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塞の守り人  作者: 里桜
第五章
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八 目覚め

 日向は、体中を苛む痛みで目が覚めた。

 両目を開けると、見たことのない建物の一室の床に転がされていることに気付く。

 そこは、会議室のような部屋だった。

 長机やパイプ椅子が折りたたまれて壁際に置かれた、広いだけのがらんとした簡素な部屋だ。

 装飾品も、壺や絵が必要最低限のインテリアとしてわずかに飾られているばかりで、実に殺風景な部屋である。

 日向はその部屋で、両手両足を縄で固く縛られた状態で目が覚めた。

 周囲を見回してみるが、近くに人の気配はない。

 不自由な体で上体を起こすと、痛みで顔をしかめた。腹部や背中、腕、足と全身に痛みがあるが、どうやら骨まではいっていないようだ。

 日向は、深呼吸を繰りかえして痛みをやり過ごしてから床を這って窓際に移動した。そして、締め切られた遮光カーテンの中に頭を突っ込んで、窓の外を見やる。

 すると、窓の外には雄大な富士山の姿が臨めた。

 夕映えを受け、赤銅色に輝く富士の姿は神秘的ですらある。

 日向はただ驚愕に目を見開き、呆然とその優美な姿を凝視した。

(そんな…。僕は東京に居たはずなのに…どうしてこんな場所に?)

 日向の記憶は、闇堕ちした沙織に襲われたところで止まっている。

 沙織との戦闘で気を失った日向は、このところ寝不足だったこともあって、そのまま泥のような眠りについてしまっていたのだ。

(それに、叔父様や水箏さん、商長さんはあの後どうなったんだろう?)

 闇堕ちした沙織の、桁外れの強さを思い出し、日向は身震いをする。

 と、そこに一台の車が到着した。

 日向はとっさに頭を低くして、建物の外に止まった車を伺う。

 すると中から、見覚えのある外国人たちが下りてきた。エリザ、ヴォルフラム、ギーゼルベルトの三人である。

(あいつら!)

 日向は、あの三人に一度連れ去られそうになっていた。その時の因縁を思い出し、身を固くする。

(でも…あいつらが今到着したばかりだとすると、僕は別な奴らに捕まったのか? それに、奴らもここに居るってことは、あいつらの仲間の誰かに捕まったということなのか?)

 考えて見るが、答えが見つかるはずもない。

(とりあえず、なんとかここから逃げ出さなきゃ…)

 車から降りた三人が、窓の向こう側にある別棟に姿を消したのを確認すると、日向は必死で手足の縄をほどきにかかった。



 エリザたち三人が消えた建物の中には、すでにヨアヒムをはじめ、新井、エッカルト、オイゲン、四方田の姿があった。

 ヨアヒムは、エリザが差し出した木箱を受け取ると、目の前の執務机の上に置く。

 オーダーメイドの執務机の上には、大小二つの古めかしい木箱が並んだ。

「これで武蔵の道反玉、常陸の八握剣がそろったな」

 そう言って、ヨアヒムは四方田を見る。

「本来ならば、もう二つの神宝が手に入るはずだったが、予定に狂いが生じた。お前の落ち度だぞ四方田」

 四方田は軽く肩をすくめてみせた。

「二つの神宝が手に入ったのは、俺のおかげだと言い換えてもらいたいところだな。お前たちだけで、神宝を手に入れることはできなかったはずだ」

 すると、新井が鋭い視線を四方田に向ける。

「増長するな四方田、口を慎め」

 新井が叱責すると、エリザが四方田を見てくすりと笑った。

『無能な男ほど、言い訳が上手なのよね』

 自分の髪をいじりながら、ドイツ語でつぶやく。

 ギーゼルベルトたちは、これ見よがしに失笑してみせた。

 言葉の意味を理解できない四方田だったが、しかし雰囲気から内容を察する。自分に好意的ではないと理解して押し黙った。

 ヨアヒムは、部下たちの言葉を黙殺して続ける。

「しかし、石神の中でも秘匿され、その存在を一部の人間しか知らされていなかった草薙剣の守護者を特定できたことは功績だった。これで草薙剣が我々の手中に収めることができれば、すぐにお前の汚名もすすぐことができよう」

