決戦の時〈9〉
わずかに時は巻き戻り。
クオウ・ノールが街中の巨大転写石版を一斉に乗っ取り、アルギロス・ゲインズが同じことをやり返してから、数分後。
迷宮都市の西側、噴水を備えた大通り広場に人だかりが出来ていた。
集まった人々の目は、平たく削り取られた円形の地面に向けられている。
そこにあったはずの噴水も、五海商会の戦力も〈ランドシップ〉もない。
ちょうど〈ゴブリンズトレイル〉の跡地がそうであったように、全てが消えている。
「これは……いったい?」
人混みをかき分けてきたソブランが呟く。
「おそらく〈迷宮化現象〉だわ」
隣にいた若い女の冒険者が、彼に説明した。
深く積もった新雪を思わせるような美人だ。
「話ぐらいは聞いてるでしょう? 以前にクオウさんが解決したアレよ」
「まあね。当事者だったから」
「なるほど。……ということは、あなたもクオウさんを助けにカジノへ向かう途中だったりするの?」
「あなたも? ……もしかして、スノウ・ソーラティアさん?」
「そしてあなたは……ソブランで合ってるかしら?」
「よく分かりますね。俺なんかの名前」
「大事件に絡んだ冒険者の名前ぐらい、覚えるわよ」
「スノウくん」
平らにえぐれた円の中央にいた男が、スノウを呼んだ。
人間ではない。鱗で覆われた姿と強い魔力から、高貴な種族……竜人だと分かる。
慌ててソブランは片膝立ちで恭順の姿勢を取ろうとした。
竜人相手にへりくだらないのは自殺行為だ。少しでも敬意が欠ければ殺される。
「そこのきみ。立ってくれないか? あまりへりくだられると、その、居心地も悪いものでね……」
「……?」
困惑しているソブランを、スノウが竜人の元まで引っ張った。
「それで、ウルヴィーク教授。どうですか?」
「うむ。君の見立て通りだったようだね。人為的に〈迷宮化現象〉を起こした痕跡が残っているよ」
ウルヴィーク教授が手を振ると、地面にちかちかと魔法陣の残骸が浮かび上がる。
「ゲインズ商会の仕業ね。狙い通り、まんまと五海商会の主力が消滅したってわけ……」
「状況証拠にすぎないが。ひとまず、五海商会の人々が囚われた迷宮へと転移門を繋げる準備を進めるとしよう」
ウルヴィーク教授は複雑な機材を操作していく。
その瞬間、遠くから断続的に爆発音が響いてきた。
カジノの方角だ。
「……始まってしまったわね。五海商会の戦力が無ければ、いかにクオウさんでも……」
スノウが顎に手を当てて、考え込む。
「……放っておいても五海商会は帰ってくるでしょうし。直接の支援を優先するべきね。時間的余裕もないわ」
「君も行くのか? なら、俺も一緒に行くよ。少しぐらい戦力の足しにはなる」
「ええ。頼むわよ」
それからスノウは、大声を張り上げて援軍を募った。
が、大半はただの野次馬だ。カジノへ向かいたがる冒険者はいなかった。
「危ないのですわ! めちゃくそ危ないのですわーっ! 退かないと皆さんを挽き肉にしてでも進みますわよーっ! こっちはテュラクのお嬢様なのですわよーっ!」
……妙な馬車の一台を除いては。
ほどほど高級な、しかし明らかにレンタルの馬車に、大きく紋章が染め抜かれている。
それはテュラク帝国の紋章だ。……紋章から塗料がちょっと垂れている。
「うわーっ!? なんか広場が変な事になってるのですわーっ!?」
中から降りてきた妙なお嬢様は、それから、スノウと同じ用に大声で援軍を募った。
……ソブランとスノウが応じた以外、やはり成果はなかった。
その二人ですら、彼女が”テュラク帝国の皇女”なる怪しげな自称をするものだから、だいぶ協力するかどうか迷っていたぐらいだ。
「仕方ありませんわね! お乗りになりなさいな! 特攻に行くわよ!」
二人は躊躇しながらも、仲間だと判断して馬車へ乗り込んだ。
たった三人の、妙な即席パーティだった。
戦力はあからさまに不足している。
「それで、どうするつもりなんだ?」
ソブランは”皇女”のザーラに尋ねる。
「とにかくカジノへと向かいますわよ! 先のことはそれからですわ!」
「……簡単に言うけれど、近づくことも難しい状況なのよ?」
馬車を運転していた御者が、「私に任せたまえ」と言った。
どうにも胡散臭い声色の男だ。
「……どこかで聞いたような声ね」
何かに気付いたスノウが、馬車の扉を開けて御者の姿を確認する。
「……ピルスキー? クオウと付き合いのある商人よね? ……何をやってるの?」
「うむ、いや、どうにも想定外の事象が重なったものでね」
「馬車のレンタルやってる店でばったり会いましたのよ! おかげでワリカンですわ!」
「自称皇女がこんな男とワリカンしてるんじゃないわよ……」
スノウは頭痛を隠せない様子だった。
「近づく手段のアテはあるのか? 要所はゲインズ商会の傘下が固めてるんだろ?」
「心配は無用だ、ソブランくん。狙える弱点は十分にある」
「な、なんで俺の名前を?」
「……む。封鎖が近づいてきたな。皆、静かに。気配を消したまえ」
積み上げられた土嚢や木の足場で閉鎖された道へと、馬車がゆっくり近づいていく。
見える範囲だけでも五名以上が、武器を構えて待機している。
左右の建物に潜んだ者を加えれば、とても正面突破は不可能な戦力だ。
