【第29話】魔王様、万歳!
「俺を敵に回したらどうなるか、見せてやる」
トラヴィスが低く笑った。
「悪い顔してるわね」
「相手は女神ですよ」
「知るか」
「こうなったらパパは止まらないわ」
ケイトが期待を込めた目でつぶやいた。
「でしょうね」
ニュクス山のふもと。
巨大な白い柱が、滑車付きの台車に載せられてゆっくりと運ばれていた。
太いロープを何人もの兵士が引き、土煙を上げながら進んでくる。
重い。遅い。だが確実に、前へ進んでいた。
「なんで僕まで手伝わされるかなあ」
ロープを握ったまま、ノーランがぼやいた。
「お前の住んでる町、近いだろ? イシュタリアが狙うとすればまずあそこだぜ」
「まあそうなんだけどさ。なんかていよく手伝わされてる気がするんだよね」
「まあまあ、俺は久しぶりに会えてうれしいよノーラン」
カイルが笑いながら言った。
「誰だっけ?」
柱がようやく所定の位置に据え付けられた。
「設置完了!」
山の麓から、一団が姿を現した。
整然と並ぶ白い鎧。イシュタリアの旗が風に揺れる。
「おいでなすったな」
「頼んだぞ」
「よし来た」
白い柱が光を放った。
次の瞬間、一団の動きが鈍くなる。
狼狽える者。逃げ出す者。それでもこちらへ向かってくる者。
そして――
巨大なロボット兵の姿。
「あのでけえのには効かないわな」
「とにかく倒すのみ」
ミユキが薙刀を構え、真っ直ぐ突っ込んでいく。
エミルが巨体に斬りかかる。
リリィの魔法が横合いから援護し、巨神兵の体勢が崩れた。
そこへカイルが腕を掲げた。
虚無神の腕輪が光る。
巨体の半分が、まるで最初から存在しなかったかのように消え去った。
「……もうその腕輪だけでいいんじゃないの?」
「結構疲れるんだよな、これ」
周囲では、人々がうろたえていた。正気を取り戻した者たちだ。
「ここは……?」
「俺たち、何を……」
混乱する群衆の前へ、二人の人影が進み出た。
トラヴィスと、カイムだった。
「ひざまずけ人間ども!」
トラヴィスが、カイムの頭をはたいた。
「台本通りにやれ」
「……」
カイムは咳払いをひとつ。
それから、ゆっくりと口を開いた。
「……皆さんに、謝らなければなりません」
群衆がざわめく。
「イシュタルを作ったのは――」
カイムは、涙ぐんだ目で言った。
「実は、私なのです」
騒然とする人々。
「嘘だろ……」
「どういうことだ」
もちろん嘘である。
カイムは続ける。
「彼女は私の分身でした。しかし、彼女は私を裏切り……自分の理想郷を作るために、皆さんを利用しているのです」
人々の表情が、困惑から怒りへと変わっていく。
「そんな……」
「俺たちは騙されてたのか」
カイムは拳を握りしめた。
「今まで見過ごしてきました。ですが……もう我慢できません!」
声を張り上げる。
「イシュタリアの皆さんを助けるために! 私は――魔王になります!」
トラヴィスが黒い旗を高々と掲げた。
「打倒イシュタル! 我らの名は――魔王教!」
「ここにおわす魔王カイム様を元首とする!イシュタルへの反逆の証だ!」
「魔王教万歳!」
「万歳!」
「打倒イシュタル!」
熱狂が波のように広がっていく。
さっきまで呆然としていた人々が、今は拳を突き上げている。
人間というのは、旗さえ与えれば動くものらしかった。
カイルがぼそりと言った。
「これ、やってること向こうと変わらなくないか」
「さあ? まあ、目には目をといいますし」
ユイが肩をすくめる。
「エミル様……」
リリィが不安そうに袖を引いた。
「私たち、とんでもないことに加担してるんじゃ」
「毒を喰らわば皿まで、というしなあ」
「大丈夫よ」
ケイトが胸を張った。迷いのない顔だった。
「パパが本気で考えたことだもん」
「大丈夫かなあ……」
カイルが呟いた。
その中心で。
カイムは、まんざらでもない顔をしていた。
群衆の熱狂を見渡し、黒い旗の下に立ち、その瞳が青く輝いている。
悪くない、と思っていた。たぶん。




