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決戦の時〈11〉


 再び、時はわずかに戻り。

 カジノ〈リゾーティア〉敷地内の高層ホテル。

 その高層階にある一室から、繰り返し銃声が響き渡る。


「クソッ! 城壁に行ったやつらは押し返されてる! もたねえぞこれは!」

「へーきへーき。崩れる前にゲインズさえ殺せればいいんだから」


 必死の形相で狙撃を繰り返すマイザと対象的に、フェイナは余裕綽々だ。

 呪術じみた品物や魔法書、そして紙とペンが並んだ”祭壇”へと陣取って、巻物へ刻まれていくグラフを眺めている。


「おっ?」


 祭壇の隅に乗っていた水晶が輝き、怪しげな男の乗った馬車を映し出す。

 念の為に置いてあるピルスキーとの連絡手段だ。

 彼女は軽く手を振って、目線をグラフへ戻した。


「カジノ四階の魔力探査は終わり! もう少し下に向けて! なにか感じたら教えて!」

「あいよー!」


 ブレーザーもまた、マイザと並んで窓の外を睨んでいる。

 彼の手には骨で作られた魔法の杖が握られていた。

 以前、迷宮で〈リッチ〉から託されたものだ。


 その杖の先端部には皿状の機材が括り付けられていて、伸びるケーブルからは”魔力スキャナー”という付箋のついた魔法書へと繋がっていた。

 加えて、左右上下に動かせるよう作られた大掛かりな台座の上に乗っている。

 まるで杖を使った遠距離狙撃でもしているかのような絵面だ。

 そして実際に、やっていることは狙撃じみた精度を要求している。


「今まで通り、あんまり変な感触はないな! でも俺の感覚だから、アテにすんなよ!」

「だーかーらー、ブレーザーぐらい五感が鋭ければ魔力感知能力も高くなるんだってば! ステータスでも知覚力でひとまとめでしょ! 弱音吐かない!」

『こちらクオウ、四階はクリアだ! 今から三階に降りる!』

「はいはーい、こっちも四階はクリアだよ!」


 〈スリープクラウド〉のおかげもあって、クオウたちは順調に進んでいる。

 ……内側からの掃討を進める彼らと同時に、フェイナとブレーザーは”外側から”建物の掃討を進めている。

 カジノから漏れる微弱な魔力を杖にくくりつけた(アンテナ)で探知し、人間の所在や魔法の仕掛けを暴くのが狙いだ。


「何か感じた?」

「いや何も!」

「……分かった! 三階部分から拾ってる環境魔力に合わせて感度再設定だね!」

「おっけ、狙いを固定しとけばいいんだよな!」


 フェイナがグラフを元に数式を作り計算し、”魔力スキャナー”の魔法書を開き、内部の魔法陣を指でなぞってわずかに調整する。

 並の魔術師では説明されても理解できないぐらいに高度な技術だ。

 だが、彼女は並の魔術師ではない。

 魔法を使う能力を備えて生まれた本物の魔女であり、医術分野を中心とした魔法の研究者でもあるフェイナは、紛れもない”本職”なのだ。


「……っと、ピリッと来た! ここに何かあるぞ!」


 目を閉じて集中しているブレーザーが、杖を一点に固定する。

 フェイナが巻物へ吐き出されるグラフを睨む。


「南側の角だね? よーし、右から左にゆっくり動かしていって……」


 ものすごく精密な動作でもって、ブレーザーが杖の狙いを操作する。

 形を変えていくグラフと、計算用紙にメモされていく魔力の数値。

 そこから復元した魔力の強さ・大きさ・形状を元に、彼女は判断した。


「水道管だ! 魔法で制御されてるバルブからの微弱な魔力を探知したんだね……それが感覚で分かるのはすっごいよ、すっごいけど……!」

「分かってるっての! 他を探すわ!」


 ブレーザーが杖を動かし、反応を探す。


「なんか……脈打ってるな、これ!」


 一拍遅れて、グラフが波打つ。


「人間だよ! 東側の角!」

「クオウ! 東側の角に人間がいるんだと!」

『了解! リル、〈音響弾(スタングレネード)〉を!』


 彼女が魔法の本職であると同時に、クオウは戦闘の本職だ。

 適切な情報さえ渡せば、適切な作戦で対応してくれる。


『全員寝てる! 捕縛完了! 今から二階に降りる、外の戦況は!』

「……不利だ! かなり押し込まれてる!」


 杖を操作しながら、ブレーザーは戦況の確認も行っている。


「っとマイザ、裏から回ろうとしてるやつが居るぞ! 十一時方向!」


 それだけに留まらず、必要なときはマイザへ狙撃対象の指示まで出している。

 加えて通信も彼の担当だ。クオウとの通信に加えて、下で戦っている五海商会の護衛戦力との連絡まで。


「ブレーザー、三階はこれで全部!?」

「今狙ってるとこはどうよ、何かあるっぽいわ!」

