【第21話】殿、ロマーレに立つ
ぼんずから来た船が、ゆっくりと桟橋へ接岸した。
木製の船体が軋み、太いロープが宙を飛ぶ。
潮の匂い。遠くで鳴く海鳥。
港町ロマーレの朝は、どこか眠たげだった。
その空気を真っ先に破ったのは、タラップを踏み鳴らして降りてきた大男だった。
伸び放題の髪に無精ひげ。
着ているものも旅慣れているというより、ただ無頓着なだけに見える。
だが目だけが違った。
獣みたいに鋭い目が、港の隅々まで一瞬でなめ回した。
「やっと着いたなおい」
タケル王は盛大に背伸びをした。骨がぼきぼき鳴る。
その後ろから、長い黒髪の女がゆっくりと降りてくる。
立ち居振る舞いが静かで、嵐の後みたいに落ち着いていた。
「いいんでしょうか、勝手に出てきて」
もう何度目かも分からない言葉を、ミユキは努めて平静な声で言った。
タケル王は鼻を鳴らす。
「いつまで言ってんだよ。民主主義ってやつでムンに決まったろうが」
「殿に投票した紙を全部勝手に燃やしたからでしょう?」
「なんのことだかな」
視線を逸らして歩き出す。ミユキはため息をひとつ落とした。
「……なんで私まで」
「行き遅れの相方探しの旅だろうが、お前もう三十半ばだぞ」
「余計なお世話です」
ぴしゃりと言い切って、ミユキはタケル王の隣に並んだ。
これ以上この話題を続ける気はない、という無言の圧力だった。
その時だった。
港の奥から、金属のぶつかる音が響いてきた。
一度じゃない。連続している。
剣戟の音。混じり合う怒号。ミユキが目を細める。
「……戦闘ですね」
タケル王はすでにそちらを向いていた。
港の広場。白装束に身を包んだ兵士たちが、数人の男女を囲んで戦っている。
白い鎧に刻まれた紋章を、タケル王は知っていた。
「ありゃイシュタリアの兵隊だな」
肩を回す。関節が鳴る。
「俺たちも行くぞ」
「全くもう」
ミユキの呆れ声を背中で受け流しながら、タケル王は歩き出した。
歩き出したというより、引き寄せられた、という方が正確かもしれない。
血が、そういうふうにできている。
広場では、すさまじい攻防が続いていた。
イシュタリア兵が一人、宙を舞った。
銀色の剣筋が空気を断ち、兵士が石畳を転がる。
だが敵の数が多い。一人倒しても二人来る。消耗戦だ。
空中から白翼の青年が冷静に声を飛ばした。
「包囲しろ」
兵士たちが一斉に動く。包囲網が締まる。その瞬間――
「どけ」
短い声。
次の瞬間、タケル王の拳が兵士の顔面に叩き込まれた。
ドゴン。
鈍くて重い音とともに、男が壁に激突する。
続けて蹴り。もう一人が地面を跳ねた。
「おらおら邪魔だ邪魔だ」
ミユキもため息交じりに薙刀を抜く。
風を切る音がしたと思った次の瞬間、残った兵士たちが次々と石畳に沈んでいた。
あっという間だった。
だが――レンと青年は気づかない。
二人の視界には、互いしか映っていなかった。
レンの剣と白翼の青年の槍が激突し、火花が散る。
石畳に衝撃が走る。激しく、ひりつく、削り合いだった。
タケル王の額に、じわりと青筋が浮いた。
「ちくしょー、こっちに気づけってんだ! ばか!」
怒鳴る。無視。
タケル王は舌打ちをひとつ打ち、懐に手を突っ込んだ。
指先が乾いた感触を掴む。黄色い花の束だった。
薬草か何かだったはずだが、細かいことは今はどうでもいい。
「ほらよ!」
ぶん、と投げた。
花の束は見事な放物線を描き、白翼の青年の顔面に吸い込まれた。
ぺしっ。
間抜けな音がして、一瞬、広場の空気が凍った。
次の瞬間、白翼の青年の目が虚ろになった。
ぐらり、と体が揺れる。膝が折れる。そして――
ドサッ。
盛大に地面へ倒れた。
「……は?」
レンが目を見開く。剣を止めたまま、ただ呆然と青年を見下ろしていた。
イユも驚きで声を失っている。
ミユキがタケル王へ静かに振り返った。
「何投げたんですか?」
「知るか! その辺にあった草だ!」
そしてレンを指さす。
「次はお前だバカ野郎!」
レンの目が細くなった。呆気にとられた顔が、じわじわと警戒の色に変わっていく。
「……なんだおっさん、いや爺さんか」
タケル王は笑った。楽しそうに、心底楽しそうに。
「ちょっと試してみたくてな」
足を踏み鳴らす。石畳が軋む。
「お前――強そうじゃねえか」
次の瞬間、タケル王が突っ込んだ。




