【第27話】暗殺者と灰色の翼
トラヴィス邸の一室。
エミルたちは、ケイトと向かい合っていた。
「あんた、お城から逃げてきたの?」
ケイトが腕を組んだまま言う。
「若いのに大変ねえ」
エミルは苦笑した。
「君も同じくらいだろ?」
「十四よ」
ケイトは胸を張る。
「あんたは?」
「十三」
「じゃあ、あたしの方がお姉さんじゃない」
エミルが何か言い返そうとした、その時だった。
「俺は三十六ぐらいだけどな」
横から、カイルが口を挟んだ。
ケイトが眉をひそめる。
「は? 何言ってんの。あんたも私たちと同じぐらいでしょ?」
「元は別の体だったんだよ」
カイルは肩をすくめる。
「レイぐらい強かったんだぜ?」
「ふーん?」
ケイトは頬杖をつき、いかにも興味なさそうに返した。
「一応聞いてあげるけど、なんでそうなったの?」
「とある洞窟で、わるーい魔法使いと戦ってな」
「カイル?」
ユイが肩をつつく。
「その悪い魔法使いに負けちまってな」
「だっさ」
「カイル?」
今度は少し強めに肩を叩かれる。
「その意地の悪い魔法使いに、この体にさせられたんだよ」
「カイル?」
ユイが肩を掴んだ。もう笑っていない。
「で、そこで助けてくれたのがユイってわけだ」
ケイトが目を細める。
「ふーん?」
ユイは小さく息をついた。
「……そういうことにしておきましょう」
その時だった。
扉が静かに開く。
差し込んだ光の中から、一人の男が入ってきた。
「パパ?」
ケイトが振り向く。
トラヴィス――に見えた。
だが、何かが違う。
黒いローブを深くかぶり、顔の半分が影に沈んでいる。
普段の飄々とした気配が、まるでない。
ユイの目が細くなる。
「……違います」
静かだが、迷いのない声だった。
「これはトラヴィスじゃありません」
次の瞬間、男が短剣を振り上げた。
一直線に、ケイトへ。
「危ない!」
エミルが剣を抜く。
甲高い金属音とともに、短剣を弾いた。
その瞬間――
カイルの左腕に、じわりと熱が走る。
灰色の腕輪が、脈打つように光った。
気づいた時には、もう手が伸びていた。
自分の意志か。
腕輪の意志か。
それすら分からない。
空間が歪む。
暗殺者の体が黒い虚無に飲まれ、そのまま消えた。
カイルは自分の腕を見下ろす。
「……消えちまったけど」
そしてエミルを見る。
「本物じゃないよな?」
エミルは無言で頷いた。
剣を握る手が、まだわずかに震えている。
その頃。
屋敷の地下では、別の戦いが起きていた。
石造りの地下室。
揺れる松明の火が、壁に歪んだ影を走らせる。
ミユキの薙刀が唸った。
一閃。
暗殺者が一体、床へ崩れ落ちる。
「……なかなかやる」
ミユキが静かに呟く。
セレナが短剣を投げた。
肩口に突き刺さる。
だが、敵は止まらない。
痛みを感じていないのか、それとも感じていても無視しているのか。
「自分の顔をした暗殺者とはね」
トラヴィスが苦笑する。
壁際に追い詰められながらも、どこか他人事のようだった。
「本気で僕を殺す気か」
「間違えて殺されないようにしなさいよ」
妻のセレナが言う。
「それはさすがに困るな」
軽口を返した、その次の瞬間。
ミユキがもう一体を薙ぎ倒す。
だが、別の暗殺者が白い光を掌に集めていた。
「危ない!」
セレナが叫ぶ。
放たれた光はトラヴィスをかすめ、その奥へ飛ぶ。
そこには、拘束された青年がいた。
光が当たる。
青年の目が、ゆっくりと開いた。
次の瞬間、鎖が弾け飛ぶ。
青年は立ち上がり、首を回し、手首を確かめるように動かした。
「これは絶体絶命というやつか?」
「おしまいかしらね、私たち」
トラヴィス夫妻が、どこか呑気に言う。
青年はその横を通り過ぎた。
そして――
一閃。
二閃。
三閃。
暗殺者たちは、瞬きする間に斬り伏せられていた。
静寂が落ちる。
青年は手の中の剣を見下ろし、小さく息を吐いた。
「やはり剣は使いにくいな」
その背で、灰色にくすんだ翼が静かに揺れていた。




