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塞の守り人  作者: 里桜
第五章
102/140

一 兆し

一応この章で最終章の予定です。タグにも入れてありますが念のため。

※ この章では、噴火の表現が出てきます。また、地震などの表現も出てくる予定です。どうぞご了承ください。


 長野県茅野市の某所にて、その儀式は行われていた。

 御饌(みけ)幣物(へいもつ)、玉串などが供えられた祭壇の前で、大物忌――――金子スイが一心不乱に祝詞を奏上している。

「ひと ふた みよ いつ むゆ ななや ここのたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」

 真夜中から、止むことなく続けられている祝詞の奏上は、スイの体力を奪っていて当然のはずだった。

 しかし、スイの顔に疲れは見えない。

 まるで、何かに乗り移られたかのように力がみなぎり、力強い声で朗々と繰り返し読み上げられていた。

 スイの行っている鎮魂の儀は、この長野県のみでなく、日本各地に点在する十の塞全てにおいて、同時に執り行われている。

 弱まっている十の塞の封印を強固にするため、石神総掛かりで地中深くに眠る『龍』の御霊を鎮める儀式を行っているのだ。

 手の空いている鬼たちは、皆この儀式に参加しているのだが、残念ながら効果が得られているとは言い難い。

 その証拠に、テレビでは日本各地で起こっている災害の情報を次々と報道しているのだった。



 テレビの画面では、ヘルメットを被ったリポーターたちが、各地の様子を緊迫した表情で伝えている。

 巨大な地震に襲われ、停電によってライフラインが停止し、情報から断絶された東京にいる鬼たちは知る由もなかったのだが、列島の各地では、十の塞破綻の前兆とも呼べる、様々な災害が多発していた。

 西から順に現状を説明してゆくと、九州では各地で火山性微動と思われる地震が頻発し、阿蘇山や霧島山、九重山、桜島をはじめとした活火山の噴火レベルが引き上げられ、入山規制が行われていた。火山ガスが発生している場所もあり、九州の広域に避難指示が出されている。

 四国や近畿、中部地方においては、スロースリップ現象が増加し、急きょ地震防災対策強化地域判定会が開かれることになった。判定会で検討した結果、東海地震の前兆認定がされ、注意情報が発令されるに至っている。今回の判定会では意見が分かれ、中には警戒宣言をするべきだと主張する専門家もいた。

 甲信越地方においても火山性微動が観測され、新潟焼山、草津白根山、浅間山、富士山、ひいては箱根山、伊豆諸島に至るまでの活火山が、九州と同様に軒並み噴火レベルが引き上げられ、各所において避難勧告や避難指示が出されている。さらに、真夜中に降った大雨の影響もあって、土砂災害の危険もあり、警戒区域指定された場所も数多くあった。

