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塞の守り人  作者: 里桜
第五章
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七 出立

 水箏は、怜治と良蔵が立ち去った方向をじっと見つめていた。憂いに満ちたその両目は、すがるように向けられている。

 火織が、水箏の横に並んだ。

「みーたん、心配なのはわかるけど、後は二人に任せるしかないよ」

 水箏は、何かを堪えるように眉根を寄せる。まるでそうしなければ、その痛みに耐えられないのだとばかりに。

「そんなこと…言われなくてもわかってるわよ!」

 強がるように言って踵を返す。

 火織もまた眉根を寄せ、一回り小さく見える水箏の背中を見つめた。

 水箏は小走りに亮へと近寄り、無言のままその隣に腰かける。

 亮が手をのばし、黙って水箏の頭にぽんと触れた。

 水箏はうつむき、自らの両足を抱え込むようにして手を回すと、膝に額をつける。長い間、何かに耐えるようにそうしていたが、しかしやがて耐え切れなくなったのか、両肩を震わせて嗚咽を漏らしはじめた。

 亮は、水箏の肩を引き寄せ腕の中にそっと頭を抱え込む。

 すると水箏は、自らの足を抱えていた両腕を解き、亮に縋りついた。そして、声をあげて泣きはじめる。堪えていたものが堰を切ったように流れだし、水箏は子供の様に泣きじゃくった。

 亮は少しだけ困ったような表情を浮かべながらも、黙って水箏の背中に手を回す。

 そんな二人を、火織は少し離れた場所から見つめていた。痛ましげに表情を歪め、言葉を失くしてただその場に立ち尽くす。

「ヒナ……ヒナ!」

 わんわんと鳴き声を上げる水箏を腕に抱いたまま、亮はふと空を見上げた。

 空は晴れ渡り、昨晩の雨の気配は微塵も残ってはいない。

 地上を包みこむ不穏な空気などまるで感じさせない、清々しい青空を見つめてから、亮は再び視線を地上へと戻した。

「水箏ちゃん、お願いがあるんだけど…いいかな?」

 水箏はしゃくり上げながらも涙をぬぐい、不思議そうに亮を見上げる。

「さっき、僕たちで東京支部の状況確認することを、渋る怜治君たちから無理やり請け負ったけど…」

 怜治と良蔵は、自分たちが東京支部の状況を確認してから富士に行くことを主張していた。

 冴月の移動手段は神田に居た時点では徒歩であったが、しかし怜治たちにはバイクがあること、そして外国人が言っていた日向と草薙剣の交換期限は今日いっぱいであるが、まだ昼前であることなどを加味し、東京支部の状況は怜治と良蔵で確認し、その後富士へ向かうと主張していた。

 しかし水箏が、自分たちが東京支部に行くので、怜治と良蔵はすぐに富士に向かってほしいと頼んだのだ。

 亮は黙って成り行きを見守っていたが、結局怜治たちが折れ、亮に全てを一任し、怜治と良蔵は富士へと向かったのだった。

 亮は、不思議そうにまたたく水箏をじっと見下ろして続ける。

「その件なんだけど、火織君と水箏ちゃんに任せてもいい?」

 水箏は、瞬時に表情を引き締めると、真意を探るように亮を見つめ返した。

「亮さん…ヒナを助けに行くの?」

 水箏の問いかけに、亮は頷く。

「見ての通り、僕は戦力外通告されてる身の上だし、ここに残ったとしてもできることは少ないと思う。…いや、それは体の良い言い訳だな…」

 亮はかすかに眉根を寄せてほほ笑んだ。

 それは、自分自身の不甲斐なさを自嘲しているかのようにも見える。

「僕はさ、いまだに水箏ちゃんほど大人になりきれていないんだよ…。ごめん、僕は鬼としての責任を放り投げ出してでも、この手で日向を助け出したい。僕にとっては日向が全てなんだ。自分でも呆れちゃうけど、水箏ちゃんの言葉を借りるなら、たとえ世界と引き換えにしてでも日向を助けたいんだよ。だから…どうかお願いだ。僕を富士に行かせてくれないか?」

