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決戦の時〈10〉


 狙撃で敵が混乱している隙を付いて、僕たちはカジノへ向かった。

 目立たないような小走りで。

 真正面から侵入してきた僕たちに気付いた人間の数は、ゼロだ。


『おいおいおい、クオウちゃん! 敵のど真ん中だぞ!?』

「ブレーザー、僕たちの方を見てるやつが一人でもいるなら教えて」

『いや……居ないわ!』


 そもそも事前情報によれば、警備の冒険者は雇われだ。顔も知らない味方が多い。

 この状況下で〈スリープクラウド〉の被害を受けたカジノへ向かって走っている冒険者を見れば、まず”仲間”だと思うのが直感的な反応になる。

 城壁上から僕たちの背中を見て、そいつらが仲間じゃないと気付けるだろうか?


 ……その算段は機能した。僕たちはカジノへ向かう警備に紛れ、途中で進路を変える。

 そして、巨大なカジノの後ろ側を目指した。

 城壁の上を警備の冒険者が走っている。

 向かっている先は五海商会の護衛戦力が交戦している場所だ。


 くぐもった剣戟と爆発の音。叫び声。

 空気が戦場のそれへと変わっている。


『城壁上の戦況は、まだこっちが押してる! だけど敵が集まってきてるわ!』


 通信機から流れてくるブレーザーの戦況報告を聞きながら、カジノの裏手へ。

 ちょうど城壁から見えなくなる”くぼみ”の地点へ二本のロープを掛け、登る。

 リルが〈スリープクラウド〉の補充のために屋上へ向かっていった。


 僕は壁に残り、〈アイテムボックス〉から半円状の爆弾を取り出す。

 シェルターを破る手段としてフェイナが考えた特製アイテムだ。

 爆弾を壁に押し付け、魔力を流す。中の空気が抜け、圧力差で壁に張り付いた。


「補充完了なのです! 屋上のドアは閉まってて、誰か来た様子もなかったのです!」


 懐中時計を見た。現在時刻、午前の九時十分。

 補充した〈スリープクラウド〉の効果が来れるまで、あと十五分。


「よし。〈眠らずの十字架〉を」


 僕たち二人は魔力の滲み出す十字架を首から掛けた。

 身に着けてから半日ほどの間、絶対に眠ることができなくなる魔法のアクセサリだ。

 一回で使い切りの上に、例によって買うと一個数百万イェンから。高い。


「起爆するよ」


 爆弾へ魔力を流し、時限起爆装置を起動する。

 僕たち二人は数メートル上の地点で待機した。


「三、ニ、一、ゼロ!」


 爆発の力で盛大に壁が吹き飛び、大穴が開く。

 僕たち二人はその中へ飛び込み、一瞬のうちに部屋の中に敵が居ないことを確認した。

 リルが扉を蹴り飛ばして次へ移る。僕もまたリルと反対側に駆けた。

 事前に計画した通りのルートで、一つ一つの部屋を確かめていく。


 高級絨毯の敷かれた廊下。飾られた絵画と壺。

 そこから部屋に入ってみれば、金色の金庫と高級家具がギラギラ輝いている。

 この階はオフィスのはずだが、下のカジノと同じぐらい成金趣味だ。


「クリア」

「クリア!」


 一部屋の安全を確認するたび、声に出して伝える。

 部屋が多いタイプの迷宮での標準的な手順だ。ノウハウがある。

 閉所での戦闘をやらせれば冒険者に勝るものはいない。


「クオウさん! こっちに寝てる人たちが!」

「縛っておく」


 事務机の並んだ広いフロアに、黒い服で身を固めた人々が倒れている。

 リルに周囲を警戒させながら、手早く拘束した。


「よし。下だ」


 階段で次のフロアへ降りて、一部屋づつ確かめていく。

 外から聞こえてくる戦闘音を除いては何も聞こえてこない。

 不気味なほどに静かだ。思った以上に〈スリープクラウド〉の効果は出ている。


 だが、アルギロス・ゲインズの姿はどこにもない。

 幹部や警備の冒険者たちの姿もない。

 ……どこかに隠れているに違いない。カジノ区画にあるというシェルターか?