「止まれ! カジノへと通じる道は全面封鎖中だぁ! 引き返すか殺されるか、さっさと選びな!」
うぉほん、とピルスキーが咳を払う。
「私はテュラク帝国のものだ。見ての通り、皇女様をお連れしている。君たちに道行きを指図される謂れはない」
「見ての通り? ……ハハッ、そんな馬車に皇女が乗ってるわけあるかよ!」
「何を無礼な!」
「おやめなさい」
馬車から降りたザーラが、完璧な淑女らしい声色でピルスキーを制する。
国では疎まれていた彼女だが、それでも公務に関わることはあった。
「この者たちが言う通り。不本意ながら、皇女にふさわしい馬車ではありませんわ」
本物の高級ドレスを身にまとったザーラの姿を見て、道を封鎖している男たちがわずかに動揺した。
そもそもカジノ〈リゾーティア〉は高級な施設であり、併設されているホテルに上流階級の人々が訪れるのは珍しいことではない。
「皇女様! 自らこのような者と話されてはいけません!」
「あなたに任せておいても言い争うだけですもの。皆様方、配下の無礼をお詫びします。お手間でなければ、ホテルの予約を確認していただけないかしら? テュラク帝国皇女、ザーラ・サルタナオウルの名があるはずですわ」
「よ、予約を……。わ、分かりました」
男の一人が通信機を取り出そうとする。
……が、他の男が慌てて止めた。
警備の男たちがひそひそと話しはじめる。
「お前、こんなときに確認して余計な手間を取らせたらどうなるか分かってんのか!?」
「いや、どう考えても怪しいって……確認しとかないと……」
「バカお前、ゲインズ様は無駄が嫌いなんだよ! 使えないって判断された連中がどうなったかお前も知ってるだろ、みんな頭を爆破されて死んでるだろ!」
「そ……そうなりたくはねえな……」
「だろ!?」
結論を出して、男たちがザーラの前に戻ってくる。
「えー、悪いんですけど、ホテルの方は危険人物に襲撃されてるとかで、この先へ通すわけには……」
「……そ、それは確かに……危ないですわ……帰ったほうがいいのかしら」
何故か納得しかけているザーラを、ピルスキーが二度見する。
「こ、皇女様! 大変です! ホテルの中には……御姉妹が!」
「……ああ! わたくしのドかわいい妹が! 行きますわよ!?」
「ええ! 君達、どきたまえ! 邪魔をするなら容赦はしないぞ!」
慌てて警備の男たちが馬車の前を塞ぐ。
「何度も言わせるな! 私たちはテュラク帝国の者だ! 証拠もある!」
ザーラが紋章の刻まれた薬入れを掲げる。
代々の皇族が継いできた本物の品だ。
「そ、それは……いったい……」
……だが、別の国の貴族が身につけている小物など、誰も知らなかった!
「愚か者どもが! ゲインズ商会へ薬の原材料を供給しているのは我々テュラク帝国だぞ!」
「そ……そうだったのか!?」
「分かったなら退け! さもなくばゲインズに連絡して、お前らの頭を一つ残らず爆発させてやる!」
「わ……分かったから、それだけはやめてくれ!」
脅し文句が効果を発揮して、ようやく道の封鎖が解かれた。
ザーラが優雅に馬車へと戻り、車窓から手を振ってみせる。
……離れたところで一息ついて身を起こしたソブランが、思わず呟く。
「自信満々な割にグダグダだったな」
「黙りたまえ。悪いのは台本を忘れたザーラだ」
「演技の基本は役になりきる事なのですわ! 少しなりきりすぎたとしても、わたくしのド優雅なお嬢様っぷりに説得されたのですから結果オーライですわ!」
「何だっていいわよ……そんなことより先のことを考えなさいよ……」
本気で頭が痛そうな様子のスノウが吐き捨てる。
「うむ。先のプランだが。考えている策がある」
「三文芝居で検問所突破するよりマシな策なんでしょうね」
「ゲインズが恐怖に頼って統治しがちな弱点をついた良い策だったと思うのだが……ともかく。君たちは魔法諜報(MAGINT)という概念を知っているか?」
「何だそれ? 冒険者には縁のなさそうな単語だけど」
「うむ。まだ新しい概念だからな。簡単に言えば……」
ピルスキーは御者席から中を振り返り、言った。
「魔法の痕跡や放射される魔力から情報を探ったり、遠隔で使われている魔法に横から細工をしたりすることだ」
「は、はあ」
「ゲインズぐらい頭のいい男なら、そういう新しい手段を使いこなそうとするものだ。実際、転写石版のハッキングをやり返してきた」
だが、とピルスキーは続けた。
「所詮は付け焼き刃だ。作戦保全(OPSEC)が甘い……長いこと魔法や魔力を研究しているような本職にかかれば、そこに付け入る隙があるということだよ」
意味深に微笑むピルスキーに圧倒されて、ソブランが唾を飲んだ。
「あ、あなたは……その、”本職”なんですか?」
「うむ。私はド素人だ。全然わからん」
「えっ」
「……ソブラン。こいつはアテにしないほうがいいわ……こういう男なのよ……」
「黙って聞いてれば何なんですの!? 結局策はあるんですの!?」
「あるとも。本職からの連絡を待つのだ」
「あるんだかないんだか分かりませんわー!?」
「もったいぶって話してたのは結局何だったのよ……ん? 本職?」
「うむ」
ソブランは懐から水晶玉を取り出した。
中に映っているピンク髪の少女が、こちらに気付いて小さく手を振っている。




