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塞の守り人  作者: 里桜
第四章
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二 ソロモン計画

 深夜の上空を飛んでいたヘリコプターは、山梨県にある、とある別荘地へと降り立った。

 別荘の敷地は、雨上がりでぬかるんでいるが、空は雲の切れ間が見える。

 この地を通り過ぎた雨雲が、今まさに東京で雷雨を降らせているに違いなかった。

 バシャリ

 水音をたてて、ヨアヒムが地上に降り立った。

 その後ろに新井が続く。

 深夜の山間には、虫の声ばかりが響きわたり、のどかな景色が広がっていた。

 今宵、東京を中心に起こった地震の余韻は、かけらも見えない。

 そこには、ただひっそりとした穏やかな夜の気配ばかりが存在していた。

 二人は、目の前にある、深い木々に覆われた別荘へと足早に向かう。

 避暑地特有の、涼しげな夜風が吹く中を歩いていると、不意にヨアヒムの携帯が鳴り出した。

 ヨアヒムは足を止め、内ポケットから携帯を取り出して耳に押し当てる。

 すると相手は、前置きもなしに話しはじめた。

 〈そちらの首尾は上々のようだな〉

『はい。おおむね予定通りです』

 〈おおむね? 何か不手際があったのかね〉

『不手際というほどのものではありませんが…東京の被害が、想定していたよりも少ないようです。原因は調査中です』

 〈メディアや各国の反応を見る限り、結果は良好のようだが…しかし失敗は許されない。次の報告では原因を精査しておくように〉

『はい、必ず』

 〈では、第二段階へすすめ。Project Solomonを始動せよ〉

『かしこまりました』

 携帯電話を切ると、ヨアヒムは新井に視線を投げた。

『次の計画を実行に移すぞ。ソロモン計画の実行だ』

『ソロモン計画…例のMKウルトラ計画の派生計画ですね』

 新井の言葉に、ヨアヒムは頷く。

『そうだ。1950年代に、アメリカのCIAが、元ナチスの科学者やSSなどを集めて実際に行った、あの悪名高い洗脳実験の後身計画だよ』

 新井は、かすかに考えるそぶりを見せる。

『確かMKウルトラ計画は、マインドコントロールの効果を立証する実験であったとか…』

『表向きはな』

 ヨアヒムは鼻で笑い、言葉を続けた。

『あの実験の本質は洗脳だ。実験は、LSDやモルヒネなどの薬物投与によって行われたことが有名だが、他にも放射性物質、催眠、カルト宗教、マイクロ波、脳内移植、電気ショック、拷問…ありとあらゆる方法を用いて人体実験が行われていた。その目的は、人間を完全にコントロールすることにあった。たとえば、ある任務を被験者に実行させ、その終了後に記憶を消すというようなSF小説にでもありそうな話を、実現させることが目標だったのだ。そしてこの技術は、様々な人間支配に応用されようとしていた。この技術を利用して新しい統治方法を確立し、世界を掌握しようと模索していたのだよ。人間を洗脳し、意のままに操ることができれば、戦争をする必要もなくなるからな』

『なるほど、委員会のもくろみ通りというわけですね…。しかし、MKウルトラ計画は、打ち切りとなっていたはずですが…』

『表向きはな。薬物投与では重篤な副作用を産みだし、予測不可能の不安定な結果しか生み出さない。そのため、MKウルトラ計画は打ち切りになったとされているが…本当のところ、実験はほぼ成功しているのだ。SF小説で行われるような洗脳テクノロジーは、完璧ではないにしろすでに確立され、実用すらされているのだよ』

『完璧ではないのですか…?』

 ヨアヒムはうなずく。

『今の段階での技術は未熟で、被験者に精神疾患が起こるのだ』

『そうなのですか…それにしても、未熟ではあっても洗脳が可能であるのなら、何故その技術を使って新しい統治を実行しないのですか?』

『そこにはまた別な利権も絡んでくる。かのアイゼンハワーも批判していただろう。陰でアメリカを支配する産軍複合体が戦争を起こし、自分たちが作り出している武器を消費させるように仕向けているのだと。世界の構図は、そんなに単純なものではないのだ』

『なるほど…』

 新井は得心がいったという様子でうなずいた。

 ヨアヒムは、ざらりとした顎を一撫でする。

『委員会主導のもと行う今回の後身プロジェクト――――ソロモン計画は、洗脳技術を補完するため、悪霊を使っての検証を行う』

『悪霊――――つまり()を使うわけですね。その実験は成功するのでしょうか?』

 新井の質問に、ヨアヒムは皮肉げな笑みを浮かべた。大仰に、肩もすくめて見せる。

『さあな。()を憑依させ、祓った後の人間の状態を見る限り、薬物投与の結果とそう代わり映えはしないと思うが…しかし委員会の考えは違うようだ』

 ヨアヒムは、小ばかにしたような表情を浮かべていた。

『今後、委員会の人間が東京へ大量に投入される。くれぐれも我々の計画を悟られてはならない。委員会の実験への協力は惜しむな』

『かしこまりました。そのように指示をいたします』

『それから、今回のソロモン計画の最終結果は、タビストックで総括される。今までのわれわれの検証データも含め、全てタビストック人間関係研究所に送っておけ』

『はい、かしこまりました』

 新井は深く首を垂れる。

 ヨアヒムは目を細め、夜の闇の中にそびえる富士山を見上げた。

『それにしてもソロモン計画とはよく言ったものだ。果たして『()』は、ゴエティアの悪魔なのか…』

『ゴエティアの悪魔…古代イスラエルのソロモン王が使役したという72柱の悪霊のことですね』

『そうだ。今回の計画は、悪霊――――()によって実験を検証する。だからソロモン計画と名付けられたのだよ。なかなか洒落たコードネームだ。しかし――――』

 ヨアヒムは一度そこで言葉を切り、ぎらついた眼差しで富士山を見つめる。

『この日本の地下に、真にうずもれているモノは、悪霊などではない。私は、それを証明してみせる』

 欲望を宿したヨアヒムの激しい目が、静かにたたずむ富士山を凝視していた。


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