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塞の守り人  作者: 里桜
第五章
103/140

二 暗黙

 時はしばしさかのぼる。


 午前十時を回った頃、修也はようやく石神東京支部にたどり着いていた。

 瓦礫の撤去作業は、夜に比べればかなり進んではいたが、都内の中心部では車の通行が不可能な場所がほとんどである。

 仕方なく修也は途中で車を乗り捨て、不自由な足を使って東京支部を目指していた。しかし、休憩を挟みつつの移動であったため、到着はかなり遅くなってしまった。

 修也が着いたのは、とっくに夜が明けきり、もうじきに昼になろうかという頃合いであった。

 東京支部が倒壊を免れていたことに安堵したのもつかの間、一歩建物の中に足を踏み入れるなり、修也は内部の異様な気配をすぐに察知する。

 用心深く階段をのぼりはじめ、あちこちに人が倒れていることに気づくと、急いで手当をはじめた。

 医療器具は何も持っていなかったので、できる範囲での応急処置になる。

 見渡す限り動ける者は皆無で、中には、すでに事切れている者さえいるような有様だった。

「どういうことだ? いったい何が起こっている?」

 修也は、必死に救命措置を行いながら一人つぶやく。

 修也のいる階の鬼たちは、ほとんどが絶命していた。

 何か毒を飲まされたのか、吐しゃ物にまみれており、生き残っている者もほとんどが虫の息だ。

 水を飲ませてから、喉に指を突っ込み飲んだものを吐き出させて、一通り処置を済ませると階を移動する。

 上に向かうにつれ怪我人が現れはじめたが、その傷のほとんどが銃創であった。気付いた修也は、表情をこわばらせつつ手当てをする。

「う…」

 助け起こした男が、痛みに呻き声をあげた。

「大丈夫か? しっかりしろ。今止血をするから…」

 しかし男は、血に濡れた手を上げ、修也の腕を掴む。

「…頼む…上に行ってくれ…」

「上? わかった、それ以上しゃべるな。手当てが終わったらすぐ上に行く」

 しかし男は首を横に振った。

「…守長たちが…まだ上にいるんだ。守長たちを助けてくれ」

 修也は息をのむ。

「守長たちも狙われているのか? いったい誰がこんなことを…」

「物部実篤だ。あやつが突然乱心したのだ」

 男の答えに、修也は表情を曇らせた。

「そうか…やはり大物忌の言っていたことは本当だったのか。宗家が石神を裏切り、敵の手引きをして神宝を奪わせたんだな」

 言って、ぎりりと奥歯を噛みしめる。

 修也は、武蔵の拠点で諏訪に連絡を取った時に、スイから直接内通者の存在を知らされていたのだ。

 と、その時のことだった。

 突然上の階から銃声が聞こえてきた。

 修也は天井をふり仰ぎ、表情を険しくさせる。

「頼む! 早く行ってくれ!」

 切羽詰まった男の声に、修也は頷いた。

「すぐにもどる」

 短く言葉を残して、すぐさま上の階を目指した。



 階段をのぼる途中にも、再び銃声が響く。

 修也の顔には焦燥感が浮かんでいた。

 最上階に近づくと、怒号も聞こえてくる。

 不自由な足を引きずるようにしながら、必死で階段をのぼっていると、背後から弦が現れた。

 修也は驚いた様子で目を見開く。

「もた――――」

 名前を呼ぼうとしたが、人差し指を立てて静かにするようにゼスチャーを見せられた。

 修也は、頷いて口を閉じる。

 すると弦は、修也にここで待つように身振りで指示をし、自分は足音を忍ばせて素早い動作で残りの階段を駆け上がった。

 修也は、一瞬後を追おうかと逡巡したが、しかし自分が行ったところで足手まといになると思い至り、諦めたように息を吐き出す。背中を壁に押し付け、天井を仰いだ。

「肝心な時に役に立たないポンコツな体だな、くそっ!」

 悔しそうにゆがめた顔を、自分の手で覆う。

 やがて上階で物音が止むと、修也は様子をうかがいながら、再び階段をのぼりはじめた。

 最上階の支部長室にたどり着くと、そこでは弦が実篤の身柄を拘束している最中だった。

 何故か、土岐も手を縛られている。

 土岐が驚いた表情で修也を見た。

「守部先生!?」

 修也は土岐の手元を見てから、表情を険しく変えて弦を見た。

「甕さん、これはどういうことだ? 何で土岐は手を縛られているんだ?」

 弦は疲れたようなため息を吐き出す。

「守部さん、あなたに今詳しいことを説明しているような時間はありません。彼は自分自身の不始末のけじめをつけるために拘束されているのです。問題はありません」

「問題ない? そんなわけないだろう!」

「守部先生、いいんです。俺はこうされても仕方のないことをしましたから。大丈夫です」

「土岐!」

