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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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十五 大手町 その二

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

「バン ウン タラク キリク アク」

 雨の中、亮と弦の差し迫った声が響く。

 塞を守る亮と、亮から宿主を遠ざけ()を浄化し続ける弦。

 必死の形相で二人は奮闘するがしかし――――。

 ゴォォォォ

 やがて一際大きな地鳴りが鳴り響いた。

 一拍おいて大地が揺れはじめる。

「っ! ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ!」

 亮が片目を眇めつつ、切羽詰まった声で祝詞を唱えた。

 だが地面の揺れは強まっていく。

 その周囲に聳え立つビル群が、みしみしと音をたてて揺れだす。ビルがしなる度に外壁が剥がれ、ぱらぱらと落ちてきていた。

 弦は揺れる地面に足を踏ん張り、必死に浄化を続ける。

「バン ウン タラク キリク アク」

 再び地鳴りが起こった。

 二人の表情に、さらなる緊張が走る。

 またしても揺れが強まるかと思えたその時のことだ。

 二人の男女が、亮と弦のものへとたどり着いた。

 年の頃は共に三十代後半と言ったところ。

 男性はすらりと背が高く、細目で柔和な面持ちをしている。女性の方は小柄で、意志の強そうなきりりとした表情をしていた。

 二人の姿を見た亮と弦の目が、驚愕に見開かれる。

才神(さいのかみ)さん、どうして…?」

 呆然とつぶやいた弦の声に、男――――才神主税(ちから)がやんわりとほほ笑んだ。

「大物忌の御采配です。その話は、後にしましょう」

「しかし、あなた方は今アメリカに――――」

 なおも続けようとする弦の声を遮るようにして、女――――才神すずが、呆れ顔で口をはさむ。

「相変わらずの堅物ぶりみたいね君。私たちが放逐されていることに、変わりはないわよ? でも細かいことはいいじゃない。ま、一種の緊急避難みたいなものだと考えてよ。この状況で、深く突き詰めて議論するような問題じゃないでしょ。さらっと流してよ」

 弦は、呆れの混じったような表情で何かを言いかけた。

 しかしすずは、弦の次の言葉を遮るように踵を返して亮の横に立ち、手に持っていた錫杖を大地に打ち付ける。ほほ笑んで亮を見やった。

「亮、久しぶり。よく頑張ったわね。後は任せて」

 亮は、すずと目が合うと驚いていたその表情を柔らかなものに変え、祝詞を唱えたままかすかにほほ笑んで返す。

 任せてとばかりにすずは頷くと片手で錫杖を支え、もう一方の空いている手片合掌し両目を閉じた。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 すずも一緒になって祝詞を唱えると、破壊された塚の周辺が淡い光を放ちはじめる。そして、ずたずたに引き裂かれた大地から淡い燐光が舞い上がりだした。

 その周囲では、弦と主税が()の浄化を行っていた。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

 弦に合流するなり、主税は刀印を結んで九字を切る。

 宙に描かれた紋様は、弦の式神が祓った()へと飛んでいった。

 まばゆいばかりの閃光とともに爆発が起こり、()は雲散霧消する。

 主税は次々と()の数を減らしていった。

 弦と主税が周囲を一掃している中、すずと亮は両目を閉じ、一心不乱に祝詞を唱え続けていた。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 祝詞を唱えると、舞い上がっていた光が、徐々に強まっていく。

 光りが強まると、すずは持っていた錫杖を破壊された塚の後に突き立てた。

 舞い上がっていた無数の燐光は、やがてすずと亮の体へと集まりだす。

 光が二人を包み込むと、二人の体が明滅しだした。

 その光は、眩いばかりの奔流となり、突き立てられた錫杖へと戻っていく。

 その錫杖を伝い、大地へと還って行った。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 大地に吸い込まれていった光りは、周囲を照らし明滅しながら薄らいでゆく。やがて光は一度消えた。

 しかし、それも一瞬の事。一拍おいた後、すぐに再び眩い閃光が辺りを包みこんだ。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 すずと亮の声が、高らかに響き渡る。

