第6話 【神匠】鍛冶師と勇者は王国にから逃げ出して幸せになるそうです。
王城の廊下を、兵士たちが規則正しい足音を響かせながら巡回している。
「予想通り、王城は警備が厳重だな……」
物陰から様子を窺うガルドは、小さく息を吐いた。
もっとも、警備が厳しかろうと彼にとっては大した問題ではない。
身に纏った隠形マントの効果によって、その姿は誰の目にも映らないのだから。
「勇者も馬鹿なことをしたよなぁ。国宝の聖剣を折っちまうなんて」
「勇者じゃなくて偽勇者だろ? 魔王討伐も嘘だったみたいだし。今頃離れの地下牢で後悔してるだろうな、ハハハ!」
すれ違った兵士たちが当たり前のように雑談していた。
すでに王城では勇者投獄の噂で持ちきりなのだろう。
聞き出す手間が省けて助かるが、シャルロットが酷い目に遭っているんじゃないかと思うと素直に喜べなかった。
「離れの地下牢か……よし!」
ガルドは再び走り出し、王城内の離れに到着した。
入り口には見張りの兵士が立っていたものの、隠形マントを纏ったガルドに気づく様子はない。
兵士たちの間を通り抜け、牢獄の奥へと進んでいく。
しばらく進むと、奥の牢から聞き覚えのある声が響いてきた。
「無様な姿になったものだな。どうだ、そろそろ私の側室になる覚悟は決まったか?」
金髪の男が偉そうに檻の前で腕を組んでいる。
ガルドは男の顔を見たことがあった。
第一王子その人だ。
牢の中では、シャルロットが冷たい視線を王子へと向けていた。
「誰がお前のような性格のねじ曲がった男のモノになるか! 自分より立場の弱い者にしか強く出られない臆病な男など願い下げだ!」
「フ、フン! 強がりやがって……! 私の女にならないのなら、明日にも処刑台に送られるだけだ……!」
(な、なんだって!?)
ガルドの頭に血が上った。
シャルロットが処刑される?
断頭台に上がるシャルロットのイメージが脳裏をよぎる。
気づけば、ガルドの体は勝手に動いていた。
「そんなことさせるか!」
「はぅえぁっ!?」
ガツンッ!
王子の頭に、聖魔の剣の横っ腹がぶちかまされた。
不意打ちを食らった王子は、目をぐるぐると回しながら、その場に崩れ落ちる。
シャルロットは第一王子の無様な姿を一瞥し頷く。
「王子……突然死とはやはり悪人……因果応報……」
「殺してませんよ!?」
隠形マントの効果を脱ぎ、ガルドが姿を現した。
「ガルド様……? どうしてここに……!」
シャルロットは驚きのあまり声を上げかけ、慌てて口元を押さえた。
「僕のことを庇ってくれたから、シャルロット様が捕まってしまったんでしょ? なら、僕が助けなくちゃ……!」
「あなたという人は……」
シャルロットは呆れながらも、隠しきれない喜びを滲ませていた。
(今の生活が大事だと言っていたのに……私のことを……)
平和、平穏がモットーのガルドが、危険を冒してまで王城へ乗り込んできてくれた。
その事実に胸の奥が、じんわりと温かくなる。
「シャルロット様、今牢から出します! 大怪盗の鍵!」
ガルドが取り出したのは、一本の奇妙な鍵だった。
大怪盗の鍵。
かつてガルドが自宅の鍵をなくした際、二度と同じ失敗をしないようにと造り上げた、なんでも解錠できる万能の鍵である。
鍵の先端を錠前に触れさせると――。
ガチャン!
あっけないほど簡単に、牢の扉が開いた。
「ガ、ガルド様? それはアーティファクトですか?」
「いえ、僕が造った魔法の合鍵ですよ!」
「……そう、ですか。ここの牢獄は魔封じの結界がかけられた場所のはずなんですけど……」
シャルロットは訝しげに大怪盗の鍵とガルドの顔を交互に見る。
【神匠】の鍛冶師、ガルドは常識という物差しでは測れないようだ。
国宝の聖剣をへし折り、魔王のかけた呪いを解き、王城の牢獄すら容易く開けてしまう。
まさしく神の如き力である。
「さあ、シャルロット様。早くここから逃げましょう!」
「……でも私が逃げたら、ガルド様が」
国から追われてしまう。
そうシャルロットは伝えたかったのだろう。
それでもガルドは手を差し伸べた。
「シャルロット様が死んでしまったら、それはもう僕の『平和、平穏』じゃなくなっちゃいますから!」
迷いなくニコッと笑いながらガルドは言い切った。
「……ガルド様、ありがとう」
シャルロットは意を決して差し伸ばされた手を取った。
それからは迅速に王城からの脱出を始めた。
地下牢を抜け、二人は地上へと続く階段を駆け上がる。
しかし、出口から一歩踏み出したところで、二人はいやおうなく立ち止まった。
牢獄のある離れを囲むように現れたのは、武装した兵士たち。
そして、先頭に立つ王国の宰相。
「おやおや。まさか、地下牢から脱獄するとは……これはもう自らの罪を認めるようなものですなぁ。偽勇者殿?」
彼は薄い笑みを浮かべながら、ガルドたちを見下ろしている。
「宰相殿……! なぜここに!?」
「なぜ、とお聞きになりますか? あなた方を逃がすわけにはいかないからですよ」
(魔王様が身罷られた以上、せめて勇者だけでも葬らなくては……!)