「オールクリアなのです。……この下からカジノなのですよね」

「ああ」


 懐中時計を確かめる。あと十分。

 再補給に上がるにはまだ早い。次だ。


 階段を降りた先には、無機質な従業員通路が伸びていた。

 窓が一つもない。外からの音も聞こえなくなった。


「ブレーザー? 状況は?」


 通信機からはノイズだけが返ってくる。

 壁が厚すぎるせいか、通信が届いていない。

 可能性は考慮されていた事態だ。状況把握は諦めるしかない。

 ……僕は通信機の送信スイッチをオンの状態で固定した。

 通信が届かないのだから、これで構わない。


 その時。静まり返った通路の奥から、床の軋むような音が聞こえてきた。

 僕とリルは顔を見合わせる。

 並んでいる扉のどこかに、潜んでいる者がいる。

 おそらく向こうからも僕たちの足音や声が聞こえていたはずだ。


「今すぐ武器を捨てて出てこい。降参すれば、命を取りはしない」


 返事はない。


「しょうがない。戻ってスリープクラウドを神経毒に入れ替えるよ。全員殺そう」


 ブラフを打つと、扉の一つから身じろぎする物音が聞こえた。そこだ。

 リルが静かに扉の右側で構える。僕は左側に付いた。

 ……フェイナが作り上げた”ラクート対策”の品を、ここで使うべきだろう。

 僕はアイテムボックスを開き、細長い金属製のアイテムを取り出す。

 一見すると爆弾に見えなくもない。そして実際、爆弾と言えなくもない。

 

 これは〈音響弾(スタングレネード)〉だ。

 相性の悪い魔法材料同士を激しく反応させ、すさまじい爆発音を引き起こす。

 威力自体は無いものの、まともに食らえば三半規管をやられて前後不覚だ。

 同時に眩い光を放つため、運が良ければ目も潰せる。


 僕たち二人は耳栓を着け、タイミングを合わせて動いた。

 リルが勢いよく扉を蹴り飛ばし、そこへ〈音響弾(スタングレネード)〉を投げ込む。

 大爆発の音が部屋の外まで伝わり、天井から埃がぱらぱらと落ちた。


 突入した先に冒険者たちがうずくまっている。

 事前情報で聞いていたDランクのパーティだ。

 警戒していた相手だけれど、もう既に全員が無力化されている。

 僕は〈バイター〉を握り、軽く全員を斬りつけた。

 彼らが掛けていた睡眠耐性の支援魔法が吸収されて、一瞬のうちに全員が眠りにつく。

 力を吸収する快感がぞくぞくと尾を引いた。

 誘惑を振り切って剣を〈アイテムボックス〉に戻す。


 戦いにすらならなかった。完璧な奇襲だ。

 ……原理から言えば、カエイやラクートが相手でも〈音響弾(スタングレネード)〉は有効のはず。

 冒険者はステータスの〈知覚力〉が上がれば上がるほど感覚が鋭くなる。

 その感覚の一つを破壊されれば、ダメージは常人よりも多い。


「さて、この先がカジノのはずだけど」


 念の為に冒険者たちを縛ってから、懐中時計を見る。あと五分。まだ行ける。

 戻って〈スリープクラウド〉を再補給するのは一分あれば十分だ。


 従業員用の扉をリルが蹴り開く。

 その瞬間、視界いっぱいに派手な色彩とぎらぎらした輝きが広がった。

 一見すれば華やかなカジノの輝きは、迷宮都市という街とよく似ている。

 この光に惑わされたものから一人づつ食われていくのだ。


 カジノの奥へと歩みを進める。僕たちを飲み込むように、闇が濃くなっていった。

 怪物の胃袋へと自ら足を踏み入れているような、不愉快な感覚がつきまとう。

 ……照明の付き方が半端だ。まだオープン前。照明を付けてる最中だったのか?

 それとも。


 振り返る。急激に深みを増した闇の奥で白刃が煌めいた。

 ……〈夜霧(ネビュラクラウド)〉の仕掛けを隠すため、照明を落としてあったんだ。

 瞬間的に〈アイテムボックス〉を開き、ありったけポーションを使う。


「後ろだ!」


 大丈夫だ。後方からの奇襲は想定される第一手。

 その先の展開まで対策してある。


「〈大盾(ワイドガード)〉!」


 リルが展開した魔法の盾が、走り抜けざまの猛烈な剣撃で砕けた。

 魔剣〈ミストチェイサー〉が切り開いた闇の合間に、冷たい瞳をした女がいる。

 僕の姿を見ても、反応はない。勢いを保ったまま曲がり、再びリルへ突撃してくる。


 それはミスだ。

 〈夜霧(ネビュラクラウド)〉は再使用までのクールタイムがある技能(スキル)だ。

 カエイがこのスキルを再使用できるまでの時間は十七秒。

 だから、この十七秒が経つまでカエイは防御に回る必要がある。


 けれど彼女はそのままリルへと攻撃を続けようとしている。

 判断力が落ちている証だ。

 想定していた分岐のうちイージーな展開に入った。

 

