【第38話】すべては順調に
ベイクの屋敷の一つ。
そこに、セントヴェナの官僚たちが集められていた。
「急な招集とはいえ……妙ですな」
「トラヴィス様の命令だ。従うしかあるまい」
ざわめきが広がる。
その扉の前に、一人の男が立っていた。
レイ。
「噂の万能勇者様まで……」
「これで安心だな」
誰かが小さく笑う。
もはや、イシュタリアに逆らう者はいない。
それが、この場の空気だった。
だが。
次の瞬間。
扉が、爆ぜた。
反イシュタリアの一団が、一気になだれ込む。
「愚かな……」
官僚の一人が吐き捨てる。
「時流の読めぬ者共が」
レイが前に出る。
刃が閃いた。
一瞬で三人が崩れ落ちる。
「レイ様がいれば問題ない」
誰もがそう思った。
だが。
──おかしい。
攻撃は当たっている。
敵は倒れている。
それなのに。
じりじりと、押されている。
「何故だ……?」
気づけば、退路は塞がれていた。
包囲されている。
「ば、馬鹿な……!」
その瞬間。
視界が暗転した。
目を覚ましたとき。
冷たい石の床の感触が背中に伝わってきた。
鉄格子。
牢の中だった。
「レイ様……何故だ……」
官僚の一人が呟く。
その前に立つレイは、淡々と答えた。
「悪いな。トラヴィスの命令なんだ」
感情のない声。
「しばらく、大人しくしていてくれ」
「はあ……?」
理解が追いつかない。
ベイクの広場。
人々が集まっていた。
最初はざわめきだったものが、次第に一つの熱へと変わっていく。
「聞きなさい!」
カイムの声が響く。
その瞳が青く光る。
「打倒イシュタルのため──私は魔王にもなります!」
一瞬の静寂。
そして。
歓声が上がる。
「おお……!」
「これなら……勝てる!」
空気が一気に変わる。
ベイクは、反イシュタリアの拠点へと姿を変えていた。
作戦は順調だった。
あまりにも、順調すぎるほどに。
「何か……うまくいきすぎているような」
ユイがぽつりと呟く。
その横を、レイが通り過ぎる。
「とにかく、行けるところまで行くしかないさ」
振り返らずに言った。
牢の前に、足音が響く。
現れたのは、赤い服の男。
トラヴィス。
「トラヴィス様!」
官僚たちが一斉に声を上げる。
「これは一体……!」
「すまない」
トラヴィスは穏やかに言った。
「敵を油断させるための策なんだ」
にこやかな笑み。
「後で埋め合わせはする。しばらく我慢してくれ」
安堵が広がる。
縋るような目が、トラヴィスへ向けられる。
「イシュタル様にも、よく伝えておくよ」
「ありがたき幸せ……!」
誰も疑わなかった。
扉が閉まる。
静寂。
トラヴィスは、ふっと笑った。
「──まあ」
軽く肩をすくめる。
「イシュタルは、君らには興味がないだろうがな」




