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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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七 新宿 その一

「ひでえなこりゃ」

 ビルを出た良蔵は、周囲を見回して呆然とつぶやく。

 東京の街は、一瞬にして大きく様変わりしていた。

 停電し、明かりの消えた大都会には、たとえようのない圧迫感のようなものが漂っている。

 遠くでは、緊急車両の鳴らすサイレンが、けたたましく響き渡っていた。

 良蔵は息をのんでその光景を見つめている。

 足元には、割れたガラスの破片や看板、外壁などの落下物が散乱していた。

 古い建物は無残に破壊されている。

 すぐそばにある古いビルは、一階が潰れて折れ曲がり、隣の真新しいビルにもたれかかるようにして危うい均衡を保っていた。いつ倒れてもおかしくないような状態だ。

 その証拠に、ミシミシと不気味な音が聞こえ、ぱらぱらと外壁の破片が落ちてきている。

 降りしきる雨が、倒壊を速める気配を感じさせた。

「ここから離れたほうがよさそうですね」

 怜治の言葉にうながされ、冴月、良蔵、土岐は雨の中を歩きはじめる。

 四人が移動する幹線沿いの状況は深刻だった。

 あるビルは、三階部分だけが見事に潰れ、その上に残る上階が、二階の上にいびつな格好でのっかっている。

 他にも、ビルの外壁が無残に崩れ落ち、内側がむき出しに見える建物や、根元から折れ、道路を塞ぐように倒れているビルもあった。

 人々は、裸足のまま道路に飛び出してしゃがみこみ、雨の中呆然自失の状態で惨状を見つめている。

 しかし、やがてどこからともなく火の手が上がりだし、辺りにもうもうと煙が立ち込めはじめると、恐慌状態に陥った人々が、我先にと逃げ惑いはじめた。

 瓦礫によって道を塞がれ、身動きの取れなくなった車からは人が降り、とにかくどこかへ避難しようと、道に人があふれかえる。

 人の波を避けるように、道の端に寄った四人は、しばし足を止めた。

 にわかには信じがたい東京のありさまに、良蔵は呆然と首を横に振る。

「ほんとにひでえな…」

 良蔵の言葉に、怜治が頷いた。

「この状況では、車での移動は無理ですね。なんとか東京支部に戻る手段を探しましょう」

 怜治がそう言って歩き出そうとするが、冴月だけが立ち止まる。

 気付いた怜治が、不思議そうに冴月を振り返り、首をかしげた。

「冴月さん?」

「お前たちは、一度支部に戻って指示を受けろ」

「冴月さんはどうするつもりです」

 怜治は怪訝な表情で訊ねる。

 すると冴月は、無表情のまま怜治を見返した。

「お前に答える必要はない」

 全てを拒絶し、突き放すように冴月は言い放つ。

 良蔵が、ずいと前に出て冴月を睨みつけた。

「そんな勝手な言い分、聞けるわけねえだろ。この状況で、お前に単独行動なんかさせられるかよ、ふざけんな」

 しかし冴月は首を横に振る。

「ここでの指揮権は俺にある」

「うるせえよ、そんなもんくそくらえだ。混乱した現場で、お前みたいな経験の浅いヒヨッコの指図なんかうけられっかよ」

 良蔵が怒りをあらわにして冴月を睨みつけた。

 怒りの宿るその眼差しを、探るように細める。

「お前…何か情報握ってんだな? そうなんだろ?」

 良蔵は、何か確信めいた口調で問いつめた。

 冴月は何も答えなかったが、良蔵は一人で何かを納得すると、両手を後ろのポケットに突っ込み、冴月の側に歩み寄る。

「お前、口がかてえからな。口を割らせるより、お前を見張っていたほうが早い。おら、どこへでも好きなところに行けよお坊ちゃん」

 良蔵は片方の口角を釣り上げると、挑戦的に冴月を睨んだ。

 冴月は、何の感情も宿らない冷たい表情で良蔵を見返していたが、やがて無言のまま踵を返す。

「勝手にしろ」

 背中越しに言い放たれた言葉に、良蔵、怜治、土岐の三人は、互いに目配せをした。

 良蔵がわざとらしく肩をすくめて見せると、三人は冴月の後に従った。



 降りしきる雨の中、冴月はもくもくと歩き続ける。

 その足は、新宿にある鬼王神社に向かっていた。

 程なくして、ビルの谷間にうずもれるようにして存在する神社に到着すると、冴月は境内を見回す。

 道路は人であふれかえっていたが、境内に人影はなかった。鳥居も社殿も、損壊することなく無事に残っている。

 地震による停電で明かりはなく、辺りは暗く不気味な気配を醸し出していた。

「ここの塞は無事みてえだな」

 良蔵の言葉に怜治が頷く。

「この塞が無事であるということは、まだ東京の結界は完全に機能しなくなったわけではないのかもしれません。かろうじて生き残っている可能性がありますね…」

 怜治が、ひとり言のように言ったが、冴月は何も答えず再び歩き出す。

 良蔵は、面白くなさそうに鼻を鳴らしながらも、冴月の後について歩いた。

 冴月は、鬼王神社にほど近い、とあるビルに足を踏み入れる。

 ビルの入り口横にある大きな窓が地震によって破損しており、冴月はそのガラス窓の桟に手をかけると、ひらりと飛び越え中に侵入した。

 良蔵、怜治、土岐の三人は一度顔を見合わせる。いぶかしげな表情を浮かべたが、無言でその後ろに従った。

 冴月は、躊躇うことなくビルの奥へと進み、管理室と思しき無人の部屋に入る。

 勝手知ったる様子で、備え付けの懐中電灯を手に取ると明かりを灯した。パソコンの設置された机の引き出しを漁って鍵を見つけ出すと、その鍵を壁際にある古めかしい巨大な金庫の穴に差し込む。

 ダイヤルを複雑に回して金庫を開錠すると、中から鍵の束を取り出した。

「おい…その鍵はなんだ?」

 良蔵が声をかけるが、冴月は答えない。

 冴月はその鍵を手に、無言で管理室を出ていった。


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