十三 富士研修所 その三
「ヨアヒムと新井を見つけました。しかし、会話がドイツ語なので、何を話しているのかほとんどわかりません」
式神を通して得た情報を、怜治が良蔵に伝えると、良蔵は眉根を寄せた。
「冴月は? 日向はそこにいるのか?」
「二人ともこの辺りにはいないようです。ヨアヒムと新井の会話ですが、わかる範囲の内容では、どうやら草薙剣について何か話しているようです。あの様子では、おそらくまだ手に入れることができていないのでしょう。それに、冴月さんや日向のことについても何か言っているようですが…はっきりとはわかりません。もしかしたら、二人はこの施設から逃げだしたのかもしれませんね」
「そうか…そうだな。そう推測すれば、研修所が騒がしくなってる説明もつく。冴月が、無事日向を助け出してくれていたらいいんだが…」
良蔵は、視線を伏せる。
怜治も良蔵の言葉に同調した。
「もう少し建物の内部を探ってみます」
「そうしてくれ。――――っ!」
良蔵は頷いて車に乗ろうとしたが、周囲を見回して緊張した表情に変わる。
「怜治、どうやら歓迎してくれているみたいだぜ」
怜治も軽く息を吐き出し、構えを取った。
いつの間にか、二人の周囲はたくさんの外国人たちに囲まれていたのだ。
「歓迎なんていらなかったのですけどね」
「全くだ。こちらの動きは、読まれてるってことなんだろうな」
「なかなか手ごわい相手です」
良蔵が、先手必勝とばかりに一気に間合いをつめて攻撃を仕掛ける。
後に続いて、怜治も良蔵のフォローに回った。良蔵の背後を狙ってくる敵の腕を取り、軽く捻って体を投げ飛ばす。
良蔵は、静かな怜治の攻撃とは対照的に荒々しく、力任せに男たちを蹴り飛ばし殴りつけていた。
『ヨアヒム様、準備が整いました』
新井の声にヨアヒムは振り返る。
ヨアヒムは、先程まできっちりと着こなしていたスーツを脱ぎ、動きやすいラフな服装に着替えていた。
『そうか、ところで四方田の始末はついたか?』
『いいえ、まだ死んではいません。しかしもう虫の息。後は時間の問題です。我々の役に立っていたのならば、すぐにとどめをさしてひとおもいに楽にしてやったところですが、奴には煮え湯を飲まされておりましたので、じっくりと時間をかけているところです』
『なるほど、良いとは言えぬ趣味だが、お前に任せよう』
ヨアヒムは、シャツの襟元を直してから富士を一瞥する。
『気象情報の確認は済んでいるか?』
視線は富士を捕えたまま新井にたずねた。
『はい、現在のところ富士の噴火レベルは上がっておりません。しかし、火山性微動が急増しており、噴火レベルが引き上げられるのも時間の問題ではないかと思われます』
『なるほど、ようやく機が熟したか…。さて十の塞の封印が破れるのと、我々が草薙剣を手に入れるのとではいったいどちらが先かな』
ヨアヒムが新井に視線を戻し、皮肉のこもった笑いを浮かべる。
新井は深々と頭を下げた。
『不手際が続き、計画に支障をきたしていること、誠に申し訳ございません』
『そう思うのならば、なんとしてでも手に入れろ。このままでは、最悪草薙剣を欠いた状態で事に臨まねばならん。我々の計画をより確実に遂行するためには、草薙の剣が必要なのだ』
新井はさらに頭を深く垂れる。
ヨアヒムは再び富士を仰いだ。
『素戔嗚尊が八岐大蛇を倒した折、その尾から発見したという草薙剣。是非とも手に入れたいものだ』
欲望にぎらついたヨアヒムの目が、突き刺さるように富士へと向けられていた。
ポタリと雫が顔を打ち、日向は目を覚ました。
続いて、体中のいたる所に痛みを覚える。
「つっ!」
体を動かそうとして、思わず呻き声をあげた。
そして――――。
(え…?)
周囲を見回して、思わず呆然とする。
日向は目を開けているはずなのだが、何も見えず、ただ真っ暗な闇ばかりが存在していた。
(何…?)
日向は痛む体を叱咤して、何とか上体を起こしてみる。
手をついた地面は冷たい岩肌で、ごつごつとして濡れていた。
何も見えない視界に不安になり、片手を顔に持っていって、自分の輪郭を確かめて見る。
そのまま下に下ろし、体を確かめてみた。途中、擦り傷や打撲のせいか痛むか所もあったが、折れてはいなかった。ちゃんと五体満足に体は存在している。
日向は、安堵に胸をなでおろした。
(僕…どうしてこんなところに――――)
そこまで考えて、ハッと息をのむ。
ようやく意識を失う直前の出来事を思い出した。
(そうだ、あのエリザとかいう女に襲われて…穴に落ちたんだ!)
日向は周囲を見回してみる。
(穴の中だから、こんなに暗いんだな…)
目が闇に慣れ、周囲の景色がうすぼんやりと浮かんできた。
すると、すぐ側に横たわるエリザの姿を見つける。
「っ!」
日向はとっさに近寄り、エリザの呼吸を確かめてみた。
(生きてる…)
再び安堵の息を吐きだす。
(あれ? でも…。じゃあ沙織様はどこだ?)
もう一度周囲を見回してみるが、沙織の姿は見えなかった。
(あ、そうか…。ここは地下だから、沙織様は降りてこないのか…)
通常、塞によって地下に封じ込められている虺は、地下に潜ることを忌避する習性がある。それゆえ宿主である沙織は、地下に降りることをためらっているに違いなかった。
その時、不意に上の方からぱらぱらと小石が降り注ぎ、反射的に上をふり仰ぐ。
すると、狭く曲がりくねった縦穴のずっと上の方から、ライトの明かりがちらちらとのぞき見えた。
『おい! まだ着かないのか!?』
遥か上部から、怒鳴るようなドイツ語が聞こえてきて、日向は表情をこわばらせる。
(追っ手だ…)
日向は、手探りで立ち上がった。
洞窟は狭く、小柄な日向が、中腰でようやく立ち上がれるような高さしかない。
逃げ場を探して周囲を見回してみるが、あるのは、腹這いになって進まなければならないような、細く開いた貝の口のような隙間ばかりだ。
日向は逡巡したが、上から迫りくる敵の気配を感じて覚悟を決める。
(このままここに居ても、また捕まるだけだ。どこか隠れることができるような場所を探さないと…)
日向は地面に腹ばいになり、隙間のようなその穴の中へと足を入れた。
つま先で探りながら、ゆっくりと進む。
日向は、狭い洞穴を這うようにして足の方から潜りはじめた。




