの強度を誇っているということで……。


「クオウさん」


 険しい表情のリルが、武器を握りしめたまま、僕を呼んだ。


「あのカエイとかいう女にこだわる理由が、私にはわかりません」

「……僕にも分からない」

「当然なのです」


 彼女は目を細めた。


「私の知っているかぎり、カエイはあなたを追放して侮辱した女なのですよ?」

「言いたいことは分かるよ。でも」

「でも?」

「仮に、僕が君を追放して侮辱したとしたら? それでもまだ、一欠片ぐらいの信頼は残るんじゃない?」

「……一欠片ぐらいの信頼は残るとしても。ああいう侮辱をしてくるとしたら、その人は私にとって倒すべき敵以外の何物でもないのです」

「倒すべき敵、か」


 ……ふいに、転写石版(タブレット)へと光がともる。

 そこに映し出された男は。


「ゲインズ……!」

「ふふ」


 いけすかない笑顔を浮かべたアルギロス・ゲインズが、僕たちを見下している。


「これだから冒険者は。大局が見えないにもほどがある」

「どうだかね。僕たちの策に気付いていないのはお前のほうだ」

「あーっはっは! 苦し紛れのブラフが、この僕に効果があるとでも!?」


 彼はひとしきり笑うと、僕に視線を定めた。


「あまりに愚かだ。戦力比が見えないのかい?」

「その愚か者に根城の奥深くまで入り込まれてるのはどこの誰だ?」

「世界の基本は取引さ。愚かな冒険者くん。君が入り込むリスクと引き換えに、より大きなリスクを潰せるとしたら、そうしない理由はないだろう」


 彼は執務机の上に肘を付いて、嫌味な笑いを浮かべた。

 左右には本棚があり、背後には金属のシャッターが降ろされている。


「結局のところ、君たちは視野が狭いのさ。大事なものが見えていない」


 映っている部屋を見る限り、そこまで広くはない。

 ……どこかに隠し部屋があったか。

 上の階を虱潰しに調べていれば……いや。

 五海商会が足止めされた状況下では、そんなことをする時間はなかった。

 戦術は間違っていない。

 ……癪だけど、ゲインズが僕を上回ったんだ。


「だいたい、どうして冒険者なんてものに夢を見るんだ? まったく理解ができないね。駒を操るプレイヤーより、駒のほうに憧れる理由があるかい?」

「……冒険者は、駒なんかじゃない」

「そうかな? 今の自分を見てみなよ。五海商会というビッグ・プレイヤーに操られる駒以外の何物でもない。……冒険者に夢を見たところで、何の意味もない」


 違う……と叫びたかった。

 けれど頭の冷静な部分が、それは正しい、と告げている。

 僕は踊らされた。抱えた不合理な感情を突かれ、いいように操られた。

 それが事実だ。


 この街に惑わされ、食われた人間を何人も見てきた。

 リルを罠に掛けて売ろうとした女のような、欲望で身を持ち崩したやつらを。

 ……今なら分かる。僕もまた、そうして”食われた”側なんだ。 


「違うのです!」


 リルは叫ぶ。


「無意味なんかじゃない! わたしの存在が! クオウさんに助けられた人たちの存在が、その証明なのです!」

「……ふふ。そこの冒険者くんがいたおかげで助かったから、と言いたいのかな? なら、結局は無意味じゃないか? 結局、こうして僕たちに捕まったんだ」

「まだわたしたちは負けてない……!」

「いいや。終わりだね」


 ゲインズは勝ち誇った。


「これ以上続けても、仲間が死ぬだけだよ。だが、違う道もある」


 わざとらしく好青年じみた顔になり、彼が続ける。


「迷宮の中だけに夢を留める理由なんてない。クオウくん、迷宮都市そのものを手に入れたいと思ったことはあるかい? もし興味があるなら……」

「お前に協力するなんてお断りだ。それに、僕に誇大妄想の気はない」

「君が抱く夢よりは、僕の夢のほうがまだ現実的さ」


 ゲインズは笑みを深めた。


「程度の違いがあるだけで、僕もまた愚か者だけれど。……クオウくん。君について調べたとき、僕たちは似た者同士だと直感したよ」

「大外れだ」

「いいや。実際、君の作戦は悪くなかったんだ。僕でも同じことをした。敷地内に存在するホテル、そして換気システム。どちらもまさに、このカジノの弱点だからね」


 背中に寒気が走った。

 ホテルを使っていることは、最初から向こうの想定内だったのか?

