五 焦燥
車内には、長い沈黙が下りていた。
四方田は、眉間にしわを寄せたまま車を運転している。
不意に修也が、真一文字に結んでいた口を開いた。
「それが事実なら…あの外国人たちの行き先が、増々わからなくなるな…」
修也は両腕を組んだまま背中をシートにもたせ掛け、視線を天井に向ける。考え込むようにして、視線を宙の一点に向けた。
武蔵の拠点に近づくにつれ空は曇り、ぽつりぽつりと雨が降り出している。
日向や水箏、火織も、厳しい表情でじっと何かを考え込んでいた。
「どうもしっくりこないんだよな…よくわからんが、何かがずっと引っかかっているんだよ…」
修也はつぶやいて、顎に手をそえる。
日向は、火織の向こう側にいる修也を、前のめりになって見た。
「守部先生は、いったい何が引っかかっているんですか?」
修也は顎を撫でる。
「うまく言えないが、この一連の流れができすぎているっていうかなんというか…」
日向は不思議そうに目をまたたいた。
「できすぎているんですか?」
「ああ…」
頷いて黙り込んだ修也の横顔を、じっと見つめる。
日向のその視線にうながされるようにして、修也は再び口を開いた。
「このところ東京で虺の出現が頻発していた…」
修也の言葉に、日向頷く。
「僕たちも東京で浄化のお手伝いをしていました」
「そうだ。最初は近隣の応援を頼んで、東京で多発していた虺の出現に対処していた。だが、それがどうも組織的に何者かが行っているらしいということが発覚し、今回地方の鬼たちに招集がかかって、東京に集められた。その隙を狙うかのようにして常陸の神宝は奪われた。タイミングが良すぎる。まるで俺たちの動きを把握しているかのようじゃないか?」
修也の言葉に、日向は戸惑いの色を見せる。
修也は、なおも続けた。
「実際、俺たちは十の塞の警護ばかりに目が言っていて、神宝の方は警備がおろそかになっていた。その隙を狙うようにして神宝は盗まれたんだ」
言って修也は視線を伏せる。
「まるで、こちら側の手の内を見透かされている…そんな気がしてならないんだ」
眉根を寄せて呟かれたその言葉に、日向はかすかに首を振った。
「そんな…だってもし守部先生の言葉が正しいのだとしたら…」
日向はそこで言葉を飲み込む。
その続きを、水箏が代わって口にした。
「誰かこちら側の情報を漏らしている人間がいるのかもね」
水箏の言葉に、日向と火織が弾かれたように顔をあげる。
「水箏さん!」
そう呼んだ日向の声には、非難するような色が混じっていた。
しかし水箏は、厳しい表情のまままっすぐ前を見つめる。
「みーたん…本気でそんなこと思っているのか? 鬼の中に裏切者がいるなんて、そんなことあるはずねえよ」
火織もまた信じられないとばかりに首を横に振り、自分に言い聞かせるようにしてそう呟いた。
「そうかしら? 私は、ずっとそんな気がしてたわ。ま、単なる感だけどね」
水箏の言葉に、日向と火織は絶句する。
だが修也は違った。
口元を固く引き結び、じっと宙の一点を睨み据えている。
「そうだな…そう考えると、俺の感じている違和感にも納得がいく」
呟かれた修也の言葉に、日向は目を見開き、呆然と視線をさまよわせた。
「そんな…そんなはずありません。僕にはそんなこと信じられない」
言って唇を噛みしめる。
「ヒナの気持ちはわかるけど…でもねヒナ、私たちはどんなことが起こっても対処できるように、最悪の状況を想定しておくべきだわ。信じなくたっていいの。ただ…少しでいいから私の言葉を念頭に置いておいてくれない?」
そう言って水箏は日向を振り返った。
「水箏さん…」
日向は戸惑った表情で水箏を見返す。
水箏は、日向を安心させるように微笑んだ。
「ヒナ、そんな顔しないで? ヒナは、ヒナが正しいと思うことをすればいいのよ。正しいと思うことを選べばいい。それは、絶対に間違っていない。私が保証するわ」
日向は、無言のまま水箏を見返す。
その眼差しには、整理の付かない様々な感情が入り乱れていた。
それきり皆が沈黙する。
重苦しい空気が充満する車内で日向は視線を外へと向け、ただじっと窓ガラスを叩く雨を見つめ続けていた。
やがて四方田の運転する車は、埼玉県秩父市にある武蔵の拠点へとたどり着いた。
雨は本降りに変わり、激しい雨が大地に叩きつけている。
日向、水箏、火織、修也、四方田の五人は、雨の中車を降りると、一度拠点の中に入った。
拠点の中は、まるでハチの巣をつついたような騒ぎだ。
神宝が奪われ、東京の塞は壊滅状態、地震の混乱により通信手段が確保できていないとなれば、さもあらん。
慌ただしく人が行き交う中、四方田は四駆の車の手配をしに席を外した。
修也は、差し出されたタオルで濡れた髪をぬぐいながら、拠点に居た鬼から、なんとか東京の情報を引き出そうと試みる。
しかし、ラジオから得た情報とさほど変わらぬ情報しか得ることができず、修也の顔色は険しく変わりはじめた。
今回の地震の震源は千代田区であった。
震源付近の震度は六弱で、東京ではいまだに大規模な停電が起こっているようだ。被害や行方不明者などの情報は、まだ定かではない。
そして、東京の塞の状況についても、武蔵の拠点では把握することができていなかった。
守長である信太と弓削も、石神東京支部に詰めていたらしく、いまだに連絡が取れていない状況である。
「拠点にもまだ何も情報がないのか…いったい何がどうなっている…」
修也は唇を噛んで踵を返した。
「しゅーちゃん先生?」
水箏の声に、修也は心配するなとばかりに手を上げる。
「常陸の拠点と、石神の本部に連絡を取ってくる。すぐに戻る」
そう言って、修也は部屋の奥へと向かった。
残された日向、水箏、火織の三人は、拠点の縁側から深夜に降る雷雨を眺めている。
日向は、無言のままその耳に携帯を押し当てていた。
拠点についた日向は、ずっと冴月の携帯を鳴らし続けているのだが、全くつながる気配はない。
その表情は、焦燥の色ばかりが濃くなっていた。
何度も何度も電話をかけなおす日向の手に、水箏がそっと触れる。
日向は、携帯を握りしめたまま手を下ろした。
必死で感情を押し殺すようにして、日向は口を開く。
「千代田区の大手町には、叔父様がいるはずなんです…。それに、新宿には冴月様たちが…」
そう言った日向の表情は、今にも泣き出しそうなものだった。
「今まで、ずっと大丈夫だって、自分に言い聞かせてきましたけど…でも…僕…心配で…」
日向は震える声でつぶやき、拳を握りしめてうつむく。
「ヒナ…」
水箏は、気遣わしげに日向を見やった。
日向は、涙をいっぱいにためた、今にも不安に押しつぶされてしまいそうな表情で水箏を見返す。
「僕不安なんです。いてもたってもいられないんです。皆は無事なんでしょうか? 僕…僕…一言でいいから冴月様のお声が聞きたい」
言葉と同時に頬を伝った涙に、水箏は思わず手をのばした。
日向の頭を、その胸に掻き抱く。
「大丈夫よヒナ、大丈夫だから泣かないで?」
水箏は、眉根を寄せて日向の髪に頬をうずめた。
日向は、水箏に縋りつくようにして泣き出す。
その小さな背中を、水箏は落ち着くまでずっと撫で続けていた。