 ポーションを三つまとめて投げ、全員に効果を掛ける。

 〈攻撃力低下〉〈防御力低下〉と〈敏捷性低下〉。効果時間は五秒。

 さらに〈マギ・インバーター〉を掴み、カエイを見据えて斬撃を放つ。

 同時にカエイがわずかに進路を変え、僕の攻撃の範囲を避けながらリルを狙う。

 ……このパターンには、練習済みのセットプレイがある。


 ワンテンポ早く振るった僕の〈マギ・インバーター〉が、リルを浅く斬る。

 バフとデバフの反転効果。リルにはバフが、カエイにデバフが付く形。


「……行けっ!」


 リルが盾を捨てる。剣を両手で握り、捨て身の斬撃を繰り出す。

 交錯。同時に二つの血飛沫が飛ぶ。

 ダメージは……カエイの方が深い。

 バフとデバフを含めれば、ダメージトレードになればこちらが優位。

 走り抜けていく彼女が血の痕を引く。

 態勢有利。逃さない。敏捷性低下ポーションを投げ、当てる。

 盾を拾い上げたリルがすぐさま追跡に移り、じりじりと距離を詰めていった。


 ちらりと背を振り返ったカエイが、大きく跳び上がりポーカー・テーブルに乗る。

 更に、当日の大当たり額を発表する巨大な転写石版の掲示板へ。

 そして噴水へと軽やかに飛び移った。

 その身のこなしには眼を見張るものがある。ついていけない逃げ方だ。

 ……眼を見張るものがあるだけに、一抹の悲しみを覚えてしまう。

 本来のカエイなら、ただ逃げるだけじゃなく、何かを仕掛けてくるはずなのに。


「……」


 ライトアップされた噴水の最上部、水を吐き出す石像の上に立ったカエイが僕を見る。

 そこに感情の色はない。機械的に距離を測る瞳があるだけだ。


 彼女は跳び上がり、重力の力を借りて〈ミストチェイサー〉を振り下ろしてくる。

 どうとでも対処できる一本調子な攻撃だ。

 僕は空中にいる彼女めがけて〈風撃の指輪〉を放つ。

 発生した強烈な風が姿勢を崩したところへ追撃。

 それだけで、まともに斬撃が入った。鮮血が吹き出している。


 僕は……こんな状態のカエイと戦うために、努力を重ねてきたわけじゃない。

 だけど、こんな状態のカエイと戦えるだけでも幸運な部類だ。


 この街がどういうものか、冒険者がどういうものか、僕はもう知っている。

 輝かしいものではない。たいていの場合、現実の重力は夢を地面に引きずり落とす。

 ……それでも諦めずに、砕けた夢の欠片を拾い集めて空に挑む者だけが、夢を掴む資格を持っているんだ。


「終わりにしよう」


 だから、こんなところで止まるわけにはいかない。

 険しい現実を乗り越えて、進み続けるしかないんだ。


 〈アイテムボックス〉を開き、〈バイター〉を掴む。

 完全に準備の整った僕の元へと、カエイは相変わらず機械的な攻撃を仕掛けてくる。

 ポーションを使うまでもない。じっと彼女を見つめ、時を計る。

 ……柄を握り直し、待つ。

 間合いから一歩。半歩。……今。


 反動加速による爆発的な剣撃が、〈ミストチェイサー〉の軌跡を掠めて火花を散らす。

 そして、カエイの左腕に深い傷が刻まれた。

 ……胴体に入っていれば、この一撃で終わっていたはずだった。

 どれだけ覚悟を決めたつもりになっても、無意識が制止してくる。

 ……僕はまだ、非情になりきれない。


 同時に、〈バイター〉から伸びる管が強烈な魔力を腕に注いでくる。

 入ってくるものが力だけではない。なにか体を束縛するような異物感があった。


『そこでいい! 撤退しろ!』


 脳裏に聞き覚えのある声が響いた。

 これは……アルギロス・ゲインズのものだ。


 左腕を押さえたカエイが僕を振り返る。

 瞳に少しだけ光が戻っている。

 そこで気付いた。〈バイター〉は斬ったものを吸収する。

 おそらく、カエイの精神を縛っている術式でも吸収できるはず。


「まだ分からないのか?」


 カエイが不敵に笑った。


「オレにとって、お前なんか便利なパシリ役でしかなかったのさ。追放されてもまだ気付けないなんて、哀れな……」


 それは演技なのか? ……わからない。

 この状況で、そんな演技をする理由があるだろうか?

 僕は、自分の都合のいいように彼女の言葉を深読みしていただけなんだろうか?


「黙るのですッ!」

『”撤退しろ!”』


 脳裏に声が響くと同時に、カエイが背後へ跳んだ。

 僕の投げた敏捷性低下ポーションを避けながら、すさまじい速度で逃げていく。

 どことなく動きが良くなっていた。本来のカエイに近づいたような……。

 その背中を追いかけようとした瞬間、頭上でがらがらと金属音が鳴り響いた。


「……シェルター!?」


 僕たちの四方を囲むように、金属扉が勢いよく下りる。

 脱出は間に合わない。咄嗟に、地面との間へ鉤爪付きのロープを投げる。

 だが、鉄の鉤爪はシェルターの勢いに粉砕された。隙間の一つも作れない。


「わ、〈大盾(ワイドガード)〉!」


 展開した魔法の盾は、わずかに届かなかった。

 僕たちの四方を囲んだ扉が強く魔力の気配を放つ。

 強力な魔法によって補強されたシェルターだ。

 ……今の僕たちにとっては、檻と言ったほうが正しいかもしれない。

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