「……これはたぶん、空調システムだね! 次!」

「何もないわ! オフィスフロアの探知は終わりにして、カジノの二階に移ろうぜ!」


 (アンテナ)のついた杖の狙いが下がる。

 魔力への感度を再調整したうえで、ブレーザーが反応を探した。

 だが、何もない。


「何も引っかかるような感触がないんだけど……これって……」

「そ、そんなはずないよー! カジノフロアなら、色々と魔力で動く機械とか掲示板とか、魔力発信源がたくさんあるはずなのに!」


 だが、グラフはまったくの平坦だ。何の反応もない。


「もう一回、感度を再調整して……」

「やべえっ! お前ら伏せろ今すぐっ!」


 グラフを睨んでいるフェイナの頭を、飛び込んできたマイザが無理やり下げる。

 飛んできた火球がガラスを割り、土埃と計算用紙が爆風に煽られ部屋に舞い上がる。

 すぐさま狙撃姿勢に戻ったマイザが引き金を引いた。二撃目は来ない。


「……し、死ぬかと思った……!」


 マイザが震える手で再装填を試みて、弾丸を取り落とす。

 最初から、彼女の手はずっと震えている。クオウやリルのような戦闘狂ではないのだ。

 それほど恐怖していてもなお、彼女は自分より仲間を守ろうと行動した。


「……ブレーザー! これで!」

「ああ!」


 それが分からない二人ではない。さらに決意を深め、仕事に集中する。

 だが、それでも反応がない。

 壁が厚すぎるのか。あるいは探知防止策を取っているのか。


「……ピルスキーのやつ! 探知可能だ、って言い切ったくせに! あんにゃろー!」


 フェイナが机を叩く。もしカジノにアルギロス・ゲインズが隠れていたとしても、これでは居場所を探知できない。


「ブレーザー! 魔力スキャナーから受信機に繋ぎ変えて!」

「受信機!?」

「ダーリンからの通信がないでしょ! 魔力反応と同じ用に信号が遮られてるのかも! 増幅して拾えないか試してみる価値はあるよね!」

「あ、ああ!」


 ブレーザーが杖から伸びるケーブルを辿り、別の魔法書へと繋ぎ変える。


「でもさ、受信できてもこっちから発信出来なくねえ? こっちから返事も出来ないのに、わざわざクオウが発信してくるか……?」


 耳をつんざく大音響のノイズが発生し、慌ててフェイナが音量を調整した。


『ザザザ……の先が……ザザッ……のはずだけど』


 雑音混じりの通信が聞こえてくる。

 あの通信機は発信と受信を同時に行えない。スイッチを押している時だけ発信される。

 いま通信が聞こえてくるということは、クオウが状況を判断して発信スイッチをONで固定したことを意味している。


「……うへへ。やっぱり、ダーリンと組むのは面白いなあ……何も言わなくても、通じ合っちゃうなあ……!」


 気味の悪い笑顔を浮かべながら、フェイナは自分に囁いた。


「ブレーザー! 魔力スキャナーに変えた上で、別の場所を探して!」

「……別の場所!?」

「微弱とはいえ通信が届いてるってことは、たぶん単にカジノの壁が厚いだけだよ! 厚い壁で消える程度の反応しかないんだから、あとは分かるよねっ!?」

「いや説明してくれよっ!?」

「カジノは本命じゃない! 戦力は別の場所にいるってこと!」

「……別の場所……? カジノ以外の? でも、何処に?」


 ゲインズがハッキングをやり返したとき、彼はカジノ上階のオフィスフロアにいた。

 それほど遠くまで行けたはずがない。

 カジノの出入り口は一箇所で、そこにはクオウたちが居た。

 つまり、外には出ていない。敷地の中だ。

 ……敷地内にあるカジノ以外の建物は、たった一つだけ。


 フェイナとブレーザーは顔を見合わせて、ゆっくりと上を向いた。

 彼が杖を上に向けると、グラフの数値が跳ね上がる。


「いる……あたしたちの、頭上に……!」

「ど、どうするよっ!? 狙われたら一瞬で終わりじゃね!?」

「……でも、まだ狙われてない。銃声で場所はバレてるはず。泳がされてる」


 珍しく、フェイナが真剣な表情に切り替わった。


「……警戒させたくない? 誘い込みたい罠でもある……?」


 それが分かったとしても、クオウに警告することは出来ない。

 こちらからの通信は不可能だ。


「……ブレーザー。狙いを魔力反応の中心に。可能な限り情報を集めるよ」

「ああ」


 杖を台座に乗せたままでは、角度の問題で真上へと向けることはできない。

 ブレーザーは台座から杖を外し、体で抱え込むように角度を定める。


 巻物に出力されているログデータは上限値に張り付いたままだ。

 フェイナがいくらか操作を加えて調整すると、大きく脈打つ形に切り替わった。