 火織は目を見開く。

「なんだよその言いぐさ。この期に及んでまだ自分勝手な行動しようってのか!? ふざけんなよ!」

 掴みかからんばかりの勢いで亮に歩み寄った。

 しかし水箏がそれを止める。

「火織、やめて」

「みーたん!?」

 非難の混じる火織の声を黙殺し、水箏はごしごしと涙をぬぐった。

「亮さん、体は大丈夫なの?」

「大丈夫だよ」

 亮は穏やかな微笑みを浮かべ続ける。その表情には、何か覚悟のようなものがうかがえた。

「そっか…」

 水箏は吐息をつく。

 涙にぬれた目をそのままに、水箏もまた微笑みを浮かべた。

「わかった…。行ってらっしゃい」

「みーたん!」

「火織は黙ってて」

「けど――――」

 水箏は、火織の言葉を遮って続ける。

「でも亮さん約束して、必ずヒナも亮さんも無事帰ってくるって」

 亮は、穏やかな笑みを深めて頷いた。

「約束するよ」

「絶対よ? りょーちゃんや怜治先生も、それからあのバカ男も…みんな無事じゃなきゃ許さないから」

 水箏はあふれ出る涙で表情を歪めつつ、必死で亮を見上げる。

 亮は、そんな水箏の頭を再び引き寄せて抱きしめた。

「絶対に約束する。ごめん。それからありがとう」

 亮の言葉を聞いて、水箏は再び嗚咽を漏らしはじめる。

「本当にごめんね。行ってきます」

 そう言葉を残すと、亮は水箏の体を離し、決意を宿した表情を浮かべて立ち去った。

 将門塚には、水箏と火織の二人が残される。

 火織は、憤懣やるかたないといった様子で近くの瓦礫を蹴飛ばした。

「みーたん、いったいどういうつもりだよ。なんであのオッサンを行かせたりしたんだよ」

「火織、あんた誤解してる」

「誤解?」

 片眉を上げる火織に、水箏ははっきりと頷く。

「そう、誤解。私もあんたも、りょーちゃんや怜治先生、亮さんたちに守られてるのよ。それがわからない?」

「守られてる?」

 火織は怪訝な表情を浮かべた。

「今東京に残ってる敵はたぶん雑魚だけよ。敵の本体は今、富士に集結している。私たちは東京を任された形になってるけど、その実、天秤にかけてより安全なほうを任されてるだけに過ぎないの」

 火織は目を見開く。

「さっきの亮さんの言葉には、たぶん本音も混じってると思う…でも、これだけははっきりと言える。亮さんは、鬼の責任を簡単に放り投げるような人じゃない。あんなふうに自分の事を悪く見せて、我が儘言ってるようなスタンス貫いて行っちゃったけど、本当は違う。亮さんも、りょーちゃんや怜治先生と一緒で、私と火織を安全圏に残して、自分が危険な場所に行っちゃったのよ」

 そう言って、水箏は表情をくしゃりと歪めた。

「私、悔しい。もっと強くなりたい。亮さんやりょーちゃん、怜治先生みたいに、もっともっと強くなりたい!」

「みーたん…」

 水箏は、火織から隠すようにして両手で自分の顔を覆う。

「私がもっと強かったら、富士に連れて行ってもらえたのに…。悔しいよ」

 覆った手のひらの下を、涙が伝った。

 その時のことだ。

「それはどういう意味ですか?」

 不意に第三者の声が聞こえ、火織と水箏はハッと振り返る。

 するとそこには、弦の姿が在った。

 火織と水箏は、一度視線を見合わせる。

 弦は、そんな二人に歩み寄りながら再び口を開いた。

「富士がどうしたというのです? 最首さん、卜部さん、百目鬼さんが富士に行ったと聞こえましたが、富士で何が起こっているというのですか?」

 弦は真剣な表情で矢継ぎ早にたずねる。

 水箏は涙をぬぐい、火織と一緒に自分たちの経験した全てを弦に話した。

 話を聞くにつれ、弦の表情が厳しく変わる。

「なるほど、もう一人の裏切者は、やはり四方田さんでしたか…。道理で…」

 弦は視線を伏せ、その先の言葉を飲み込んだ。うつむいた弦の表情には、後悔にも似た何かが潜んでいる。

 しかし、再び顔を上げたその時には、それらの感情は全て払拭されていた。

「話しはわかりました。では、君たち二人は、引き続き将門塚の守護に専念してください。東京支部は今、信太さんと弓削さんにお任せしてありますので、じきに復旧できることでしょう」

「守長たちは無事なのね。よかった…」

 水箏が胸を押さえ、安堵の息を漏らす。

 すると弦は、それ以上言葉を続けることなく踵を返した。

「おい、あんたは何処に行くんだよ」

 火織がたずねると、弦はかすかに後ろを振り向く。

「言わずもがなというものでしょう」

 そう言って、弦は一度だけ富士山のある方向を指さして見せた。それ以上の言葉はなく、そのまま歩きはじめる。

 火織と水箏は、黙って弦を見送った。

 二人が見つめる弦のその背中には、怒りのような気配が現れていた。


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