 そして東京を中心とした関東圏内は、昨晩起こった大地震による停電で、未曾有の大混乱をきたし、被害状況はいまだにつかみ切れていない状態だった。

 日本の中枢が被災し、麻痺している現状では、関係閣僚会議を開くこともままならない。

 夜が明けて、ようやく震災当時偶然東京を離れていた閣僚たちが集まって何とか政府の体を為し、危機的な混乱の中、難しいかじ取りを迫られているのだった。



 男性リポーターが、もくもくと上がる阿蘇山の噴煙を背景に、声を張り上げて現場の危機的状況を伝え続けている。

 阿蘇で小規模噴火が起こったのだ。

 ヘリコプターからの映像も流され、普段は優美な阿蘇の火口から、灰色の煙が吐き出される緊迫した場面が、画面全体に映し出されていた。

 ヘリに同乗するリポーターが、ヘリコプターの音に負けないように声を張り上げて中継を続ける。

 しかしそのリポートを、スタジオの司会者が急に遮り、中継場所を変える旨を告げた。

 告げ終えるや否や、急にテレビの画面が切り替わる。

 だが、突然切り替わった画面に、リポーターの姿は見えなかった。それだけではなく、何故か画面が酷くぶれ、人影や建物などの映像が断片的に映し出されるばかりだった。

 スタジオの司会者の困惑した声がテレビ越しに聞こえてくる。

 画面は乱れたままで、番組司会の男性が、慌てた様子で画面の説明に入った。

「えー、番組の途中ですが、最新のニュースが飛び込んできたので、中継でお伝えします。東京の佐藤さん、スタジオの音声は届いていますか?」

 映し出されている画面は、どうやら東京の中継であることが、司会者によって説明される。テレビ越しに、リポーターに声をかけるが、しかし中継先からの返答はない。

「佐藤さん、中継をお願いします!」

 司会者は、リポーターの名前を呼び掛けるがやはり返答はなかった。

「えー、画像が乱れているようです。大変申し訳ありません」

 困惑気味に司会者が謝罪するが、それでも中継はうまくつながらない。

 画面には、相変わらず目の回るようなぶれた映像が映し出されるばかりで、中継先からは何の応答もなかった。

 司会者が、もう一度中継先に声をかけようとしたその時、不意に中継先の映像から人の悲鳴聞こえきて、スタジオが騒然となった。

「いったんスタジオに戻しましょう」

 不穏な空気を感じ取った司会者が機転をきかせ、スタッフに画面を切り替えるよう要望するが、画面はなかなか変わらない。

 ただ荒い息遣いと、時折飛び交う怒号だけが画面越しに聞こえ、地面や青空、建物や人影などが、フラッシュバックするかのように、目まぐるしく映り込むばかりだった。

 司会者は、仕方なく手元にある最新の原稿を読み上げた。

「えー、現在東京では、一部市民が暴徒化し、人を襲う事件が多発している模様です。東京では一部市民が暴徒化し、人を襲う事件が多発している模様です」

 どうやら東京では、一部の被災者が暴徒化しており、今回の中継は、その状況を報道するための中継であったようだ。

 しかし中継されているのは、目の回る残像のような、映像とも呼べない代物のみ。

 カメラを持つ人間は、何かから逃げているのか、切迫した音だけが画面越しに伝わってきていた。

 荒い息遣いと足音、悲鳴、怒号、破壊音。

「佐藤さん、大丈夫ですか!?」

 司会者は、リポーターを心配するように声をかけるが、やはり応答はない。

 司会者は、原稿を読みつつ痺れを切らした様子でスタッフを睨みつけていると、ようやく画面は切り替わり、映像はスタジオに戻された。

 司会者は、明らかにホッとした様子になる。

 映像が乱れた事を詫びてから、もう一度原稿を読み返した。

 スタジオでも怒号が飛び交い、番組をもち直そうとスタッフが必死に奔走している。

 司会者は、仕方なくコメンテーターに話しをふり、何とか番組を続けた。

 あるコメンテーターは、日本人が災害で暴徒化しているというニュースにしきりに首を傾げていた。

 今回の行動は、日本人らしくないという趣旨の発言をくりかえし、司会者と一緒になって、冷静に対応するようにと画面越しに呼び掛けている。

 東日本大震災の混乱の中でも、日本人は秩序ある行動を行っていた。略奪などの犯罪行為は行われず、日本人の振る舞いは海外においても賞賛されていた。これらの美しい日本人の気質を思い出し、暴動をやめるようにと何度も画面越しに諭しているのだった。

 諭しながらも、司会者もコメンテーターも何か腑に落ちないのか、納得がいかないという様子でかすかに首をひねっている。

 コメンテーターの一人が、過去に海外で暴徒化した人々が略奪した事例などをあげはじめた。

 また、あるコメンテーターは、現在の東京で暴徒化した人々は、略奪をおこなうのではなく、人を襲っているらしいという点に着目する。

 暴徒が略奪をおこなうことには納得できるのだが、この状況で他人を傷つける行為に走ることに疑問を投げかけていた。

 もし、何か人々が暴徒と化す原因があるのだとしたら、早急にその原因を取り除くべきだとも主張していた。

 スタジオでも、東京で何が起こっているのか把握しきれてはおらず、報道している側も心をざわつかせながら、知りうる状況に推測を加え、茫洋とした情報を繰り返し説明しているのだった。

 そんなまとまらない場当たり的な放送を、笑みを浮かべて見つめる者があった。ヨアヒムである。

 ヨアヒムは、山梨県にあるブラウエ・ゾンネの合宿施設で、ブランデーを片手に椅子でくつろぎ、テレビ中継を見ていた。

『東京では、いよいよソロモン計画が発動しているようだな』

 側に控える新井は微笑を浮かべている。

 ヨアヒムは、新井の答えを待たずに続けた。

『暴徒と化しているのではなく、()に憑依された人間が大量に発生しているだけなのだが、一般人には知り得ようはずもない。さて、東京の鬼たちはどうしているものか…。とてもではないが、浄化しきれる量ではあるまい』

『さようでございますね』

 新井がそう答えると同時に、新井の携帯が鳴り出しはじめる。

 新井は、席を外して電話に応答した。

 ヨアヒムは、テレビを見ながらグラスを傾ける。

 チャンネルを変えても、似たような報道がされているだけで、どの局も真実には程遠い報道を流していた。

 そのうち飽きたのか、ヨアヒムはテレビを消して窓際に移動する。

 空調のきいた室内は、外のうだるような猛暑とは隔絶されていた。

 窓の外では、真夏の熱気が昨晩の雨を蒸発させ、空気を揺らめかせている。セミたちもうるさいほどに泣きわめいているが、その暑さは室内までは伝わらない。

 眼前に広がる富士は静かにたたずみ、優美で勇壮なその姿を、惜しげもなく真夏の日の元に晒していた。

 富士を見つめたまま、ヨアヒムは再びグラスを傾ける。

 すると新井が戻ってきた。

『ヨアヒム様、エッカルトと虫が、ようやく半陰陽の身柄を押さえたようです。今こちらに向かっている模様です。物部冴月へはオイゲンが接触し、草薙剣との交換を提案したそうです。後は物部冴月の出方次第ですが…虫の報告では、今度こそ必ず草薙剣を持ってくるはずだと断定しているようです』

 ヨアヒムは、軽く鼻を鳴らす。

『虫には、二度も失望させられているからな。四つ集めるはずの神宝は二つしか手に入らず、予定では物部冴月を使ってすでに手に入れているはずの草薙剣も、まだ手に入れることができていない。今回こそは期待を裏切られぬことを祈ろう。もっとも、私の読みでも今回は成功するはずだが…。あれは、女のためならば仲間をも裏切れる愚かな男だ』

 ヨアヒムは再び富士山を見上げた。

『必ず草薙剣を持ってくる。間違いない』

 言い切って笑みを浮かべ、ヨアヒムはもう一度グラスを傾けた。




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