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塞の守り人  作者: 里桜
第五章
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三 離脱

 水箏は、一人異形の()と対峙していた。

「バン ウン タラク キリク アク」

 何度浄化を試みても全く歯が立たず、息が上がってきているが、目はらんらんと輝き戦意は全く喪失していない。

 何度も繰り出される()の攻撃をかわしては、隙を縫って刀印を結び、浄化を試みていた。

 心なしか、()の動きも鈍りはじめている。

 水箏は打ち下ろされる()の攻撃をかわし、刀印を結ぼうとした。

 しかし、足元の瓦礫に躓き体勢を崩す。

「まずっ!」

 水箏は片手をついて体を跳ね上げ、再度繰り出される()の攻撃をかわした。

 しかし、水箏の動きを追って()の尾が再び撓る。

「くっ!」

 着地地点を狙って繰り出された攻撃を、水箏は紙一重でかわすが、再び体勢を崩した。

 そこに、容赦のない()の攻撃が襲いかかる。

 攻撃は、かわしきれないかに見えた。

 しかしその時、九字を切る声が聞こえてきた。

「臨、兵、闘、者、皆、陣、列、在、前」

 声の主は良蔵である。

 良蔵は走りながら宙に九本の網目を描き、()へと放った。

 眩い爆発を起こし、()は一瞬怯む。

「水箏大丈夫か!?」

 良蔵の問いかけに、水箏は目を見開いた。

「りょーちゃん!? 何でここに居るの!?」

「火織に頼まれたんだよ! それ以上の詳しいことは後だ」

 良蔵は、水箏のそばに立って刀印を構える。

「水箏、まだいけるな」

 振り向かず告げられた言葉に、水箏はすっと立ち上がった。

 汚れた服の埃を叩き落とすと、肩にかかった髪を振り払う。

 いつもの澄ました顔に戻ると言った。

「もちろんよ」

 その返事を合図に、良蔵と水箏は大地を蹴った。



 実篤の亡骸を見つめ、弦は長い吐息を吐き出した。

 修也は立ち上がり、弦に詰め寄る。

「甕さん、さっきの話だが、宗家と一緒になって石神を裏切っていたのは四方田さんだと言っていたな。あれは本当か?」

 弦は厳しい表情でうなずいた。

「あの反応を見る限り、まず間違いないでしょう」

 弓削が苦渋に満ちた表情を浮かべる。

「私の監督不行き届きです。弁解のしようもない」

 弦は首を横に振った。

「四方田眞司が武蔵に戻ったのは三か月前のことです。それまでは諏訪の本部に所属していたのですから、弓削さんだけの責任ではありません。もし弓削さんが何か責を負わねばばらないというのなら、我々諏訪本部の人間も、負うべきでしょう」

 しかし、修也の耳には、そんな二人の会話は入ってこない。みるみる表情をこわばらせて、呆然と口元を手で覆った。

「まずい…。日向たちが危ない」

 修也が呟いた「日向」の言葉に、土岐が弾かれたように修也を見る。弦も修也を振り返った。

 土岐が、手を拘束されたままの恰好で修也に詰め寄る。

「守部先生、日向が危ないってどういうことですか?」

 修也は、思いつめた表情で土岐を見返した。

「日向と水箏と火織のことを、四方田さんに頼んである…。日向たちは、四方田さんと一緒に武蔵の拠点に居るんだ」

 土岐は目を見張る。

 弦は表情を厳しく変えた。

「守部さん、日向は常陸の拠点に居るはずでは? どうして武蔵の拠点に居るのです?」

 修也は、今までの出来事をかいつまんで説明した。

 常陸の神宝が奪われた時、偶然四方田と遭遇し、それ以降行動を共にしていたこと。

 常陸の拠点から一度日向が連れ去られたこと。

 火織と水箏が日向を取り返し、その後は奪われた神宝を取り返すべく外国人たちの後を追っていたが、昨晩起こった巨大地震のおかげで敵の姿を見失ってしまったことなどを順を追って話した。

 修也は、武蔵の拠点で諏訪と連絡を取った時に、大物忌から実篤の裏切りについて知らされ、そのため日向たちを拠点に残し、単身東京支部を目指していたのだが、ここにきてその配慮が裏目に出た形となった。

 土岐は不安に押しつぶされそうな表情で立ち尽くす。

 重苦しい沈黙を打破すべく、信太が口を開いた。

「何とか武蔵の拠点と連絡を取る手段を考えねばならんな」

 信太の言葉に、修也がハッと顔を上げる。

「そうだ! ここの一階に、昔使っていたアナログ回線の電話が残っていたはずだ。この辺りの被害は、思っていたよりも少ないから、電話線や中継局が無事なら使えるかもしれない」

 修也の言葉を聞くなり、弦がすぐに踵を返し部屋を飛び出した。

 残された信太と弓削は、今後の対応について話し合いを始める。

 土岐は、一度信太と弓削の様子を見てから、縄できつく拘束された両手を修也に差し出し、こっそりと声を出した。

 修也は怪訝な表情をする。

「先生…この縄を解いてくれませんか?」

「土岐…?」

 修也は一度逡巡した。

 しかし、何か覚悟を決めたような土岐の表情を見て修也は縄をほどきはじめる。

「土岐、いったい何をするつもりだ?」

 小声で問いかけると、土岐も小声で返してきた。

「富士に行くつもりです」

「富士? どういうことだ」

「俺、前に宗家が誰かと電話をしているのを聞いたことがあるんです。その時に富士がどうとか、研修センターがどうとか話していて…。後で知ったんですが、ブラウエ・ゾンネの研修センターが山梨県側の富士の麓にあるようなんです」

 修也は驚いた表情に変わった。

「まさか、一人でそこに行くつもりか?」

 土岐は小さく頷く。

 手首を回し、解かれた縄の跡を確かめた。

「無茶だ」

 修也はすぐさま否定したが、土岐は納得しない。

「さっき守部先生が見失ったって言っていた神宝を持った外国人たちは、おそらくそこに行っていると思うんです。神宝が奪われてしまった原因の一端は、間違いなく俺にあります。俺は、自分のまいた種は自分で刈り取りたい」

「だからといって、おまえが一人で行って何ができる? 俺は反対だ」

「それに、もし日向に何かあったら…。杞憂で済めばいいんですが、もし日向が奴らに連れ去られていたとしたら、東京はこんな状況ですし、その研修センターを利用する可能性が高いと思うんです。ここで、いつになるかわからない知らせを、ただ待つだけなんて俺には耐えられません」

「だからと言って、一人で行くなんて無茶を許せるわけがないだろう。だったら俺も行く」

「でも守部先生…」

「もし一人で行くって言うなら、俺はここで大声出してお前を止めるからな」

 言って修也は、土岐の腕をきつく掴んだ。

 土岐は困ったような表情を浮かべる。

「お前の足手まといにはならないようにする。だから俺も連れていけ」

 修也の真剣な表情に、土岐が折れた。

「先生が足手まといだなんて思ったことは、一度もありませんよ。一緒に来てくれるなら、むしろ心強いくらいです」

「だったら決まりだな」

 修也と土岐は、信太と弓削に気付かれないようにそっと部屋を出る。

 そして二人は、何も告げることなく石神東京支部を後にしたのだった。


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