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塞の守り人  作者: 里桜
第五章
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六 決意

 亮は、顎をつまんだままかすかに首を傾げる。

「つまり冴月君は、日向を助けるために草薙剣を持って、単身富士に乗り込んだってこと?」

 亮の問いかけに、怜治は硬い表情でうなずいた。

 亮は「ふーん」と言ったきり黙り込んだが、良蔵は盛大なため息とともに頭を掻きむしりはじめる。

「あんのクソガキ! 何一人で勝手に動いてんだよ! なんであいつはいつもそうなんだよ!?」

 良蔵は拳で壁を殴りつけた。

 怜治も寂しげな表情で微笑みを浮かべる。

「少しは彼を理解できているつもりでしたし、信頼されているのだという自負もあったのですが…。どうやらそれはただの独りよがりで、私の勝手な思い上がりだったようです」

 怜治は、遠くを見るように目を細めた。内心では、ようやく冴月の本音に触れられたと感じたあの瞬間の出来事を思い出し、寂しさは尚更膨らんでいる。

 しかし水箏は、そんな怜治に向かって首を横に振って見せた。

「それは違うわ、怜治先生」

 水箏の言葉に、怜治が振り返る。怪訝な表情を浮かべ、視線で問いかけた。

「私には、あの陰険男の気持ちが少しだけ理解できるの。怜治先生の言い分は、嫌というほど理解できてるのよ。本当だったら先生の言う通り、諏訪に報告して判断を仰ぐのが正解なんだと思う。でも、頭ではわかっていても、気持ちがついて行かないの。同じ状況に立たされていたら、きっと私もあのバカと同じことをするはずだわ」

 怜治がわずかに目を見開く。

「水箏…」

「怜治先生の事を信頼していないとか、そういう問題じゃないの。ヒナに関わることを、諏訪に丸投げすることなんてできない。他人に任せられるような問題じゃないの。もし自分がヒナを助け出すためのカードを持っているのなら、私はそのカードを使って必ず自分の手で助けて見せるわ」

「そのカードが、世界を天秤にかけるような重要なカードだったとしてもか?」

 良蔵が、何処か冷たさの宿る表情で水箏に問い返す。

 水箏はその目をまっすぐに見返してうなずいた。

「そうよ、世界だろうが宇宙だろうがそんなの関係ない。たとえどんなカードであっても、必ず使いこなしてみせる。もちろんカードをみすみす捨てるつもりなんてないわ。ヒナもカードも、この手で絶対に守って見せる。ヒナの事なのに、他人に下駄を預けて、高みの見物なんてできるわけない。怜治先生を信頼してないわけじゃないの。相談したって止められることがわかってるから、だから言えないだけなの」

 揺るがぬ眼差しではっきりと言い切られ、怜治と良蔵は視線を見合わせ苦笑する。

「実に水箏らしい意見ですね」

「ほんと強情で我が儘で手のかかる、しょーもねえガキどもだよ」

 良蔵が、諦めたようなため息を吐き出した。

「馬鹿なガキのケツを叩いてやるのも大人の仕事だよな」

 怜治は肩をすくめて見せる。

「その仕事は良蔵に任せましょう。私は、今の言葉で改めて思い知らされましたよ。自分もかつては子供だったというのに、子供の頃には持っていたはずのどこか危うい――――けれども純粋でまっすぐで、ひたむきな気持ちを、今まで忘れていました。大人はずるい生き物ですからね。総合的な判断という観点を隠れ蓑に、結局のところ無難な判断しかできなくなっている。諏訪に任せたところで、日向の無事を100%保証できるわけではないのにね…。私はもっともらしい言い分で、ただ自分の保身を図っただけに過ぎなかったのかもしれません。きっと冴月さんは、私のずるさを見抜いていたんです」

 良蔵は、辟易したような表情で首の後ろを掻いた。

「あのな、そんなわけねえだろ。あいつのは、そんな褒められたようなもんじゃねえよ。単なる無謀、考えなしの無茶でしかねえ。怜治、お前まで毒されんなよ。あいつは失敗した時の事を考えてねえだけなんだからな。大人は、失敗した時の責任の取り方までちゃんと考えてる。だから、無茶ができねえだけだ」