 修也が、土岐に向けて非難するような声をあげた。

 それでも土岐は、大丈夫だと繰り返す。

 そんな修也に弦が声をかけた。

「守部さん、守長たちの怪我を見てくれませんか?」

 弦の声に、修也はハッとして信太と弓削を振り返った。二人の怪我の状況を見て、急いで近寄る。

 出血の見える弓削の腹部の傷は銃創で、修也は急いで止血をはじめた。

「私は大丈夫だ。脇腹をかすっただけだからな。信太さんの方を先に処置してくれ」

 しかし、弓削の言葉に、信太は首を横に振る。

「私の方こそ大丈夫だ。弓削さんを先に。それよりも、私としては治療より先にしたいことがある」

 信太は一度言葉を切って実篤を見た。実篤は、両手を後ろ手に縛られ、床に座らされている。

「宗家、私はあなたと話がしたい」

 一同の視線が、一斉に実篤に向いた。

「神宝をどこへ持ち去ったのですか」

 信太の問いかけに、実篤は応えない。

 弦が一歩前に進みでると、実篤を見下ろした。

「あなた以外にも内通者がいますね。それは誰ですか」

 しかし実篤は、相変わらず口を堅く引き結んで答えない。ただ人を食ったような笑みを浮かべるばかりだった。

 信太の表情に、こらえきれぬ怒りが浮かぶ。折れていない方の手で実篤の襟元を掴み上げると、怒鳴りつけた。

「この期に及んで黙秘するつもりか!? 白状しろ!」

 それでも実篤は応えない。

 信太が、胸ぐらを掴んだまま怒りを宿した目を向け続けていると、実篤はやがて肩を揺らしはじめた。

「クックックッ、ハーッハッハ!」

 さも愉快だと言わんばかりに笑い声をあげる。

 それを見て、弓削や修也までもが、顔を怒りに染めた。

 弦は、冷ややかな表情を、いっそう冷たいものに変える。侮蔑するような視線を実篤に向けて口を開いた。

「宗家――――いや、物部実篤。お前がどんな主義主張を根拠に、今回の愚挙を犯したのかなど、私は知りたくもない。だが、お前をそそのかして石神を裏切り、大罪を犯した者をこのまま野放しにするつもりはない。地の果てまででも追いかけ、相応しい罰を与えてやる」

 弦は、目を細めて実篤を見下ろす。

「お前が素直に口を割るとは思っていない。当たりはついている」

 実篤は、笑いをおさめて弦を見上げた。

 弦は冷酷な表情で口を開く。

「武蔵の鬼、四方田眞司」

 その名前に、修也は驚いた表情を浮かべた。

 実篤は、にやりと笑いを浮かべる。

「今更お前たちに何ができる? もうすぐ世界には裁きの時がおとずれる。そしてその後、真に正しい世界が構築されるのだ。無知なる咎人たちは『龍』によって粛清され、正しいものだけが生き残る」

「バカバカしい」

 信太が怒りをあらわに言い捨てた。

「龍は人を裁いたりなどしない。そもそも正邪の判断など、人だけに通用する価値観でしかない。龍はただ本能のままに荒ぶり、この世のすべてを破壊しつくすだけ。正しい世界など作れようはずがない」

 信太の言葉に、実篤は声をあげて笑う。

「ハーッハッハ!」

「何がおかしい!?」

 弓削が気色ばんだ。

 実篤は笑いをおさめると、カッと目を見開く。

「滅べばいいのだ!」

 実篤は、怨嗟の言葉を吐き出した。

「このくだらない世界の全てが滅べばいい。人間がいなくなれば、世界は正しい世界に戻る」

 そして、言い終えるや否や、奥歯でゴリリと何かをかみ砕く。

 弦がハッと息をのみ、とっさに信太を押しのけ、実篤の口をこじ開けようとした。

 しかし実篤は口を開かない。

 気付いた修也も慌てて近寄り、二人がかりでこじ開けようとするが実篤は顔を背けて抵抗した。

 徐々に実篤の顔がゆがみ、苦悶の表情を浮かべる。

 実篤は必死で口を閉じていたが、やがて耐え切れなくなって吐瀉した。

 吐瀉物の臭いをかぎ取り、修也が息をのむ。

「青酸カリだ。水をくれ!」

 弦が急いで身を翻した。

 弦は給湯室に向かったが、停電によって水道が出ないため、コップだけを取って食堂の冷蔵庫を漁りはじめる。

 ようやくミネラルウォーターを見つけだすと、すぐに駆け戻った。

 しかし弦が戻ると、実篤は、けいれんを起こしていた。呼吸困難になっており、もがくように体が跳ねている。

 その様を、土岐や弓削、信太が呆然と見つめていた。

 弦はミネラルウォーターを差し出すが、修也は絶望的な表情を浮かべて首を横に振る。

「この状態では水を飲ませられない」

 やがて実篤は動かなくなった。ぐっしょりと汗をかき、呼吸が止まる。

 修也は心臓マッサージをはじめるが、効果はなかった。


 そして数分後、実篤は息を引き取った。


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