【第26話】知らない記憶
静まり返った廊下を、レイはゆっくりと歩いていた。
石造りの回廊はどこも似た造りで、歩けば歩くほど方向感覚が狂っていく。
ここが教会のどの辺りなのか、もうよく分からなかった。
足音だけが、規則正しく響いている。
そんな時だった。
「レイ、どこへいくの?」
後ろから声がかかった。
ルナだった。白い衣をまとい、柔らかく微笑んでいる。
その笑顔は穏やかで、どこか人形めいていた。
「少し見回りに」
「私も行こうかしら」
レイは軽く首を振った。
「そこまでには及びません」
ほんの一瞬、ルナは目を細めた。値踏みするような、静かな目だった。
「そう」
それ以上は何も言わない。
レイはそのまま歩き出した。背中に視線を感じたが、振り返らなかった。
廊下を曲がり、階段を降り、また曲がる。
やがて、一枚の扉の前に出た。
押す。重い扉が軋みながら開いた。
中は広い部屋だった。壁一面に本棚が並んでいる。
図書館のようだった。古い紙の匂いが鼻をつく。
誰もいない。静かだった。
レイはゆっくりと歩き出した。
その時。
本棚の隅に、何かが置かれているのが目に入った。
腕輪だった。
細く、小さな装飾の腕輪。古びているが、なぜか目が離せない。
引き寄せられるように、レイはそれを手に取った。
――その瞬間。
視界が揺れた。
記憶が、流れ込んでくる。
村だった。
どこにでもあるような、小さな村。少女が笑っている。
その隣に、少年がいた。
二人はよく遊んでいた。
川で石を投げ、森で虫を捕まえ、夕方になるまで走り回った。
他愛もない、ただそれだけの日々だった。
ある日、村人たちが騒ぎ始めた。少女が神がかりだと言われたのだ。
村人たちは喜んだ。神に選ばれた子だ、と。
少女も最初は戸惑っていたが、やがて誇らしそうに笑うようになった。
そして時は過ぎ――
村が燃えていた。
炎が家々を飲み込み、人々が逃げ惑う。
その中心に、自分が立っていた。炎の中で、静かに、村人を見下ろしていた。
少し成長した少年が、自分を見ていた。困惑した目だった。
だが次の瞬間。
その目は、虚ろになった。
視界が戻る。
レイは床に倒れていた。
「おい、大丈夫か」
声がかかった。顔を上げる。
バルドルだった。腕を組み、こちらを見下ろしている。
表情は読みにくいが、少しだけ眉が寄っていた。
「倒れていたから驚いたぞ。調整はしておいた」
レイはゆっくりと起き上がった。頭を押さえる。
「……すいませんね。戦闘の疲労がたまっていたのかもしれない」
バルドルは肩をすくめた。
「気を付けてくれよ」
そして視線を落とす。
「その腕輪、どうした?」
レイは左腕を見た。小さな腕輪が、いつの間にかぴたりとはまっている。
「ルナ様につけろと言われて」
レイは淡々と言った。
「邪魔なら外しますが」
バルドルは慌てて首を振った。
「いや、いい」
小さくため息をつく。
「あの方の怒りを買ってはかなわん」
その時だった。
「久しぶりだな」
背後から声がかかった。
二人が同時に振り向く。
そこに立っていたのは、赤い服の男だった。
トラヴィス。腕を組み、静かにこちらを見ている。
表情は落ち着いていた。まるでここにいることが当然だというように。
「何を驚いた顔をしている」
レイは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情を戻した。
「いえ」
小さく息を吐く。
「まさかあなたと協力することになるとは」
トラヴィスは軽く笑った。
「それはこちらのセリフだ」
そして手を差し出した。
「まあ、よろしく頼む」
レイはその手を見つめた。少しの間、動かなかった。
それからゆっくりと、手を伸ばした。




