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決戦の時〈8〉


 外套のフードを深く被り、カジノ付近の裏路地を行く。

 人気はない。監視の死角は事前に調査済みだ。


「予定時刻まで一分」


 通信機にささやく。ブレーザーが『了解』と通信を送ってくる。

 今から少し前に、僕が昨日に録画した”演説”が終わっているはずだ。

 あと一分で五海商会が動き出す。それと同時に僕たちも攻勢をかける。


 脳内で、僕は計画の初動を確認する。

 僕とリルが正面から二人だけで殴り込みをかける前に、まずフェイナの作り上げた魔法薬〈スリープクラウド〉をカジノの換気システムに投入する。

 カジノが開くまではあと一時間。併設されたホテルがある以上、カジノ付近に一般人が居る可能性は高いものの、カジノ内部で一般人が巻き込まれる可能性は低い。


 〈スリープクラウド〉はその名の通り、吸い込んだものを眠らせる雲だ。

 精神に作用し、耐えられないほどの眠気をもたらす。抗える者はほとんどいない。

 同名の魔法が一部クラスの技能(スキル)として存在している。効果も同じだ。

 だが、この魔法薬は高級材料の恩恵で透明度が上がっている。

 効果時間のほうも伸びていて、雲が消えるまでは十五分ほどの時間があった。

 ……作っているのが”効果の高い代わりに効果時間の短い”フェイナじゃなければ、一時間ぐらい持ってもおかしくないレベルの材料なんだけど。


 とにかく、護衛をそれなりには無力化できるはずだ。

 ゲインズを含めた全員が眠ってくれれば嬉しいが、流石にないだろう。


『外に出てる護衛は事前情報通りだわ。このままなら砲撃で無力化できそうだ』

「了解。照準ズレてこっちに大砲が来なきゃいいけど」


 殴り込みをかけるタイミングで五海商会の〈ランドシップ〉による周辺拠点への支援砲撃、加えてカジノ敷地内へ煙幕弾の散布が行われ、僕たちの侵入を支援する手はずになっている。

 それからカジノの裏手をロープで上り、壁を爆破してカジノ上階へ侵入する。

 カジノ出入り口を重点的に警備する配置になっていれば、その裏を突けるはずだ。


 この爆破が行われる頃には、”ランドシップ”からの砲撃第二波が降り注いでいる。

 その音で僕たちの侵入を覆い隠す手筈だ。

 この頃には五海商会の攻勢が始まっていて、ゲインズの注意はそちらに向くだろう。


 そこから先は、展開に応じた計画は用意してあるものの、半分以上は即興になる。

 撤退のプランもある。五海商会に任せるのも選択肢だ。

 ……けれど、出来るならば僕たちの手でケリを付けたい。


『あと三十秒ー。パッケージ展開。魔法薬散布開始。濃度上昇、ばっちり!』


 通信機からフェイナの声が聞こえてきた。

 事前にスパイが仕掛けた〈スリープクラウド〉散布用の仕掛けは機能したようだ。


「よし。ブレーザー、入り口の様子は?」


 僕は空を見上げる。

 カジノを覆う城壁の上から、併設されたホテルの高層階が頭を出していた。

 ……あのホテルには、今日も世界各国から訪れた金持ち宿泊客が泊まっている。

 ゆえに、ゲインズも営業を停止することはできない。

 敵陣のド真ん中に建っているのだから、監視塔として最高の立地だ。


 規則的に並んでいる大きなガラス窓のうち一つが、きらりと輝く。

 ブレーザーの持っている双眼鏡から反射した光だろう。


『城壁の上にそこそこ警備が歩いてる。正門の左右には二人。手薄だな』

「薄くして正門に誘導する狙いだろうね。逆に食い破ってやろう」


 五海商会から借り受けたネジ巻き式の懐中時計を確かめる。

 作戦決行時刻まで十秒。

 正門が目に入った。警備は左と右に一人づつ。


「右を」


 外套を深く被ったリルが呟いた。

 下に身に着けた金属鎧が、歩調に合わせて物音を立てている。


「左をやる」


 決行まで、あと五、四、三……。


「……そこの二人! 止まれ!」


 警備の冒険者が、箱型の何かを口元に近づけようとした。

 きっとゲインズ商会の使っている通信機だ。

 僕は〈アイテムボックス〉から〈沈黙(サイレンス)〉ポーションを取り出した。

 一切の発声を封じる貴重な高級ポーションだ。


「……!!」


 着弾。報告しようとした冒険者の口からは、一切の物音が発されない。

 僕たちは外套を脱ぎ捨てて、武器を構えた。


「大盾撃/ワイドガード・バッシュ!」


 リルが魔法の盾を展開し、殴りかかって右の冒険者を気絶させる。

 同時に僕も〈バイター〉を抜き、峰打ちを放った。

 魔力やステータスがわずかに吸収されて、腕に刺さった管がぞくぞくと震える。

 魔石を斬ったときよりも、ずっと中毒性のある感覚だった。


 ……わずかにうめき声が出てしまったはずが、声が出ない。

 一緒に〈沈黙(サイレンス)〉の効果までが吸収されている。

 そうだ。この剣は敵に掛かっている魔法まで吸収してしまうんだった。


 幸い、効果時間は一瞬で切れるし、いま言うべきこともない。

 もう五海商会が動き出している。今にも城壁へ砲撃が降り注いで……。


「……?」


 懐中時計を確認した。

 もう砲撃が始まっているはずの時間だ。


「こちらクオウ。砲撃が確認できない。応答を」


 五海商会の”ランドシップ”に陣取るウィレムと繋がっている通信機へささやく。

 返事がない。


「どうなってる?」

『大変だぞクオウちゃん! ゲインズ商会も転写石版をハッキングしてる!』

「え?」

『ここからじゃ看板の映像しか見えねえから、何言ってるかわからねえんだけど……とにかくまずいぞ! 五海商会の動きもないわ!』


 何が起こってるんだ?