 魔石や魔法の仕掛けではなく、生物からの魔力反応である証拠だ。


「ラクートだ」

「……マジ?」

「たぶん。これだけ強い反応が出るのは、化け物みたいに強いやつだけ。……ラクートが居るなら、おそらく同じ場所にゲインズも居る……」

「げ! 外の連中が城壁から蹴り出されちまった! ホテルのロビーまで撤退してる!」


 五海商会の護衛戦力は城壁の確保に失敗した。

 カジノから目を逸らせただけでも十分以上の成果……のはずだったが。

 そのカジノはおそらく、もぬけの殻の囮。状況は厳しい。


「ロビーで戦ってたら、あたしが狙撃すんのは無理だぞ! どうする!?」

「……廊下のバリケードで、侵入者を警戒してほしい」

「下の連中を助けに行かなくていいのか!?」

「ここが落ちたら、たぶん、あたしたちは負けだよ」


 フェイナは機材の並ぶ祭壇へと向き直る。


「まずはラクートの魔力反応を逆位相でデータから打ち消す。待ってて」


 計算と魔法の力によって、グラフが形を変えた。

 常に放射されているノイズに混ざる、針のように跳ねる無機質な反応。


「……このノイズ。かなり大勢が集まって、大量の反応が混ざってる。ラクートだけじゃない。もしかすると、本命の戦力かも……」

「マジかよ」


 ブレーザーの顔から血の気が引いた。


「それに加えて、何か魔力を送ってる気配があって……通信かな……」


 データを絞り、調整し、焦点を合わせて狙い撃つ。

 不定期に現れる、強弱のはっきりとした波形。

 それは、専門家ならば誰でも一目で”音声”だと分かる代物だった。


「え?」


 フェイナが手を止めた。


「……へ、平文だ! 暗号化されてない音声情報! ブレーザー、魔力スキャナーを受信機に切り替えて!」

「お、おう! つまりどういうことなんだ!?」

「聞けば分かるよ!」


 一瞬の静寂。

 カリスマ性のある男の声が聞こえてくる。


『……行け! 奇襲だ!』


 わずかに間を置いて、声が続く。


『なに!? なぜそんな雑魚に負ける!? 大金に見合うだけの働きはしろ!』

「これって……ゲインズの声か?」

「みたいだね」

『ふざけているのか!? なぜ動きが鈍い!? 術式の効きでも悪くなったか!?』


 フェイナの眉がぴくりと動いた。

 彼女の手が、〈古今洗脳術百選〉という魔術書に伸びる。


『行け! 殺せ! ……クソッ! これだから冒険者は! 撤退だ、噴水へ!』

「なんか……こいつ、ずいぶんと余裕がないな? これだけ俺たちをボコボコにして、何を焦ってるんだ?」

「そりゃ、大きな戦いの最中なんてみんな正気じゃいられないもん……」


 グラフの一点をメモしたフェイナが、魔術書の記述と見比べはじめる。


『よし! 場所はそこでいい! やれ!』


 ……巻物に出力されていたグラフが、いきなり変質した。

 いくつも並んでいた線が消え、代わりに魔法陣の一部が刻まれる。

 それは〈バイター〉にフェイナが用意した、斬ったものの魔法術式を送信する機能だ。

 クオウが、術式の影響下にあるカエイを斬った。


「……これは」


 魔術書の〈魂縛術式〉というページにある魔法陣と、術式が完全に一致している。

 それは対象の精神を封じ込めた上で支配する術式だ。

 いわゆる”禁術”。人の道から外れた魔法。


「助からない……」


 禁じられるだけの理由がある。

 カエイを縛る術式は不可逆だ。解除すれば死ぬ。

 術者が死ねば、同時にカエイも道連れに死ぬ。


「……ダーリンに何も言わないでおいたのは、正解だったかな」


 フェイナが〈バイター〉に術式の送信機能を用意したのは、カエイを助けるためだ。

 彼女を支配している術式を暴き、支配を解除するつもりでいた。

 だが、不可能だ。そして、不可能である可能性を彼女は悟っていた。


「ごめん、ダーリン」


 〈クラスブースター〉のせいでクオウが見た悪夢の内容を、フェイナは知っている。

 クオウとカエイの二人は、生き延びるために共謀して人間を殺した。

 彼らの食料を盗んだのは村の大人だ。正当化できる理由はある。

 だとしても、罪は罪だ。……子供一人が自らの心で抱えるには大きすぎる傷だ。


「助けようとはしたんだ……」


 きっとこれでいいのだろう、とフェイナは思った。

 カエイは決して善良な人間ではない。クオウを追放した女だ。

 そこにあるのは絆ではなく、こじれた因縁にすぎない。


「いい機会だよ。過去を断ち切って、前に進むべき時なんだ、きっと……」


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