 良蔵は、親指で自分の胸を指す。

「俺たちは賢いんだよ。で、こいつらがバカなだけだ」

 言って、良蔵は顎をしゃくって水箏を指した。

「ええそうよ。とっても賢い大天才のりょーちゃんとは違って、私たちはただの馬鹿なの。もうクソガキでもなんでも結構よ」

 訳知り顔で言うと、水箏は両肩をすくめて両掌を見せ、お手上げとばかりのポーズをとって見せる。

 怜治は苦笑した。

「水箏は馬鹿なんかじゃありませんよ」

 手をのばして、そっと水箏の頭に手を置く。

「ありがとう。水箏のおかげで少し元気が出ました」

 水箏は、驚いた様子でかすかに目を見開いた。

 怜治がほほ笑みかけると、水箏もつられて微笑みを浮かべる。

「ところで怜治」

 良蔵が声をかけると、二人は振り返った。怜治の表情は、再び真剣なものへと変わっている。

「お前が合った外国人は、日向と草薙剣の交換場所を、ブラウエ・ゾンネのセミナー合宿施設に指定してきたってさっき言ってたけど、お前はその施設の場所を知ってるのか?」

「ええ、知っています。前に奥野恵の事件を調べていた時に、頼んだ調査結果の中に、そこの住所も載っていましたから」

「なるほどな」

 良蔵は頷いた。

 怜治は、そこで考え込むように自分の顎をとらえると、今度は亮を見やる。

「最首さん、さっきの四方田さんの件についてですが、彼が石神を裏切ったという話に間違いはないのですね?」

 確認するように問いかけると、亮が頷く。

「そうだよ。もはや疑う余地のない、明白な事実だね」

 火織や水箏も、大きくうなずいた。

「俺も見た。間違いねえよ」

「私もあいつには煮え湯を飲まされてるの。今度会ったらただじゃおかないわ、あのクソジジイ」

 怜治は視線を伏せる。

「そうですか…残念ですね。しかし、事実としてしっかり受け止めるべきなのでしょう」

 良蔵も、暗い表情でうなずいた。

 怜治は、陰鬱な気持ちを振り払うようにして顔を上げる。しかし、その表情は相変わらず厳しかった。

「冴月さんの話では、どうやら宗家も敵の陰謀に加担しているようです。現状で本部が機能していないのは、おそらく宗家の妨害によるものと思われます。そうなると本部の状況確認も必要になってきます。人員を二手に分けた方がいいかもしれませんね」

 怜治の言葉に、亮は手を上げる。

「僕は富士に行くから。悪いけど、これはゆずれないよ」

「何言ってやがる亮、てめえは怪我してんだろ。東京でおとなしくしてろよ」

「や、だ、ね」

 人を食ったような表情で言い返した。

 水箏も亮を真似て手を上げる。

「私も富士に行く。亮さんに同じく絶っ対にゆずらないから」

「おいふざけんな水箏、お前まで何勝手言ってやがるんだよ」

 火織も立ち上がり、ズボンに付いた砂を手で叩き落とした。

「俺もみーたんについてく」

 良蔵が目を見開く。

「火織、てめえまで。俺だって眞さんと話しつけてえんだよ! 勝手に決めてんじゃねえ!」

「困りましたね、私も冴月さんの事が気掛かりなんですよ」

 怜治までもがそう言うと、良蔵が困惑と呆れを宿した表情で首を横に振った。

「おいおい全員で富士に乗り込むつもりか? 冗談じゃねえよ。仕事は日向の救出や、本部の状況確認だけじゃねえぞ。ここの守護も外すわけにはいかねえんだからな。みんなわかって言ってんのか!?」

 怜治は、わざとらしいため息を吐いて見せる。

「その通りですね。個人的な我が儘を、無理やり通せるような場面ではありません。ですから、皆さん冷静になって、最善策を考えていただきたいと思います」

 怜治は、ぐるりと全員を見渡した。

「まず最首さん、あなたの怪我の状態は相当良くないようですね。強がって見せていますが、先程から聞こえてくる呼吸は、素人目で判断しても明らかにおかしい。長距離の移動や、今後富士で起こるであろう敵との戦闘に耐えられるはずもないことは、あなた自身が一番よく理解できているはずです。貴重な人員の中から、わざわざ戦力外の貴方自身を日向救出に充てる愚を、自ら犯すつもりですか」

「……」

 亮は無言である。

 怜治は水箏に視線を移した。

「そして先程の宿主の出現に関してですが、私が見た限り、神田からここまで移動する間だけでも、いたる場所でかなりの宿主の存在を確認しています。現状でもこうして宿主が現れているわけですし」

 怜治はそこでいったん言葉を切り、現れた宿主の()を祓い浄化する。

 実のところ、こうして話し合っている間にも宿主が現れ、その都度誰かが()を祓っていたのだ。

「そして、今後も宿主たちは現れ続けることでしょう。これだけ大量の数の宿主へ一度に対応できるのは、この中では水箏、あなたしかいません。先ほどの火織と最首さんも、あなたのおかげで助かったようなものです。今のここの塞の守護に適任なのは、水箏だと思います」

 水箏は、不満そうに何かを言いかけるが、返す言葉が見つからないようでぐっと口を引き結ぶ。

 さらに怜治は、火織に視線を移した。

「最首さんの怪我の状態が良くないので、ここにはもう一人残るべきだと思います。できれば火織に残ってもらいたいのですがどうでしょう」

「みーたんが東京に残るなら、俺に異存はねえけど…」

 火織は、ちらりと水箏を見る。

 水箏は、苛立ちを隠すことなく表に出し、不機嫌にそっぽを向いた。

 亮も不服そうに怜治を睨みつけている。

「私としては、このように考えていますがいかがですか?」

 怜治が無言の二人に返事を促すと、水箏はため息を吐き出して爪を噛んだ。

「怜治先生の意見を聞いちゃった後じゃ、反論のしようもないわよ。悔しいけど、私だって鬼の端くれ。私たちには塞を守る使命があること、ちゃんと理解しているわ。だからその判断には従う。でも、私が日向の事が心配でたまらないことはわかってほしいの。ねえ怜治先生、りょーちゃんと二人だけで、勝算はあるの?」

 水箏は縋りつくように怜治を見つめる。

 怜治は、まっすぐに水箏を見返した。

「水箏、私たちを信じてください。水箏が全力で日向を守ろうとしているように、私たちも同じ気持ちでいます。この命にかけて、日向と冴月さんを無事連れ帰ることを約束します」

 怜治は、きっぱりと言い切る。

 その横で、良蔵も何か決意を宿した表情を浮かべ、しっかりと頷いていた。


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