 分からない。けれど、おそらく、判断を待つ猶予はない。

 今すぐに撤退しなければ、僕たちは全滅する。


「クオウさん。皆は大丈夫なのですか」


 ホテルを見上げているリルが、僕に尋ねる。

 ……マイザとブレーザーとフェイナは、あのホテルに陣取っている。

 同じフロアに五海商会の護衛がついて防御を固めているはずだ。


 あのフロアが落ちる前に、五海商会の精鋭別働部隊が来れるはずだったんだ。

 五海商会が攻撃を掛けていれば、ホテルへ構っている余裕はないはずだった。

 このカジノの敷地内の戦力は少ないから。

 ……完璧な計画のはずだった。


「ブレーザー。そのフロアを固めてる五海商会の護衛戦力の様子を見に行って」

『ああ』


 だけど、五海商会が動かないなら、周辺を固めている戦力がこっちに向く。

 ……頼む。遅れているだけであってくれ。


『護衛の人たちも、通信が繋がらなくて、何が起こってるか分からねえって……青い顔してたわ。こりゃ相当まずいっつーか、俺達まさか見捨てられてる?』


 それが最悪の可能性だ。

 もしゲインズが何らかの手を打って状況が変わり、五海商会が”この作戦をやると不利益になる”と判断したなら。


 ゲインズ商会の戦力配置図を思い返した。

 カジノ本体は薄く、周辺の傘下勢力で構成された防御線は厚く。

 まるで、誘われて中に入り込んだ者を逃さないための網のような……。


 いや。まさか。そんな計画は不確定にすぎる。

 悪い方向に噛み合ってしまっただけだ。そうに違いない。

 ……今ならまだ、ホテルに居る戦力は発見されていないはず。

 そこの情報が漏れていたならば既に制圧されているはずだ。

 それに、僕とリルも発見されていない。まだ可能性はある。


「ブレーザー。ハッキングはまだ続いてる?」

『いや。終わってる』

「絵面から撮影場所が推定できるような情報はなかった?」

『……背景はオフィスだった。カエイを映すため映像を振ったとき、一瞬見えた間取りは、たぶんカジノの会議室と一致してた……と思う』

「そうか」


 正門の下から、豪華絢爛なカジノを睨む。

 ゲインズはそこにいる。カエイもそこにいる。

 そして、〈スリープクラウド〉の散布は成功している。


 一方で、脱出は……不可能ではないが、可能性は低い。

 ホテルの中にいる味方を見捨てれば僕とリルは脱出できるが、論外だ。


 五海商会の助力は見込めない。状況は不明だ。

 ラクートあたりの戦力が〈ランドシップ〉を奇襲したのか。ウィレムが僕を裏切ったのか。あるいは、この一件を派閥争いに活用した五海商会の幹部でもいるのか。

 いずれにせよ、誰からの援軍も期待できないのは同じだ。 


 考え、決断する。


「作戦続行。ゲインズを殺す。僕たちが生きる道は、そこにしかない」


 通信機へと、はっきり言い切る。


「五海商会の護衛はそこにいる、ブレーザー?」

『いるぞ。聞いてる』

「そのフロアから降りて城壁の制圧に向かって欲しい。ブレーザーたちは無防備になるけれど、この状況でそこに籠城する意味はない。城壁を抑えれば、外からの増援に対して少しは持ちこたえられるかもしれないから」


 知らない男たちが『……そ、そうだな。了解』と返事をしてきた。

 気は動転していても、彼らは敵中に派遣された少数精鋭の冒険者だ。

 きっと成果を出してくれる。


「それと、マイザは城壁上を警備してる冒険者への狙撃を開始して」


 ここから先は死者が増える。

 少なくとも、殺す相手に善人は居ない。

 麻薬取引や人身売買に手を出している連中ばかりだと事前情報で確認済みだ。

 ゲインズ商会のような後ろ暗い組織に雇われている冒険者は全員ろくでもない。


「注意が逸れたタイミングで、僕たちはカジノへ移動する。敵の戦力がここに集中するよりも早く、ゲインズを殺して指揮系統を麻痺させることを狙う」


 それが唯一の択だ。


『……警備が動き出したわ!』


 城壁の上がざわつきはじめ、警備が慌ててカジノの方向へと向かっていった。

 〈スリープクラウド〉に気付いた誰かが通信したんだ。

 そこで、どおんっ、と銃声が響く。ホテルの上階から狙撃が開始された。

 更にホテルのロビーから数名の冒険者が現れて、城壁へと駆けていく。

 警備の冒険者たちが混乱しながらホテルを指差し、口々に敵だと叫んでいる。

 よし。十分に場は温まった。

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