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万能勇者、敗北。そして二度目の人生は最弱から  作者: 虚無しお
第2部3章 魔王教、ふたたび
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【第22話】殿と勇者

【第21話】殿、ロマーレに立つ


 ぼんずから来た船が、ゆっくりと桟橋へ寄っていく。

 木の船体がきしみ、投げられた太いロープが岸に叩きつけられた。

 潮の匂いが、朝の冷たい空気に混じる。

 港町ロマーレは、まだ目覚めきっていないようだった。


 その空気を最初に壊したのは、大股でタラップを降りてきた男だった。


「やっと着いたなおい」


 タケル王が大きく背伸びをする。骨が鳴る。

 伸び放題の髪に無精ひげ。服装も整っているとは言いがたい。

 だが、その目だけが異質だった。

 鋭く、獣のように周囲を一瞬で見渡す。


 その後ろから、黒髪の女――ミユキが静かに降りてきた。

 動きに無駄がなく、場の空気だけが少し落ち着く。


「いいんでしょうか、勝手に出てきて」


 抑えた声。何度目かも分からない問い。

 タケル王は鼻で笑った。


「まだ言ってんのかよ。民主主義ってやつでムンに決まったろうが」


「殿に投票した紙、全部燃やしたからでしょう?」


「なんのことだかな」


 視線を逸らし、そのまま歩き出す。

 ミユキはため息をひとつ吐いた。


「……なんで私まで」


「ついでに男でも見つけて来いよ。お前もういい歳だろ?」


「余計なお世話です」


 ぴしゃりと切り捨てる。

 それ以上は言わせない、という無言の圧だった。


 ――そのとき。


 金属のぶつかる音が、港の奥から響いた。

 一度ではない。連続した、鋭い衝突音。


 ミユキが目を細める。


「……戦闘ですね」


 タケル王はすでにそちらを見ていた。


 広場。白装束の兵士たちが、数人の男女を取り囲んでいる。

 白い鎧の紋章――見間違えようがない。


「イシュタリアか」


 肩を回す。関節が鳴る。


「行くぞ」


「……はいはい」


 呆れを隠さず、ミユキも続く。

 止める気は最初からなかった。


 広場では激しい攻防が続いていた。


 銀の軌跡が空気を裂き、兵士が宙を舞う。

 だが数が違う。

 一人倒しても、すぐに次が来る。


「包囲しろ」


 空中から声が落ちる。白翼の青年。

 兵たちが一斉に動き、包囲が狭まる。


 その瞬間――


「どけ」


 短い声。


 次の瞬間、タケル王の拳が兵士の顔面にめり込んだ。

 鈍い衝撃音。男が壁に叩きつけられる。


 さらに一歩。蹴りがもう一人を吹き飛ばす。


「おら、邪魔だ」


 乱暴で、速い。


 ミユキも静かに薙刀を抜く。

 風を裂く一閃。

 気づけば、残りの兵はすべて地面に伏していた。


 一瞬だった。


 だが――


 レンと白翼の青年は、気づかない。


 二人の視界には、互いしかない。


 剣と槍がぶつかり、火花が散る。

 石畳が震え、空気がひりつく。


 削り合いだった。


 タケル王の額に、青筋が浮く。


「おい! 気づけってんだろうが!」


 怒鳴る。反応なし。


 舌打ち。

 タケル王は懐に手を突っ込んだ。


 指先に触れたのは、乾いた感触。

 黄色い花束。


「ほらよ!」


 放る。


 花はきれいな弧を描き、白翼の青年の顔面へ。


 ――ぺしっ。


 間抜けな音。


 一瞬、場が止まる。


 青年の目が、ふっと焦点を失った。

 体が揺れる。


 そのまま、崩れ落ちた。


 ドサッ。


「……は?」


 レンが剣を止めた。

 ただ呆然と、倒れた青年を見ている。


 イユも言葉を失う。


 ミユキが振り返る。


「何を投げたんですか」


「知らん! その辺の草だ!」


 そしてレンを指す。


「次はお前だ!」


 レンの目が細くなる。


「……なんだよ、おっさん」


 警戒が滲む。


 タケル王は笑った。


「試してえだけだ」


 一歩踏み出す。


