十六 直感
四方田の運転する車は、ちょうど荒川を超えたところ、埼玉と東京の県境付近を移動しているところだった。
車内は終始無言だ。
水箏も火織も黙り込み、日向は、じっと窓の外を見つめている。
窓ガラスには雨が激しく叩きつけていた。
そんな折、不意に日向の耳へ四方田の声が飛び込んできた。
「まずいな…」
じっとラジオに聞き入っていた四方田は、そう呟いて眉根を寄せる。
「どうかしたんですか?」
どこかぼんやりしていた日向は、ラジオを聞き逃していた。
改めて聞き返すと、四方田はミラー越しに視線を投げかけてよこす。
「交通規制だが、どうやら都心方向への車両進入禁止をはじめたらしい」
「え? それって…」
「都心への車の乗り入れは無理ってことだな」
「そんな! じゃあ、僕たちはどうやって冴月様たちのところへ行けばいいんですか?」
四方田は一度考え込んだ。
「進入禁止とはいっても、おそらくちゃんと規制されているのは主要道だけだろう。規制されていない道を使って、行けるところまでは行ってみる。ただ、被害状況によっては車で進むのが難しくなるだろうな」
「だったらバイクにしようぜ。バイクならたぶん都内でもいける」
火織が口を挟んだ。
四方田は片手で顎を撫でる。
「バイクか…そうだな、少し回り道になるが、この先に調達できる場所がある。一旦そこに向かおう」
水箏は、そこで一度何か口を開きかけた。しかし、すぐに黙り込む。
手をのばして日向の手を取った。
「水箏さん?」
日向は隣の水箏をのぞき込むようにしてみるが、水箏の視線は四方田に向けられたままだった。
「ヒナはバイク運転できないわよね」
囁くように問いかけられた質問に、日向は目をまたたく。
「はい、できませんけど…。それがどうかしたんですか水箏さん」
首を傾げて水箏を見るが、水箏はその問いかけには答えず、視線を火織に移した。
「火織、あんたが日向を乗せなさいよね」
火織は驚いた表情で水箏を振り返る。
「俺が? 何で」
「いいから、あんたは安全運転でヒナを乗せるの!」
ぴしゃりと言い放つ水箏に、火織は釈然としない表情を浮かべた。
しかし不承不承頷く。
「まあ別にいいけど…でも、どうしたんだよみーたん、なんか変だぞ?」
日向も不思議そうに水箏を見るが、水箏はそれきり黙り込んだ。
日向とつないだ手をぎゅっと握りしめてきたため、日向は首を傾げて水箏を見る。
しかし、水箏の視線は四方田に注がれたままだった。
気付いた四方田は、苦笑を浮かべながらため息を吐き出す。
「それで納得がいくなら好きにしろ。全く嫌われたもんだなあ」
ぼやくように言いながら、車を走らせた。
「どこ向かってるんスか?」
火織がたずねると、四方田はちらりと火織を見る。
「板橋区だ。ちょうど鬼の一族が経営するバイクショップがある」
「ふーん、そうなんスか」
火織は、あまり興味なさそうに言って窓の外を見た。
雨がやむ気配は見えない。
「雨ん中バイクで走るの嫌いなんだよな」
その呟きに答えるものはいなかった。
四方田の運転する車は、板橋区にあるバイクショップに到着した。
車を止めると、四方田は三人を振り返る。
「バイクを調達してくる。降りるか?」
日向と火織が答えようと口を開き開けたが、それより先に水箏が口を開いた。
「私たちはここで待ってるわ」
まるで突っぱねるかのようにきっぱりと言い切ったため、日向と火織が弾かれたように水箏を振り返る。
水箏の視線は、鋭く四方田へと注がれていた。
四方田はやれやれとばかりに肩をすくめる。そのままドアを開け、雨の中小走りにバイクショップへと入っていった。
「みーたん、どうしたんだよ。今のはさすがに感じ悪いぜ?」
「そうですよ水箏さん。なんだかさっきから変ですよ?」
日向に問いかけられ、水箏は小さく息を吐き出す。視線を上げ、日向をとらえた。
「あのねヒナ、しゅーちゃん先生が言ってた内通者についてなんだけど…はっきり言って、私は今あの人を疑ってる」
言って水箏は、四方田の消えたドアをチラリと見やる。
日向と火織は目を見開き、驚きの声をあげた。
「え!?」
「そんな!? どうして四方田さんを疑うんですか?」
水箏は小さく息を吐き出す。
「確証はないから単なる勘になるわ。でも、正直言って何もかもが怪しく思えるの」
「何もかもが怪しい? 例えば?」
火織が腕を組んで問いかけた。
「そうね、まずは盗まれた神宝のことだけど、あの人武蔵の神宝が盗まれていたこと知ってたのに、しゅーちゃん先生が話を切り出すまで黙ってたわよね。そこが変だわ。なんで先に言わないのよ。隠しておく意味がないじゃない。それに、あの人武蔵に所属しているくせに、常陸の神宝が盗まれた時に、都合よく常陸に居たのも変。それからしゅーちゃん先生が私たちに武蔵の拠点に残るように言ったのに、勝手に東京へ連れて行こうとするのも変だわ」
水箏の言葉に、日向と火織は黙り込む。
「ま、そうだな…変っつったら変だけど…でも、ただの偶然かもしれねえし、今の段階では、俺にはまだ何とも言えねえな」
「そうですよ水箏さん。それだけで四方田さんを内通者と決めつけるのは早いと思います」
日向は戸惑うように水箏を見た。
「確かに今の段階では私の単なる勘でしかなくて、証拠がないから決めつけることができないのは十分わかってる。でも、なんだか嫌な予感がしてならないの。本音を言ったら、今すぐこの車を運転して常陸の拠点に戻りたいくらいよ」
水箏は焦れたように爪を噛む。
「ねえ火織、あんた車運転できないの?」
「二輪の免許しかねえけど、運転ならできる」
「じゃあ運転してよ」
水箏の必死な表情を見て火織は考え込んだ。
「みーたんの勘てよく当たるんだよな…」
言って日向をちらりと見る。
「お前はどう思う」
日向は考え込むように視線を伏せた。
「確かに、水箏さんのそういう勘がよく当たることは、僕も知っています。でも…」
迷うように視線をさまよわせる。
「ねえヒナ、私の勘を信じてよ」
真剣なまなざしで見つめられ、日向はもう一度考え込む。
しばし考えた後、やがてその視線を水箏に向けた。
「わかりました。まだ四方田さんを内通者と決めつけることはできないけど…でも、水箏さんの勘は信じます。僕、水箏さんの意見に従います」
「ヒナ!」
水箏は感激したような声をあげて日向に抱きつく。
「じゃあ、善は急げよ。火織、早く車を――――」
しかし、水箏が続けようとした言葉を、火織が人差し指を立てて遮った。
「みーたん黙って。来た」
火織の視線を辿れば、ちょうど四方田が店の中から出てくるところだった。
水箏が舌打ちをする。
「みーたん、今は様子を見よう。隙ができたら逃げればいい」
その言葉に水箏は頷いた。
「火織、ヒナの事頼むわよ」
火織が答える前に、車のドアが開く。
「用意ができた。移動するぞ」
三人は、無言のまま車を降りた。