魔王なくして勇者に勝つことはほぼ不可能。
であれば、人間の手によって殺せる、今が絶好にして、最後のチャンスなのだ。
宰相が片手を掲げた。
「撃て!」
その号令と同時に、兵士たちが一斉に魔法を放った。
炎、氷、雷、そして無数の魔力弾。
逃げ場を塞ぐように放たれた魔法が、二人へと殺到する。
「くっ、ここまでか……!」
「シャルロット様、下がって!」
ガルドは持ってきたスモールシールドを構えた。
「反魔の盾よ!」
ガルドが盾に魔力を込めた瞬間。
ギュンッ!
まるで見えない鏡に跳ね返されたかのように、兵士たちに飛んでいった。
「な、何ぃっ!?」
「うわあああっ!」
自分たちの魔法に直撃した兵士たちが、次々と地面に倒れ込む。
幸いにも命に別状はないようだが、少なくない人数が、戦闘不能になっているようだった。
「ば、馬鹿な……! あれほどの魔法を、すべて跳ね返しただと!?」
宰相の顔から余裕が消える。
そして、彼の身体が不気味に揺らいだ。
人間の皮膚が剥がれ落ちるように変化し、隠されていた黒い肌と禍々しい魔力が露わになる。
「しまった……! あの盾のせいか……! 魔法が維持できぬ!」
宰相の姿が、みるみるうちに変わっていく。
そこに立っていたのは、人間に化けていた——人真似魔族のドッペルゲンガーだった。
「ま、魔族だと!?」
兵士たちが騒然となる。
ガルドの反魔の盾には、攻撃を反射するだけでなく、相手にかけられた魔法を打ち消す効果まであったのだ。
宰相の変身魔法が解けたことで、その正体が白日の下に晒された。
「くそっ! こんなところで……! あと少しで勇者を……亡き者に……!」
ドッペルゲンガーは逃げようと身を翻すが、その行く手を兵士たちが塞いだ。
「魔族め! 貴様、今まで我々を騙していたのか!」
「本物の宰相様を返せ!」
「捕らえろ! 逃がすな!」
兵士たちが一斉に魔族に槍や剣を向ける。
じりじりと包囲された魔族に、兵士たちが盾を持って近づいていき、飛びかかっていく。
「離せ! 私は魔王軍の――ぐあっ!」
最後まで言い終えることなく、魔族は地面に押さえつけられた。
「……なんだか、すごいことになりましたね」
ガルドは頭を掻いた。
「それは、そうでしょうね」
シャルロットも呆然としていた。
リンゴを採ろうとしてリンゴの木ごと切り倒して解決してしまうような、ガルドの非常識ぶりに。
「ガルド様、あなたは本当に……」
「ん?」
「いえ、なんでもありません」
シャルロットは小さく微笑んだ。
そんなガルドだからこそ、平和と平穏を強く望むのだろう。
「さあ、行きましょう。ここにいては、また面倒なことに巻き込まれそうですから」
「そうですね!」
二人は顔を見合わせ、騒然とする王城を後にした。
それからまもなく。
勇者シャルロットの冤罪は晴らされ、王国を脅かしていた魔族の陰謀も明るみに出ることとなる。
もっともそれは、ガルドたちにはもう関係なさそうだった。
「ガルド様。これからどうなさるおつもりですか?」
「う〜ん。とりあえずシャルロット様に、折れた聖剣の代わりになる剣を作りたいですね!」
「……え?」
「もう魔王はいなくなったんですし勇者はやめて、目指せ剣聖! ……なんてどうでしょう?」
ややシャルロットの顔色をうかがいながら笑顔を向けるガルド。
「剣聖ですか、それも良いかもしれませんね」
シャルロットはクスリと笑みをこぼして、ガルドと共に王国から去るのだった。
◇ ◆ ◇
それから数年後――。
とある国の片隅に、一人の凄腕鍛冶師が暮らしていた。
彼の造る金物はどれも一級品であり、遠方からも多くの依頼が舞い込んでくるという。
だが彼の名声を支えているのは、その卓越した鍛冶の腕だけではなかった。
傍らには、いつも一人の美しい女剣士が寄り添っていたのだ。
かつて勇者と呼ばれ、今では剣聖の名を冠する彼女は、鍛冶師の仕事を支えながら、時には『神剣』で彼を守り、時には台所で世界一の業物と名高い『包丁』を振るった。
と、ご近所様の噂になったそうだ。
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