「お前、強そうだからな」


 ――次の瞬間、地面が砕けた。


 タケル王が突っ込む。


【第22話】殿と勇者


 石畳が砕ける音が、広場に響いた。

 拳と剣が正面からぶつかる。

 衝撃が足元から跳ね上がり、砂埃が舞い上がる。


「爺だからってなめんじゃねえぞ」


 タケル王が笑う。


 レンは数歩後ろに滑り、剣を構え直した。

 呼吸は乱れていない。むしろ楽しんでいる。


「まさか」


 口元が歪む。


「あんたをなめるわけないだろ」


 踏み込み。

 鋭い斬撃。


 ――だが。


 タケル王はそれを拳で弾いた。


 金属音が響く。


(おかしいだろ、この爺)


 重い。速い。

 素手で剣士と渡り合っている。


 ただの怪力じゃない。

 積み上げた戦いの重さが、そのまま乗っている。


「若い時より強くなってないか?」


「さあな」


 軽口。


 再び激突。


 その一方で――


「あ、ミユキだ」


 カイルが声を上げる。


「ほんと変わらないわねー」


 リズが笑う。

 二人とも、戦闘より再会が優先だった。


 ミユキは首を傾げる。


「……どなたでしょうか?」


 その間にも、戦いは続く。


 レンの斬撃がタケル王の肩をかすめる。

 布が裂け、血がにじむ。


 だがタケル王は止まらない。


「いいねえ」


 腰に手をやる。


 ――抜刀。


 鈍い光を帯びた刀身が現れる。


「……刀も使うのか」


「当たり前だろ」


 構えが変わる。


 重心が落ちる。

 空気が張り詰める。


 さっきまでの荒々しさとは違う。

 研ぎ澄まされた“武”がそこにあった。


 レンの口元が上がる。


「爺だからってなめんじゃねえぞ」


「わかってるって」


 次の瞬間。


 剣と刀が激突した。


 火花が散る。

 衝撃が走る。


(重い……!)


 ただ力任せじゃない。

 無駄がない。


 削ぎ落とされた純粋な強さ。


 レンは流し、斬り返す。

 タケル王が踏み込み、叩きつける。


 石畳がひび割れる。


「ははっ!」


 タケル王が笑う。


「あんちゃんなかなかやるな。名前は?」


 レンは一瞬迷う。


「レイ……いや、レンだ」


 タケル王の目が細まる。


「どっかで見たツラだな」


「ぼんずにはよく行ってるぜ」


 レンは軽く笑った。


「魚がうまいからな」


「そりゃうれしいねえ!」


 笑いながらも、構えは崩れない。


 その時――


「おいお前ら!」


 怒鳴り声。


 だが二人は止まらない。


 再び激突。


「おいバカ殿と万能勇者!」


 無視。


「おいぼんず王!」


 ぴたりと止まる。


 タケル王が振り向いた。


「うるせえなあ!」


 トラヴィスが立っていた。息を切らしている。


「二人で港を破壊しまくって暴れるんじゃない!」


「イシュタリアの兵隊どもがやったんだろうが」


「ほとんどお前らのせいだ!」


 即答。


 そして地面を指す。


 倒れたままの白翼の青年。


「そこで伸びてる羽生えたやつ以外は帰っていったぞ!」


「そうか?」


「そうだ!」


 トラヴィスは大きく息を吐く。


「修繕費、ぼんずに請求するからな!」


「わし今殿じゃないもん。ムンが困るだけだろ」


「いいわけないでしょうがこのバカ殿が!」


 ミユキが静かに口を挟む。


「お前、ムンとわしとで扱い違くない?」


 その時だった。


「ほんとによく似ているわね」


 女の声。


 ざわめきが、すっと引いた。


 セレナが顔を上げる。


 そこに、一人の夫人が立っていた。


 整った衣装。

 背筋の伸びた姿勢。

 扇で口元を隠している。


 この場だけ、時間が違う。


 夫人は扇をわずかに下げた。


 その顔を見た瞬間――


 セレナの呼吸が止まる。


 似ていた。


 鏡ではない。

 だが確かに、自分と重なる何か。


 目元。口元。気配。


 夫人は静かに微笑んだ。


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