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万能勇者、敗北。そして二度目の人生は最弱から  作者: 虚無しお
第2部4章 それぞれの選択
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【第40話】エミルの選択


「本当に現実だと思いますか?」


 セレナの問いは、静かだった。


 だが、その一言は、焚き火の温もりをすっと冷やした。


 エミルはすぐには答えなかった。


 夜風が火の粉をさらっていく。


 目の前には、笑い合う仲間たち。


 何一つ欠けていない世界。


 王位争いからも解放され、神すら打ち倒し、すべてが終わった。


 ――はずだった。


 それでも。


 胸の奥に、拭いきれない違和感が残る。


 その日は、答えを出せなかった。





 後日。


 エミルはレイ――カイルに、この世界について相談した。


「気づいていたのか」


 エミルの問いに、カイルは目を細める。


「ああ。前にも似たようなことがあったしな。いつの間にかユイ達もいないし」


 その言葉に、胸がわずかに揺れる。


 そうだ。


 いない。


 あの黒髪の少女も、銀髪の少女も。


「なぜ黙っていた」


「エミルが楽しそうだったからな」


 あっさりと言った。


「自分が現実だと思う方が現実だ。お前が選べばいい」


 淡々とした言葉。


 だが、重かった。


 エミルは拳を握る。


 優しすぎる世界。


 誰も苦しまず、誰も裏切らない。


 そんなものが――


「やあ、エミル君」


 声が割り込む。


 振り向くと、トラヴィスが立っていた。


 いつもの、芝居がかった笑み。


「この世界は楽しめているかな?」


「やはり、お前か」


 エミルが睨む。


「そんな顔をしないでくれ。僕は君を救いに来たんだ」


「どういうことだ」


「イシュタルが顕現すれば、現実世界は長く持たない。すぐ飽きて消すだろう」


 肩をすくめる。


「だから?」


「僕なら、この世界を維持できる。誰も裏切らない。望むままに生きられる」


 その姿が歪む。


 老人に変わり、また若者に戻る。


「素晴らしい世界だろう?」


 甘い声だった。


「決断は急がなくていい。ずっといるといいさ」


 そう言い残し、トラヴィスは消えた。


 沈黙が落ちる。


「どうしますか、エミル様」


 セレナの声。


 エミルは、一人歩き出した。





 ――みんなに、聞こう。


 最初に訪れたのはクレイン。


「どちらでもいいぞ」


 エミルが話す前に言った。


「向こうも面白いしな」


 試験管を傾けながら、淡々と続ける。


「どっちでも困らん」


 あまりにも軽い答えだった。


 次にミユキの元へ。


「戻ってもいいですよ」


 顔を見るなり言う。


「問題児の世話もしないとですし」


「大変じゃろうなあ」


 ムン老師が笑う。


「ほんとですよ──」


 そのまま話し始める。


 まるで重大な選択ではないかのように。


 城へ戻る。


 リリアは窓辺に立っていた。


「どうしたの?」


 エミルはすべてを話した。


「そう」


 リリアは肩をすくめる。


「どっちでもいいわ。あなたが決めなさい」


 あまりにもあっさりしていた。


 カシウスが苦笑する。


「少し退屈でしたしね」


 最後に、リリィ。


 甘い匂いの漂う店の前にいた。


「エミル様」


 微笑む。


「私もどちらでもいいですよ」


 柔らかな声。


「エミル様と一緒なら」


 そして。


「でも」


「……でも?」


 まっすぐ見つめる。


「もう決めてるんじゃないですか?」


 その言葉に。


 エミルは前を向いた。


「戻る」


 リリィが小さく頷く。


「行きましょう。レイさんを呼んだのは、私ですし」


 その瞬間。


 世界が、光に包まれた。


 焚き火も、夜空も、仲間も。


 すべてが白く溶けていく。


 音が消え、温もりも、匂いも、遠ざかる。


 崩れていく世界の中で、エミルは振り返った。


 そこにあった幸福は、もう形を保っていなかった。





 ――声が聞こえた気がした。


「……戻ったか」


「私たち、途中から忘れられてましたね」


「信用されてないんでしょうね」


 誰の声かは分からない。


「なあ、トラヴィス」


「なんだ?」


「本気で消す気はなかっただろ?」


「まあな」


 軽い声。


「……神になって、色々と分かってしまったんだ」


 遠くで笑い声。


「君たちなら、イシュタルに一泡吹かせるかもしれないな」


「……せいぜい頑張りたまえ」


 その言葉が残る。


 次の瞬間。


 すべてが白に塗りつぶされた。


 ――目を覚ます。


 ぼやけた視界の中、カイムの顔があった。


 その隣にユイ。


「やっと起きましたか」


 淡々とした声。


 体を起こす。


 冷たい石の感触。


 王の間だった。


「驚いたな。一番脆そうだから選んだんだが」


 トラヴィスが立っている。


「俺ですらだらだらしちまったのに、大したもんだ」


 カイルが肩をすくめる。


 現実に戻った。


 そう思った瞬間、奇妙な実感が落ちる。


「完璧というのも飽きるものだろう?」


 トラヴィスが笑う。


「人間はわがままだよ」


 視線がエミルに向く。


「さて──エミル王子」


 一歩、近づく。


「これも夢かもしれないぞ?」


 一瞬の間。


「……なんてな」


 消えた。


 静寂。


「お母様も眠っているわね」


 リリアの声。


 玉座のそばに、セディナがいた。


 目を閉じ、動かない。


「大丈夫、よね……?」


 触れようとした、その瞬間。


「やめた方がいい」


 声。


 振り返ると、トラヴィス。


「眠っているだけだ。今はな」


 軽い口調。


「触ると死ぬぞ」


「なっ……」


 リリアが息を呑む。


 トラヴィスは、また消えた。


「それだけ言いに来たんですか……」


 カイムが呆れる。


 だが。


「あれ……?」


 違和感。


 周囲を見回す。


 誰もいない。


 カイルも。

 エミルも。

 リリィも。

 セレナも。

 クレインも。

 ミユキも。

 ユイすら。


 消えていた。


 残っているのは。


 カイム、リリア、カシウスだけ。


 ――カイムは視点を切り替えた。


 セントヴェナ国境。


 つい先ほどまで戦っていたはずの場所。


 誰もいない。


 風だけが草を揺らしている。


 別の場所の視点に変える。


「なぜ私が青い服を着なければならんのだ」


「偽物がいるのだから仕方ないでしょう」


「せめて緑にしてほしいのだが」


 のんきな会話。


 この世界のトラヴィス夫妻。


 ここだけは、何も起きていない。


「……やられましたね、これは」


 カイムが呟く。


「何おろおろしてんの?」


 ケイトが首をかしげる。


 カイムは黙って考える。


 本来、ルナの体で転移できるのは多くて三人。


 しかも、ユイを気づかせずに連れ去るなど不可能。


 ならば。


 答えは一つ。


 ――イシュタルの顕現が、成功したということだ。

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