 ……通信機からは、何も聞こえてこない。ここから通信は通らない。


「僕でも同じところを狙う。見事な作戦だったよ、相手がこの僕じゃなければね。ご苦労さま」


 ゲインズが立ち上がり、歩きはじめる。

 それと一緒に視点も動いていく。誰かが手持ちで撮影しているらしい。

 ……部屋の扉が開いた先には、豪華絢爛なホテルの通路があった。


 既に、ゲインズはカジノの中に居なかったということだ。

 ……僕の戦術に、勝ちの目は無かった……。


「さあ、不安要素は消えた。突入チーム、行け」


 ホテルの最新設備、昇降機(エレベーター)前で待機していたゲインズ商会の冒険者パーティたちが、一斉に動き出す。

 ……城壁確保を狙ったせいで、いま僕の仲間たちがいるフロアの警備は手薄だ。


「ふ。エレベーターとはな。外壁からのラペリング強襲が正答だと、私は伝えたぞ」

「このホテルのガラスに僕がどれだけ払ったと思ってるんだい?」


 そして。

 突入パーティを率いているのは、ラクートだった。

 絶望的な戦力差だ。仮に僕たちが合流していても、ぶつかれば勝ち目はない。


「さて。このまま、君の仲間が死んでいく様の中継を見物するとしようかな。気が変わったなら、いつでも降参は受け付けるよ?」

「……クソッ!」


 拳を握りしめて、ゲインズを見上げる。

 既に撮影者はエレベーターの中へ入っていた。ゲインズは同行しないようだ。

 扉が閉まれば、いよいよ猶予はない。

 ……降参するべきか? それで助けてもらえる確率は低いが、ゼロじゃない。


 とはいえ、僕とリルにはここから脱出する手段がある。

 壁の破壊に使ったフェイナの特製爆弾だ。

 シェルターを外から破るための分が残っている。


 しかし僕たちが脱出したところで、ホテルの三人が独力で助かる可能性は……。

 限りなく低いはずだ。逃げ場はない。

 ……けれど、確率はゼロじゃない。


 僕が憧れてるような冒険者なら、どうする?

 物語に出てくるような英雄なら。

 彼らは絶対に、こんなところで諦めない。


 でも。僕は十分以上に、現実の厳しさを知っている。

 僕は英雄の冒険者なんかじゃない。

 死ぬのは僕だけじゃない。回りの皆までを巻き込んでしまう。


「クオウさん」


 リルが僕の目前に割り込んだ。


「わたしも、他の皆も。クオウさんを信じていなければ、これほど危険な作戦に協力はしていないのですよ」

「分かってるけど……!」

「クオウさんも、皆を信じるのが筋なのです。信じて、わたしたちに出来ることをやりましょう」

「現実的な判断として……僕たちが降参しないかぎり、ホテルの三人が助かる目は……」

「今は甘えてるような状況じゃないのですよ!」


 リルが僕を掴みながら、鋭く言った。


「どちらにしても、死ぬ可能性が高いのなら! その死を無駄にしない選択肢を選ぶべきです! ……逆の立場だったとしたら、どうですか! どうせ死ぬのなら、降参したあと皆で仲良く殺されるより、仲間を助けて犠牲になる方を選ぶ! そうするでしょう!」

「……」


 ああ。

 そういうことだったのか。

 謎が解けた。


「何やら盛り上がっているようだけれど。もし君たちが僕に降参したのならば、全員の命を助けることは保証するよ。信じて欲しい。僕は嘘だけはつかない男なんだ」

「黙るのです! ……クオウさん!」


 そういうことなら、勝ちの目はある。

 盤面が変わった。おそらく、まだ気づかれていない戦力が、一つ。


「ゲインズ。聞け」

「降参する気にでもなったかい」

「いいや。……確かに、僕たちは少しだけ似ている部分がある」

「ずいぶん今更だね。まあ……似ているなかにも格上と格下の差はあるけど。はは」

「けれど、似ている一部分を除けば、僕たちはまったく正反対だ」


 僕は〈アイテムボックス〉を開き、爆弾を取り出した。


「僕には仲間が居る。お前はたった一人の独裁者だ。そんな調子で生きてれば、どうしたって視野が狭くなるものさ」


 壁に張り付け、時限起爆装置を入れる。


「そう……大事なものが見えていないんだ。そっくりそのまま、お前の言葉を返すよ」

「そうかい。無駄死にするのが望みなら、勝手にすればいい」

「いいや。死ぬのはお前だ」


 宣戦布告。

 互いに睨み合う僕たちの視線を、爆風が遮った。

 巻き上がった粉塵の向こう側で、ゲインズが険しい表情を浮かべているのが見える。

 ……僕に見せるつもりではなかった、本当の心境だろう。


 そうだ。僕たちは死力を尽くして、持てる限りの力で戦っている。

 例え優位に立っていようとも、余裕があるはずもない。

 戦えばどうなるか分からないからこそ、僕を降参させようとしたんだ。

 自分が圧倒的優位だと示すことで。


 気付くのが遅かった。僕だって、同じようなブラフを打っただろう。

 奴の言う通り、こういう小細工に関しては確かに僕のほうが格下だ。

 ……苦しい戦いだ。ここまでもこれからも、ぎりぎりの綱渡りになる。

 僕に出来ることは……ただ、信じて全力を尽くすだけだ。


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