【第28話】敵か味方か
「つまり、ルナとかいう小娘に操られて、ずっと敵に回っていたと」
カイムが腕を組み、青年を見下ろす。
値踏みするような目だった。
「正確にはイシュタルだ」
青年は静かに答える。
「もう、あいつはルナではない」
「ほんとかなあ。都合がよすぎるぜ」
カイルが肩をすくめる。
「また操られるかもしれませんね」
ユイが淡々と言った。
責めているのではない。ただ事実として見ているだけだった。
青年は何も言わない。
否定もしなかった。
沈黙が落ちる。
やがて、カイムがふっと笑った。
「いいでしょう。信じます」
「おい」
カイルが顔をしかめる。
「ただし――」
カイムの目が細くなる。
「試練を与えます」
次の瞬間、青年の足元に魔法陣が広がった。
光が走り、空間が歪む。
「向こうを助けに行ってください」
笑みを浮かべたまま、カイムが言う。
青年の姿が、光の中に消えた。
イシュタリア教会の広場。
瓦礫が散乱し、石畳はあちこちが砕けている。
さっきまでの激戦を、そのまま残したような場所だった。
そこへ、突然青年が転移してきた。
着地と同時に、数体の天使兵が周囲に現れる。
「敵の増援か!」
レンが振り向き、剣を構える。
「また湧いてきやがったな!」
タケル王は楽しそうに笑った。
そして二人の視線が、突然現れた青年へ向く。
「お、おい!」
青年は慌てて両手を上げた。
「俺は味方だ!」
「いまさら何言ってんだお前! 敵と一緒に出てきやがって!」
レンが剣を突きつける。
「おい、こいつは俺にやらせろよ」
タケル王が前に出た。
楽しそうに笑ったまま、そのまま間合いを詰める。
そして――飛びかかった。
少し離れた場所で、それを見ていたカイムが小さく笑う。
『この二人相手に生き延びられますか』
「何ヘラヘラしてんのあんた」
リズが横から睨む。
「別に」
カイムは肩をすくめた。
青年は素早く手を振る。
空中に透明な槍が生まれ、レンとタケル王の前へ一斉に突き刺さった。
石畳が砕け、土煙が舞い上がる。
「待て! 俺は味方だと言っている! 少しは話を――」
「見えねえ武器ぐらいで調子に乗るんじゃねえ!」
タケル王の拳が、煙を切り裂いた。
青年は横へ転がってかわす。
完全に逆効果だった。
その頃、少し離れた場所では。
「ところでリズさん」
「何よ」
「レイさんのことですが、もう諦めませんか?」
リズの目が細くなる。
「はあ?」
「思ったより敵が強くてですね」
カイムはさらっと続けた。
「取り戻すのは難しいかもしれません」
そしてレンを指差す。
「ほら、そこに似たようなのがいるじゃないですか」
その時、イユがレンの方から戻ってきた。
無言でカイムの隣に立つ。
「そっちに二体行ったぞ!」
レンの声が飛ぶ。
天使兵が突進してくる。
カイムとイユが手を触れた瞬間、ロボットのような巨体がばらばらに分解し、音を立てて崩れた。
「嫌よ」
リズが即答する。
「それに、あっちはレイじゃなくてカイルなんでしょ。セレナに呪いで殺された方の。イユちゃんに悪いわ」
「ユイです。あ、イユです」
「そこのバグは放っておいていいです」
カイムが言う。
「そのうち消えると思うので」
「よくありません」
「仲良くしなさいよ、あんたたち」
「またそっちに行ったぞ!」
天使兵が迫る。
カイムとイユが触れる。
敵が崩れる。
レンの声が、また飛んできた。
「どっちか手伝ってくれないか! けっこう骨が折れるんだけど!」
「ほら行きなさい、バグ」
「むう」
イユは不満そうな顔のまま、レンの方へ飛んでいった。
広場では、青年がまだ逃げ回っていた。
レンの斬撃をかわし、タケル王の拳を転がって避ける。
その合間を縫うように、巨大な天使兵たちがじわじわと包囲を狭めてくる。
その背後で、イユが静かに魔法陣を展開していた。
結界が弾け、横から迫った天使兵が吹き飛ぶ。
レンの死角だけを、正確に潰していく。
タケル王が笑いながら拳を叩き込む。
巨体が宙を舞い、石柱に激突した。
レンの剣が閃き、もう一体が両断される。
二人とも、ほとんど息を乱していない。
青年は素早く手を振った。
透明な槍が生まれ、迫る天使兵を横合いから貫く。
「くっ、やはりこっちの言うことは聞かないか……」
その槍が天使兵に命中した瞬間、タケル王が振り向いた。
「ほら見ろ。やっぱ敵じゃねえか」
「いや、そうじゃない気が」
「うるせえ! どっちでも構わねえ!」
拳が飛ぶ。
青年は転がってかわす。
透明の槍を出すたびに二人に弾かれ、壁に叩きつけられ、気づけば膝をついていた。
息が荒い。灰色の翼が、ぐったりと垂れている。
「なぜだ……」
青年は呟いた。
「こいつらは本当に人間か?」
タケル王が拳を鳴らす。
実に楽しそうだった。
その時。
「というわけで」
カイムが、のんびりと言った。
全員の視線が集まる。
「言い忘れていましたが」
一拍置く。
「もう敵はいません」
広場が静まり返った。
レンが剣を下ろし、青年を見下ろす。
青年は膝をついたまま、ぜえぜえと息をしていた。
タケル王が後頭部をかく。
「……そうか」
それだけ言って、拳を下ろした。