 光りは塚の周囲を覆いつくし、ひときわ強く輝いた。

 再び光が消え失せ、封印は完成する。

 すると、地鳴りはようやく鳴り止んだ。

 それを見届けた亮は、力尽きたように座り込む。両肩を上下させ、荒い息を繰り返していた。

 すずは、軽く笑って亮の肩をぽんぽんと叩く。

「お疲れ。少し休んでて」

 言って踵を返し、()の浄化を手伝いに向かおうとした。

 その背中を亮が呼びとめる。

「姉さん」

 呼ばれたすずは、亮を振り返った。

「何?」

 かすかに首を傾げて亮を見る。その仕草は、どこか日向を彷彿とさせた。

 亮は、眩しいものでも見るかのように目を細める。

「お帰り」

 亮がそう告げると、すずは破顔した。

「ただいま。すぐに終わらせるからちょっと待ってて」

 そう言って再び走り出し、すずは主税たちの元へと合流した。



 周囲の()を浄化し終えると、弦もまた座り込む。ぜいぜいと荒い息を繰り返していた。

 すずは両手を腰にやり、弦を見下ろす。

「全くだらしないわね。この中で一番若いくせに…。もうちょっと根性見せなさいよ」

 弦は、疲れた表情にかすかな怒りを込めてすずを見上げた。

「心外ですね私は――――」

 何かを言いかけて口を開くが、すずはみなまで言わせない。

「あ、ちょっと黙っててくれる? 言い訳なら後で聞いてあげるからさ」

 すずは、何かを思い出したといった様子で弦の言葉を遮り、すぐに視線を弦からはずして亮を見た。

「ねえ亮、日向はどうしてる?」

 弦は、かすかにむっとした表情で、開きかけた口を閉じる。

 二人のやり取りを見ていた主税が苦笑した。

「すみませんね。うちの奥さんは、なかなか人の話を最後まで聞いてくれない人なんですよ」

 弦は言葉を返さず首を横に振る。ため息を吐き出してから、疲れた体をそばにあった塀にもたせ掛けた。一時休息する。

 亮は、濡れた前髪をかき上げてすずを見た。

「日向なら鹿嶋に居るよ。大丈夫、病気もしてないし元気だから」

 亮の言葉に、すずと主税が安堵の息を漏らす。

「そう…ですか…。日向は元気なんですね、よかった…。亮君、不甲斐ない両親に代わって、日向の面倒を見てもらって本当にありがとう」

 主税が亮に頭を下げた。

「義兄さん、そんなふうに頭下げたりしないでよ。日向の面倒は、僕が好きで見てるだけなんだからさ」

 亮はほほ笑んで、ひらひらと手を振って見せる。

 しかし、そこで表情を一変させると、冷たい表情でちらりと弦を一瞥した。

「そうだ、この際だから姉さんたちに一つ報告しておきたいことがあるんだよね。まだ未確認情報で、ちょっと小耳にはさんだだけなんだけど…」

 一度言葉を切ると、亮は視線をすずと主税に戻す。

「なんかね、そこでみっともなくへばってるサラブレッドがさ、フザケタことに日向の夫候補に名前が上がってるらしいんだよね。しかも最有力候補なんだって」

 亮の言葉に、すずと主税が驚愕に目を見開いた。

「ちょっと…夫って何よ!? 日向はまだ16よ!? まだまだ子供じゃない! それが夫ですって!? あの陰険ジジイども、いったい何考えてんのよ!」

 すずが地団太を踏みながら怒りをあらわに叫ぶ。

 主税も表情を消し去り、無表情になって弦を見た。

「甕君、まさかとは思いますが、よもやそんな馬鹿げた話、承諾したりしてはいませんよね」

 口調は穏やかだが、ぞっとするような冷たさを孕んでいる。

 弦は、その目を真正面から見返した。

「返事は…保留してあります」

 主税は片眉を上げる。

「保留?」

 聞き返したその声は、恐ろしく冷たいものだった。言外に非難の色がありありと含まれている。

「そうですか、では今すぐ断りなさい」

「…」

 有無を言わさぬ主税の言葉に、しかし弦は無言だ。

「甕君?」

 重ねて主税がたずねると、弦は息を吐き出した。

「日向は半陰陽です。たとえば私が断ったとしても、すぐに違う鬼が伴侶に選ばれるだけですよ。それに、日向はあなた方とは違って、自分の責務をきちんとわきまえています。自由気ままに己を貫き通すあなたたちには理解できないでしょうが――――」

 弦が言い切る前に、主税がその胸ぐらを掴む。

 弦は、怒りをあらわにする主税を、真正面から見返した。

「殴りたければどうぞ、そんなことをしたところで何も変わらない。あなたたちに、現状を変える力は何もない」

 弦は静かに、しかしゆるぎない強さを秘めて言い放つ。

 主税は、奥歯をギリリと鳴らして弦を睨み据えた。

 が、やがてその手を放した。

 すると弦は、澄ました顔で乱れた襟元を直す。

「大丈夫ですよ才神さん。日向は…あの子は自分自身で選び取る力を持っている。日向は、あなたたちが思っているよりも大人です。子供は、知らぬ間に育っているものですよ。まあ、未婚の私が言う事ではありませんが…」

 亮が両腕を組み、不満そうに鼻を鳴らした。

「そうだね、日向を知った風な口ぶりで言うのやめてくれる? なーんにも知らないくせにずうずうしいんだよ。だいたい君、自分の理想が一番正しいと思ってるでしょ。自己陶酔もいい加減にしろって感じ。そういうの、虫唾が走るんだよね」

 剣呑な光を宿した眼差しで弦を見る。

 すると弦が目を細めて亮を見返した。

「おや、奇遇ですね。めずらしく最首さんと意見があったようです。私も、あなたたちのように、自分とその近親者のことしか眼中に入らない人種が大嫌いなんですよ。結局のところ、あなたたちは自分のことしか見ることのできない自分勝手な人間でしかない。その偏狭な視野を少しは広げて見たらどうです?」

 その言葉に、すずが鼻白んだ。

「はあ!? ケンカ売ってんの? 上等じゃない。あたしが買ってやるわよ」

 すずが弦の前に進み出た。

「すずさん、おやめなさい」

「主税さん? このままこいつに好き勝手言わせておくつもり? 冗談じゃないわよ、私こいつと親子になんかなりたくないわ! こんな根性悪日向の夫になんてふさわしくない!」

 叫んだすずの肩に、主税が手を乗せる。

「すずさん、甕君の言い分にも一理あります。だからその意見を覆すためにも、私たちにはしなければならないことがあるはずです」

「主税さん…」

 主税はすずの前に出て、弦を見下ろした。

「甕君、君の言葉は耳に痛い。確かに私たちは他人から見れば、子供を犠牲にして自分たちの幸せを選んだ自分勝手な人間にしか見えないのだろうね…。でも、私たちは日向を見捨てたつもりはないし、犠牲にしたつもりもない。これからも私たちなりのやり方で、日向の幸せを全力で守るつもりですよ。たとえ他人の目にどう映ろうともね」

 主税と弦は、無言のまましばしお互いを見つめあう。

 先に視線を逸らしたのは弦だった。

「ではその覚悟、是非行動で示してみてください」

 弦はそう言って踵を返す。

「言われずともそうしますよ」

 主税の言葉を背中に聞きながら、弦はそのまま遠ざかっていった。


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