 四方田は、読めない表情を浮かべたまま押し黙り続けた。

 ヨアヒムは、ふっと笑みを浮かべる。

「もうじきだ…」

 ヨアヒムは感慨を込めて小さくつぶやき、踵を返して部下たちに背中を向けた。両手を後ろ手に組む。

 つぶやきの意味を一人だけ理解できなかった四方田は、胡乱な表情を浮かべてその背中に視線を向けた。

「前からお前との話でかみ合わないことがあると感じていた」

 四方田が口を開くと、ヨアヒムは再び振り返る。

 その目を見返して、四方田は続けた。

「お前は日本の地下に封印されている『龍』に興味があるようだが、たとえ草薙剣を手に入れたところで、『龍』を御することなどできはしないぞ」

 念を押すように告げると、ヨアヒムは暗い笑みを浮かべる。

「もとより承知の上だ」

「解せんな…。『龍』が目的ではないというのなら、いったい何が目的なのだ?」

「それははじめに言ったはずだ。私は十の塞の封印を解くことを目的としている。共通の目的を持っていたからこそ、お前と手を組んでいたのではないか。忘れたわけではあるまい」

「それはそうだが…」

 四方田はそれが理解できないのだといった様子で、首を横に振った。

「十の塞の封印を解いたのちには、世界の破綻が待っていることは、以前説明した通りだ。しかし、お前の言葉を聞いていると、破綻以外の何かが存在すると言っているように聞こえる。封印を解けば世界は破滅する。これは紛れもない事実だぞ」

 確認するような四方田の口ぶりに、ヨアヒムが低く笑う。

「今更臆したのか?」

「臆したわけではない。お前が何か思い違いをしているようだから真実を教えてやっているまでだ」

「ならば問題ないだろう。今更わかりきった話を持ち出す必要はない」

 そう言ってヨアヒムは再び背を向けた。

『むろん私とて、おまえのくだらんプライドに付き合って、一緒に心中してやるつもりはないがな』

 ヨアヒムのつぶやきに、ギーゼルベルトたちが忍び笑いを漏らす。

 四方田は、鋭い目つきで周囲を見回した。



「ぃつっ!」

 日向は痛みに顔をしかめた。

 瀬戸物の破片を掴んだ指先からは、鮮血があふれ出ている。

 しかし日向は、痛みをこらえて破片を掴みなおすと、再び手を動かしはじめた。

 日向のそばには、割れた壺の破片が散乱している。

 日向は室内に飾られていた壺を落として割り、その破片を使って縄を解こうとしているところだった。

 不便な手で縄に破片を押し付け、必死で手を動かす。表情は焦燥感で塗りつぶされていた。

(早くしないと…)

 急ぐあまり手つきは乱暴になり、手首のあちこちに傷がついている。しかし日向は手を緩めなかった。

 やがて手首の紐を切ることに成功すると、すぐに足の縄を解きにかかる。

 傷だらけの手で、足の縄も切ると、日向はドアノブに手をかけた。

 だが、ドアには鍵がかかっている。

 すぐに周囲を見回し、先程外を見た窓に視線を止めた。

(窓から出るしかないか…)

 日向は窓に近寄り、カーテンの隙間から慎重に窓の外を伺う。

 エリザたちの乗っていた車は、先程と変わらぬ位置で停車しており、その周囲に人影はなかった。

 日向のいる部屋は二階だったが、しばしの逡巡の後、施錠されたサッシに手をのばして鍵を開ける。

 そろりと窓を開け放ち、周囲を警戒しながら窓から飛び降りた。

 地面にはうまく着地できたが、しかしすぐさまドーベルマンが吠えたてながら日向に襲い掛かってくる。

 日向は舌打ちをした。

 飛び掛かってくるドーベルマンを蹴りで凌いでから走り出す。

 その時のことだ。

 日向の脱出に気付いたエリザたちが、勢いよく建物から飛び出してきた。

(くっ! もう見つかったか)

 日向は視界の隅にその姿を捕えながら、目の前に広がる森の中に逃げ込んだ。


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